第16話 夜の女子会
ミランダ様のお屋敷に、バルコニーが存在することは知っていた。けれど、あまり入った事が無い。たまにミランダ様がここでぼうっと月を見ている時があるのは知っていたけど、あたしには関係ない事だから、あたしは特に興味を持たず、掃除する時だけ入る程度だった。
(しようと思えば、お茶も出来るんだな)
木製の丸いテーブルに青い缶に入ったクッキーを真ん中に置いて、あたしとミランダ様が向かい合わせで座る。夜のミランダ様は昼間とは雰囲気が違って、別の女性のように見える。ミランダ様はすごい。朝の美しさがあって、昼間の美しさがあって、夕方の美しさがあって、夜の美しさがある。いいな。すごいな。あたしもミランダ様のような大人になりたいな。で、いつか素敵な男の人にこう言われるの。「ルーチェを見ていると飽きないよ。だって君は朝と昼と夕方と夜で、顔が全く違うんだ。愛してるよ。愛しいルーチェ」ああ、久しぶりにシェイクスピアの本が読みたくなってきた。月の光で読むシェイクスピア作品。……ベッドの上で読んだ方が快適そう。外は暑いし、虫も飛んでる。部屋なら氷魔法で冷やせるもん。
(でも、ミランダ様とのお茶は、外でも美味しくて不思議と落ち着く)
ミランダ様がアイスティーを飲み、ストローから口を離した。
「今週も四日目だね。ルーチェ」
「……」
あたしは指で数えた。
本当だ。水曜日って一週間の四日目なんですね。
「お疲れ様」
お疲れ様です。今日もお仕事でしたよね?
「そうだよ」
ミランダ様っていつもお仕事されてますけど、いつ依頼って来るんですか? あたしそんなに電話を取ってる感じがしないのですが。
「基本みんなメールか事務所に連絡してるからね。家の電話は稀なんだよ」
……事務所ですか?
「ヤミー魔術学校にもあるだろ? マネジメント部。あそこのまた別の部署があるんだよ」
え、そうなんですか? 知らなかったです。
「私の場合、ちょっと特殊でね。もう身を置いてるわけじゃないから、フリーランスとしてやってる部分があるけど、連絡は基本そっちに任せてるんだよ。9割事務所。1割家電って感じかね」
え、じゃあ、本当はもっと依頼来てるって事ですか?
「三年先までスケジュールが埋まってる」
三 年 先 !?
「ん。だからその間にキャンセルが出て来る場合もある。連絡が来て、そこに組み込めそうなら、組み込むって感じかね」
……あの、聞いてもいいですか? どんな依頼なんですか?
「色々だよ。森の見回りだったり、獣討伐だったり、お祝い事だったり、噴火しそうな山をなだめたり、それこそ魔法省の手伝いだったり」
……ミランダ様は討伐の実績が多いですよね。
「獣が森に住んでるからね。森の様子を見る時は暗いから光魔法使いを使うのさ。そこで襲われたらもちろん魔法を使うし、ドラゴンが暴れた時は光で目をくらませたりもする」
ドラゴンなんて動物園でしか見た事ありません。ドラゴンショーとか、好きでよく見に行ってました。あの、ドラゴンによって肌の質感が違うって本当ですか?
「そりゃあ生き物だからね」
毛が生えたやつもいるって。
「いるよ。産毛のやつとかね」
へえー!
「仲の良いドラゴンがいてね」
そうなんですか?
「見るかい?」
ミランダ様が手を広げると何もないところからスマートフォンが現れ、写真アプリに入っていた写真の画面をあたしに見せた。そこにはドラゴンに乗った笑顔のミランダ様がいた。
わー! すごーい! 大きい!
「コリスっていう男の子でね」
――俺はコリス・クレバー。弟が世話になってます。
「私はコリーって呼んでる」
……そうなんですね。
「ドラゴンは仲良くなったら犬みたいだよ。名前を呼んだだけで走って来てくれるからね」
うふふ。ドラゴンが走ったら地面が揺れそうですね。
「一週間くらい前に大きな地震があってニュースになっただろ? あれだよ」
……まじで言ってます?
