はじめましてマオとユウ 中編③

不思議な感覚だった。アヴェルに連れられてきたサーカスの会場。そこは、テントが建てられているわけではなく、遠い昔の遺物のコロッセオを改装したものだった。俺が地方の遊園地内のショー会場みたいだなっと言ったらアヴェルは笑っていた。次々と演目が進む。ジャグリングやマジックやアクロバット、どれもこれも素晴らしかった。しかし、俺の心をざわつかせたのはそれらではなかった。


ピエロ。


黄色のパステルカラーのアフロのカツラ。だるだるのつぎはぎなつなぎ。白で塗られた顔、目は片方は緑、もう片方は赤に丸く大きく縁どられ、鼻の先には赤い真ん丸のビー玉ほどのボールをつけている。演目の転換の際にその都度現れる。おどけながら前の演目で使ったボールなんかを片付けたりする。会場は笑っていたが、俺はピエロのなんともいえない物悲しい雰囲気と、時折見せる前の演者よりも華麗なジャグリングなんかの技に言いようのない何かを感じた。


「いやー、よかったなー。」


ショーが終わり、会場から観客が帰るのをしばらく待つことにした俺とアヴェルは席に座ったまま観客が流れていくのを眺めながら感想を言い合う。いや、お前の良かったなーは踊り子に対してだろ?いやらしい目で見やがって。俺は悪態をつく。


「いやらしい目ねー。お前そんな風にあのダンス見てたのか?」


どういう意味だよ。なんで俺がそんな風に見てたことになんだよ。文句を言う。


「馬鹿だな。他人は自分の鏡だぜ。相手はこう考えてるんじゃないかってのは自分の考えそのものなんだよ。」


アヴェルは、にやにやしながら答える。なんか腹立つなー。観客がある程度引けてきたので俺たちも帰ることにした。帰る途中アヴェルは宿に向かうにはちょっと遠回りな道を選んだ。俺は少し不思議だったが別に宿にすぐ着いたからといって特に何もすることもないので黙っていた。道は綺麗に石畳で舗装されて、通りにはところどころに外灯の役割のかがり火が建っている。サーカスがあったからなのか人通りはまだまだあり、活気が漂っていた。そんな通りから外れてアヴェルはどんどんと薄暗い路地に入っていく。俺は思わずどこ行くんだと聞いた。


「実はこっちの通りの宿に踊り子たちが泊ってるって聞いてな。」


俺は思わずがっくりと肩を落とした。そしてアヴェルを残して、もと来た道を戻ろうとする。


「えーー。行こうぜ。なんかあるかもしれないだろ?」


あるか、あるとしても面倒ごとに決まってる。そんな最中、声が聞こえた。


「ねぇ、あんた。」


思わず俺はそっちの方角へ顔を向けた。アヴェルもつられてそっちを見る。そこにいたのは猫だった。なんつーったけな、アメリカンショートヘア?猫、画像で検索したら真っ先に出てきそうなそんなやつ。


「おっ、珍しい。ってか、いたんだな、この世界にも。」


アヴェルはそう言いながらその猫を抱えた。猫もおとなしそうにそれに従っていた。アヴェルが言うには、こっちの世界でこういう動物は珍しいらしい。確かに言われてみれば日中、街に来た時に見かけたのは皆、犬や猫に似てはいたが爪だったり牙だったりが違っていた。改めて前の世界の猫を見るとその異様さにびっくりする。俺も異世界に染まってきたのかねー。猫の機嫌を構わずよしよしと撫でまくるアヴェルを見ながらそんなことを考える。猫は嫌がる風でもなく、アヴェルなど気にする様子もなく、ずっと俺の方を見ている気がする。なんだ?そういや、誰かに声かけられた気がしたんだが。


「ハムー、ハムどこ行っちゃったのー。あっ。」


路地の奥から女の子が走ってきた。そして、アヴェルが捕まえている猫を見つけて安堵した声をあげた。どうやらこの猫の飼い主らしい。しかし、ハムとは。どんなセンスしてんだよ、こっちの世界の住人は。かがり火に照らされた彼女の姿を見る。ピンクのウルフヘア、ぱっちりとした二重の丸目、すっと通った鼻筋、ぷっくりとした大きな唇。瞬間目を奪われた。それと同時に無意識に、ピエロと口が動いた。


