118刀目 閑話 相反する気持ち
窓から入ってきた風がリラの頬を撫でた。
陽の光のみが部屋を照らす中、窓の外を見つめていたリラは外へと耳を澄ます。
今も修行している蒼太とベガを想像していたら、リラの耳には何故かボートの走る音が聞こえてきた。
訓練をするという、聞いていた話と合わない音を拾い、リラは首を傾げる。
(まぁ、ベガのことですし、そんなこともあるんでしょうね)
ベガに対する謎の信頼感でリラは気を取り直し、先程まで座っていた椅子に戻った。
カーテンに邪魔されない状態でゆっくりと呼吸を繰り返し、陽の光を浴びる。
うつらうつら、温かな日差しに微睡んでいると、軽快なノック音の音が響く。
遠くに旅立ちそうな意識を取り戻してリラが「はーい」と声を出すと、ドアノブが捻られた。
「どうもどうもー。リラ姉さん、検診の時間やでー」
扉を開いて部屋に入ってきたのはシェリーだった。
部屋の外からは心配そうな目でこちらを伺うファラの姿が見える。
「気になることもあるかもしれんけど、診察させてなー」
「わかりました、よろしくお願いします」
近くにあった椅子を持ってきて、シェリーはこちらと向かい合うように座る。
シェリーに「手を握らせてなー」と言われるがままに手を伸ばし、粒子のやり取りを開始した。
権能を使っていない、経験と技術からくる診察。
慣れた様子でリラの体を一通り調べ、シェリーが大袈裟な態度で頷く。
「うーん。問題しかないわー!」
──そんな笑顔で言われましても。
そう思うリラだが、それを口には出せなかった。
元はと言えば、悪いのはリラなのである。シェリーは全く悪くなくて、リラだけが馬鹿をしているのだ。
それを自覚しているからこそ、何も言えなかった。
「……復帰は難しいですかね?」
「いや、この階層を出る頃には回復すると思うでー」
「? じゃあ、何が問題なので?」
と、口に出してからリラは「あっ」と気がつく。
……そういえば、この階層にいるのは50日間だ。
つまり、普通ならば1日で回復できる粒子が、リラは50日もかけてやっと回復すると言われているのだ。
次、粒子を使い切ればまた、回復するのに50日もかかるかもしれない。
いや、下手するとそれ以上かかる可能性もある。
それが試験を参加する候補者として良いことなのかと言われると、だ。
「……すみません。確かに、問題しかないですね」
リラは目を逸らし、謝罪することしかできなかった。
「リラ姉さんの回復が遅れてるのは、間違いなく『相反する感情を同じぐらい強く持ってる』せいや」
「そう、でしょうね」
「ウチとしては、そうなってくれて嬉しいっていうのはあるんやけど。候補者としては致命的やなー」
「だと、思います」
「でもな、それで早計に結果を出そうとするのだけは、許さんで」
シェリーの顔からは笑みが消えており、真剣な眼差しがリラの体を貫く。
部屋の外で未だに様子を窺っているファラの心配そうな視線も相まって、リラは安易に選択することを許されなかった。
それでもこの瞬間から逃げたくて、視線が逃走先を求めて窓の外へと向かう。
しかし、それはシェリーの予想の範囲内のようで。
立ち上がったシェリーが窓を閉め、タッセルを外してカーテンを閉めた。
「リラ姉さん、聞かせてもらってもええかな?」
「答えられることなら」
「卑怯な解答やなぁ。まぁ、ええわ」
もう1つ椅子を手に持ち、シェリーは先程まで座っていた席の隣に椅子を置く。
ファラに手招きをし、シェリーとファラは2人揃って椅子に座った。
「さて、リラ姉さんはウチらを従者にしても、自分の願いは変わってなかったのは間違いないよな?」
「そうですね、シェリーの言う通りです」
「じゃあ、リラ姉さんの願いが増えたのは、蒼太ちゃんやな?」
「さて、どうでしょうかね」
リラは目を閉じて笑みを浮かべる。
視界にさえ映らなければこちらのもの。
