第11話 笑う鹿
クラスメイトが魔法でモップを動かすトゥルエノを見つけて近づく。
「トゥルエノがペナルティなんて初めてじゃない?」
「何したの?」
「……ふふっ。ちょっといけない事しちゃったの」
「水族館実習は行かない感じ?」
「うん。清掃だからね……。キャンプファイヤーは参加できると思うけど」
「ルーチェはどこ?」
「ルーチェは……」
目の前に東の森が広がる。やっほー。昨日ぶり。ミランダ様が入っていき、その後ろをついていく。ミランダ様の肩に乗ったセーレムが森の匂いを嗅ぐ。
「ミランダ、同じ景色が続いてるよ。迷子になりそう」
「大丈夫だよ。迷子になったって森が追い出すさ」
「……来たことあるんですか?」
「何度もね」
秋のこの時間帯は暗くなりかけた空が広がる。森は闇が多い。気を付けて歩かないと。
「ミランダ様、戦時中もここを歩いたことがありますか?」
「戦地がここだったからね」
「え、そうなんですか?」
「お前、地元民だろう? 知らないのかい?」
「えっと……南の森で、激しい戦いが行われていたことは聞いてますが」
「ここもすごかったよ」
「そうなんですか?」
「ああ。誰もいないと思ってたら」
ミランダ様が地面を踏む。
「ジャスミンが仲間を殺していたからね」
あたしはきょとんと瞬きをし、首を傾げた。
「……え? それ……南の森の話じゃ……ないんですか?」
「そう伝わってるかい?」
「……あたしは……そう聞いてます。親から……先生からも……テレビでも……そう報道されてます……」
「……興味本位で近づく奴がいるからね。政府がそうやって発表してるんだろうね」
「……ここなんですか?」
「ここだよ」
ミランダ様が木に触れた。
「南の森で激しい戦いが行われている一方、この森だけに攻撃がなかった。ひょっとしたら敵国のアジトがあるかもしれない。その真相を確かめるために、調査として派遣されたんだよ。調査なら、子供の私がいても安全だからね」
安全じゃなかった。
「敵軍は森の奥にいた。けれど、ジャスミンが全員を殺していたから、私達が発見する前に全滅していた」
静かな森が続く。
「今でも覚えてるよ。振り返った時のあの女の顔」
返り血にまみれて、闇に染まった濁る瞳を光らせて、私達を見たあの時の姿。
「……ここに来ると鮮明に思い出す」
……初めてですね。ミランダ様から、……ジャスミン・ディアーブルについてのお話を聞くのは。
「そうだったかね」
……怖かったですか?
「あんな恐怖は初めてだったよ」
……恐ろしい人物だったと、習ってます。魔法博物館にも書いてありました。
「私一人なら殺されてた。仲間の兵士達がいてこそ、助かった」
……お知り合いの方から、何を頼まれたんですか?
「近頃、この森に異変が起きてるそうでね」
異変ですか?
「様子を見てほしいって言われたんだよ。昨日みたいな狼もいるわけだしね」
……あれは……びっくりしました。あの後、森に帰したんですか?
「ああ。ここの森に住む狼だったよ。何かがあって下りてきたんじゃないかね」
ああ……餌が少なくなってるんでしょうか?
「あるいは……SOSとか」
……SOS……ですか? 狼が?
「……。……ルーチェ、ちゃんとついてきな。はぐれるよ」
あ、はい。すいません。
ミランダ様が先に進む。セーレムも前を見る。あたしもその後ろについて歩くと――耳元で呼ばれた。
「ルーチェ」
(え?)
あたしは振り返った。
(……あれ、気のせいかな)
前を見る。あれ?
(ミランダ様がいない)
目の前には大きな樹木が立っている。
(うわ、やだ。一瞬目を離しただけなのに。やば。叱られる)
あたしはミランダ様を追いかけようと辺りを見回すと、絶句した。
「え……?」
それは見たことのない場所。
「何……?」
地面に埋まる石が光っている。
「え?」
あたしの手が何かを握っている。視線が下りた。
不気味に光る魔法石を持っていた。
「うわっ!」
あたしは慌てて魔法石を落とし、手をカーディガンに擦り付けた。魔法石が地面に転がる。
「ミランダ様!」
あたしは大声を上げる。
「ミランダ様!!」
あたしは地面を踏んだ。地面に埋まった魔法石が不気味に光り続ける。
「えっ……? なんで、え……どこ……?」
あたしは森に伝える。ミランダ様のところに案内して! だが森は答えない。とても静かだ。
(ここ、どこ?)