「えっ?もしかして化粧落ち切ってない?」


何言ってんだよと俺に悪態をつこうとしたアヴェルよりも先に彼女は自分の顔をぺたぺたと両手で触った。全員が謎の沈黙に包まれた。やがて、


「ハム捕まえてくれてありがとう。それじゃ。」


彼女はそう言って、アヴェルから猫を受け取り、そのまま路地奥に走り去って行ってしまった。なんだったんだ。その後、何故ピエロがあんな美少女だってこと気付かなかったんだと謎の嘆きで動けなくなったアヴェルを引きずりながら自分の宿に戻った。なんとなく部屋に引っ込む気になれず、宿屋一階にあるロビーの何の皮で出来てるのかよくわからないが上等そうなソファに座って休むことにした。それは妙な感覚だった。言葉にするとしたら世界が大きく広がったと言えばいいんだろうか。よくわからない。目に映るものは変わらないはずなのにその情景の深度は今日一日で変わってしまった。このロビーでもそうだ。今座っている軽い飲食の可能なこのスペース。夜もそこそこ深い時間だというのに幾人かがロビーにたむろし、鎧をまとい西洋騎士よろしくな男性が、魔導士風のローブに身を包んだ女性と談笑していたり、窓際に座り、頬杖をついてずっと外を眺める若い女性。さっきからカウンターで宿代を負けてくれと懇願している傭兵風の男性とそれに困ったように対応する受付の女性。俺はその妙な感覚をアヴェルに聞いてみる。机に突っ伏したまま謎の落ち込みを見せるアヴェルは、


「なんだって?言ってる意味よくわかんねーよ。それよりもなんでお前あの子がピエロだってわかったんだ?」


まったく。こいつに聞いた俺が馬鹿だった。気付いた理由だって?それは正直分からなかった。分からないと答えて、これじゃあ、こいつのこと馬鹿にできないなと少しおかしくなった。そんな俺の思いにアヴェルは気付くことなく、


「なんだよ、そりゃ。でも、あんな美人で可愛いなんてなー。多分、俺らと同じくらいだよな、あれ。くそー、なんで気付いたのがお前なんだよ。俺が気付きたかった。」


どんな理屈だよ。でも、確かに若かったよな。多分10代だろうな。そんなことを考えていると俺たちを呼ぶ声がした。振り返るとユウがいた。しかし、一人ではない。いかついポニーの金髪縦ロール。俺は思わず身構えた。いかにもお嬢様然とした佇まい。俺の二次元と薄い三次元の知識ではどう考えても高飛車な嫌なやつである。俺たちを呼ぶ声もなんかきつかった気がする。何の用?俺は平静を装い尋ねる。


「あなたイフリートと喋ってたらしいじゃない?あなたもしかして精霊語が喋れるの?」


かしら口調ではないにしろ、どうにもこちらを馬鹿にしたような口調。なんか苦手だなこの子。俺は適当に答えた。


「そうなの。なら明日からの遺跡探索わたくしと行動を共にしてくれる?」


なんだ、この感じ。俺は思わずアヴェルに視線を向けて、こいつと回るからとやんわりと断った。アヴェルは相変わらず机に突っ伏している。どうやら二人が来たことには気付いていたみたいだが無視を決め込んでいるようだった。俺がそう言った直後から彼女たちに見えない角度で俺の足を蹴ってきている。


「そう。でも、絶対行動を共にしてもらうわ。ユウ行くわよ。」


そう言って彼女は二階への階段へ向かった。それに従うようにユウもそれに続く。途中、ユウはこちらを向いてバツの悪そうにこちらに会釈した。なんだかなー。


「お前はなんで、余計なことするかねー。」


先ほどまで机に突っ伏していたアヴェルは姿勢を起こし、俺に文句を言う。いや、どう考えてもお前のが悪いだろ。俺を助けてくれてもいいじゃんか。


「だって、あのマオだぞ。正直、俺は関わりたくない。」


なんだよ、あの縦ロールはそんなに有名なのか?


「そりゃな。あだ名は超エゴイスト。世界のあらゆるものは自分の養分にしか捉えられないやつだよ。」


あだ名どんだけだよ。流石に本人それ聞いたら怒るだろ。俺は思わず驚いた。


「は?お前どんな翻訳されてんだよ。まーいいけどさ。俺基本女の子大好きだけど、マオはさすがに無理。あの口ぶりだとお前、絶対明日マオと一緒だな。俺は逃げるからな。」


はー。憂鬱だなー。前の世界でもあんな感じの女の子と喋るの苦手だったのに。ってか、遺跡探索ってなんだよ、遺跡が地中から出てきたらもう専門家の出番だろ?俺たちの課外なんて普通中止だろうに。明日のことを考えてブルーになる俺。今度は俺が机に突っ伏した。

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