94話裏通りの衛士達

「こんな所に女の子だけで入り込むなんて、感心しないな」


 マークしていた赤いのはもっと後ろの方だ。まだあの角のずっと向こうに居る。

 少なくとも今声をかけて来た人物は赤くない。

 それにその口調は、少し厳しめに叱りつける様な物だけど、僅かに優しさも含んだものだ。


「旅行者か?街に入る時に教わらなかったのか?少人数でこんな所にまで入り込むなど、大変危険な行為なんだぞ」


 声をかけて来たのは、衛士の格好をした2人組だった。

 大慌てで走って来た様に、2人は僅かに息を荒くしている。


 ……でも、この2人、随分まともな衛士だな?

 街の入り口にいた衛士は、装備を酷く着崩して、マジのチンピラにしか見えなかったんだけど……。

 この2人は身なりもちゃんとしていて、アムカムやデケンベルなど他所の街の衛士さんと比べても遜色が無い。

 表情も引き締まっていて、実直な人に見える。

 片方の人の肩章は線が一本多いから、上司と部下って感じかな?

 緩み切った顔だった入り口衛士と、本当に同種の人間なのだろうか?


「いえ、特に何も言われては……」

「何の説明もされていない?全く!担当者は何をやっているんだ?!」

「衛士長……今日の担当は5班の連中です」

「クソ!お嬢さんたち、急いで大通りまで戻るぞ!宿は取ってあるのか?名前が分かっていればそこまで送る!」


 その2人はわたし達を守る様に、辺りを警戒する様にコチラに背を向け、宿まで送ると言い出した。

 ふむ?想定していた事態では無いな。ココはどうしたものかしら?とビビと目を合わせていると、わたし達が曲がって来た角からそいつらが顔を出した。


 ありゃ?コイツら街の入り口に居た衛士じゃん?

 ミアを見つけて、ニチャァとした笑いを浮かべている。

 うわっ!キモいなコイツ!!マジで只のチンピラじゃね?


 最初の印象通り、こいつ等は制服を汚く着崩していて、ありていに言ってだらしが無い。

 しかもよくよく見れば、服の汚れも結構目立って何だか凄くキチャナイ!


 それに比べて、やっぱり今目の前に居る人達は衛士の制服をキチンと着込み、佇まいや動きに規律を感じる。


「……クソ!」

「お嬢さん方、何があっても守ってやる。隙を見て大通りまで走れ」


 そのチンピラを見て、わたし達のそばに居た衛士2人が小さく毒付く。


「おやぁ、誰かと思えば2班のクランチ衛士長じゃないか?こんな所で油売りかよ?」

「我々は警ら中だ。そっちこそこんな所に何の用だ?此処は5班の管轄では無いぞ」

「通報があったんでな。今まさに職務中ってヤツだ」


 不快な笑みを浮かべながら、そいつらがコチラに目線を送って来る。


「オイ!そこの娘達!大人しくしろよ?お前らには詰所まで来てもらうぞ」

「詰所にですか?!理由をお聞かせ願いませんか?!」

「こんな裏通りをウロウロしてる時点で怪しいんだよ!取り敢えず連行する」

「アタシ達はホテルに向かうため、近道を探していただけです!」

「話は詰所で聞いてやる。良いから来い!」


 チンピラ衛士モドキが、ビビに対してニヤニヤと答えながら手を伸ばして来る。

 問答無用ってか?

 中々に横暴な物言いだ。チンピラだから当たり前か?

 ここは一つ、わたしも一言述べさせて頂こう。


「父に、初めての街で知らない人には着いて行くなと言われて、います」

「ああ?オレ達は衛士だ!見てわかんねぇのか?!」

「衛士さん……です、か?すいません、ちょっと分かりま、せん」

「世間知らずかよ!よく見ろ!そいつ等と同じだろうが!?」

「……え?そうでしょう、か?こちらの方々と比べると、随分貧相に見受けられます、よ?」

「なんだとぉ?!」

「格好を真似された方達なのかな?と。それに……」


 ハンカチを取り出し、口元を押さえて眉根を寄せて見せた。

 そして更に、煽りの一言を投下してみりゅ!