「本当の事だからね」
結構騒がれてましたよね? あたしも猫用含めて地震対策セット検索しましたもん。
「そいつは悪かったね。今度コリーに運動するなら空にしなさいって言っておくよ」
明日もお仕事ですか?
「ん。明日は朝の森の見回りだったかね。北の方だよ。無許可で森林破壊してる業者がいるらしくてね」
それもずっと前から予定されてたお仕事なんですか?
「いや、これはキャンセルが入って急遽組み込まれた依頼。楽しみだよ。獣討伐は動物が相手だから加減するけど、人間相手なら手加減する必要ないからね」
(逆じゃないでしょうか……)
「お前はどんな依頼をするようになるかね」
……討伐は無理そうですね。
「どうかね。こればかりはやってみないとわからない。特にお前は出来るものと出来ないもので大きく分かれるからね」
少なくとも、タレントとか、表舞台に立つ人ではないと思います。あたしは。向いてないです。
「どうかね。意外と合ってるかもしれないよ。お前は目立ちたがり屋だし」
あたしですか?
「承認欲求が高いだろう? 誰かに認めてもらいたいとか、誰かに見てほしいとか。そういうの高い人ほど表舞台で実力を発揮するものだよ」
うーん。でも、表舞台で目立ったら、アンチファンがつくじゃないですか。絶対誰かしらあいつは駄目だっていう人が出て来るじゃないですか。それが嫌です。
「そういう輩はどうせアンジェみたいな頭脳だけ取り柄の何も出来ない奴だよ。言わせたい奴は言わせておけばいいよ。そういう奴はね、結局暇なんだよ。暇潰しに人の悪口を書いて時間を費やす。ルーチェ、他人の悪口が言いたくなったらどうするんだっけ?」
……。
「メモ見なさい」
え、えっと……。えー、ノートよ、
「ノートじゃない」
え?
「スマホ」
あ、そっちか。あ、えーと、えーと……。
あたしは杖を振った。
「スマートフォン、スマートフォン、光となって出ておいで。会いたいの。蛍の光。薄い薄い蛍の光。出ておいで」
薄い蛍の光が集まってきて、それが一つになるとあたしの膝の上にスマートフォンが現れた。あたしはメモアプリを起動させた。書いてある。
(*'ω'*)モヤモヤを感じたら(*'ω'*)
1.なぜモヤモヤしてるか分析する。(ノートに書く)
2.原因を突き止め、打開策を考える。
3.打開策にあった魔法を磨く(練習あるのみ)
4.がむしゃらにやる。夢中になってやる。
5.「嫉妬してモヤモヤ悩んでる暇なんかない。あたしは魔法磨きに忙しい」
6.思考2割。行動8割。
7.思考の後は行動。立て。歩け。働け。練習しろ。魔法使いを見て盗み、自分色にアレンジしろ。
8.モヤモヤを原動力にする。不安、心配、嫉妬、劣等感をガソリンにして走る。
9.「絶対見返してやる」の気持ちを忘れない
10.研究とは実験である。つまり行動である。
※ミランダ様がいることを忘れない。
(……あたし、こんなこと書いたっけ?)
あー、あれだ。学校祭の日だ。ミランダ様が酔いつぶれた時に書いたんだった。
……ミランダ様、なんでスマホにこれ書かれてるってわかったんですか?
「お前が言ってたから」
え、言いましたっけ?
「私が二日酔いで苦しんでる時に嬉々と言ってたよ。スマホに嫉妬についてメモしました。これでいつでも確認できます。って、具合の悪い私の肩を叩きながら」
言いましたっけ……?
「じゃあなんで私が知ってるのさ」
エスパーだと思いました。
「なわけ」
ですよね。
「お前にそこまで興味ないよ」
ですよねー。
ミランダ様とあたしが同じタイミングでストローを吸った。
「興味はないけどね……一つお前に疑問があるんだよ」
え、なんですか?
