第11話 夜の待ち合わせ


 仕事帰りの人達に巻き込まれながら改札口を出て、クレイジーを探す。こんな夜に女の子を呼び出すなんて、酷い男だ。これで大したことなかったらジュース奢ってもらおう。


(あれ、どこ?)


 あたしはスマートフォンを開き、チャットアプリを起動させた。


 <どこ?

 >着いた?

 <着いた。改札口の前。


 あたしは顔を上げた。辺りを見回してみる。スーツを着たサラリーマンが歩く。オフィスカジュアルを着たOLが歩く。不良の集まりがコンビニの前でたむろしてタバコを吸ってる。花壇のところにいかにもヤバいことをやりそうなサングラスの不良が座ってる。目を合わせちゃいけない。うーん? 見回る。


(あれ? どこ?)

「ルーチェっぴぃー」

(おん?)


 花壇の縁に座ってた不良が手を振った。……え、まじ? 恐る恐る近づいてみると――クレイジーだった。


「お疲れー」

「……な、なんでサングラスつけてるの?」

「え? お洒落」

「見づらくない?」

「ちょー見づらい」

「馬鹿じゃん」

「ぐひひひ!」


 クレイジーが笑いながらサングラスを取り、シャツの胸ポケットにかけた。


(……なんだ。元気そう。良かった)


 ふっと微笑むと、クレイジーがそんなあたしを見て――笑顔のまま黙り込む。


(ん?)

「……」

「……どうかした?」

「……や? 別に?」

「隣、し、失礼するね」


 クレイジーの隣に座って駅から出ていく人達を眺める。クレイジーが隣りに座ったあたしを見てくる。なんだろう。さっきから。


「……なんかついてる?」

「ん? あ、や、……スカート、ってか、ワンピース着てるとこ、初めて見たから」

「……あー。これね。……衣替えで出てきて、いつかき、着ようって思って、そのままにしてて、さっきクローゼット開けたらあったから、着てきた。楽なんだよね。ワンピース」

