第8話 理想のマイ・ルーム
実験室と言われたら、みんなはどんな想像をするだろうか。あたしは正直、フラスコが沢山並んであったり、ミラーガラス付きの部屋があったり、箱型のガラスの部屋が設置されてたりするのかなって思ったけど、なんというか、実際来てみたら……。
(カウンセリングルーム……?)
「どうぞ。お座りください」
「はい」
ふかふかのソファーに座り、ミストはソファーの後ろに立つ。正面を見れば、魔法使いらしくローブと帽子を身に着けた眼鏡をかけたおじさんが笑顔で魔法石の入った瓶を持っていた。
「話は聞いてますよ。ルーチェ・ストピドさんね。ディクステラ隊長の身内だそうだね?」
「はい」
「実験体の志願をしてくれてどうもありがとう。非常に助かるよ。これで何か成果を得られれば今後の調査がよりスムーズになるだろう。結果がなくても気にすることはない。軽い治験だと思ってくれたら大丈夫。何も怖くないよ」
(怖くないって……)
あたしは、魔法石が目の前にあるだけでも恐ろしいのに。
(何するんだろう……)
「最初に記載してもらいたいんだけどね。この紙の必要事項欄に書いてくれるかい?」
「あ、はい」
でも、本当に治験のようだ。やったことはないけど、体調のこととか、通院しているか否かなど、細かくチェックする欄がある。
・魔力を持ってますか?
(はい)
・障害はありますか?
(ADHD……軽度の吃音症……)
「はい、どうもありがとう」
おじさんが紙を見た。
「……ほう。発達障害があるのかい?」
「あ、はい」
「ふむふむ。問題ないよ。大丈夫」
(……問題あった方が嬉しかったな)
「むしろね、こういう類の人の方が嬉しいんだよ。魔力持ちで、ADHD。……吃音症。はあ。これで脳に何かしらの影響が出たら、それはそれですごい結果だ。ストピドさん、ぜひやってもらいたい」
「……」
「説明をしよう。今からやってもらうのは簡単なことさ。魔法石に直接触れてもらう。そして今から君は、幻覚を見ることになる。花畑のね。そこで、黄色い花を探してきてほしい。黄色い花は一凛だけ咲いているから、見つけたら手を振るんだ。……質問はあるかい?」
「……黄色い花をみ、見つけて……手を振れば、いいんですよね?」
「そうだよ」
「……わかりました」
「では、行こう」
おじさんが瓶から魔法石を取り出した。布越しで掴み、あたしに向ける。
「さあ、両手を出して」
(……ミランダ様)
あたしは狂いません。
(あなたの元に帰るまでは……!)
両手が尋常じゃないほど震える。息が荒くなる。おじさんが手を離した。
魔法石が、あたしの両手に直接乗った。
(*'ω'*)
美しい花畑が広がる。
そよ風が吹き、多くの花が揺れている。
あたしは辺りを見回す。
黄色い花を探さないと。
あたしは歩き出す。
花を踏んづけて、先に進む。
黄色い花はどこだ。
探す。
黄色い花はどこだ。
見つからない。
やばい。大丈夫。焦るな。
黄色い花はどこだ。
歩く。探す。見つからない。
一凛だけ。どこかにあるはず。
あたしは探す。
黄色い花がない。
どこにあるの。黄色い花。
落ち着け。大丈夫。この美しい景色が、悪夢のように思えてくる。
大丈夫。ある。必ずある。
踏んづけた花に振り返る。振り返った先の花は、元に戻っていた。
あたしは黄色い花を探す。ない。黄色い花を細かく探す。ない。
焦ってくる。大丈夫。焦るな。大丈夫。
あたしの影が動く。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
息が荒くなってくる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
影が伸びていく。
どうしよう。見つからない。どうしよう。花がない。どうしよう。ミランダ様、どうしよう。あたし、どうしよう、どうしよう……!
「ルーチェ」
振り返る。
「ここ」
居ても立ってもいられず、真っ直ぐ走り出した。急いでその方向へ走ると、輝く黄色い花があった。あたしはそれを掴み、もぎ取り、それはそれは大きく手を振った。
(*'ω'*)
――目を開けると、あたしはベッドで横になっていた。
(……ここ、どこ……?)
