第2話 2日ぶりの再会
<ミランダ様、おはようございます。
<今日、早速Aステージに向けての練習が始まる為、夜に帰宅すると思います。そんなに遅くはならないと思うので、夜ご飯は任せてください。
(これでよし)
ミランダ様にチャットを入れながらいつものスタジオに向かう。
(お姉ちゃんは時間ずらしてくる予定だから、その間にいつものラジオ体操して、体を動かす準備を徹底的にしておこう)
(今日から練習するのはAステージで発表するダンスと魔法)
(正直見た時引いたけど、あれが出来れば本当に優勝出来るかもしれない)
間に合わないかもしれないけど。
(いいや! マイナスなことは考えるな! もうこうなったらやるしかないんだから! 頑張れ、あたし! ファイト!)
ドアを開ける。すると、壁の隅に向かってクレイジーが胡坐をかいて座っていた。
(あ、クレイジー君)
「おは……」
「あー、やっぱそう思うー? 俺っちもこれ好きなんだよね!」
「……?」
「わかるっっ! この動画俺っちもめっちゃ好き! でさ、関連で出て来たのがあんだけど、この動画知ってる?」
「……」
「まじそれな! やべえ! ちょー気合うじゃん! うぇーい! え? 何々? どこのクラスの人? チャットやってるー?」
「……クレイジー君……?」
「わっ」
クレイジーがあたしに振り返った。
「おっはー! ルーチェっぴ!」
「……そこで……何してるの……?」
「あ、ルーチェっぴ! 聞いてよ! 今こいつと話してて……」
クレイジーが正面を向くと、きょとんとした。
「あれ? あいつどこ行った?」
「……」
「なんだよー。女の子来たからって帰るなよ! この照れ屋ー! ぎゃはははは!」
「……」
「や、ルーチェっぴ、今さ、すげー色白の奴がここにいたから、何やってるか聞いてたらすげー話盛り上がっちゃってさ! 夏休みなのに学校来るなんてご苦労さんだね!」
「……え……?」
「にしてもすげーな。一瞬で姿消すなんて。ワープの魔法だから……ひよっこクラス辺りか」
(……え……誰もいなかったけど……)
「パルフェクトさん今日来んの?」
「あ……うん。く、来る」
「頼んでくれてありがとね」
クレイジーが立ち上がり、いつもの軽い笑みを浮かべる。
「よーし、今日も頑張るべ!」
「ん、うん」
「にしても短期間でよくダンスひらめいたよな。あの人。一週間くらいかかるかと思ってた」
「そうだよー? 感謝してねー?」
笑顔のパルフェクトがあたしとクレイジーの間に立っていて、思わず二人とも一歩下がり、クレイジーが声を上げた。
「わっ! びっくりした!」
「びっくりしたのはこっちだよ。急にルーチェ♡から新しい曲でダンス考えてほしいですって連絡が来たものだから!」
「やー、まじすんません! 本当にありがとうございます! まじ感謝っす!」
「うふふ! とりあえず二人共、Aステージ進出おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「……ます」
「つまり、これでコンテストに本格的に出場することになったわけであって、生半可なダンスじゃ駄目だと思ったから、気合を入れて作りました!」
パルフェクトが杖を握った。
「いざ、録画の準備!」
「うっす!」
「……はい」
「ダンス、スタート!」
パルフェクトが杖を振ると、曲が始まった。そして幻覚魔法で世界が彩られる。
そこはヴァンパイアの城内。The Night時に死んだヴァンパイアはとあることで生き返り、自分の杖を持っているのは弄んだ少女であることを知る。杖を取り返そうとするが、闇に染まり、闇で生きていく事を覚悟した少女はなかなか杖を返そうとはしない。そこで舞踏会で決着をつけようと少女が提案する。曲と物語はここから始まる。