辺りを見回す。
(どこ?)
魔法石が光る。
(ここにいちゃいけない気がする)
あたしの足が踏み込んだ。
(離れないと……!)
「ルーチェ」
「殺されそうなの」
「助けて」
背後から、声が聞こえる。
「ルーチェ」
「死んじゃうよ」
「助けに来て」
耳に声が入ってくる。
「ルーチェ」
「お友達でしょう?」
「助けてくれるでしょう?」
――瞼を上げると、冷静さが戻ってきた。体の感触を感じる。手が動く。足が動く。呼吸する。舌が動く。口が動く。振り返る。遠くなった魔法石と距離を縮める。微笑む。手を伸ばす。魔法石はもう少しだ。本物だ。本物の魔法石だ。やっと見つけた。やっと手に入れられる。
これが欲しかったの。
とても、必要なの。
「ふふふふ」
――笑い声が聞こえて、あたしははっとした。
(うわ、今度は何?)
あたしがそっと離れると、足音が近づいてきた。どんどんこっちに向かってくる。あたしは後ろに下がる。相手が正体を見せた。あたしは目を見開く。
首が伸びる鹿が笑顔であたしを見ていた。
「ふふふふ」
キリンのように長くなった首には沢山の口がつき、鹿の体から足が8本生えていた。
「ふーふふふ」
(……何……これ……)
あたしは下がる。
(まじで……何が起きてるの……?)
「ふーふふふー」
(っていうか……鹿の鳴き声って……こんなんじゃな……)
鹿が首を下ろしてきた。あたしはぎょっとして受け身を取って転がると、首の口が地面を這う芋虫を食べていて、鹿の顔はずっと笑顔だ。避けたあたしを見て、再び笑い声をあげる。
「うーふふふー」
(やばい。これ確実にやばい)
あたしはすぐに立ち上がり――地面を踏み込んだ。
(逃げなきゃ!)
「ふーふふふふふー!」
あたしは森を走る。後ろからは楽しそうな鹿の笑い声が聞こえる。あたしはとにかく走り続ける。鹿が木にぶつかった音が聞こえた。あたしは小さな崖を見つけ、そこから下に下りた。
(よし!)
振り返ると、木を咥えた笑顔の鹿がすごい勢いで走ってきていた。
「ひい!」
小さな崖を簡単に下りてくる。あたしは走り出す。
(ミランダ様! どこですか!! ミランダ様!!)
「ふふふふふふ!」
「ひゃっ!!」
足が躓き、坂をごろごろ転がる。体が止まらない。
(やばい!)
木にぶつかった。
「ひぐっ!」
痛い!
(やばい。痛がってる場合じゃない……!)
起き上がろうとして、はっと気が付く。鹿の視界からあたしが消えたらしい。見失ってる。
(……よし……)
あたしは身をひそめる。
(大丈夫。探してる)
鹿の伸びた首が辺りを見回している。
(大丈夫。このままじっとしてよう)
ミランダ様の言ってた意味がわかった。あんな動物がいるんじゃ、動物達がSOSを求めてこの森から逃げ出す理由もわかる。
(でも、ホテルはこの森からかなり遠い。もっと近場があるのに、どうしてあのホテルにいたんだろう……)
鹿の体が動き出す。向こうへ行った。
(……大丈夫かな?)