「……ルーチェ?」
(あ……)
あたしの視界にジュリアが映った。
「起きましたか?」
(あ……っ……やだ……)
あたしは無理矢理体を動かし、這いずるように隅の方へと逃げた。
「ルーチェ?」
(怖い……)
「……黄色い花を見つけたようですね。すごいですよ。最速だったって。10時間。よく頑張りました。……まあ、君ならそうなるだろうと思ってましたけど。ひひっ! 10時間は予想外でした。早くても、36時間程度かかるかと……」
「……」
「今夜……起きた顔が見れて嬉しい」
ジュリアがベッドに乗った。あたしは包まったシーツを抱きしめ、もっと隅に逃げる。ジュリアが近づく。あたしは体を強張らせ、目を閉じた。ジュリアの優しい腕が、あたしを抱きしめ、包む。
「明日もきっと同じようなことをやると思います。でも君なら大丈夫。私に触れても気が狂わない君なら、魔法石なんてどうってことない」
「……」
「お腹空いてない? 食事、出せるけど……どうする?」
「……に……」
「ん?」
「……屋敷に……帰して……ください……」
「……。……。……屋敷って、なんのこと?」
「ミ……んぐっ! ……ン……様の……屋敷に……!」
「あー、そうだ。言っておかないと駄目ですね。ごめんなさい。忘れてました。ほら、私、君の分身を魔法で作ったって話をしたでしょう? それでね、ミランダの側で……失敗ばかりさせましてね、そしたら、破門ですって」
「……え?」
「破門。クビです」
「……え、……ちょっ……」
頭が追い付かず、ジュリアを見上げる。ジュリアは笑顔だ。
「破門……って……そんな……」
「簡単でしたよ。ミランダの部屋をぐちゃぐちゃにしたらあの女が怒りましてね、反省してない態度を見せたら速攻クビ」
「あの人が、そんなことをするはず、ないです……!」
「そう言われてもね? そうなっちゃったから」
「な、な、な……」
「君に帰る場所はありません。ここしかありません」
「っ!」
――手を上げると、その手首をジュリアに掴まれた。シーツが宙を舞う。勢いのままジュリアを押し倒した。ジュリアがベッドに倒れた。笑ってる。あたしは怒ってる。
「ふざけんなよっっっ!!!!!!!!」
「ふざけてません」
「み、み……ん、あの、人は、そんなこと、絶対に、しない! 絶対に、ない! 嘘を、つ、つ、つかないで、ください!!! あたし、う、うそ、嘘つきは、嫌です!!!」
「嘘じゃないですもの」
「違う! 嘘! 嘘だ! 嘘! 嘘つき!!」
「嘘じゃないですもの」
「う、うそ……うそ……」
涙が溢れて、落ちて、ジュリアの頬に降っていく。
「うそだ……うそ……うそ……つき……」
「嘘だったら言うわけじゃないですかー」
「……あ……あ……」
「だからね、間抜けちゃん。君の居場所はもうここしかないんです。ね。冬休みで学校も終わるし、君の帰る場所はここ以外存在しなくなる。路頭に迷うしかありません。寒くなってきたし、それは嫌でしょう?」
「……。……。……」
「大丈夫ですよ。私、全部責任取りますから」
優しい手が伸びて、あたしを掴み、抱き寄せる。
「君に何があっても、私は君を見捨てたりしない。ずっと大切にこうやって抱きしめてあげる。だから、君も安心して私の腕に抱きしめられたらいい。ね?」
「……」
「可哀想なルーチェ。あんな女の元に行ったせいで、散々酷い目に遭ってきて。でももう大丈夫。これからはここで、魔法使いになって、夢をかなえて、私と幸せになりましょうね」
ジュリアの声が、脳まで響く。
「愛してます。私のルーチェ」
――現実と妄想の区別がつかなくなったら、羽根を使え。
(……破門なんて……されてない……)
あたしは信じてる。
(ミランダ様は、ジュリアさんの魔力に気づかないほど、呆けた魔法使いじゃない)
あの方は、偉大な光の魔法使い様。
(絶対気づいてる。あたしの行方を捜してる)
杖さえあれば、何かサインを送れるかもしれないのに。
(あたしの杖も……荷物も……どこ行ったんだろう……。……言ったら、返してくれるかな……)
「……荷物、どこですか?」
「荷物?」
「あたしの杖、返してください。魔法が使えません」
「……手配しておきますね」
(……返してくれないんだ……)
あたしはしゅんとして、うずくまった。
(返してよ……。あたしの杖も……あたしの居場所も……)
「ルーチェ?」
(ジュリアさんなんか大嫌い……)
「ルーチェ、すねないでください。もう、可愛いんだから」
(あなたが、無理って言ったんですよ。あなたが、あたしには無理っていうから、あたし、ここまでやったんですよ。ミランダ様の弟子になって、魔法ダンスコンテストで賞を取りました。その結果がこれですか。頭沸いてる。まじで、頭おかしい。この人。関わるんじゃなかった。あの時……ジュリアさんのテストを受けた時から、もう、関わるのをやめればよかった。許さなければよかった。もうあなたとは金輪際関わりませんと、言えばよかった。あたしの馬鹿。悪い人じゃないからって、関わって、痛い目に遭って、ジュリアさんなんて、何度も何度も痛い目見てるのに、あたし、本当に繰り返す。反省のはの字もない。恥ずかしい。情けない。ふがいない。畜生……。畜生……!)
