第十九話 ダンジョンボス


「あっ、ちょっ……う、動くと迫力が……っ」


 ズシン、とアースゴーレムが一歩踏み出し、その重量で足元が揺れる。


「っ……歩くだけで足を取られる……!」

「――プラチナッ!」


 一瞬動きを止められるだけでも、アースゴーレムの間合いの中では致命的になる。大きく腕を振りかぶり、繰り出される拳――いくら盾があっても、まともに受けさせるわけにはいかない。


「――控えなさいっ!」

「っ……リスティ……!」


 アースゴーレムに向けて、リスティが凛とした声で言い放つ。ただの声で止まるほど甘くはない、プラチナもそう覚悟して盾を構える――しかし。


「……ゴゴ……ッ」


(停まった……あれはただの声じゃない、リスティの特技……!)


 低い軋みを上げてゴーレムが一瞬動きを止める。その間にプラチナは震動から逃れて地面を転がる。


(――まだっ!)


 アースゴーレムはそれでも拳を放つ――俺はコインを二発続けて指で弾き、拳に命中させて的をそらす。


「リスティ、今の技は……っ」

「分からない……っ、でも、今ならできると思ったの……っ、やぁぁっ!」


 リスティが腰に帯びていた剣を鞘から抜き、アースゴーレムに突きかかる。この辺りで手に入る武器、それもレベル3では打撃はほとんど通らない――そのはずが。


 細身の剣がアースゴーレムのがら空きになった腕に突き立ち、ヒビが入る。


『……その剣は……土塊で防ぐには荷が重いか』


「――リスティ、離れろっ!」

「っ……!」


 アースゴーレムの頭部が発光し、リスティの足元が同じ色に輝く――そして、石床が垂直に突き上がって壁になる。


 攻撃後の隙を突かれて動けないリスティを横薙ぎに抱きとめ、直下からの攻撃を回避する。


「プラチナ、ナナセ、足を止めるな! 来るぞ!」

「くっ……!」

「あっ、ちょっ……ひぇぇぇっ……!」


 プラチナとナナセの足元が光り、石床が突き上がる――ゴーレムはその属性に応じて特殊攻撃を持っているが、このアースゴーレムは土や石に干渉する力を持っているようだ。


『はははっ……やはりこれくらいのものか。諦めるなら今のうちだけど、どうする?』


 部屋中が柱だらけになっていく――このままではアースゴーレムに近づくことも困難になる。


 だがそれは、柱を乗り越える手段がなければの話だ。敵が優位を確信している今だからこそ、一度は確実に不意を突ける。


 ――盗賊は、パーティの補助的な役割だけを果たせばいい。


 ――言い換えると、ファリナはマイト君に危険な役目を負わせたくないってことかしら。


 ――攻撃を引き付けるのは、私にお任せください。魔導人形は自己修復ができますので。


 ファリナは初め、俺が戦いに加わることを快く思っていなかった。自分以外に前衛は必要ないと言い切ったこともあった。


 それでも俺は、自分に与えられた天賦――盗賊という職業ゆえの特技を活かそうとした。


 俺たちのパーティの完成形は、敵の注意を引き攻撃を誘う誘導役と、有効打を当てに行く攻撃役。それを、今のパーティに適用させるなら――。


「――プラチナッ!」


 石柱だらけになり、視界を遮られた中で俺は叫ぶ。これ以上は何も伝えられない、敵に気取られては意味がない。


「お願い……プラチナ……!」


 リスティが祈るように言う。その声はプラチナには聞こえていないだろう――しかし、想いは届いていた。


「こちらに来い、ゴーレム!」


 プラチナが声を張る。ホブゴブリンたちとの戦いで見せた『身代わり』の特技が、アースゴーレム――ではなく、それを操っている地霊の注意を引き付ける。


『そっちにいるのか……お望み通り、行かせてもらうよ……!』


 アースゴーレムが何かしようとしている――プラチナに対して大技を繰り出そうとしている。


 しかしリスティはただ不安に震えるだけではなく、右手を差し出した俺を見て、意図を悟ってくれた。


『人間にしては頑張ったね……でも、ボクにとっては……』


「――確かにまだ未熟だ。だが、弱くはないだろ?」


『――ッ!?』


 アースゴーレムの周囲に垂直にせり上がった石柱に阻まれ、接近することができない。そう、地霊も決めてかかっていたのだろう。


 だからこそ、全く背後を警戒していなかった。俺が石柱を垂直に駆け上がり、飛び越えて、アースゴーレムの首の後ろに飛びかかるまで。


「うぉぉぉぉっ……!」


『そんなことでっ……!』


 アースゴーレムの首の後ろに土塊が集まる――それに構わず、俺は渾身の魔力を込めて、リスティから借り受けた剣を突き立てた。


『くぅぅぅっ……あぁ……こ、こんな……どうしてこんな力がっ……!』


「それなりにんだ。悪いな」


 ゴーレムに共通する弱点――それは、ゴーレムを作るときに必ず必要になるコアだ。


 それは力ある文字だったり、魔石であったりする。それが入れられている場所には個体差があるが、ゴーレムが攻撃に移るときの魔力の流れで、首の後ろだと判別することができた。