城内のダンスホールに吸血鬼が現れ真っ直ぐ歩いてくる。そして正面から杖を持った闇色の少女が現れ、こちらも吸血鬼に向かって真っ直ぐ歩いてくる。両社とも、喧嘩をする気満々である。お互い向かい合い、煽るように歌い、吸血鬼が少女に手を向け、少女が握り締めると激しいダンスが始まる。華麗に踊っているように見えるが、これはいわゆるウォーミングアップである。良い感じに煽っていくと、ふと、吸血鬼が杖に手を伸ばすが、即座に少女が距離を離す。吸血鬼が舌打ちし、そんな吸血鬼を煽るように少女が杖で腰を掴み、引き寄せる。その隙をついて吸血鬼が杖を掴むが結局少女に奪われ、二人が一気に距離を離す。杖を腰飾りにしまい、少女が再び走り出す。その勢いのまま吸血鬼が少女を空中へ飛ばし、少女は華麗な舞を見せる。着地時は吸血鬼に身を預け、すぐに距離を取る。二人が手を握り合い、いやらしい笑みを浮かべてステップを踏む。そこからもしばらく男女らしいダンスが続く。それを城に住んでる猫が見つめる。吸血鬼のリードに寄り、カウンターと椅子が現れ、少女が椅子に座った。吸血鬼は反対側にあるカウンターに向かい、ワインの準備を始めた。そして、少女の飲む分に毒を入れ、紳士的な足取りで少女に近付いてくる。「一杯どうかな?」と銀のトレイを差し出せば、少女が長い足で蹴飛ばし、トレイごとワインをひっくり返した。それに怒った吸血鬼が少女を思い切り叩く。吹っ飛ばされた少女が頬を押さえ、杖を握り、助走をつけて吸血鬼に襲い掛かって来るが、吸血鬼はそれを回避。床が削れるくらいほどの威力に、流石の吸血鬼も目を見開いている。しかし怯んでる暇はない。足を使って少女を蹴飛ばす。しかし女は怖い。吸血鬼の頭を掴んで、穴が開く勢いで地面に叩きつけた。鼻血を出した吸血鬼が城の斧を持ち、少女は杖を握り、互いにぶつかり、睨み合う。喧嘩はここから始まる。凄まじい迫力の戦いが始まり、ステップを踏みながら斧を振り下ろし、杖でガードする。二人が一旦距離を置くが、少女が人差し指を内側に動かして相手を煽る。腹が立った吸血鬼が助走をつけて少女に斧を振り下ろした。しかしそれを避けた少女に顔を蹴られ、吸血鬼が勢いのまま斧を振ると、少女のドレスが破かれ下着が見えてしまった。それに怒った少女が凄まじい顔で吸血鬼を睨みつけ、流石の吸血鬼もぎょっとする。怒りのままに杖を振り回す少女。吸血鬼が避け、斧が少女の片目を切り裂く。怒った少女が今度は斧を奪い、吸血鬼の親指を切断した。血が落ち、流れ、息を切らした二人は呆然とお互いを見つめ、世界は闇に包まれる。
(『Round 6: The Showdown』引用:https://youtu.be/g4Nk8GNSZJs)
あたしとクレイジーが録画完了ボタンを押した。思わずクレイジーが感動の声を出す。
「すっげえ……」
(これ、まじであたし達がやるの?)
「終わり方は変えても良いかもね。アニメーションは続きがあるからこれで終わりだけど、ダンスコンテストに続きはないから」
「だったら俺っち案があるんすけどー!」
(最初からダンス激しいのに、後半更に激しくなって、魔法もばんばん出すんでしょ……。これまじで大丈夫……?)
「ってどうっすかー?」
「そうだね。それでいこっか! ユアン君はアイデアマンだね!」
「へへ! どうもっす!」
「じゃ、最初のステップから教えるから、二人とも立って!」
(……これやるのか……。あたし達がやるのか……。本当にやるのか……)
あたしはクレイジーを横目で見た。
(クレイジー君、これ、本当に出来ると思ってるの?)
「ん?」
クレイジーがあたしを見た。目が合った瞬間、クレイジーがにやりと笑ってきた。
「なになにぃー? ルーチェっぴ? 俺っちに見惚れちゃったっぴー?」
「いや……出来るかなって思って……」
「大丈夫、大丈夫。この後時間ある?」
「魔法のこと?」
「うん。打ち合わせしよ」
「はいはーい! イチャイチャしなーい!!」
パルフェクトが笑顔でバレない程度にドスを利かせた声を出した。
「さ、並んでー! レッツ・ダンス!」
「レッツ・ダンスー!」
「……だんすー」
パルフェクトとクレイジーが拳を上げ、あたしもゆっくりと拳を上げる。Aステージの練習が始まる。
(*'ω'*)
(や、やばい……。倒れそう……。まだ頭がふらふらする……)
3時間パルフェクトにしごかれ、終わった後二人して三十分動けなくなり、ボロボロの体を引きずってファーストフード店に向かった。
「はー。腹減ったー」
「同感……」
ハンバーガーをもぐもぐ食べる。まじでハンバーガーは偉大である。これだけ安いのにボリュームたっぷり。まじで最高。しかも今日はお腹が空いたから2個にして、ポテトもつけちゃいました。ちなみにポテトはクレイジー君の奢りです。ご馳走様です。
「で、魔法どうする?」
背景に関しては前のと役割同じでいいよね?
