第11話 受付の看板ウサギ
「あー! 来てくれたんだー!」
「ハンナちゃん! 久しぶりー!」
「ね! 一緒に見て回ろうよ!」
「え、でも、受付、うーん」
ハンナがあたしの元に歩いてきた。
「ルーチェママ、あのね……」
行っておいで。受付大丈夫だから。
「え、いいの?」
いいよ。楽しんでおいで。
「えー! ありがとう! ルーチェママ!」
ハンナが友達と一緒に廊下を歩き出した。受付があたし一人になる。廊下を通りすがったクラスメイトに声をかけられる。
「あれ、ルーチェ、ハンナは?」
友達とどこか行ったよ。
「ルーチェ、朝から受付やってない?」
「うちら代わろうか?」
ううん。大丈夫。どうせ飾りに魔法で光灯すだけだし、一緒に歩く人もいないしね。
「私らと歩く?」
ふふっ。ありがとう。大丈夫だから楽しんで。
「交代してほしかったらチャットして」
うん。ありがとう。
第13ヤミー魔術学校祭。今年も魔法で彩られ飾られた学校に、一般人が目を丸くしている。魔法とは縁のない人も、ネットでこの学校の学生と知り合った人も、魔法に興味がある人も、唯一今日だけはヤミー魔術学校に入れるため、美しい魔法達に瞳を輝かせている。一般人だけじゃない。学生達だってそうだ。この学校には沢山のクラスがある。あたしのいる研究生クラスだって、あたしのクラスを含めて五つくらいあるもんだから、全生徒の数を数えたらとんでもない数字となる。そのクラスが各々教室発表をしてるものだから、そりゃ皆楽しいだろう。魔法で作られたお化け屋敷。迷路。ゲーム。手作り映画上映。魔法吹奏楽部、魔法演劇部、魔法ダンス部。魔法お笑い部。また、モテたい為に結成されたバンドメンバーによる魔法に包まれたライブ発表。本日は魔法学生達によるヤミー魔術学校祭。ご覧あれー。ご覧あれー。
(はあ。暇だなぁ……)
プラネタリウム、なかなかいい案だと思ったけど、風船や星の飾りに光を灯すだけの地味な作業にかなり飽きてきた。
(あたしじっとしてるの駄目なんだよなぁ……。さっきから貧乏ゆすり止まんねー……)
「わあ! 見て、ウサギだー!」
「ちょー可愛いー!」
(ああ、ウサギルーチェ。高校生に大人気の巻)
オーディション用に買った衣装がここでも活用されるとは思わなかった。どうですかー。見せ物ですよー。お写真撮りたければどうぞー。
「お姉さん、ここ何ですか?」
プラネタリウムです。
「入っていいですか?」
どうぞー。暗いので足元気をつけてくださいー。
「きゃー! 何これ! くらーい!」
「やだー! こわーい!」
(プラネタリウムだから怖くねーよ)
光魔法で明かりを灯す飾り達が並んでいる。
(……やっぱりこれだけだと地味だよな。……よし)
あたしは教室のドアを閉め、杖を取り出し、軽く振った。
「光よ、星となって輝きたまえ。君は流れ星。君は月の友達」
あたしの魔力が教室の中へと入った。女子高校生の二人が真っ暗な部屋を眺める。
「うーん、これだけか」
「なんか……意外と地味だね」
二人が話していると、突然明かりが消えた。教室内が真っ暗になる。二人が悲鳴を上げた。
あたしの魔力が天井から伝い、ぱんっ! と弾いた。二人はぎょっと目を丸くして振り返った。すると、後ろから光がまた弾いた。二人の間を流れ星が通る。二人が声を上げた。また光が弾いた。今度は楽譜になった。音符が鳴ると、きらきら星の歌が流れた。左の壁を流れ星が走り、右の壁を流れ星が走り、お互いがぶつかり合うと大きく弾いて色のついた星となって落ちてきた。女子高校生二人の目が光に釘付けになる。星が弾く。星が溢れる。星が輝く。光り輝く。星が消えて……また飾りに光が灯るだけの教室に戻る。
(……どうだったかな?)