振り返ってみる。
あたしの目の前に、大きく口を開く鹿がいた。
「あ……」
口の中だけが見える。喉の奥まで続いてる。あたしは動けない。鹿がどんどんあたしに近づく。口の中に入っていく。
「重なった肉体よ、元の位置に戻れ」
鹿が引っ張られるように後ろに下がった。首からリスが飛び出した。首から鹿が飛び出した。首からフクロウが飛び出した。首からクマが飛び出した。首から狼が飛び出した。首からウサギが飛び出した。首から蝙蝠が飛び出した。大量に飛び出していく。だんだん吐き気がしてきた。あたしは口を押さえた。だが止まらない。笑顔の鹿の顔が無表情になっていく。鹿の首から肉体が離れていく。グロテスクな光景がひたすら続く。あたしの背後に人影が立った。巨大な魔力が動く気配がした。杖を振る音が聞こえた。全ての肉体が離れた。つぶらな瞳の鹿がその場に倒れた。重なっていた動物達が一斉に逃げ出した。ウジ虫が鹿から逃げていく。アリが鹿から逃げていく。蝶々が逃げて、ハエが逃げて、芋虫が鹿の口から出てきた。それでもう限界だった。あたしは木の根に吐いた。嗚咽を出すと、背中を撫でられる。
「うえっ! げほげほっ! うぇええっっ!!」
「オーマイゴッド。すごい見つけもの」
「げほげほっ! げぼーーーー!!」
「間抜けちゃん。大丈夫ですか?」
「ひい……ひい……!」
「オ・ララ。大変」
ジュリアが振り返った。
「誰か! 冷静薬!」
「こちらに!」
「ああ、どうも。……間抜けちゃん、飲んでください」
あたしは口を閉じ、ぶるぶると首を振った。
「間抜けちゃん、飲んでください」
あたしはぶるぶると首を振った。
「隊長、この子は……」
「ちょっと杖と仮面持っててもらえます?」
「え!? あ、は、はい!」
「間抜けちゃーん?」
あたしの頭はパニックになっている。鹿の笑顔が呪いのように離れない。
「間抜けちゃん、大丈夫ですから。飲んでください。冷静薬」
肩を掴まれた。あたしはそれを払う。逃げようと体を動かす。
「あら」
腰が抜けて立ち上がれない。だけどあたしは逃げようと地面を這う。
「あらあら、汚れますよ?」
腕を掴まれて、引っ張られる。痛い。どうしよう。殺される!
「あれ、あなたは……ミランダ・ドロレス!?」
「ジュリアの隊の奴らかい。何の騒ぎだい」
「狂暴化していた動物を見つけた際に、襲われた少女がいまして」
顎を掴まれた。何するの! やめて! 怖い!
「あ! ミランダ! ルーチェがあそこに!」
「え?」
黒い瞳が振り返った。その先では、冷静薬を口に含んだジュリアが――その口で、あたしの口を塞いでいた。
「んっ!!」
あたしはその体を強く押すが、体は離れない。
(殺される!)
強く体を押さえつけられる。
(助けて! 誰か助けて!!)
喉の奥に何か流し込まれ、あたしの体が痙攣する。
(助けて!)
しばらく体を押していたが、次第にその力が弱まっていき……ふと、あたしの頭が思った。どうしてそんなにパニックになってるの? もう鹿は来ないよ? だって、気絶してるもん。
(……そうだ。鹿は……動物と重なってて……それが解放されて……その場に倒れて……気絶した)
あたしの頭が冷静になっていく。
(気絶して……元に戻ったんだから……襲ってくるはずない。鹿は……臆病だから……そんな簡単に……襲ってきたりしない……)
瞼を上げる。
(もう大丈夫……)
紫の瞳と目が合った。
(んあ……?)
唇が離れた。唾液が伸びてお互いの間に落ちる。ジュリアが目の前にいる。きょとんとする。ジュリアが微笑んだ。
「
「……あれ。なんで……ジュリアさんが……」
「あは! それを私が訊きたいんです! 君はゲロまみれでどうしてここにいるの?」
「え……っと……ミランダ様の……お手伝いで……」
目を動かす。軍服のような制服を着た人達が大勢いる。
(……魔法調査隊……? ……あ)
ミランダ様が超怖い顔で歩いてきた。
(あ、やべ)
ミランダ様の足が止まった。ジュリアが気が付き、顔を上げる。ミランダ様と目を合わせ、にこりと微笑む。
「ボンソワール。ミランダ」
「……お前がここにいるなんて知らなかったよ」
「魔法石の調査で来たんです。最近、妙に動物の狂暴化が進んでいるのがここだったもので」
(……そういうことだったんだ……)
「どうやらここには天然の魔法石が多く埋まっているようで、近頃、動物達に大きく影響を与えているようです。おかしいですね。今までそんなことなかったのに」
「……」