「うん。それでいいと思う」
途中でカウンターと椅子が出て来るけど、あれはあたしが出すよ。クレイジー君、その後の飲み物お願いできる?
「わかった。最高の毒薬を用意する」
で、その後……あたしが蹴飛ばすんだよね。
「やー! ちょー楽しみ!」
全然楽しみじゃないよ。
「今回戦闘シーンが加わったじゃん? ルーチェっぴの足技が見られるなんて、俺っちちょー興奮しちゃう!」
またお風呂上りに足を伸ばす日々が始まるのか……。
「ダンスはパルフェクトさんが考えてくれたのでいいし、あとは魔法でどんだけ迫力持たせるかだな」
あ、お願いしたいのがある。
「ん? なになにー?」
ほら、あたしが空中で舞う時あるでしょ? あの時の周りの花火とかお願いしたい。
「花火なら学校祭選抜メンバーに任せてちょー」
他にも、周りに幻覚魔法を出して、より世界観を深く出来ればいいとは思うけど、そこまでの余裕ないかな……?
「そこは練習次第じゃない?」
また明日から猛練習だね。
「衣装どうする?」
アニメーションと同じで良いんじゃない?
「俺っち思うんだけど……あのドレスはルーチェっぴ似合わないと思うんだよな」
(失礼な! ……あたしも思ってたけどやっぱりか……)……じゃあ……どうしようか。
「なんかねえかなー。ドレス」
クレイジーが隣を見た。
「ね、なんかある?」
(え?)
あたしはクレイジーの隣を見た。誰も座ってない。
「……」
「え? ゴシック、ダンス、ドレスで検索? ……はーはー。なるほど」
「……」
「で、しばらくスクロール? ふーん。……あ、これ? あ、確かに!」
クレイジーがスクリーンショットをし、あたしにチャットで画像を送った。
「ルーチェっぴ、これ似合いそう」
「……あー、確かに……」
「これイメージしてさ、明日ちょっとやってみよ」
「……あの、クレイジー君」
「ん?」
「その……隣に……珈琲置いてるけど……誰かいるの……?」
「え? 何言ってんの? ずっといるじゃん」
クレイジーが隣を見て、はっとした。
「あいつ、またどっか行きやがった!」
「……」
「んだよ! 前の分払ってけよ! ばーか! 今度こそなんか奢れよ!」
「……」
「あ、いいよ。ルーチェっぴ、これ俺っちが飲むから」
「……あ、うん……(……怖い……)」
あたしは見ないふりをして、青い顔で自分の珈琲を飲んだ。
(*'ω'*)
「オープン・ザ・ドア」
屋敷のドアが開く。2日間離れていただけだというのに、とても懐かしく感じる。居候のくせに、なんだかここが実家のようにすら感じてしまうのだ。
(ミランダ様の魔力のせいかな。魔力を人を引き付けるから)
セーレム、ただいまー。(はあ。疲れた)
「……え、誰……?」
(ん?)