あたしがドアを開けると、女子高校生の二人が振り返った。
退室の際はお足元お気をつけくださーい。
「あの!!」
二人が一斉に教室から出てきて、あたしを囲んだ。
「今の魔法ですか!?」
そうですよ。ここは魔術学校ですから。
「めっちゃ綺麗でした!!」
(そうだろう。そうだろう。暇だったから大サービス。喜んでくれたのなら良かった)
「ありがとうございました!!」
……あたしはきょとんと瞬きした。
「やばかったよね!?」
「まじで、あの、夜空見るより綺麗でした!」
「やばぁー! めっちゃ手震えてるー!」
「歩いた教室の中で一番びっくりしました!」
「動画撮っておけばよかった!」
「あ、まじそれな!」
「お姉さんの魔法ですか!?」
……えっと……はい。そうですけど……。
「「えーー! やばーー!」」
(……そっか)
この子達は魔法をあまり見たことないんだ。
(いや、そうだよな。一般高校なら本格的な魔法使える人、なかなかいないだろうし……。見る機会も少ないよな。……でも……こんなに喜んでくれるとは思わなかった……)
「えー、ここめっちゃ良かったー!」
「お姉さん、写真撮っていいですか!?」
え? あ、は、はい。
「「いえーい!」」
二人に挟まれたウサギが間抜けた顔で現役女子高生と写真を撮る。
(……すごく喜んでくれて良かった)
二人が満足そうに次の場所を目指して廊下を歩いていった。あたしはその背中を見ながら思う。
(……そうだよな。……魔法を毎日見てる人が来るとは……限らないんだよな)
だって皆は魔法を見たくて一般枠として来てるんだから。
(……だったら)
あたしはにやりとした。
「ね、プラネタリウムだって」
「あ、ここ入っていいですか?」
はい! どうぞ!
「えー、くらーい」
「何も見えないな」
二人のカップルが中に入り、あたしは扉を閉めて、……頭の中でイメージを膨らませて唱えた。
さあ――魔法を始めよう。
「光の上映会。タイトル、不思議の国のアリス」
あたしの魔力が教室の中に入った。光の影で出来た不思議の国のアリスが現れる。彼女が驚きの声を上げた。今度は光の影で出来た兎が現れる。走る兎をアリスが追いかける。アリスが教室内を走り出すと、踏み込んだ足元から道が現れ、世界が現れ、どんどん光で出来た不思議の国が出来上がる。カップルが驚いた。光の花火が弾いた。爆発。無音。ハートの女王様による裁判が始まる。死刑とされたトランプ兵が光となって消えて、弾いて消えて、花火となって消えて、有罪判決となったアリスがまた逃げる。光の住人が追いかけてくる。アリスは逃げる。どんどん世界が消えていく。アリスが大きく光り、ぽんっ、と消えた。また暗闇が訪れる。
(……どうだったかな?)
あたしはドアを開けた。二人が振り返った。
お疲れ様ですー。退室の際はお足元お気をつけくださーい。
「……今の魔法、お姉さんがやったんですか?」
いかがでした?
「いや、本当にすごかったです……」
「あの……すごく……綺麗でした……」
「なんか、なんて言っていいか、あの……すごかったです……」
楽しんでいただけて良かったです。
「あの、写真撮っていいですか?」
あ、どうぞー。
彼氏が彼女とあたしがピースしてるところを撮った。
「あのトゥイッター上げていいですか?」
どうぞ。
「ありがとうございました!」
「すごく楽しかったです!」
(……喜んでもらえたみたい。……良かった……。……よし、次だ!)
今度は親子連れが歩いてきた。
「ママ、ここ入りたい!」
「大丈夫ですか?」
あ、どうぞー。暗いので足元気をつけてくださーい。
(今度は子供連れか。あんまり驚かせるようなのは駄目だな。無難に流れ星にしておこう)
ドアを閉めて、あたしは唱える。
「降れや降れや金平糖、甘くて美味しいお菓子だよ」
魔法が終わればドアを開ける。
足元気をつけてくださーい。
「ママ! お星様がね! こーなってね! こーなったの!!」
「ありがとうございました。すごく綺麗でした」
「あのね! すごくこーなってね! 綺麗だったの!!」
(……喜んでる。良かった)
胸がどきどきする。
(あたしの魔法なんかで、あんなに喜んでくれてる)
あたしは真っ暗な教室を眺める。
(今度は誰かな)
「すみません。入ってもいいですか?」
どうぞー。
「わー。くらー」
……。
「すげかったっす! めっちゃ綺麗でした!」
「やばかったっす!」
ありがとうございましたー。
(次)
「入っていいですか?」
……。
「すごかったです! 本当にすごかったです!!」
(次)
「涙が出ちゃいました」
(もっと)
「ありがとうございました! 綺麗でした!」
(もっと)
「すげー綺麗でした!」
もっと、もっと、もっと。もっと見せたい。もっと色んな魔法があるの。光だけじゃない。火もあれば、水もあれば、風もあれば、闇もあれば、緑もあるの。もっと知ってほしい。もっと魔法を楽しんでほしい。おいで。あたしで良ければ見せてあげる。皆おいで。
「やばー!」
「きれー!」
「ここすげー!」
「お姉さんありがとー!」
(やばぁー……! めっっっちゃくちゃ楽しい……! 最初からこうしてればよかった……!)