「なんで外でお茶したいって言ったんだい?」
……今日色々あって。
「今日『も』だろ?」
……ふふっ。はい。今日も色々ありまして。
「私が聞いても良い話かい?」
聞いてくださるのであれば。
「言ってごらん」
……クレイジー君の、あ、……相方の子のお兄さんが、今日見に来てくださって、ダンスの感想をいただいたんです。でも、相当な辛口で。動きも魔法もバラバラで見れたものじゃないって言われました。正直、そんな言い方しなくてもいいじゃんって思ったんですけど、でも正直な感想なので、落とし込まないとって思って、がむしゃらにクレ、相方の子と練習したんですけど、あと一週間ちょっとしかないと思ったら……このままじゃよくない気がして……。
「嫌味は言われなかったかい?」
それがミランダ様、クレイジー君、今日は優しかったんです。なんか、嫌味って言うのはお兄さんの方でした。それであたしも泣いてしまって、クレイジー君はどちらかというと沢山励ましてくださって、二人で頑張ろうって。
「……そうかい」
ちょっとかっこよかったです。
「……煽ってきたり、励ましてきたり……変な子だね」
でも、ミランダ様。今日のクレイジー君はかっこよかったです。ちょっと惚れそうになりました。
「……」
その、煽ってきたのも、クレイジー君が自分のプレッシャーと戦ってたんだと思うんです。人に当たりたくなることもあるから。
「……」
今日はダンスを合わせたんです。もうとにかく数こなすしかないって。それで、明日は魔法もつけてやろうって。
「練習は録画して?」
はい。見直して、反省して、細かく練習してます。来週になればお姉ちゃんが来るのですが、それまでに出来る限りやっておこうって。
「また人に見てもらったらどうだい? アンジェとか」
それがミランダ様、クレイジー君、アンジェちゃん苦手なんですって。見られたくないって。
「じゃあ、あのアーニーとかっていう……」
アーニーちゃんも駄目みたいで。
「え? なんで?」
クラス同じだったらしいですけど、苦手らしいです。それに男の子だから、女の子に情けない姿見せたくないって。
「お前男友達いないのかい?」
そこまで親しい人はいません。だから、とりあえずお姉ちゃんが来るまで、今日の言葉を胸に置いて練習しようって。二人で見返したいなと思って。クレイジー君もそう言ってくれました。
「……」
このメモの言う通りですね。行動しないと何も変わらない。わかってはいるんです。でも、体が疲れてたら嫌な事ばかり思い出してしまって。あたしばかり努力している気になってしまって。気分を変えたかったんです。……ミランダ様とお話しして、ちょっとすっきりしました。ありがとうございます。
「……」
今回は個人戦じゃなくて、チーム戦になるので、クレイジー君の横に立てるくらい魔法も鍛えないと駄目ですね。あ、でも、ミランダ様、あたし、だいぶ幻覚魔法慣れてきたんですよ。すごいってクレイジー君も言ってくれました。
「……」
なんか……さっきまで、本当に、急に気分が下がって、消えてなくなりたいって思ってたんですけど……ちょっと冷静になってきました。
「……ああ。冷静さは忘れずにね」
そうですね。あたしは特に一つのことしか見えなくなりますから。
「ルーチェ」
はい。
「相方の子との信頼関係は大事だけどね、信じる部分と、そうでないところはちゃんと区別しなきゃ駄目だよ」
……? どういうことですか?