 そういった魔力的な弱点を見切るのは、以前はシェスカさんの役目だった。今の俺なら、魔力を少しながら手に入れたことで、自分の目で魔力を感知することができる――少しくらいは、魔法職の役割を果たせているだろうか。


 アースゴーレムの弱点を貫いたことで、土塊が結束を保っていられずに崩壊する。せり上がっていた石の柱も元に戻っていき、プラチナとナナセの姿が見えた。


「……やっつけちゃったんですか? あんな大きなゴーレムを……あっ、この砂がゴーレム……?」

「待った、ナナセ。まだ地霊との話は済んでない、あくまでゴーレムを倒しただけだ」

「……マイト」


 後ろからリスティが声をかけてくる。振り返ると、彼女がじっとこちらを見つめている。


「リスティの剣のおかげだ。俺のコインじゃゴーレムの弱点には届かなかった」

「わ、私は何も……マイトがいなかったら、今頃どうなってたか……えっ……プ、プラチナッ」

「ん?」


 リスティが何か驚いているので、振り向こうとすると――プラチナがこちらに駆け寄ってくる。


 このまま抱きしめられてしまうのかと思いきや、猛烈な勢いで横を通り過ぎられた。


「っ……良かった、無事で……柱だらけになって分断されたときは、どうしていいのかと……」

「う、うん……ありがとう、プラチナ。でも、マイトの声が聞こえたでしょ?」

「ああ、不思議なものだな……マイトの声を聞いて、自分が何をするべきか分かったのだ」


 プラチナは振り返ってこちらを見る。あれは俺にとっても賭けで、ゴーレムの注意をプラチナが引きつけてくれたおかげで最短で弱点を狙うことができた。


『……驚いたな。というよりも、まさかという気持ちだ。こんなところに、君のような存在がいるなんて』


 地霊の声が聞こえてくる。少しの落胆は感じられるが、それでもその声は落ち着いていた。


『あーあ、ボクの負けか。こんなことになるのなら、もう少し鍛えておくべきだった。ゴーレムのコアも意地悪な位置に変えて……あと百年後くらいまでには、今回の反省を活かそうかな』


「野菜を魔物にするのは、もう終わりにしてくれるか?」


『……悔しいけど、約束は約束だからね。さあ、地上に出るための魔法陣ならそっちだ。ちゃんと使えるようにしておくよ』


 声の気配が遠のいていく。しかし、誰も魔法陣の方に歩き出さない。

 

「……何か、すっきりしないな。地霊はなぜこんなことをしたのか、それが全て見えていない」

「マイトがいなかったらアースゴーレムに私たちがやられていたかもしれない……でも、マイトがいなかったらそもそもここまで来られてもいないのよね」

「地霊にとっても、これは思ってもみないことのはずなんです。マイトさん、このままここを出てしまってもいいんでしょうか……?」


 三人ともが感じている違和感。俺も分かっている――その理由は。


「……何か寂しそうな声だったな。地霊に対してそんなことを思うなんて、人間の思い上がりってやつかもしれないが……」

「そ、そんなことないと思います、私もそんなふうに聞こえました。アースゴーレムを動かしたときは、どこか楽しそうで……」

「本当に、寂しかった……だから、野菜を魔物化したりして、アリーさんたちの気を引こうとしたっていうの?」

「……地霊と直接話すことはできないのだろうか? それとも、そうできない理由があるのか。地霊とはやはり、人間が会えるような存在ではないのか……?」


 プラチナの疑問については、場合によると答えるしかない。自然の力を司るような存在なのだから、人知を超えている部分は多い。


(アースゴーレムは倒したが……地霊の本体と呼べるようなものは、見つけていない。つまり……)


「……マイト?」


 広い部屋を見渡す。壁際まで歩いていき、目を凝らして、壁の模様を調べていく。祭壇の表面に隠された鍵穴を見つけたときのように――すると。


「……あった……!」


 再び俺は、ごく小さな鍵穴を見つける。駆け寄ってきた三人も息を呑んだ――おそらく地霊も、俺たちがこれを見つけることを想定していない。


「……ここから先は……」

「一緒に行くわよ、もちろんね」

「暗かったら明かりが必要じゃないですか? あっ、ライトポーションだけ持っていくとか意地悪言わないでくださいね、ひとりでお留守番は怖いですから」

「マイトが見つける秘密には、正直を言って興奮させられる……ついていく以外にはないのだ」

「よし、分かった。それじゃ、行くぞ……!」


 三人の前で、今度は隠さずに鍵を生成する。魔力で生み出された『白の鍵』を鍵穴に当てると、吸い込まれるように中に入っていった。

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