第4話 それは突然やってくる
翌日、夏休みだというのにあたしは体操着に着替えて学校へと出向く。練習スタジオに行くと、既にクレイジー君が待機してた。
「ルーチェっぴ、おはよー!」
おはよう。
あたしはチラッと時計を見た。遅刻はしてないはず。大丈夫。5分前だけど、大丈夫。
「ルーチェっぴが来るの待ちながら体操してたんだぁー!」
……ごめんね。明日はもっと早く来るよ。
「いいっていいって! でも体動かしておいた方がいいと思うよ。軽くラジオ体操でもやんない?」
……ラジオ体操?
「あ、馬鹿にしてるべ? あはは! ルーチェっぴ! ラジオ体操ってのはな、真面目にやるとめちゃくちゃ体使ってるってことに気付いちゃうぜ?」
そうなの?
「とりま、やろー!」
(ま、ダンスするんだし、やっといた方がいいか)
――10分後。
(ラジオ体操ってこんなんだっけ……!?)
額からは汗だくだく。息切れが止まらない。子供の頃はこんなことなかったのに!
(やっばい……。あたしこんなに体力なかったっけ……? ダンスとか大丈夫かな……?)
「ルーチェっぴ、大丈夫ぅー?」
「だ、ぜえ……大丈夫……」
「Hey! 準備は出来てるみたいネ!」
盛大に扉が開いたと思ったら、ダンス講師、ミスター・パンサーがサングラスを光らせながらスタジオに入ってきた。
「レッスンが始まる前に体を動かしてるなんて感心しちゃう! でもこれは当たり前の基本! ダンス・コンテストをなめちゃいけないわ! 改めて、ミスター・パンサーよ! よろしくネ!!」
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いしますっ」
「さて、まずはウォーミングアップよ! 体はいくら動かしたって本調子になるまで時間がかかるものなの! いい!? 時間が限られてるわ! この後も三時間後に別の子達のレッスンが待ってるの! だから二人も頑張って!」
「うーっす」
「はいっ」
「ではウォーミングアップの体操を始めるわよ!」
ミスター・パンサーがラジカセにCDを入れて、ポーズを決めた。
「スイッチオン!!」
スイッチを押した瞬間――ミスター・パンサーの腰が「ボキ」と変な音を出した。
(え?)
その音を聞いたあたしとクレイジーがぽかんとした。ミスター・パンサーの顔がみるみる青くなっていく。
「ミスター・パンサー?」
「先生?」
「あ……あら……何かしら……これ……腰が……」
「ちょー! ミスター・パンサー! 顔色悪くなってねー!?」
「先生!?」
「だ、大丈夫よ……。私、これでも色んな修羅場を乗り越えて……」
ぴきーん。
「あ、これ、あ、まずいやつ……!」
「うおああ! ミスター・パンサー!」
「誰かー! パンサー先生がーーー!!」
――救急車の後ろ姿を見送り、クレイジーがマリア先生に相談する。
「マリア先生、他にダンス考えれそうな人っています?」
「そうね、それが……すごく言いづらいんだけど、ダンスコンテストの振り付けはパンサー先生が全般担当する予定だったから、他の先生は皆実家に帰られてしまってて……」
「あー、なーるーほーどー……」
「歴代の子達は、ワークショップを見つけて習いに行ってたわ。他にも動画サイトを参考にしたりして、自分達で考えて優勝した子達もいる」
「ワークショップね……んー……」
「悪いわね。二人共。こんなことになって。他のチームの子達にもこのことは伝えておくから」
あたしはスマートフォンで検索してみる。ダンスワークショップ。
(1回三千ワドル。まあ、そうなるよな……。うーん、そうだよな。何をするのもお金ってかかるよな……。日付が……来月。近場でないかな……)
「ルーチェっぴ、今日はこれで解散で」
「あ、うん。そうだよね……」
「大丈夫!」
クレイジーが口角を上げて、歯を見せた。
「この後、兄ちゃんの伝手とかないか訊いてみっからさ! ね!」
「……あたしも、あの、ワークショップとか、さ、さ、探してみる」
「え、まじ? ちょー助かるんですけど! ありがとう。ルーチェっぴ! 絶対成功させようね!」
「……うん」
「じゃ、俺っち手当たり次第行ってみっから! ばいちゃー♪」
クレイジーが荷物を持ち、ジャージ姿のまま教室から飛び出していった。
(びっくりしたな。ぎっくり腰ってあんな音鳴るんだ……)
あたしはワークショップを探してみる。
