第14話 一人ではない
朝食を作った後、行くまでに少しだけ時間があったからあたしはソファーの上でミランダ様から教わったマインドコントロールの短縮バージョンをやってみた。両腕と両足だけ力を入れて緩ませ、深呼吸して、一つだけ暗示をかける。
――あたしは今日、落ち着いて魔法を使える。
時間の少ない中、これでも練習して方だと思う。絶対大丈夫。
(ああ、それと……)
あたしはプラスアルファで祈った。
――大魔法使いアルス様。どうかご加護がありますように。
(……よし)
ミランダ様はまだ寝ている。でも、行く時間だ。
「セーレム、行ってくるね」
「今日はなんか発表する日なんだっけ?」
「うん。し、しーステージの発表日なの」
「気を付けて行って来いよー」
「行ってきまーす」
泣いても笑っても今日が第一回目の本番だ。あたしはリュックを背負い、ドアの取っ手を掴んだ。
(よし、……行こう)
あたしは外に出た。いつもよりも太陽が眩しく感じた。
(*'ω'*)
学校に行き、まずは掲示板を確認する。Cステージの発表は講堂ホール。――学校祭のパフォーマンスのオーディションをしたところ。
(すごく嫌だわー……嫌な思い出しかないわー……)
「講堂ホールなら結構動けそうだな」
「うわっ!」
耳元で声がして、何かと思って振り返ったら、クレイジーがあたしの真後ろにいるだけだった。変わらない余裕のある笑みを見せつけてくる。
「おはよー。ルーチェっぴ」
「……おはよう」
「緊張してる?」
「講堂ホール……嫌な記憶しかないもん……」
「あはははは! ルーチェっぴ怖がり過ぎぃー! 大丈夫、大丈夫! 絶対いけるから!」
「いけるなんて保証ないじゃん……」
周りを見渡す。久しぶりに学校が人で溢れてる。参加するチームの名前が掲示板に全部書かれてる。それをクレイジーが指で数えた。
「んー。やっぱり50チームくらいあるな」
「午前と午後で分かれてるね」
「結果発表は夜か」
「あたし達いつ?」
「……28番目」
「それいいのかな……」
「いいじゃん! 練習できるし! 時間までやろ!」
「……練習して大丈夫?」
「ん?」
「魔力、あの、もつ?」
「ああ、大丈夫。今日は流石に持って来た」
「……そっか。じゃあ……」
あたしは頷いた。
「時間までやろう」
「うん。やろー!」
(Bステージは50チームから半分の数になる。その枠に入らないといけない)
お姉ちゃんに頭下げたんだし、ミランダ様にも沢山魔力を頂いてる。それに、
(これだけ練習したんだから、結果を残したい)
大丈夫。まだ練習できる時間がある。
(やらなきゃ)
いつものスタジオに入って、二人で杖を構える。
「ルーチェっぴ、怪我だけ気を付けて」
「クレイジー君も」
「俺っちは大丈夫だよー。ルーチェっぴじゃあるまいし!」
「……(こいつ……)」
「じゃ、始めるよー」
打ち合わせ通りに。決められた手順通りに。昨日パルフェクトから指摘を貰った通りに。今までの練習通りに繰り返す。大丈夫。出来る。練習したんだから。あたしはだいぶ練習したんだから。選ばれる。今度こそ絶対選ばれる。大丈夫。緊張なんてしてない。大丈夫。落ち着いてやれる。マインドコントロール。大丈夫。学校祭は選ばれなかった。猛練習したけど駄目だった。目がぎらついて怖いって言われた。大丈夫。落ち着いて。今度はちゃんと冷静にやる。冷静のふりをする。緊張で手が震える。大丈夫かな。心配だ。不安だ。そんな気持ちが今日に限って強くなる。魔力が切れたらどうしよう。ミスしたらどうしよう。幻覚が消えたらどうしよう。何かハプニングが起きたらどうしよう。パニックになったらどうしよう。色んな不安が一斉に沸き起こる。今日に限って。本番なのに。今日は今日しかないのに。本番なのに!