「や。……。……それ」

「うん」

「めちゃくちゃ可愛い」

「……あー。……あはは。ありがとう」


 言葉を流して期待はしない。彼の言葉は上辺です。あたしはクレイジー君の攻略方法を身につけたのだ。もう何言われても大丈夫。


「クレイジー君はこ、怖い」

「え? 俺っち?」

「だって、サン、グラス、つけて、なんか、こう、ずーんって、座ってるから」

「普通に座ってるだけじゃん」

「不良とかに喧嘩売られない?」

「魔法見せたら逃げてく」

「あー」

「ジュース飲む? なんか買うよ」

「あ、……大丈夫だよ。あたし」

「喉渇いたんだよね。女の子残して一人で買うのもなんか嫌じゃん? 男として?」

「あー……じゃあ……」


 あたしとクレイジーが立ち上がり、すぐ側にあった自動販売機を覗く。あたしは指を差した。


「オレンジジュース!」

「俺っちたんさーん」

「ありがとう!(わー、めっちゃ冷えてるー! つめたーい!)」

「いえいえー」


 暑い夜の中、冷たい飲み物を持って、再び花壇に腰掛ける。


「「かんぱーい」」


 二人でペットボトルを合わせてジュースを飲む。はあ。夏はやっぱり爽やかなオレンジジュース。


「それで、クレイジー君……どうしたの?」

「ん?」

「会って話したいって言ってたから」

「あーね」


 クレイジーが炭酸ジュースを飲んだ。


「最近どう?」

「最近って、……毎日会ってるじゃん」

「それな」

「世間話がしたかったの?」

「そうだよ。世間話」

「はあ。……心配して損した」

「え? なになに? 心配してくれたの?」

「だって、電話の声、なんか……泣きそうだったから」

「……。……。……えー? 泣きそうだった? 俺っち?」

「聞き間違いかも」

「や、でもまじ会いたかったから、……ありがと、来てくれて」

「……明日も会えるじゃん」

「今会いたかったの。ほら、夜ってナイーブになりやすいじゃん?」

「……やな、ことでもあった?」

「……んー。ちょーっと、……そだね。……。……嫌なこと、かな」


 車が駅の前を通る。


「起こってほしくないことが次々に起こる感じ?」

「……あるよね。そういうこと。や、や、嫌なことって、つ、続くから」

「……」

「でも、下がったらあとは上がるだけだから」

「……なんかさー、……これ以上下がってほしくないんよねー」

「それは仕方ないよ。物事って思うようにいかないものだから」

「んー」

「……小さい時ね、あったよ。生きてるのが嫌になって、四階講義室から飛び降りようとした時」

「……ルーチェっぴ?」

「こ、こ、こんな話し方だし、発達障害持ってたから、変な行動ばっかりし、してて、決めてはバレーボールだったかな。ボール怖くて逃げてーたら、め、め、目の前で悪口言われ始めた。……クラスで孤立してたから、誰も助けてくれなかった」

「……飛び降りなくてよかった」

「窓枠に引っかかったんだよね。それで、たー、多分、た、た、太陽かな。目の前にすごい光がこう……ピカって光った気がして、びっくりして、後ろに下がって、そのまま」

「そっか」

「7歳の時。そこから怒涛だよ」

「8歳だっけ? 学校入ったの」

「うん。最初はミラー学校だったけど」

「……は? ミラー学校受かったの?」

「うん。でも最初だけね。途中入学。……転入かな? 受かったからぜ、絶対プロになるって思ってたけど……そ、そ、卒業証書来ちゃって」

「あそこ厳しくね? 倍率やばいって聞いてるけど。20人受けて受かるの1人だっけ?」

「んー。まあ、……若かったっていうのもあるんじゃない? 7歳だし」

「……7歳でミラー学校入って……その後ヤミー学校? レベル違くね?」

「色々あったんだよ。それに、あたしにはヤミー学校、あってると思う。マリア先生にも会えたし……その、……さ、最初のクラスにね、……親友が出来て、もう、やめちゃったんだけど、その子のお陰で、す、すごく、その時期は楽しかったし、絶対プロ目指すんだって燃えてたな。……あっ、それこそ、緑魔法使い目指してたよ。その子」

「あ、そうなん?」

「そうそう。髪の毛も……そうだね。クレイジー君と同じ緑色だった」

「へえー。女の子?」

「ん? ううん。男の子。なんかねー、す、すごく優しい子でね、あたし、こんなしゃ、しゃ、喋り方なのに、全然気にしないで仲良くしてくれた子がいーてね、あたしもその時、ちょっと、なんていうか……男勝りな感じだったから、よくその子と絡んで魔法で遊んでた」

「……ルーチェっぴ、男勝りだったの?」

「んー、なんかねー、スカートとか穿きたくない時期だったんだよね。け、け、蛍光色のジャージばっかり着てた」

「ぶふっ! 何それ!」

「あはは。すごかったよ。蛍光の黄色いジャージとか、蛍光の青ジャージとか」

「赤ジャージはなかったの?」

「赤と緑は親友の担当だったから。あははは!」

「その頃から魔法使ってたのはいいね」

「……そうだね。……そこは親に感謝かな」

「……その子、初恋?」

「……やー、初恋では……ないかな。……なんか、本当に、友達っていうか……なんか、その子のお兄さんとお母さんがね、す、すごく良くしてくれて、なんか……初恋というよりも……兄弟みたいな? ただ、スマホとか持ってなかったし、もう連絡取れないから、どうしてるかわかんないんだけど」