(無料のワークショップとかないの? 学生はお金がないのに)
検索するが、結局条件のいいワークショップは見つからない。
(このままクレイジー君の伝手に頼ろうか……)
(いや、もしクレイジー君の伝手さえ駄目であれば、参加すらできなくなる)
(クレイジー君の言う通り、目の前に結果が残せるかもしれないイベントがあるのに、それを無視する方がどうかしてる)
(チャンスがあるなら挑むべきだ)
やると決めた以上、あたしもここで諦めたくない。
(……ダンスか……)
あたしはチャットアプリを開く。
(ダンス……)
心当たりのある記憶を思い出す。
(いや、でも……)
初回だけなら無料とか……。
(まあ……言うだけタダか)
あたしはスマートフォンをタップして言葉を入力していく。チャットしてみる。
(向こうも忙しいだろうし、返事とか気付かなくて一週間後になったりして……)
既読マークがついた。
(げっ)
着信がかかってきた。
(げっ!!!???)
「あばっ、わっ!」
「拒否」と「応答」。
(よし! 拒否! 声聞きたくないし! チャットで話そう!)
あたしの指が間違って応答を押した。
(あほーーーーーーーーー!!)
『もしもしー?』
(うわ……)
『ルーチェー♡? もしもーし!』
「……名前で呼ばないでください……」
『あ、大丈夫だよ! 今楽屋で待機時間なの!』
「はあ」
『久しぶりだね!』
「はい」
『ダンス習いたいの?』
「はい」
『急にどうしたの? 何があったか最初から最後までその愛しい声でお姉ちゃんに教えてくれる?』
「あたしに姉はいません。死にました」
『大丈夫だよ! 今楽屋だから! ルー……』
「名前で呼ぶなって言ってんだろ! だ、だ、……誰かに聞かれたらどうすんだよ!」
『……もぉー心配屋さん……♡ ……うーん。それじゃあ……』
お姉ちゃんが呼び方を変えた。
『マイダーリン♡』
「……」
『お話聴かせて? 待機時間が暇すぎてどうしようかと思ってたの』
「……えーとですね……」
自分なりに簡単に説明すると、お姉ちゃんの頷く声が聞こえた。
『……はあー。なるほど。魔法ダンスコンテスト』
「知ってる?」
『わたくし、一回ゲストMCやったことあるよ。ルーチェには会えなかったけど』
「(ああ、そうだったかも……。ポスターにすごい宣伝されてて……絶対行かないって思った年だったな……)……ま、……そんな感じで、先生、ぎっくり腰になって、今、教室、で、ワークショップとか探してたんだけど……誰か……し、知り合いで出来る人いない?」
『曲はー?』
「動画投稿サイトでTheNightって検索したら出て来る。アニメーションのやつ」
『あ、これかな』
向こうから音楽が流れて来る。
『これ?』
「それ」
『これの振り付け?』
「はい」
『他の先生は実家だっけ?』
「はい」
『この時期だもんねぇ』
「はい」
『あ、ちょっと待ってね』
向こうから音が聞こえる。けれど聞き取れない。お姉ちゃんが誰かと話しているようだ。しばらくして、扉を閉める音が聞こえた。スマートフォンを持つ音が聞こえた。
『明日から2日間。10時から13時まで。予定空けておいて』
「……まじ?」
『遅刻厳禁だよ?』
「……お金は?」
『……お金かー。うーん。お金は、そうだなー』
お姉ちゃんが笑った。
『お金はいらないから、ルーチェ♡の1日分の時間がほしいかなー?』
「……そんなんでいいの?」
『コンテスト終わってからでいいから、落ち着いた頃にとかー?』
「……でも、その、ダンスの先生、プロの人でしょ? その人に頼むなら……」
『ああ、そこは大丈夫』
「まじで?」
『お姉ちゃんすごいでしょ?』
「すげえ」
『ま、そんな感じだから、明日から2日間、その三時間だけ予定空けておいてねー。相方の子にも言っておいて。あ、そろそろ時間かも!』
「あ」
『じゃあ行ってくるね!』
「お姉ちゃん」
『ん?』
「……ありがとう……」
向こうのスマートフォンから、『みしっ』という音が聞こえた。
「じゃ、切るから……」
ついでに言っておく。
「お仕事、頑張って……」
あたしから通話を切った。
(*'ω'*)
「パルフェクトさん、そろそろ撮影始まりま……」
「まじ激かわいすぎぃぃいいいいいいいいい!!!!」
「パルフェクトさん!?」
「とうとぉおおおおおおおおい!!!」
「パルフェクトさん!!?」
(*'ω'*)
(早く報告しなきゃ!)
