第23話 実家帰り


 気前の良い先輩が発狂した。


「ぐあー! 駅伝マラソンがあるから5日間寝れねー! 誰かシフト入れねーのかー!」

「みんな実家帰るってさ。居残りメンバーで頑張ろうぜ」

「ぬがーーーー!!」


「助けて!」のチャットを送られ、あたしは申し訳ない気持ちを示すスタンプを押した。


(先輩ごめんなさい。今日から……)


 目の前には、コートを着て乗車席に座るミランダ様と、鞄に入って昼寝をしているセーレム。隣を見れば、鳥かごに入ったアウル。そして、あたし。


(みんなで、ミランダ様のご実家なんです)


 ボックス席、しばし、お世話になります。


「アウルさん、お、おーやつ、食べますか?」

「ああ。ありがとう。ルーチェ」

「いえいえ」

「ルーチェ、俺も欲しい」

「はいはい」


 チャックを開けてから手を伸ばし、おやつをあげるついでにセーレムを撫でる。あー、可愛い。可愛い。


「ミランダ様、あ、飴、舐めますか?」

「何味?」

「果物系です」


 袋ごと渡すとミランダ様がメロン味を取り、あたしにイチゴ味を渡した。


「ほれ」

「あ、へへっ。ありがとうございます」

「ん」

「音楽聴いてもいいですか?」

「自由にしてな」

(あ、魔法書読もうかな。……。……酔いそう。あ、映画見よう。……あ)

「ミランダ様、一緒に映画見ませんか?」

「映画?」

「セーレム、ちょっとごめんねー」

「にゃー」


 セーレムをあたしの席に移して、あたしはミランダ様の隣に座り、電池満タンのタブレットをつける。


「何見ます?」

「……これ」

「あ、これ見たことないです」

「気になってたんだよ。見る機会がなくてね」

「これにしましょう」


 イヤフォンを半分にしてミランダ様と映画を見る。途中で感想を言い合う。


「こいつ、さ、最低じゃないですか?」

「こういう奴は関わらないほうがいいんだよ」

「……うわ。最低……」

「ルーチェ、ここからだよ」

「はい……」


 見せ場のシーン。


「ふふっ、ざ、ざまあみろ」

「まだ半分も時間あるのかい」

「この先ど、どうなるんですかね」


 セーレムが網の窓からアウルに声をかけた。


「なあ、アウル、見てみろよ」


 アウルが正面に座る主達を見た。


「似たもの親子がいるよ」

「……ホー」

「ふふふっ!」

「ルーチェ、声抑えな。……ぐひひっ」

「あ、すいません。……ふふっ」


 展開がコロコロ変わる、それでも軸が通った面白い映画だった。やっぱりチート作品より、こういう落ちこぼれクラスの主人公が努力して結果を出す映画を見た方が、モチベーション上がるんだよな。


(……あ)

「ミランダ様、森と畑しか見えなくなりました」

「ああ、そろそろだね」

「……なんか、伝説のブランド、たまねぎってめちゃくちゃど、堂々と、書かれてるんですけど」

「私もね、あそこの工場はよくわからないんだよ。……たまねぎの工場なんじゃないかね。多分」

「はぁ」


 そこでアナウンスが入った。知らない町の名前が電車内に響く。


「荷物の準備しな。そろそろ止まるよ」

「はい。……セーレム、そろそろだって」

「俺疲れたよ」

「ふふっ。お疲れ様。……アウルさんも」

「ホー」


 荷物を持って電車から下りると、広大な冬の田舎町が待っていた。


(うわぁーー! ザ・田舎って感じの町だー!)


 寂れた無人駅。

 駅の写真を撮って、町の写真を撮って、鞄と籠に入るセーレムとアウルを撮って、キャリーケースを引きずってサングラスをかけるミランダ様を撮る。


「ルーチェ、写真撮ってないで行くよ。少し歩くからね」

「ミランダ様、お荷物って魔法で運べますよね? やらないんですか?」

「魔法は便利だけどね、……使える筋肉は使わないと衰えていく一方だからね」

(……魔法ばかりでも駄目なのか。そりゃあそっか)

「こっちだよ」


 シャッターが閉められた店が並ぶ商店街の道を歩いていると、車が一台止まっていた。窓が開き、運転席から手を振られる。


「ミランダー!」

(あ)