どうしよう。
やっぱり不安だ。
「ルーチェっぴ」
その声にはっとする。
「大丈夫」
あたしの正面にはクレイジーが立ってる。
「俺っちもいるから」
この舞台はあたし一人で立つわけではない。クレイジーと二人で立つのだ。
魔法は協調と同調。これは個人戦じゃない。チーム戦だ。
あたしがやるべき事は魔法を出すことじゃない。クレイジーと同調させた魔法を見せて、魅せること。
『お知らせします。これから呼ばれたチームは講堂ホールに来てください。太陽サンサン。フィッシュ・ランディ。渡る世間は頑固親父ばかり。観葉植物クロトン』
(あ、呼ばれた)
「行こう。ルーチェっぴ」
「……うん」
頷く。
「頑張ろう」
「うんうん。がんばろがんばろー」
(……なんかテキトーだな……)
荷物を持って講堂ホールに移動する。講堂ホールではフィリップ先生、マネジメント部の人が数人座り、発表を見ていた。席にはもう終わったチームの人達が座り、これから発表するチームを見学している。
(そっか。終わった後は残って見ててもいいんだ。で、待機中も見ることになるのか。……あんまり見たくないな……)
だけど、勉強にはなる。
(盗めるものはないかな)
あたしはじっと観察する。幻覚魔法を重ねて魔法を見せる。ストーリー性のあるもの。ただのダンス。ミュージカル調。チアガール。あ、今の魔法凄い。どうやったんだろう。発表が終わる。マネジメント部の人が呼んだ。
「では次、観葉植物クロトンさん、どうぞー」
「行くべ。ルーチェっぴ!」
「うん」
杖だけ持ってステージに歩いていく。歩いている時、一番胸がモヤモヤする。学校祭の時は必ず選ばれてやると希望に満ちて歩いていた。今は――また選ばれなかったらどうしようと、不安に駆られる。
(50チームもいて、その中から枠に入らないといけない。……やばい。吐き気がしてきた……)
「ルーチェっぴ、大丈夫?」
「……大丈夫……」
「いつも通りね。大丈夫だって!」
クレイジーがあたしの背中を叩いて、耳元で囁いた。
「ミスしたら俺がフォローするから」
――は?
「大丈夫だよ」
その瞬間、あたしの不安が消し飛んだ。
「クレイジー君がミスしたら、フォローする余裕くらいあるから」
「ひひひ! ミスするのはルーチェっぴじゃーん!」
(……見てろ。こいつ……)
再び、講堂ホールのステージに立つ。
(ミスなんてしない。お前がバイトしてた分練習した成果を見せて……)
そして、
(黙らせる)
Cステージなんてたかが一次審査でしかない。
「それでは発表をお願いします」
クレイジーと同時に杖を構える。あたしは目を瞑る。
さあ、――魔法を始めよう。
曲が始まった。
(*'ω'*)
ミランダ様の部屋の窓が開いた。
「あ、帰ってきた!」
セーレムの声で気付き、あたしはエプロンをしたままミランダ様の部屋に入った。ミランダ様が床に着地し、箒から下りる。
お帰りなさいませ。ミランダ様。
「ただいま」
帽子とマントを受け取り、型を崩さないようにポールにかける。
「いつ帰ってきたんだい?」
一時間くらい前です。
「そうかい」
申し訳ないのですが、まだ夕食が出来てません。お風呂は用意してるので、先に入ってきたらいかがでしょう。
「そうだね。そうするよ」
二人で部屋から出て行く。あたしはキッチン。ミランダ様は脱衣室に行こうとして――振り返る。
「ルーチェ」
はい。
「今日はコンテストの一次審査とか言ってたけど」
あたしはフライ返しを握った。
「どうだったんだい? 結果は」
「……ミランダ様」
あたしは手の力をぎゅっと入れる。
「一次審査ですよ?」
あたしは振り返り――、
――とびっきりの笑顔で胸を張った。
「当然! 余裕で通るに決まってるじゃないですか!」