あたしは急いでクレイジーに電話する。
「……あ、クレイジー君?」
『……。……。……おー! どうしたのー? ルーチェっぴ』
「あの、……10時から13時まで、2日間予定入れないでおいてくれるかな?」
『え?』
「知り合いのつ、伝手で、先生が来てくれることになって……」
『は、まじ?』
「ボランティアでやってくれるから、無償だって」
『うわ、まじで!? ちょっと待って! ……兄ちゃーん! 相方の子が先生見つけてくれたって!!』
『まじか!』
『なんだ、見つかったのか!』
『良かったじゃん!』
『しかもタダで良いらしい!』
『お前まじでその子に感謝しろよ!』
『土下座しろ! 土下座!』
『まじ女神降臨じゃん!』
『ちょー神様じゃん!』
『ルーチェっぴ、ありがとう! えっと、時間いつだっけ?』
「10時から13時。明日から2日間」
『了解! 午前中暇だから余裕! 本当……ありがとう!』
「ん。そ、それじゃあ……今日は、とりあえず、休んで」
『ルーチェっぴまじ大好きぃー! 明日から頑張ろー!』
「あ、うん」
通話が終わる。
(これで振り付けは大丈夫)
やれることはやろう。
(クレイジー君の言う通り、結果を出せば上に上がれるかもしれない)
今までダンスコンテストに関わった事も関わろうとしたこともなかった。難しいって聞いてたから、あたしには無理だって思ってた。
(でも、ここまで来たら悪あがきだ)
忘れるな。あたしにはもう後がない。いつまでも学生のままではいられない。
(わざわざお姉ちゃんに頭下げたんだ。やれるところまでやってやる)
さて、バイトの時間までまだ時間がある。折角だから――図書室で時間を潰そうかな。
「……魔法ダンスコンテストの動画? ちょっと待ってて」
図書委員の生徒に聞くと、印刷した紙を持ってきた。
「この手順で操作すればパソコンから見れるよ」
「ありがとうございます」
あたしはパソコンコーナーへと歩いていく。辺りを見渡せば、夏休みだというのに図書室で勉強している人が結構多い。皆実家に帰らないのかな?
(ああ、……実家暮らしの人達か。いいねえ。羨ましいねえ)
パソコンコーナーの席に座って、印刷された紙を見る。手順が乗っている。ここをクリックして、次にここをクリック。それからここをクリックすれば……。
(あ、あった)
動画のデータを見つけて、クリックしてみる。イヤホンを装着。よし、見てみよう。再生。
(……うわあ……)
これは何なんだろう。新体操、と思えば魔法を使ってパフォーマンスし、チアダンス、だと思えばさらに魔法を使ってパフォーマンスを見せ、それも、全部ダンスの世界観にあったものを見せている。
(テレビで見るものみたい。これ、出来るの……?)
いや、出来る、出来ない問題じゃない。
(やるしかないんだ)
これ、レンタルできたりしないのかな?
(とりあえず、見れるところまで見ておこう。参考になるかも)
そう思って見ていたら――過集中が起きてしまったらしい。気が付いたら、あたしはアルバイトの遅刻が決定していた。
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