野太い男の声を出す黒猫セーレムが怯えた顔でそろりそろりと玄関の方へやってくる。そして、あたしの姿を見て、はっとし、目を大きく開いた。
「え……ま、まさか……ルーチェ……!?」
あ、ただいまー。
「おい! 久しぶりじゃねえか! 一体どこに行ってたんだよ!」
2日間お姉ちゃんのところに行くって言ったじゃん。
「ああ! ルーチェだ! ルーチェだ、ルーチェだ! 本当にルーチェだ! この匂い! ああ、懐かしい! 抱っこして! 抱っこしてよ!!」
荷物置いたらねー。
「ルーチェ、どこ行くの!? ねえ! 抱っこしてよ!」
食品買ってきたから冷蔵庫入れないと。
「ね! 早く抱っこ! ねえ! 俺が恋しくないの!? 愛おしくないの!? 早く膝に乗せろよ! 俺をぎゅって抱きしめてよ!」
あ、セーレムにおやつ買ってきたよ。後で食べようね。
冷蔵庫を開けるとあたしと冷蔵庫の間にするりとセーレムが割り込んできた。
「ルーチェ、抱っこ!」
はいはい、後でねー。
「ねえ! 早く! 早くぅ!」
あ、やっぱりお肉切らしてる。ミランダ様スープとかに使っちゃうからな。買ってきて正解だった。
「ねえ、なんで無視するの!? 早く抱っこしてって言ってんじゃん!」
あとは……大丈夫そうだな。調味料は棚に……。
「あ! どこ行くの!? ねえ、もしかして、可愛い俺のことが嫌いになっちゃったの!?」
コンソメと、塩と……あれ、オリーブオイルがない! ……もー。ミランダ様ったら……。ふふふ!
「……あーそうかよ。いいよ、もう。そうやって無視してろよ。久しぶりの再会だってのに、ハグの一つもない。感動も涙も無し。よくわかったよ。ルーチェにとって、俺はその程度の存在だったってことだろ。はいはい。よくわかった。もういいよ。よくわかったから。ふん!」
スマホに……メモして……えーと、オリーブオイルと……コショウもなくなりそう……。あと足りないのが……。……まあ、こんなもんか。明日買ってこよ。で、今晩がコロッケだから……今のうちに冷蔵庫から出しておくか。
「いいか! いつか後悔するぞ! あの時ちゃんと俺を抱きしめて、慈しんでおくべきだったって! 一分一秒後、俺が泡吹いて倒れるかもしれないんだぞ! ねえ! 考えたことある!? 俺だって生きてるんだぜ!? 喜怒哀楽が備わってるんだ! 生まれた時からそうさ! 赤ん坊の頃からママに甘えて育ってきた! 猫は甘えん坊なんだ! 少しでも愛に飢えたら死んじゃうんだ! わかってる!?」
ふう。こんなもんかな。さてと鞄を部屋に置いて来なくちゃ。
「だから猫は大事にしないといけないんだ。犬はちょっと放っておいても頭撫でたらあいつらすぐ機嫌良くなるだろ? でも猫はそうじゃない。猫は繊細だから、優しい手で体全体撫でてくれなきゃ駄目! テキトーに撫でたらすぐわかるんだからな! 俺は特にそういうの敏感だからすぐわかる。猫集会で集まる奴らもみんなそう言ってる。みんな寂しいって言ってる! 人間はさ、冷たいよ。なんでもっと猫の言うこと聞いてくれないの? 仕事なんかに行ってさ、金を稼いでる暇あったら、猫の為に猫の面倒見てたらいいと思うんだ!」
はあー。疲れた疲れた。テレビテレビ。ぽちっとな。
「ルーチェ! 俺達何年ぶりに会ったと思ってるの? それとも俺のこと忘れちゃったの!? そんなにお前、忘れっぽい性格だったっけ!?」
あとは大丈夫だな。……大丈夫だな。……うーん。……うん。大丈夫。
あたしは三度チェックしてから喋り続けるセーレムに向かって膝を下ろし、両手を広げた。
セーレム、おいで。
「ああー! ルーチェ!」
セーレムがあたしの腕で仰向けに横になる。
「ルーチェ久しぶり!」
うん。2日ぶりだね。
「くんくん! ああ! ルーチェの匂いだ!」
よしよし。よしよし。
「よし! もういい! 飽きた!」
下ろすねー。
「俺満足! 遊びたい!」
おやつ食べる?