「見て。ミランダ。ルーチェがおやつ買ってきてくれたんだ!」
「あれだけミランダ様にま、ま、魔力をいたた、頂いたんですよ? 通らなかったらそれこそ偉大なる光魔法使い、ミランダ・ドロレス様の弟子失格というものです!」
「……ああ。そうかい」
「しかもミランダ様! Bステージに上がれるのにも、今年は50チームの中から、15チームしか上がれなかったらしくて! あたし達は! ま! その枠に入りましたけどね!(呼ばれたの最後だったことは黙ってよ!)」
「風呂から出るまでに夕食の準備を頼むよ」
「ミランダ様! 今日は! ハンバーグです!」
「ああ、そうかい」
「デミ、デ、デミグラスソース付きです!」
「あー、そうかい」
「サラダもついてます!」
「あー、そうだねえ」
「飲み物はっ」
ミランダ様に光の玉を投げられて、あたしは廊下をころころ転がった。
「風呂の前までついてくるんじゃないよ。うるさいね」
「飲み物は! いつものお水です!」
「わかったからハンバーグの準備しな。お前はなんで気分が上がったら声がでかくなるんだい。うるさいんだよ」
「すみません! ミランダ様! でも! 一次審査、通ったんです!!」
「後で聞くから早く行きな!」
「はい!!!」
扉が「ピシャン!」と閉まって、あたしもキッチンに戻る。
「ハンバーグ♪ ハンバーグ♪ 今夜はハンバーグ♪」
歌いながら、魔法ではなく手作りで作っていく。本当は魔法の方が自分の為になるんだろうけど、ちょっと疲れてしまった。
「ジャガバター♪ レタス♪ トマトもつけてー♪ ハンバーグなのー♪ あ、レタスってセーレム食べる、れ、れるのかな。スマホスマホ……。……あ、いけるー♡ セーレム、レタスいけるー♡ うふふぅー!」
「ルーチェがまた独り言言ってる……」
「うふふのふぅー♡」
テーブルにハンバーグとじゃがバターが乗った皿と、サラダの皿を並べ、真ん中にはパンの入ったバスケット。あとスープもつけました。グラスにはいつもの水。ミランダ様が手を握った。
「いただきます」
「召し上がれ♡」
「お前も食べな」
「もちろんです! あー、お腹すいたー!」
久しぶりにまともな食事を食べた気がする。いや、食べてはいたんだろうけど、プレッシャーでそれどころじゃなかった。
(あーーー♡ 骨の髄まで染み渡るぅーー♡)
「……参加者が50チームも居たのかい?」
はい! まー、毎年大体それくらいらしいんですけど、今回もジャストの50チームでした。
「1チーム5分くらいかい?」
はい。大体そんな感じです。
「評価とかは?」
後日プリントにして配ってくださるそうです。なので今日は結果発表だけでした。
「そうかい。……それ他のチームも見れたのかい?」
はい。終わった後ならいくらでも。途中で相方の子は急用が出来たらしくて帰っちゃったんですけど、あたしは残って盗めるものがないか見てから、結果発表を聞きました。そしたら、呼ばれたんです! 観葉植物、クロトンって! えっへん!!
「……あー、そんなチーム名だったかね……」
そうです! ミランダ様がつけてくださったんです! どやぁ!!
「(……そうだったかね……)相方の子には?」
もちろんきちんと報告しました! ……したんですけど……。
「ん?」
ちょっと見てくださいます? これ。
あたしはスマートフォンを取り出し、チャットのやりとりをミランダ様に見せた。
<クレイジー君!!
<通ったよ!!
<Bステージだよ!!
<明日は一旦休んで、明後日から練習始めよう!!
<頑張ろう!!!
>りょー。
……反応薄くないですか?
「忙しかったんじゃないかい? 急用が出来たんだろ?」
えー。
「一次審査だし」
それはそうですけど……。でも15チームしか上がれなくて、その枠に入れたんですよ?