「ルーチェ、今夜はもう寝ましょう。君は魔法石の影響をもろに受けて疲れてるので、ね? 大丈夫。目が覚めても一緒です。だから何も寂しくありません」
(ミランダ様の元に帰りたい……!)
「さあ、大丈夫。何も怖くない」
ジュリアの手があたしの背中に触れた。
「夜が始まる」
ジュリアの魔力が、皮膚からあたしの中に入ってきた。あたしの体が大きく痙攣し、意識が遠くなっていく。視界が白く光り、あたしの瞼が下りていく。
「ボンヌ・ニュイ。私のルーチェ」
幸せそうなジュリアの顔を見つめたまま、あたしは意識を飛ばした――。
(*'ω'*)
部屋から爆発する音が響き渡り、ドアを叩かれる。
「ミルフィー! 何時だと思ってんだい!!」
「げほっげほっ!」
窓を開け、咳き込む。中からは巨大な煙。
「やっべ……死ぬかと思った……」
「もう寝なさい!」
「すんませーん!」
「全く!」
ドアから気配が離れていき、ため息をつく。
「はあ。やっぱり闇魔法の分子をもう少し減らすべきだったべ。んーちゃ。闇の魔力分子の少量分は調節が難しい。だがしかし、でもだけど、あたはとんでもない発明をしたと言えるべさ」
布を取ると、瓶が存在した。そこには力を失い、ただの石となった元魔法石があった。
「魔法石とは凄まじい魔力が込められた魔力の天然石。これさえあれば魔法使い一人の気を触れさせることも可能。とんでもない代物。だけんど、そんな石の一部が科学的に作られたものかもしれないという可能性」
杖を構え、頭の中で考える。分子の調節をする。
「火よ」
「水よ」
「光よ」
「闇よ」
「緑よ」
「風よ」
「電流……いや、電波よ」
全ての分子が石を囲む。
「融合」
その瞬間、融合した魔力分子がぶつかり合い、部屋が光に囲まれる。また階段から駆け上がってくる音が聞こえる。しかし、止まることはできない。光が止んだ。
「証明完了」
そこには復活した魔法石が存在する。瓶を持ち、確認した。
「んちゃ。やっぱり電波だったな。結構」
「ミルフィー!!」
「だけんど、誰がこんなことしたんだがや。非常に摩訶不思議だべ。魔法石なんて危険なものを大量生産でもされてみろ。魔力のない人間はたちまち精神を呑まれ、魔法使いの一部は魔力が使えなくなる可能性だってある」
「明日は屋根裏部屋の掃除ですからね!」
「魔法省か? いいや、魔法省がこんな小娘にわかりそうな仕組みで、しかも魔法石を作るはずない。狙いがあるなら、作らず、天然の魔法石を収穫するはず。……となると……魔法調査隊が動いてる可能性大」
足が動く。
「魔法石を担当するなら地位の高い人間」
切り取った新聞の記事を眺める。
「ジュリア・ディクステラ」
……顔をしかめる。
「厄介だな。はあ。なんで調べたいことがある時に高確率でこの女がいるんだ。おかしいべ。大魔法使いアルス様は意地悪だ」
振り返ると、月の明かりが窓から漏れている。そこへ近づき、そっと跪き、両手を握りしめる。
「アルス様、ミルフィユベルンは良い子です。人を傷つけません。人を貶めません。発想ばかりのこの脳は大切な人のために使うことを過去、既に誓ってます。そして今、この脳が欲しているのは情報。表に出ているものでは間に合いません。本質的な部分が欲しいのです。魔法省が隠している以上、これはやむを得ない行動であるのです」
息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「大魔法使いアルス様、どうか、このミルフィユベルンにご加護を」
闇の中で、紫の瞳が輝く。
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