そう思っての行動だったが、シェリーからの咎めるような視線から逃れられず、逃走を諦めた。
(いつものやる気のなさはどこに行ったのでしょうかね)
目を開けばやはり、シェリーの逃がさないぞと言わんばかりの視線が突き刺さってくる。
リラはため息を飲み込んで、降参の意を示した。
「そうですね、最初は好奇心と恩でした。私や管理者様の権能以外で、他人に接触してくる権能を持ってる現地人なんて、かなり珍しかったので」
「リラ姉さんはそこから蒼太ちゃんに目をつけたと」
「ええ。一緒に過ごす内にあの子が有用であることを知り、権能が力を維持する為に《支配》したがって……それを抑え込んでいる内に、支配よりもあの子に対する希望が勝るようになりました」
「最初と比べると、滅茶苦茶成長してるもんなぁ。希望を抱かせるぐらいには、眩しいやろうな」
「そのせいでしょうかね。私の中にある感情が『目的だけが道じゃない』と……そう、感じることを止められなかったんです」
そのせいで力を使い辛くなるぐらいなら、無理矢理にでも止めた方が良かったかもしれない。
でも、どちらを捨てるのも怖いぐらい、リラにとってはどちらも大切な存在だった。
「シェリーは知ってますか。管理者・ラサルハグェ様が探し求める存在のことを」
「同類を探してるって話やっけ?」
「えぇ。権能の覚醒。それも、《罪》と《徳》両方できる存在を探しているんですよ」
「ウチもそこまで選ばれた存在やないから知らんけど、権能の覚醒って片方しかできひんって話やろ?」
「そう言われてますね。でも、私はそれができていた時期がありました」
権能の覚醒。
それは権能を3つ持つエリートの中でも、さらに狭き門の選ばれし者でも《罪》か《徳》、そのどちらか1つしか覚醒できないとんでもない力。
そして、そのとんでもない力こそが、リラが『親友が求める天秤座』である証明ができなくなった原因である。
「残念な事に、私が覚醒した《徳》の権能は、親友が望むものではなかったんです。親友が望む覚醒ができなかったから私は『親友になれない』って言われて……そのショックで、覚醒ができなくなっちゃいました」
リラは開いた両手をぎゅっと握り締める。
「私は『罪と徳の権能の覚醒』を望まれて、ラサルハグェ様の従者になりました。それなのに、どちらの覚醒もできなくなってしまいました。
私は彼女に『記憶を失う前の親友』を望まれて、彼女の親友を演じました。それなのに、望まれた覚醒ができず、親友になることは叶いませんでした。
私は貴女達を消滅させる事のない『理想の主人』になると、約束しました。それなのに……それなのに、今ではこんな、体たらくなんです。こんな私なのに、望んでいいはずがない」
震えるリラに対して、シェリーはかける言葉を探していた。
何かを言えば、崩れ落ちそうなリラの脆さがシェリーの口を噤ませる。
しかし、そうやって躊躇っている次女の代わりに、今まで黙っていたファラが口を開いた。
「ん、大丈夫。選ばなくても……きっと、蒼太くんが、掴んでくれるよ」
ファラは立ち上がって、部屋の扉まで歩く。
「それでも無理なら、ファラも……私も掴みにいく。だから、諦めないでほしい。それだけ」
「ははは! せやな。少なくともウチは理想の主人なんてあんたに求めてへん。なら、流れは蒼太ちゃんに任せて、いざって時は一緒に掴んだ方がええやろな!」
言いたいことを言って出て行くファラに、シェリーは大笑い。
一通り笑ってもなお笑いが収まらず、「診察終わるわー」と笑いが止まらないまま、シェリーも出て行ってしまった。
「……たまには2人の様子を見に行ってもいいですよね」
残されたリラは迷った末に、気分転換の為に外に出ることにした。
まさか気分転換をしようとした先で、トラブルが起きているのも知らずに──
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