「……歴代の卒業アルバムとかに顔写真あるかな」

「……あー。あるかも。辞めたの一年過ぎてからだし」

「名前は?」

「名前? ……。……あ、やば。ど忘れ……。あの子……。えっとね……。セー……あー……セー……なんだったかなー。セー……」

「おいーっす」


 知らない人が声をかけてきて、クレイジーとあたしが顔を上げた。うわ、怖。不良じゃん。五人。……中学生くらいかな。やんちゃしたくなるよねー。


「あんさー、兄ちゃん、金貸してくんない?」

「うわ、隣の女胸ちいさっ」

「ぶふっ! お前そんなこと言うなってー!」


 ゲラゲラ笑われ、うわー、と思いながら引く。君達そんなこと言うなってー。傷つくじゃーん。


「あ?」


 クレイジーが立ち上がり――意外と身長が高いのに気付いた不良のリーダーがはっとして下がった。


「何?」

「や、……。……意外と良い体付きだねー!」

「めんどいわ。文句あんなら言えよ」

「や、あ……」

「は? 何」

「そんな怒んなってー!」

「金ならバイトして稼げばいいだろ。ダセーんだよ」

(うわ、こわっ……)

「あ? ほら、言えよ。なんだよ」

「や、っ、大丈夫っすわ!」

「あっそ。……ねーえ。君達さー」


 あたしの胸が小さいと言った少年の肩と、それを聞いて笑った少年の肩を掴み、クレイジーが低い声で言った。


「女の子にそういうこと言っちゃ駄目じゃね?」

「あ、ごめんなさいっす」

「すみません」

「ん? 俺に言うの?」

「「あ」」


 二人があたしに向かって頭を下げた。


「すいません」

「ごめんなさい」

「あ、はい」

「ね? こうなるからさ、言っちゃ駄目だよ」


 クレイジーが二人を三人に勢いよく突き飛ばした。あ、風魔法だ。完全にビビった少年達にクレイジーが笑ってない笑顔を向ける。


「次はねえからな」

「さーせん……」


 少年達がとぼとぼ歩いていく。うおー。怖かったー。不良漫画見てる気分だった。胸がドキドキして止まらない。こわー。クレイジーが振り返り、さっきとは比べ物にならないほど優しい目であたしに寄ってきた。


「大丈夫?」

「あ、あたしは全然。なー、慣れてるから」

「ごめんね。嫌な思いさせて」

「や、大丈夫だよ。……ちょっと、怖かったけど。……っていうか、なんで……クレイジー君に声かけたんだろうね。ビビると思ったのかな?」

「馬鹿なんだよ」

「あー……」

「まじ、気にしなくていいから。ルーチェっぴの胸のサイズ、俺っちはそそられるから!」

「や、そういうのはいい」

「だから、その、気にしなくても大丈夫だから。まじで。ほんとに、ルーチェっぴは可愛いから、あんなガキの言うこと信じなくていいから」

「……大丈夫だってば」


 思わず笑ってしまい、クレイジーの頭をそっと撫でた。


「ありがとう」

「……」

(なんか微笑ましいな。……弟がいたらこんな感じだったのかな。犬の弟ならいたけど)

「……」

(なんかクレイジー君の髪の毛って草みたい。……ワックスつけてる。崩れるからあんまり撫でない方がいっか)


 手を離すと、クレイジーがじっと見てきた。


「ね」

「ん?」

「あんさぁ」

「うん」

「……きって……ったら……」

「え? 何?」

「……。……。……あれ、なんだっけ? ……やっべー! ど忘れしちゃったー!」

「は? そんなことある?」

「うーん。あるんじゃね?」

「そうなの?」

「うん。でさ、ほら、今日ちょっと、嫌なことあったからさ」

「うん」

「……あ……甘え……ても、……いい?」

(……甘える?)