「なんでもかんでも心を許すなってことさ」
別に許してるわけじゃありませんよ。あたしが心を完全に許しているのはミランダ様だけです。
「それもどうかと思うけどね」
うふふ。……そういえばアンジェちゃんも似たようなこと言ってました。
「……似たような事って?」
あの、アンジェちゃんは学校祭でクレイジー君と一緒に魔法を使ってるんですけど、その時にも『弄ばれた感じ』がしたって。
「……アンジェがそう言ったのかい?」
はい。それで、クレイジー君は相当頭良いから気を付けろって。
「そうなのかい?」
んー。どうですかねー。頭の回転は早いかもしれませんけど、特に頭良いとか思ったことはないかなー。お馬鹿なことばっかり言ってるし。だって自分のことクレイジー野郎っていう人ですよ? あたしのこともルーチェ、じゃなくて、ルーチェっぴって呼ぶんですよ。ただの陽キャのチャラ男です。
「……アンジェがね……」
あ、あとたまに変なんです。誰もいないところに向かって喋ってたりするんですよ。あたしが思うに……あの子、霊感があるんだと思います。この間、ランチ食べてたら誰もいないところに珈琲置いてたんですよ? しかも、誰かいるみたいに言うんです。怖くないですか?
「誰かいたんじゃないかい?」
やめてくださいよ。幽霊なんて怖いです。
「お前よく言うよ。ホラー映画ばかり見てるくせに」
ホラー映画じゃありません。あれは作り物のファンタジーです。
「よく言うよ。お前のお勧めされた映画を見たけどね、ただのスプラッターだったじゃないかい。お陰でセーレムがビビってたよ」
あ、見ました? あれ。どうでした?
「血が飛び交うばかりで、朝から気分が悪くなった」
あんなの片栗粉で作られた、ただの赤黒い液体ですよ。特殊メイクがすごいですよね。骨を折るシーンとか、人の首が飛ぶシーンなんて、うまい具合にCG使ってるなって思うんです。あたしが思うに、あれは多少の魔法も使ってると思うんですよね。
「そんな分析はいらないんだよ。映画はね、何も考えずに見れるからいいんじゃないかい」
ちなみに知ってますか? ミランダ様。作られた血ってそのままだと片栗粉を溶かしただけの赤黒い血なので、飲んだりする時はブドウ味とかに調整するらしいですよ。あれ、血に見せた赤黒いブドウジュースだったりするんですよ。
「興味ないよ。そんなこと。いらないんだよ。そんな情報」
ですから、あの映画は血が飛んでるんじゃなくて、ブドウジュースが飛んでて、役者がそれを見て悲鳴をあげてる、ただそれだけのギャグコメディ映画なんですよ。
「お前はあれがギャグコメディに見えたのかい? ポールが人を串刺しにして、骨が体から出てきて、人が死にまくる。あれがギャグコメディかい?」
ミランダ様、死んでませんよ。ほら、検索したら役者は生きてます。次の映画も決まってるそうです。
「なんでそこは現実的なんだい! お前!」
ミランダ様、映画は作り物ですよ? やっぱり編集のプロは違います。動画編集している身なのでわかるのですが、腕がやっぱりすごいです。CGとか、見せ方とか、あたし、よく一時停止して観察するんです。これが上手いんですよ。CGに見えないんです。もうばりばり加工してるんでしょうけど、加工してる風に見せないあの技術は本当にすごいと思います。
「……お前、それ、なんで魔法でやんないんだい?」
……。なんでですかね?
「やめちまいな」
すみません。精進します。
「……さて、何の話だったかね?」
ブドウジュースの話です。
「その話はもういいよ。どうしてくれるんだい。ブドウジュースを見るたびにその話を思い出すじゃないかい」
すみません。でも、これでより映画が面白く見れるじゃないですか。
「もう二度と見ないよ。あんな映画。私はね、普通の恋愛映画が好きなんだよ」
恋愛映画であれば、ミランダ様、お勧めがあります。熱い恋愛シーンが見れます。
「タイトルは?」
ザ・ゾンビ・ホラーショー。臨場感と編集がすごいんです。
「それを恋愛映画というお前の観点を疑うよ。なんでそういうところで冷静になるんだい」
今度一緒に見ましょう? あたしが分析しながら教えますから!
「やめとくれ。もう……」
夢中になってミランダ様と話していると、いつの間にか嫌なことが消しゴムで消されていた。
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