「おやつ!? 食べるー!」
(セーレムにおやつあげたらコロッケ作ろー)
おやつをあげた後に、お姉ちゃんと行った水族館で買った魚の玩具をあげると、セーレムが飛びついた。
「何こいつ! 音がする!」
ぷぴー。
「うわ! なんだこいつ! 怖い!」
(まぜまぜ~。まぜまぜ~。ジャガイモお肉、まぜまぜ~)
タネを分けて丸く形を作っていく。
(こねこね~。こねこね~。揚げたらコロッケ。出来上がる~)
窓が開く音が聞こえた。
(あ)
あたしはすぐにタネを置き、洗った手を軽く拭いて、小走りでミランダ様の部屋に向かった。ドアを開けると、ミランダ様が地面に足をつけ、箒から下りるところだった。
「ミランダ様、お帰りなさいませ」
「……ああ」
あたしが両手を伸ばすと、ミランダ様がいつものようにマントと帽子をあたしに渡し、口を開いた。
「お帰り。ルーチェ」
「……た、ただいま、帰りました……」
やばい。2日ぶりのミランダ様に頬が緩んでしまう。あたし、今日からまた、弟子頑張ります! 帽子とマントを受け取り、ポールにかける。
今晩はコロッケです。
「コロッケ。……あー、そういや最近食べてなかったね」
お姉ちゃんと歩いてる時に美味しそうなコロッケ屋さんがあって、その時は食べなかったんですけど、レシピ調べたらあたしでも作れそうだったので。
「初めて作ったのかい?」
そうなんです! でも、レシピ通りに作ったので不味くはないと思います!
「ふふっ。期待しないでおくよ」
あと、お土産もあるんです。初日に紅茶専門店に行きまして、茶葉を買ってきました。お菓子も買ってきたので、あとで飲みましょう?
「ああ、そいつはありがとね」
お風呂の準備も出来てますけど、どうしますか? ご飯にしますか? お風呂にしますか?
「あー、そうだね。じゃあ……」
(ん?)
ミランダ様があたしの顎を掴んで、にこりと微笑んだ。
「お前にするかね」
あたしは黙った。
ミランダ様も黙った。
神様が通った。天使が通った。妖精が通った。幽霊が通った。パレードが通った。沈黙が続く。セーレムが欠伸した。――そこであたしは、ようやく真っ赤な顔で、大きな声で、はっきりと返事をした。
「はいっっっっ!」
「遅い」
「えっ」
「鈍い」
「え?」
「私が滑ったみたいじゃないのさ」
「え!?」
「風呂にするよ。ご飯食べてからのんびりしたいからね」
「え、あ、あの、あたし、あの! あたしっ……お背中流しましょうかっっっ!?」
「いい」
ズーーーーーーン。と沈んだあたしは壁の隅に座り込んだ。セーレムが近付いてきて、眉をひそめてあたしを眺め、飽きて、また玩具で遊び出す。
(違うもん……。反応が遅かったわけじゃないもん……。考えてたんだもん……。どういう意味なんだろうって考えてたんだもん……。ミランダ様から「お前にしようかね」って言われて……びっくりしたんだもん……。ミランダ様だってわかってるじゃないですか。あたしの返事はいつだってYESに決まってます。YES以外の何者でもありません。あたしは貴女のものです。ミランダ様。ミランダ様があたしにすると言ったのなら、あたしはどんなお言葉だって受け取って、どんなことだって遂行してみせます。一回回ってワンだって簡単に出来ます。ミランダ様がお求めならば、あたしなんだってやりますとも! あー、もっと早くYESって答えればよかった。あたしなんでいつもこうなんだろう……。やだ、もう……。消えてなくなりたい……。時が戻ればいいのに……。そしたら頭撫でてもらえたかもしれないのに……。ぐすん……ぐすん……)
落ち込み、はあ、と溜息を吐くと――頭に手が置かれた。あたしの息が止まる。
「ルーチェ、私もね、今日依頼人からクッキーを貰ったんだよ」
「……」
「美味しいらしいよ。後で食べるかい?」
「……はい。ミランダ様……」
ミランダ様は本当に魔法使いだ。一瞬で地の底まで沈んだあたしを地上に戻したのだから。
「食べたいです……」
「ん」
ミランダ様の手がぐしゃぐしゃと乱暴にあたしの頭を撫でた。
「じゃ、後でね」
「はい。あ、後で……」
ミランダ様の手が離れ、そのまま脱衣室に入っていく。扉が閉まり、あたしはその場ででれんと脱力し、にやにやしたまま壁の隅にもたれた。
(はあ……2日ぶりのミランダ様……強烈……♡)
「ルーチェ、さっきから何やってるの? そこ楽しいの? 俺も遊びたい」
そう言ってセーレムがあたしの足の上に乗ってきた。
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