 あたしは首を傾げ、まあ、いいだろうと思って頷いた。


「いいよ」

「……じゃあ……ありがと!」


 クレイジーがあたしに近づき――肩に頭を乗せて、じっとしだした。あたし人より肩硬いって言われるけど大丈夫かな? クレイジーが手を伸ばし、あたしの手を握りしめ、繋いでくる。……ああ、出た出た。女好き。


「……ちょっと、しばらくこのままでもいい?」

「……うん。いいよ」


 まあ、嫌なことあったって言うし。


(もしかしてアンジェちゃんにふられた? や、でも連絡先知らないか……)


 車が通る。駅から人が出ていく。夏の風が吹く。涼しい。ペットボトルから水滴が滴り、クレイジーの呼吸と温もりが伝わってきて、男の子とこんなに接近したことがないから、なんか、そうだな。言うなれば、親友のあの子じゃないんだけど……弟みたい。


(甘え上手な末っ子かー。これは女の子の心くすぐるの上手いな。彼女になった子は苦労しそう。……おっと)


 クレイジーのスマートフォンが鳴った。クレイジーは取らない。着信音は鳴り続ける。クレイジーは取らない。その様子を見て訊く。


「鳴ってるよ?」

「何も聞こえない」

「……取りたくないの?」

「いいよ。取らなくて」

「……鳴ってるよ?」

「いい」

「……大事な用事じゃない?」

「……」


 クレイジーがあたしにくっつきながらスマートフォンを取り出し、応答ボタンを押して、怠そうに耳にあてた。


「もし。……駅だけど。……だったら何? ……あーね。……や、一人じゃない。……。……ルーチェっぴといる。……あ、ほんと? ……あ、じゃあ……頼むわ。おん。……うぃっす」


 クレイジーがスマートフォンをしまい、またあたしの肩に頭を乗せた。


「兄ちゃん車で送ってくれるって」

「どのお兄さん?」

「コリス兄ちゃん」

「……あー、コリスさんかー……あの人怖いんだよなぁ……」

「普段は優しいから」

「だといいけど」

「……来るまでこうしてよ」

(あー、異性に甘えたくなる時あるよねー。わかるわかる)


 数分後、ワゴン車から下りてきたコリスがあたしにくっつくクレイジーを見て、呆れた目を向けていた。


「ユアン」

「……」

「はあ……。……ルーチェちゃん、久しぶりだね」

「あ、はい」

「聞いたよ。コンテストまでこぎつけたって。おめでとう」

「あ、はい。ありがとうございます」

「見に行くから頑張ってね」

「あ、まじ……あ、はい。頑張ります」

「車乗って。……ユアンも、早く」

「……」


 クレイジーがあたしの手を握ったまま、コリスを無視して車に移動する。あ……なるほど。兄弟喧嘩か。そうだよね。兄弟多いと喧嘩にもなるよね。


「ルーチェちゃん、家どこ?」

「あ、西の森までお願いします」

「……森?」

「あ、はい。森です」


 車が走り出した。


(……空気重……)


 車の中で無言の時間が続く。


(なんか喋らないのかな?)


 あたしのスマートフォンが鳴った。あ。ミランダ様からだ。


 >終わったら連絡寄越しな。迎えに行くから。


(……ミランダ様……ぽっ……♡)


 <今クレイジー君のお兄さんが車で送ってくれてます。森で下ろしてもらう予定です。


(これで良し)


 顔を上げると、無言の兄弟がいる。わー。良くないわー。ナビの声が響く。コリスが口を開けた。


「ルーチェちゃん、最近ダンスの練習はどんな感じ?」

「あ、はい。あの、すごい、頑張ってます。全然駄目なので……」

「でもAステージまで行けたのは実力だからね。楽しみにしてるよ」

「ありがとうございます。あ、でも、あたしは、その、クレイジー君に、あの、つ、つ、連れてってもらったような、もんなんで」

「……そこはルーチェっぴの実力だから」

「や、あはは」

「まだパルちゃんに習ってるの?」

「あ、はい。あ、明日から、また来る予定で……」

「何!? 明日パルちゃんがヤミー魔術学校に来るのか!? いつ!?」

「……ご、午前中はいるかと思いますけど……」

「午前中は会議だぁ……! ど畜生ぉおお……!!」

(あの女の何がいいんだよ。けっ)


