112刀目 座布団マイナス1枚です
「ぐっもーにん、坊ちゃん。調子はどうっすか?」
目を開くと、真上にベガの顔が見えた。
蒼太はブルーシートの上で寝ているらしく、ベガが立ちながらこちらを覗き込んでいる。
体を起こした蒼太は、背中に少し鈍い痛みを感じることを素直に伝える。
「最悪ではないけど、背中が痛い……」
「貝殻とか取り除いたつもりなんすけどねぇ……もしかしたら、残ってたのかもしれないっす」
「あぁ、それでこんな変な痛みがあるのか」
思わず背中に手を回し、掻きたくなるぐらいの鈍い痛み。
暫く治りそうにない痛みを、握り拳を使って誤魔化す。
なんとか痒みを鎮めた蒼太が顔を上げると、そわそわと落ち着かない様子のベガが口を開いた。
「それで、今回でどれぐらい交渉が進んだんっすか?」
「交渉は終わったよ」
「お……終わったって、もしかして打ち切られたんすか!? それなのに、何でそんなに呑気なんすか!?」
「えぇ……いやいや、違う違う。使えるようになったって意味の『終わった』だから。打ち切られてないからね」
「それはそれで、ビックリなんすけど……」
ベガの予想では少なくても3回、多かったら百を超える勢いで交渉させるつもりだったようだ。
それなのに1発で終わらせた蒼太に、ベガは目を白黒させている。
「いや、まぁ早いことはいいことっすよね! 遅いより早い方がいいっすもんね、カップ麺とおんなじ!」
「確かに3分でできると思ってたら、5分待たなきゃいけないカップ麺とかガッカリしちゃうけど……それとこれとは別にしてあげてよ」
5分かと思ったカップ麺が3分でできる時は嬉しいし、3分でできると思っていたのに、4分だったりすると1分しか違いはないのにガッカリしてしまう。
そう思ってしまったことのある蒼太には、ベガの言うことは理解できなくもない。
しかし、だ。
権能だって、カップ麺と同じレート帯にされるのは不本意ではないだろうか。
カップ麺だって凄い発明かもしれないが、権能の方が超常的な力なのである。
ストライキされても文句は言えないぐらい、比べる対象がショボかった。
ベガはわざとらしい咳払いをして、話題を戻す。
「さて、これで坊ちゃんは権能を使うスタートラインに立ったんすけど」
ベガは蒼太を立ち上がらせて、ブルーシートを回収する。
パン、とベガが両手を叩くと、ホワイトボードが出現した。
「えーと、坊ちゃんの権能の名前は《切開》と、後はなんっすか?」
「《幻想》と《潜深》だね」
「《潜深》……聞いただけじゃわからんっすけど、その3つっすねー」
ベガはペンを握りしめ、さらりとホワイトボードに書き込んでいく。
《切開》……攻撃系
《幻想》……補助系
《潜深》……補助系
3行の文字を書き込んだベガはくるりとこちらを振り返り、ポーチから眼鏡を取り出す。
形から入るのが好きなベガは、いかにも先生ですよと言わんばかりの態度で眼鏡を装着した。
「権能には2つのタイプがあります。それが今、ボードに書いた攻撃系と補助系っす」
「2つ? リラの権能は支援系って言ってたけど、それとは関係ないの?」
「タイプとしては攻撃と補助が正しいんすけどねー。とある管理者様が、補助系の権能持ちを『補欠』と呼んで差別するようになりまして」
「うわぁ、それは嫌だね」
「でしょ? だから、補助系の権能持ち達は『補欠』と呼ばれないように、『支援系』と名乗るようになったんすよ」
そんな話をしつつも、ベガはホワイトボードに権能の名前を書き連ねていく。
《道化》……補助系・補助型
《転移》……補助系・攻撃型
《再現》……補助系・攻撃型
《結界》……補助系・補助型
《治癒》……補助系・補助型
《再生》……補助系・補助型
《創造》……補助系・補助型
《地図》……補助系・補助型
《修復》……補助系・補助型
「なんか『型』っていうのが増えたね」
「『系』をメイン分類とすると、『型』はプラスアルファっすね。基本は補助的な使い方がメインだけど、攻撃に転用できるなら補助系・補助型ってなるっす」
「じゃあ僕の権能は?」
「《切開》は攻撃型でしょうし、《幻想》も攻撃型、《潜深》っていうのは……見間違いじゃなければ補助型だと思うっす」
ふぅん、と蒼太は気の抜けた声で返事するが、すぐに引っかかりを覚える。
(あれ……ベガは僕の権能の名前を知らなかったのに、どうして種類がわかったんだろ?)
蒼太が首を傾げていると、ベガが内心を見透かすように補足してきた。
「ちなみに、坊ちゃんの権能に詳しい理由は姉様の《天秤》の権能を借りて、坊ちゃんを鑑定しただけっすからね? いやぁ、他人の権能は使うもんじゃねぇっすね。かなり粒子がなくなったっす……」
ベガは白い手袋を外し、手を見せてくる。
見せてくれた小さな手からは、五本あるはずの指が生えていないかのように消えている。
粒子を使ったせいで指を構成している粒子の色が透明になってしまったのだろう。
……そう思ったからこそ、蒼太は驚かなかったのだ。
しかし、瞬きしている間に消えていたはずのベガの指が、5本綺麗に揃っていた。
不思議に思いながら視線を上に向けると、頭から目まで消えてしまったように見える、ベガの顔が。
鼻とニヤリと笑う口元以外は存在しない顔面に、蒼太の心臓がキュッと締め付けられた。
「──っっっ!?!?」
蒼太は喉から声にならない悲鳴が出てきそうになるが、なんとか飲み込むことに成功する。
煩い心臓を押さえ、悲鳴のエネルギーをすべて吐き出す勢いで叫んだ。
「き、急に変な状態を見せてくるのはやめてよっ! 心臓が止まるかと思ったから!」
悲鳴の代わりに、抗議の叫びがベガの鼓膜にダイレクトアタックしていたが、自業自得だろう。
耳を抑えて口をへの字に曲げたベガは、粒子を指から顔へ移動し直す。
顔の上から半分を失っていたベガは、困惑を隠せない目で蒼太の顔を見た。
「そ、そんなに叫ばなくてもいいじゃないっすかぁ……ほんの出来心っすよ?」
「その出来心で僕が死んでたら、皆になんて説明するのつもり?」
「『死因:ビビり散らか死』っすかね」
「『し』と『死』をかけてて上手だねー、って言うわけないでしょ!」
「えぇー、座布団は貰えねぇんすか?」
「山田君がいたら、
「そんなー」
割と余裕があるベガに、蒼太はじっとりとした視線を送る。
流石に悪いと思ったのか、ベガが「すんません」と謝罪するので、この場は許すことにした。
「それで、権能の種類は聞いたけど、そのこととコントロールはなんの関係があるの?」
「権能の種類によってコントロールする手応えが違うんっすよ。坊ちゃんは3種とも違う種類っすから、簡単にはいかないって言いたかったんすよね」
「苦戦するってことね、了解」
やっと落ち着いてきた心臓から手を離し、蒼太は両手を握り締める。
ベガの笑えないジョークが挟まったが、これからが本番だ。
「それじゃあ、早速始めまショータイム!」
「……くれぐれも、くれぐれも! さっきのようなジョークはやめてね?」
「あははー、もちのろんっすよー」
……そこはかとなく、不安を感じながらも、蒼太は気合を入れ直すのであった。
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