113刀目 眩しい太陽

 権能のコントロールを学ぶ。権能を掌握する。


 蒼太は確かに、己の耳でそう聞いたはずだ。


 しかし、今やっているのは、果たして関係のあることなのだろうか?



「……まっぶしいなぁ」


「んなこといってないで、同化するっす! 海と同化するんすよ、坊ちゃん!」



 真っ白に燃え尽きたボクサーに声をかけるように、ベガが平泳ぎをしながら訴えかけてくる。



 蒼太は今、水着を着せられて海の上を浮いていた。



 ぷかぷか、ゆらゆらと浮いている蒼太は、眩しい太陽と雲一つない空に目を細めて呟く。



「……これは何をやってるんだろう?」



 いきなり服を剥ぎ取られ、水着に着替えろと言われた時から嫌な予感はしていたのだ。


 ベガも目を離した隙に白と黒のボーダー柄の水着に着替えているし、態々蒼太に権能で《浮力》を付与してきた。


 腰に紐を巻き、まるで散歩する犬のように紐の範囲内で海を漂う。


 これは本当に権能の掌握に役立っているのか。甚だ疑問であった。



「おりょ? もしかしてあまり芳しくないっすか?」


「よくわかんないことを、ずっとやってるからねぇ……」




「それでも察するんっすよぉ! っていうのは、流石に無理があるっすかね。んー、よいしょーっと」



 ベガは一度、海に深く潜り、勢いよく海面から飛び出す。


 《再現》の権能でも使ったのか、水面の上をまるで大地を歩くように踏み締め、蒼太の近くに座り込んだ。



「いいっすか、坊ちゃん。まず、粒子っていうのは星の海なんすよ」


「……星の海?」


「わかりにくいっすかねぇ……例えるなら、通勤ラッシュで混み合う人の群れ。もしくは大量の蟻に囲まれる飴玉っす」


「もうちょっと他の例えがなかったの?」



 我儘を言うのはあまり褒められたものではないかもしれないが、想像したくない例え話に、蒼太は思わず聞いてしまう。


 ベガは小さく唸りながら、眉を下げる。


 甲子園のサイレンの音みたいな唸り声を出して、数秒間。


 考えるのをやめたベガは蒼太の額に人差し指を当てて、指の腹で額を軽く叩いた。



「言葉だけだと難しいですし、直接イメージを《再現》しましょーか」


「イメージを再現って、そんなことができるんだね」


「まぁねー、アタシ程になるとそんな再現ぐらいは余裕よゆーなんすよ。で、どうします?」




「今のままじゃ余計に時間を使いそうだし……よろしくお願いします」


「任されましたーんっ。ではでは、アタシの手をよく見てくださいねー?」



 手袋を付けた両手が顔の上で動く。


 まるで催眠術をかけるかのように手の動きに集中させたベガは、猫だましをするように手拍子をする。


 蒼太の体が反射的に跳ねた。



「どうっすか、坊ちゃん」



 近くにいるはずのベガの声が遠くから聞こえてきた。



「何これ……」



 大きく見開かれた目に映るのは、先程までぼんやりと見ていた太陽や快晴の空ではない。


 海も空も全て、藤色に染まっていた。


 空や海と同じ色の煙を見て、蒼太はそれらが粒子であることに気がつく。



「驚いたっすか? それが粒子のイメージっす」


「これが……?」


「星の民は基本的に、消滅してから新たな体に誕生する時に、こんな空間を見るんすよ」



 蒼太が浮かんでいるのは海の筈なのに、掬った水は粒子のようにサラサラしている。


 ベガが粒子の海を掻き混ぜると、藤色の粒子が数えるのも億劫なぐらい、多くの色へと染まっていく。


 混じり合わず、この世にあるすべての色が存在していそうなぐらいカラフルになった粒子の海。


 まるで命そのものが流れているように見える力強い生命の海に、ベガはごろりと寝転んだ。



「アタシ達星の民は、この『星の海』と呼ばれる粒子エネルギーの集合体に魂核ソウルコアを放り込まれることで、誕生するっす」


「お母さんのお腹の中……みたいなものかな?」


「確かに母胎に近いかもしれないっすね。アタシ達は星の海で粒子を自分の色に染め上げ、自分の体を作ることで生まれるので」



 自分の体を作り出す過程で、星の民は粒子の操り方を学び、権能のコントロールができるようになる。


 星の民にとって、権能の掌握やコントロールは息を吸うのと同じこと。


 一体、どれ程の人間が『呼吸できるなら、その呼吸の仕方を全く何も知らなくても、できるように教えられるよね?』と言われて、教えられるのだろうか。


 少なくとも蒼太には無理だし、それを教えようとしてくれているベガには頭が上がらない。


 蒼太がそんな風に思っている間に、ベガはくるりと横回転をしながら立ち上がる。


 その場でコマのように回りながら、粒子を羽衣のように操作し始めた。



「呼吸と同じように、掌握は感覚っすからね。まずはどうすれば操れるのかを覚える。そして、無意識でもできるように習慣化させるっす」



 ベガが右手を右から左へ、弧を描くように大きく動かせば、鮮やかな粒子の海も生き物のように弧を描く。


 その光景は抵抗する気も起きないぐらい、巨大なチカラを感じた。


 ベガが手を入れている時点で自然ではない。


 それなのに、目の前のソレからは、力強い海の中や、静かだが飲み込んできそうな森の中、全てを燃やし尽くす火山等、人では抵抗できない力を感じるのだ。


 唖然として固まる蒼太に、ベガは悪戯が成功したようなワルい笑みを浮かべた。



「このとんでもないエネルギーを扱うからこそ、この力は異能や超能力ではなく《権能》と呼ばれるんすよ。権能じゃあ本物は《再現》できませんがね」


「えぇ……本物はこれ以上なのか」



 大自然を一心に受けるような生命の本流。


 蒼太の口から、呟くような小さな声が漏れ出た。


 驚く蒼太の反応が面白いのか、楽しそうに笑いながら、ベガが再び、蒼太の隣に寝転がる。


 今度は地面に寝転ぶような姿勢ではなく、蒼太と同じく水の上に浮かぶように、粒子の上を浮かんでいた。



「この流れや浮かぶ感覚が粒子だと、思えるようになってきたでしょ?」


「確かに……こんなの見せられると、イメージとして頭の中から離れなくなったね」


「よろしい。では、このまま目を閉じて、粒子の波に体を一体化させるイメージで身を任せてみるっす」



 ベガに言われるままに目を閉じ、蒼太は波に体を預ける。


 雑念が入る度にベガに注意されていくうちに、段々と海の中に潜っているはずの体との境界線があやふやになってきた。



(これが……一体化?)



 海と一体化してくると、今度は背後から感じる冷たさよりも、体の内側から発せられる熱が気になってくる。


 自分の体の中なのに、そこだけ他と違っていてわずらわしく感じるのだ。



(これを周りと同じようにしたら、嫌な感じもなくなるのかな)



 思いついたままに体の中にあるそれを、周囲の粒子の海と同じように耕す。


 四苦八苦しながら捏ね回し、同じ状態に近づけた瞬間、耳元で拍手が鳴り響き、蒼太の目が太陽の光に襲撃された。



「うわ眩しっ!?」


「おめでとーございまっす!」



 ベガが何か言った気がするが、蒼太はそれどころではない。


 光に目をやられた蒼太は、自分が権能の掌握に一歩近づいたことにも気が付かず、両目を抑えて転がる。




 ──蒼太の目が見えるようになり、ベガが怒られるまであと数分。

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