「ちょっと臭すぎて近寄って欲しくありま、せん」

「……!!」


 わたしが「臭い」と言い放ったら、こっち側の衛士の人が「ぶふっ!」っと吹き出していた。クランチ衛士長と呼ばれていた方は、「……オイオイ」と僅かに頬を引き攣らせ、わたしを庇う様に前へ出た。


「て、てンめぇえぇぇ!」

「身の程ってのを教えねェと、わかんねぇようだな!」


 チンピラの2人は顔を真っ赤にして、頭から湯気でも出しそうな勢いだ。


「オイ待て!相手は犯罪者じゃ無い!一般市民だぞ!」

「どけ!クランチ!!」

「それは俺達が決める!」


「そんな無法を私が見逃すと思うか?!」


 クランチさんと呼ばれた方が、わたし達とチンピラ衛士の間に入り、身体を張ってそいつらの動きを制しようとする。

 だが、クランチさんに制止をされた事が癪に障ったかの様に、チンピラ2人の顔つきが変わった。


「分かってねぇ様だな?!オイ!クランチ!!」

「決定権があるのは俺達だ!そんな事も忘れちまったのかよ?!」


「そんな事は!!」

「調子に乗ってんじゃねェぞクランチ!娘を思い出して絆されたか?あぁ?!」

「……貴様!」


 チンピラの1人がクランチさんの喉元を腕で抑え、そのまま路地の壁に力まかせに押し付けた。


「女房と娘はどうよ?最近ちゃんと顔は見れてんのか?ヒヒ!」

「おのれ……!」

「おい!お前らいい加減に……」

「てめぇもだマーテル!てめぇも調子に乗ってんじゃねぇ!」


 もう一人の衛士さんを、2人目のチンピラがその身体をやはり壁に突き飛ばす。

 この衛士さんはマーテルさんと言うらしい。


 大きな男の身体を壁に叩き付けた衝撃で、上の方からパラパラと土くれの様な壁の破片が落ちて来る。


 人も住んでいるのかいないのか、この辺は殆どスラムって事らしいので、建物の手入れも成されずその状態は結構酷い。


 土くれが落ちて来た壁の上の方に目線を向ければ、張り出した窓に置かれた幾つかの植木鉢の様な物が目に入る。

 もう随分手入れもされていないのだろう。鉢を置く為に窓の縁にはみ出す様に敷かれた板がもうボロボロで、今にも崩れ落ちて来そうに見える。



 しかし何だろうねコレは?

 真っ当な衛士さんをチンピラが押さえ付けていると言う、到底有り得ない光景が目の前で展開されているワケだ。

 小汚いチンピラが、凛々しい衛士様を壁ドンしているとか誰得の絵面よ?!


 わたしは小さくため息をつきながら、スカートのポケットの中にあるコイン……1cクプル銅貨をソッと摘まみ取った。

 それを親指で弾き、斜め上方へと撃ち出す。

 一瞬辺りに「キン!」と言う甲高い金属音が小さく響いたが、チンピラ二人は気に留めた様子も無い。


 コインは一瞬で窓に敷かれていたボロボロの板を粉砕した。

 そこに乗っていた複数の植木鉢が、重力に逆らう事無く真っ直ぐ下に降下する。

 そしてそれはまるで吸い込まれる様にして、チンピラ2人の頭に直撃したのだ。


「ガぺッ?!!」「ンごばっ!!」


 直撃を受けた2人は、おかしな声を出してその場で昏倒した。

 やっぱヘルメットって大切だよねぇ~。

 ちゃんとした衛士のお二人は、きちんとヘルメットを着けておられるのに、チンピラの二人は剝き出しの頭に直撃を受けてこの始末……。


 崩れかけの建物の真下で、辺りを気にもせず暴れているのが悪いよね。

 ヘルメットを装着していれば、こんな悲劇は起こらなかっただろうに。


「なんとも不運な方達です、ね」


 そんなわたしのシラッとしたセリフに、ビビとミアがジト目を向けてくる。


 いあ、そんな目をしてもわたしには分かっているからね?

 ミアは落ちて来る鉢にウエイトをかけて、重さを倍にしてたでしょ?

 ビビはエアカーテンを使って、落ちて来る軌道を整えていたよね?


 その事を目で訴えてやると、2人共あらぬ方向へと視線を泳がせる。ぬぅ……。


「何だ?何が一体……」

「上から何かが落ちて来たよう、です。壁際は危険です、よ?」


 突然ぶっ倒れたチンピラ2人に対し、衛士の2人が事態を飲み込めずにいた。

 わたしが状況を説明すると改めて目を見開き、ここは危険だからと倒れているチンピラ二人を安全な場所へと運んで行く。


「流石にこのまま放置は出来んな。マーテル!二人の様子を見ていてくれ!私は詰所まで行き人を呼んで来る」


 頭を打っているから動かさない様にと言い含め、衛士長は「ついでで申し訳ないが……」と言いながら、わたし達を連れて大通りまで案内してくれると言う。


 歩きながら「助けて頂き、ありがとうございました」とお礼を言うと「いや、逆に不甲斐なくて申し訳ない」と、恥じ入った様に衛士長は仰る。


 それでも、あんなチンピラに対しても気遣いを忘れない衛士長様に、出来た人物というのはどんな所にでも居るものなのだな。と、わたしは小さく感動を覚えていたのだ。

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