 車が森への道に入った。周りは畑しかない。夜空がよく見える。


「ルーチェちゃん、いつもこんなとこ歩いてんの?」

「あ、まあ、はい」

「てか家が森の中って危なくない?」

「や、あの、居候先で……」

「あー、なるほどね」


 その時、コリスがきょとんとした。


「……なんだ。あれ」

「ルーチェっぴ、グミいる?」

「あ、食べる」

「ルーチェちゃん」

「はい?」

「この先に家あるんだっけ?」

「あ、はい」

「誰かいる? 保護者」

「ええ。住んでます」

「……わかった」


 コリスがハンドルを握った。


「二人とも、杖構えて」

「え?」

「あ?」

「車守ってくれる? ……明日も使うからさ」


 クレイジーとあたしが前を見た。黒い集団がまばらに集まり、こちらを睨んでいる。コリスがアクセルを踏んだ瞬間、クレイジーが呪文を唱えた。


「緑よ、道を開けよ」


 ――黒い影達が車に向かって飛んできた。草が生え、影達の邪魔をする。しかし影は空から飛んで襲いかかってくる。車が乱暴に進んでいく。車に一匹当たり、影が見えた。


(コウモリ!?)


 烏のように空高く登り、その勢いのまま車に向かって突っ込んでくる。あたしは杖を構えた。


「真夜中深夜は目よ眩め、光が随分眩しかろう」


 光の玉がコウモリ達に飛んでいき、何匹か目を眩ませた。しかしまだまだやってくる。コリスがハンドルを回した。ふらりと体が揺れると、クレイジーがあたしの腰を抱き、窓を睨んだ。


「傷は痛い。怪我は痛い。無傷な車を導きたまえ」


 緑色の光に包まれた車が道を走る。コウモリが突っ込んでくると防御魔法で飛ばされる。クレイジーが集中する。防御魔法は魔力を包み込むもの。少しでも集中が切れたら消えてしまう。あとはあたしがサポートするしかない。


(やばい。パニック起きそう……)

「ルーチェっぴ、あのさ」

「え?」


 耳元でクレイジーに言われ、眉をひそめる。


「やれる?」

「やる!」

「ひひっ! その返事最高!」


 緑の魔力でワゴン車を包んだままクレイジーが呪文を唱えた。


「蔓よ伸びろ、大きく伸びろ、細く高く天まで届け」

「光よ包め、緑を包め、蔓に巻き付き輝かん」


 クレイジーが伸ばした蔓にあたしの魔力が巻き付いた。コウモリが突っ込んでくると蔓が鞭のように動き、光がコウモリを弾き飛ばした。車から生える触手のように過敏に動き、コウモリ達を飛ばし、弾き、気絶させ、車が走り続ける。クレイジーが集中する。あたしが必死についていく。しかし、ふとした時に、コリスが悲鳴を上げた。


「うわっ!」


 思わず前を見ると、クレイジーもあたしもぎょっとした。巨大化したコウモリがドラゴンのように空から降りてきて、車に向かって突っ込んできた。車が急ブレーキをかけ、横に逸れる。その反動でクレイジーは背中を、あたしは強く頭を打った。