「まあ、間抜けちゃんもこんな状態ですし、休ませてあげたらいかがです?」
「お前に言われなくてもそうするつもりだよ」
セーレムがミランダ様の肩から下りてきた。
「ルーチェ、心配したぜ! 振り向いたらルーチェがいなくなっててさ!」
「……あたしも……気づいたら……なんか……変な場所についてて……」
「変な場所?」
ジュリアが首を傾げた。
「どこですか?」
「あの……あっちに……えっと……魔法石が……大量に埋まってる場所があって……」
「え?」
ジュリアがあたしの手首を掴んだ。
「どこですか?」
「……案内できる?」
あたしが森を見上げて言うと、冷たい風が吹いた。木に生える草が揺れた。調査隊の一人が振り返って、気が付く。
「隊長! あちらに光が!」
「確認してください」
「はっ!」
隊員達が移動を始める。そして見つける。大量の魔法石が地面に埋まり、岩の壁にも大量に埋まっている。ダイヤモンドなら全員お金持ちだ。
「隊長、確認できました。『聖域』です」
「周りに影響がないか調べてください」
「はっ!」
「……間抜けちゃん、お手柄です。どうもありがとう」
ジュリアがあたしの手首を掴んでいる。
「どうやって見つけたの?」
「……あの、気が付いたら……」
「私達ね、四日前からここにいるんですよ。でも全然見つけられなくて、とても助かりました」
「はあ」
「で、どうやって見つけたんです? 聖域」
「……え? あ、いや、ですから……気が付いたら……」
「気が付いたら? ってことは、間抜けちゃんは魔法石が埋められた聖域を見つける天才なんでしょうか?」
紫の瞳が光っている。
「もしくは、気が付いたってことは……意識がなかったんですかね? 魔法石に引き寄せられていたとか?」
「……あ……そうですね。ぼんやり……してました」
「魔法石は魔力のある人を魅了しますからね。なるほど。ってことは……」
ジュリアが微笑んだ。
「他の聖域も探せたりします?」
「調査隊がいるなら私の出る幕はないね」
ミランダ様があたしの腕を掴んだ。
「立ちな。ルーチェ」
「あっ」
「早く」
「は……」
い、と返事をしながら立とうとすると、ジュリアに手首を引っ張られた。
「わっ」
再び尻餅をつく。ミランダ様がジュリアを睨んだ。ジュリアが笑顔でミランダ様を睨んだ。
「ミランダ、まだ話は終わってないんですよ」
「魔法石は魔力のある者を魅了させる。つまりは、ルーチェにとってかなり危険だってことさ」
「つまりは、訓練に慣れた私達に探し出せない聖域を、簡単に見つける犬になる」
「こいつはお前の手下かい? 部下かい? 違うよ」
ミランダ様がジュリアの手首を掴んだ。
「私の弟子だよ」
ミランダ様とジュリアが睨み合う。
「わかったらこの手を離しな」
「……ウイウイ。そう怒らない。皺が増えますよ」
ジュリアがあたしの手首を離した。ミランダ様がそれを見て、すぐにジュリアの手首から手を離し、あたしの腕を持った。無理矢理立たされる。
(あ)
立ち眩みが起きて倒れそうになると、ミランダ様があたしの体を支えた。
「……っ、すみません……」
「本当に役に立たない弟子だよ。お前は」
「……すみません……」
「オーマイゴッド! なんて酷い言葉を浴びせるんですか」
「ジュリア、お前に関係ないんだよ。引っ込んでな!」
「まあ、なんてことを言うのかしら。この光オタク」
「なんてことを言う? だったら言わせてもらうけどね、うちの弟子に近づくなって何回もお前に忠告してるはずだよ! しつこいんだよ! この子に関わるんじゃないよ!」
「あら、やだ。怖い顔。なんでそんなにイライラしてるんですか?」
「お前が関わるとろくなことが起きないからさ!」
「私がいなければその子の首は鹿の胃の中でしたよ? ねえ? 間抜けちゃん」
「え、あ、えっと……」
「いい。返事するんじゃない。黙ってな」
「あ、はい……」
「お前は何してたんです? はぐれた間抜けちゃんを探して森を冒険? それとも英雄になった思い出に浸ってた?」
「ジュリア、それ以上言ったらタダじゃおかないよ」
「はぐれたのはなぜ? お前が間抜けちゃんから目を離したから。助けたのは私。感謝してもらう筋合いはありますけど、そんな風に言われる覚えはありませんね」
「ジュリア」
「間抜けちゃん、こんな女といたって君のためにならないよ。丁度いい機会です。適正テストとして私のお手伝いをしてくれませんか? この森にはまだ神聖なる聖域が隠れているようで……」
ミランダ様がジュリアの額を額でど突いた。うわっ!!