 ミランダ様の一番上の兄に当たるオベロンが声を上げ、ドアを開けてこちらに近づいてきた。


「おお。ルーチェちゃんも久しぶり!」

「ご、ご無沙汰、してます」

「おっと、なんでぇ。一人可愛いのが増えてんじゃねえか」

「あ、あの、アウルさんっていうんです」

「こいつはイケメンじゃねえか。よろしくな。アウル」

「ホー」

「ルーチェちゃん、車に積むから貰ってくよ」

「あ、すいません」

「だったら頼みがあるのだが」

「うわっ!」


 アウルの声に驚いたオベロンが驚きの声を上げて、鳥かごを見た。


「びっくりした! お前も喋るのかね! はっはっはっ! こいつはいい!」

「俺はこの町の空を飛んでみたい。上空から車を追いかけるから、積むのはこの籠だけにしてくれないか」

「お。冒険心の高いフクロウじゃないかね。ルーチェちゃん、いいかい?」

「……」


 あたしはちらっとミランダ様を見た。


「いいですか?」

「そいつなら大丈夫じゃないかい?」

「アウルさん、出ておいで。と、飛んでいいですよ」


 鳥かごから放してあげると、上空高く飛んでいく。澄んだ空気を味わうようにアウルが空を飛び回り、鞄からはセーレムの不満そうな声が聞こえてくる。


「ルーチェ、俺も外出たい!」

「え? セーレムも出るの? はい」


 雪の積もった地面に下ろしてあげると、そわそわしていたセーレムの体がぴたっと固まり、すぐにあたしの肩に飛びついてきた。


「寒いからやっぱ戻る!」

「わがまま……」

「ルーチェ、抱っこして!」

「はいはい」

「はあ! 温かい!」

「ルーチェ、車に乗りな」

「あ、はーい」


 オベロンと一緒に荷物を積んでいたミランダ様に声をかけられ、車に乗り、アウルはその車を上空から追いかける。しかし、時々飽きて、遊ぶように空を飛び回る。最近ずっと家の中にいたし、楽しいんだろうな。


「ルーチェちゃん、元気だったかね」

「あ、はい。オベロンさんも」

「ああ、オベロンおじちゃんはいつだって元気よ! ティタニアも既に家にいとるからね! 一緒に白黒歌合戦でも見て、年過ごそうじゃないの! あ、ルーチェちゃん、ミカン好き? 今年のミカンはうめえらしいぞ! 母さんが箱いっぱい買ってたかんな。好きなだけ食べていいからね!」

「兄さん。……おっさん臭い」

「なんでえ! 可愛いミランダの愛弟子じゃねえの! 可愛がって何が悪いってんのさ! ね! ルーチェちゃん!」

「は、ははは……」

「こっちには何日くらいいるのかね?」

「一週間。……ルーチェ、宿題は持ってきてるんだろうね?」

「はい。ちゃんと」

「かー! 宿題あんのか! そうだよなあ。学生は大変だよな。あ、ルーチェちゃん、オーロラ見たことあっか? ここからちょっと遠いけどね、オーロラ見せてくれるイベントがね、毎年やってんのよ。おじちゃんと行くかね?」

「あ、み、見たいです!」

「おー、いいよー。じゃあ年明け辺りにおじちゃんと行こうかね。それを絵日記に書きなさいな。……絵日記ってあるのかね?」

「にー……っきは、あー、ないのですが、でも、け、研究レポートっていうのが、……あって……オ、オーロラの研究レポートとして、書けるので……」

「おう! そうか! じゃあやっぱり見に行かねえとな! ミランダも行くかね」

「んー……そうだね。行こうかね」

「みんなで言ったほうが楽しいべ。行こうやー」


 車が畑に囲まれた一本道を通っていく。ビニールハウスで誰かが作業している。寒くないのかな?


「ルーチェちゃん、ほれ、あそこ、お師匠さんの家見えてきたよ!」

(……え)


 ――巨大な旅館が建っていた。


「……ミランダ様、ご実家りょ、旅館だったんですか?」

「違うよ」

「え、でも、旅館が、建ってます」

「ほら、兄さん、だから言ったんだよ。私が最初に言ったことと同じことをこの子が言ってるのが何よりの証拠だよ!」

「なんでえ。いいじゃねえか。どうせ誰も来ないんだから、家くらい贅沢にリフォームしたって何の問題もねえって! 土地だけは余ってるんだからよ! ルーチェちゃん、あの辺りの土地も全部うちのもんなんだよ」

(……え、まじ? やば)

「まあまあ、入って入って」


 ドアを開けるとまたドアがあり、そのドアを開けてようやく玄関にたどり着く。振り返ると、アウルが家の近くの木に止まり、そこで居眠りを始めていた。今日の寝床はあそこに決まったようだ。


(……うわあ……)


 まじで旅館の作り。広い玄関に、少し進んだ先には神様を祀る台のようなものが壁に固定されていて、綺麗な廊下が続いていた。オベロンが車から荷物を運んでいると、廊下の奥からミランダ様の二番目の兄のティタニアが歩いてきた。


「おー。ミランダ、来たか」

「調子はどうだい。兄さん」

「まあまあさ。……やあ。ルーチェちゃん」

「お、お久しぶりです」

「ミランダから聞いたよ。なんか賞取ったんだって? すごいじゃないか」

「え? なんだ、その話?」

「いや、なんか魔法関係の賞取ったらしいよ。ルーチェちゃんが」

「なんでえ! ルーチェちゃん! めでてえじゃないかね! おじちゃんに後で詳しく教えてってんのさ!」

「やめなって! こっ恥ずかしい! 兄さん、弟子の前で恥かかせないでおくれ」

「なんで怒るかね! ミランダ! 賞取ったなんてめでてえことよ!?」

「ルーチェ、兄さんのことは気にしなくていいからね。全部大げさなんだよ」

「でも、嬉しいです。ふふっ」

「ティタニア、母さんは?」

「ああ、そうだ。母さんはもういるのかい?」

「ああ、母さんなら……」


 ティタニアが『あたし』に指を差した。


「そこにいるべや」


 ――オベロンとミランダ様が振り返った。


(……え?)


 三人の視線は、あたしの後ろだ。


(……後ろ……?)


 あたしはゆっくりと首を動かし――振り返ると――、





 巨大な黒い魔女が、あたしを見下ろしていた。





 第九章:皆を守る霧の魔法使い END

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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す 石狩なべ @yukidarumatukurou

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