「っ」

「ルーチェっぴ!」


 ――……チッ。


「何なんだよ! こいつら!!」


 あたしは杖を構え直した。コリスがアクセルを踏んだ。


「こうなったら強攻突破する! 二人とも! 掴まってろ!」


 ――闇よ、空飛ぶ虫を燃やしたまえ。脳の髄から羽根の先まで、苦しみもがき、最恐の天罰を。


「ヤミヤミ」

「兄ちゃん! あれ!」

「え!?」


 ――車の横に何かが通った。


「っ!」


 コリスが急ブレーキをかけた。察してたのか、クレイジーがあたしを強く抱きしめ――はっとしたあたしは慌てて杖を振って、車が回った。コウモリが突っ込んでくる。


 杖が向けられた。


「木よ、風よ、森の緑、子供が一羽で酔っぱらい、酒はどこだと鳴くものだから、誰か押さえつけてくれないかい」


 草が伸びた。蔓が伸びた。大きな体のコウモリを縛りつけた。コウモリが暴れる。しかし森がコウモリを抑えつける。動けなくなったコウモリの額に杖が向けられた。


「光よ、意識を飛ばせ」


 ――ミランダ様が唱えると光が一斉にコウモリを包み込み、コウモリが甲高い声を叫ばせ……しゅるしゅると体が縮み……やがて小さなコウモリに戻った。周りのコウモリ達が謝るようにミランダ様の元へやってくる。ミランダ様が振り返った。逆さまになったワゴン車を見て、腕を組んだ。


「頑張ったね。坊や。ルーチェ。褒めてあげるよ」


 杖を振ると――クレイジーと、寸前であたしが――防御魔法をかけた車が起き上がった。ドアが開き、頭を押さえたコリスが後ろのドアを開けて、あたし達の様子を確認する。


「生きてるかー?」

「なんとかー」


 クレイジーが腕の中にいるあたしを見下ろした。


「ルーチェっぴは?」

「……。……。……なんとか……」

「あー、まじキチィ……」


 二人で車から降りて、あたしはすぐさまミランダ様にふらふらと歩み寄る。


「ミランダ様ぁ……」

「怪我は?」

「ひ、ひ、肘を打って、頭を打ちました……。も、も、もう駄目かもしれません……」

「元気そうだね」

「撫でてください……」

「家に帰ったらね」

「えっ!? 本当ですか!? ミランダ様!! あ、あ、頭をお願いします!!」

「元気じゃないかい」

「驚いたな。……もしかして居候先ってミランダ・ドロレスの屋敷?」


 振り返ると、コリスがミランダ様に近付いてきた。


「お会いできて光栄です。ドロレスさん。コリス・クレバーです。……魔法省の秘書課で働いてます」

「ああ、……うちの弟子が世話をかけたようで」

「弟子」


 コリスが唖然とあたしを見た。


「……お弟子さん……でしたか」

「交通費代はこれでいいですかね」


 ミランダ様が杖を振ると、草が輝き、車を包んだ。しばらくして草が戻っていくと、車は買ったばかりの時のような状態まで戻っていた。


「ああ、ありがとうございます。助かります」

「最近動物の凶暴化が増えてるので、お気をつけて」

「ええ。魔法省も動いてます。魔法調査隊も」

「早めの解決を願います。……少し休まれていきますか?」

「いいえ。夜も遅いのでこのまま……弟と病院に行きます」

「ええ。それがいいでしょう。……ルーチェ、ボーイフレンドにお別れ言いな!」

「あ、はい」


 肘をさすりながらクレイジーの前に歩み寄る。


「明日、無理そうなら言って。パルフェクト先生に伝えておくから」

「まあ、大丈夫っしょ。……ルーチェっぴ」

「ん?」


 クレイジーがあたしに近づき、耳元で囁いた。


「今夜はありがとう」

「……い、嫌なこと、お、起きたから、明日からは良いことだらけだね」

「……だね」


 クレイジーが上体を起こし、笑顔で手を振った。


「じゃ、また明日ね!」

「うん。したっけねー」


 手を振って車が見えなくなるまで見送り、ミランダ様に振り返る。


「帰るよ」

「はい」

「念の為お前も全体見るからね」

「突然襲われて、び、び、びっくりしました」

「最近多いね」

「助けてくださり本当にありがとうございました」

「お前も弟子を守れるくらいの魔法使いになりな」

「……はい」


 ――いつかあたしにも弟子がつくのかな。


(その時のためにも、ミランダ様から沢山盗まないと)


 盗んで、アレンジして、自分だけの魔法を極める。それの繰り返しだ。


(とりあえずはダンスコンテストだ。……明日からまた頑張らなきゃ)


 ミランダ様の屋敷が近づいてきた。


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