「……おっと……こいつは……もー……」
ふらついたジュリアが、ふっと笑って――ミランダ様の額を額でど突いた。ひぇっ!!
「うわ、隊長!」
「何やってるんですか! ジュリアさ……あぶっ!」
「はっ! 副隊長!」
「だ、誰か!」
ミランダ様とジュリアがお互いのマントを掴み合い、凄まじい怒りの魔力を放つ。
「本当のことを言われてピキっちゃいましたか!? ミランダ!」
「お前がイラつかせる全ての元凶なんだよ!」
「だったら私だって言わせていただきますけどね! お前だってその子がどの道に進んだ方が一番正しいのか、わかってるじゃないですか!」
「ルーチェは光魔法使いになるって決めてる! 本人がそう決めてるんだよ!」
「若い子はいつだって道を間違える! いいですか! お前も、私も、わかってる! あの子の進むべき道は、闇魔法です!!」
「断言するんじゃないよ! ルーチェの人生さ! あの子が決めるんだ! 外野が口出すんじゃないよ! しつこい! うざい! うっとおしい!」
「ミランダ、良いこと教えてあげましょうか!? さっき、あの子に冷静薬を飲ませたんですよ! 間抜けちゃんが暴れるから、口移しになってしまいましたが! そのついでに!」
ジュリアがミランダ様の耳に囁いた。
「私の魔力を流してみました」
けれど、見てください?
「どうですか?」
あたしの意識ははっきりしており、魔力の量は元に戻っている。
「私の魔力で、狂うことなく、魔力を回復させている。ね。お前には出来る? 私の魔力で、回復できます?」
ジュリアは微笑んでいる。
「あの子は出来る」
ジュリアは笑っている。
「天才的な闇の素質があるから」
ジュリアは笑う。
「あの子の体には、今、現在、私の魔力が流れているんだよ。ミランダ。あの子の体は、今、 私 の も の だ 」
紫の瞳が、嬉しそうに、とても喜んで、歓喜して、笑った。
「あはははははははははははは!!」
ミランダ様が拳を固めて、ジュリアを思い切りぶん殴った。あたしは悲鳴を上げる。隊員達が悲鳴を上げる。セーレムがうわっ、と声を上げた。
「今のやべえ。ちょー痛そう」
殴られたジュリアがふらつき、もう一度ミランダ様を睨み、拳を固めて、見えない速さでミランダ様の美しい頬を殴った。うわっ!!
「ミランダ様!」
「あの女!!」
「やめてください!」
「ジュリアさん! いい加減にしてください!」
「退け!! 今日こそ決着をつけてやる! ミランダ!」
「望むところだよ!! ジュリア!!」
「ミランダ様!!」
「やめなさいって! 隊長! あんたももういい年なんだから!」
ミランダ様とジュリアの距離が無理矢理離され、隊員がミランダ様を押さえるあたしに言った。
「悪いが、今日はここから出て行ってくれないか。調査なら我々が行うつもりだ」
「本当にすみません! すみません!!」
「ルーチェ! 離しな! あの女に一発お見舞いしてやるよ!」
「ミランダ様! もう!!」
ミランダ様があたしの顔を見て、はっとした。
「もう……やめて……ください……!!」
涙を落とすあたしを見たミランダ様が、顔をしかめ――呆れて作った大きな溜息を吐き、拳を緩めた。
「……帰るよ。ルーチェ」
「……っ、はい……」
「あ、待って!」
セーレムがあたしの背中を伝い、あたしの肩に乗ってくる。隊員達が安堵の息を吐き、呆れた目でジュリアを見て、当のジュリアは――声を張り上げた。
「間抜けちゃん!」
ミランダ様が睨み、あたしは慌ててミランダ様の腕を掴んで振り返る。すると――満面の笑みを浮かべるジュリアが、手を振っていた。
「またホテルでね!」
「帰るよ」
「あ……」
肩を掴まれ、そのまま歩かされる。
「ミランダさ……」
「黙りな」
(……やばい。……超怒ってる……)
「……」
(……怒らせちゃった……)
血の気が引き、俯く。
(どうしよう……)
ひたすら前に続く道を歩いていると、森が導いたのか、あっという間に森の外に出られたのだった。
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