「二次審査はいつだい?」
二週間後です。ダンスは同じのを見せるので、より練習して完成度を高めるんです。
「上がれるのは?」
……8チームです。
「7チームは落とされるわけだ」
……わかってます。まだ先に上があって、その8チームの枠に入るか、7チームの枠に入るかはあたし達次第です。でも、門の前には立てたんです。ちょっとくらい喜んだっていいじゃないですか。
「それで7チームに入っちまったら地のどん底まで落ち込むんだろう?」
……。不安になること言わないでくださいよ。折角選ばれたのに。
「膝枕は8チームの枠に入れたらだね」
……。(ん?)
あたしは顔を上げた。
「膝枕?」
「忘れてるならチャット見返しな」
「いえ、覚えてます。ミランダ様がおこ、お、お断りしたやつですよね」
「そうだよ」
「膝枕ですか?」
「うん」
「……。え? いいんですか?」
「二次審査から上がれたらね」
「まじで言ってます?」
「それでモチベーションになるなら頑張んな」
「まじで言ってます!?」
「これ。食事中に騒ぐんじゃないよ」
「え、あ、す、すいません! え、膝枕いいんですか!?」
「上がれたらだよ」
「Aステージに行けたらですよね!?」
「そうだよ」
「膝枕ですよ!?」
「お前そんなに膝枕が好きなのかい……?」
「好きです!!!」
「あ、ああ……そうなのかい……」
「あ、ち、違います! あたしが好きなのは、あ、あ、ミ、ミ、ミランダ様のお膝だけです!」
「ルーチェ、料理が冷めるよ」
「あ、はい」
「魔力はまた瓶に入れておいた方がいいのかい?」
「……それなんですけど、あの、それってあたしでも作れるんですか?」
「作れるけどお前のを瓶に入れたところで唾飲んでるのと変わらないよ」
「……そうなんですか?」
「お前の魔力は未熟だからね。アンジェだって作れるようになったのは最近だろうさ」
「へー……」
「用意しておくよ」
「すみません」
「その代わり、家事を忘れずにね」
「わかってます。いつもあり、ありがとうございます」
「あと風呂場で寝ないこと」
「まじでそれは気を付けます」
「まあ……とりあえず、一次審査だっけ?」
ミランダ様が指を鳴らした。
(ん?)
冷蔵庫が開く音が聞こえ、ふよふよと紙箱が飛んできた。テーブルに置かれる。
「お疲れ様」
「……これは……まさか……!」
あたしは箱を開けてみた。あ! やっぱり!
「やとのきの果物シュークリーム!!」
「食後に食べな」
「ミランダ様! ありがとうございます!」
「はいはい」
「ミランダ様も食べましょう!?」
「そのつもりだよ。私はもう食後だからね」
「あ! いつの間にやら全部食べ終わってる! さ、さ、流石ミランダ様!」
「お前がずっと喋ってるんだよ。このお喋りマシーン。いい加減食べな。折角のハンバーグも冷めちまってるよ」
「紅茶出しますか!?」
「ああ。……そうだね。それは頼めるかい?」
「もちろんです!」
あたしが杖を構える横のリビングでは、セーレムが水分いっぱいのレタスをもすもす食べていた。
鉛筆が走る。
紙に文字を書いていく。
それは相方の特徴。
相方とした会話。
相方の好きな物。
相方の嫌いな物。
相方の特性。ADHD。
「……煽りすぎても良くないよなー」
独り言。
「あの手のタイプ、やりすぎたら凹むんだよなー」
思い出す。
「……幻覚魔法使えるようになってたのは驚いたな。確率的に低かったのに……」
にやける。
「やっぱ組んで正解だった。ひひひっ!」
手を止めて紙を見る。
「ここまでは予想通りとして……次は……んー」
紙に丸を書く。
「凹むの利用する手もあるか」
緑の目が自分で書いた文字を確認した。
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