「あっ、お姉ちゃん!」
……受付の机が叩かれた。あたしはその手をなぞって見上げる。サングラスをかけた変人があたしをじっと見ていた。あたしはその変人にじっと冷たい目を向けた。変人の鼻息が荒くなった。あたしは腕を組んだ。
不審者は出禁なので入れません。別の場所へどうぞ。
「ウサギルーチェ♡!!!! ちょーーかわウサすぎぃっっっっっっ♡!!!!!」
アビリィ、連れてって。
「姉さん! 久しぶりだね!」
二人で来たの?
「姉さんが教えてくれないから! トゥイッターで! 情報を! かき集めたんだよ!」
「優秀な妹を持って、お姉ちゃんは嬉しい!」
「パパは腰をやられて動けず! ママは会社の友達とママ旅行! 一人で行くのも忍びなく! お姉ちゃんに声をかけました!」
「アビリィったらこんなに大きくなって!」
「姉さん! 安心するといい! お姉ちゃんには魔法がかかっていて! 誰も現役タレント! 今を生きるパルフェクトだとは気づきません!」
アビリィ。飴いる? はい。
「ありがとう! 姉さん!」
「あ、わたくしイチゴ味がいい!」
「余分に! 多めに貰っておくよ! レモン味!」
どうでもいいけど邪魔になるからさっさとどっか行って。あ、アビリィは居ていいからね。楽しんで。
「ありがとう! 姉さん!」
「ルーチェ♡、今夜暇?」
なんで?
「私が! お姉ちゃんの! マンションに! お泊りするんだよ!」
「アビリィがお泊りするから良かったらルーチェ♡もどうかなって」
「三人姉妹! 水入らず! 久しぶりに集合!」
「三人揃うのは久しぶりだねえ! ルーチェ♡、今晩だけでいいからおいで?」
「大丈夫! 夜は! 私は! 一人部屋を使い!」
「わたくしとルーチェ♡は……メインベッドルーム……♡?」
「イヤホンして! ミュージカルを見るので! 大きな声が! 出ても安心!」
「喘いでも安心!」
とりあえず入るのか入らないのか決めろ。あ、アビリィ、もう一個くらい飴持っときな。ほら。
「ありがとう! 姉さん!」
「プラネタリウム?」
ん。
「お姉ちゃん! とりあえず入ろう!」
「わあー。見てー。アビリィー。ほんのり光ってて綺麗だよー」
(……ふん。見てろ)
あたしはドアを閉めて、杖を振った。
「きらきら光るコウモリさん。一体お前は何してる? そうだね。僕は空を飛ぶ。チョウチョのように空を飛び、光って弾いて輝かん」
教室の中に闇が訪れる。
アビリィが振り返った。パルフェクトがはっとした。教室の天井を光の陰で出来たコウモリが囲んでいた。一斉に飛び出し、アビリィが瞬きすると、アビリィの目の前でコウモリが光となって弾いた。コウモリが花火となって散っていき、またコウモリとなって飛んでいき、弾いて散って、飛んで散って、パルフェクトが手を伸ばすと、コウモリがその手に乗っかり人差し指にキスをして、また光となって弾いた。無音花火となって光って弾いて落ちていき、きらきら光って落ちていき、また弾いて飛んで、弾いて輝き、下から見るか、横から見るか、暗闇を光り、弾いて、また爆発して、大きな花火が打ち上がってコウモリの形に弾いて――ただの暗闇に戻った。
(……アビリィの反応が楽しみだな)
あたしはドアを開けた。
アビリィ、どうだっ……。
「っ」
真っ先に教室から出て来たのはお姉ちゃん。あたしは悲鳴を上げて地面を蹴った。お姉ちゃんが地面を凍らせた。あたしは地面をすべって転んだ。お姉ちゃんがあたしの上に乗ってきた。あたしは顔を青ざめて後退しようと暴れると、手を押さえつけられ、お姉ちゃんに濃厚な接吻をされる。アビリィが瞳を輝かせて教室から出て来た。
「流石姉さん! とても! 綺麗な! 花火だったよ!」
んんんんんん! 助けんんんんんんん!!
「やっぱり! 魔法は! 美しくて! すごい! だけど! 私は! 将来! 服飾に! 就くから! 公立高校で! 悔いはない!」
んんーーーー! んんんんーーーーー!!
「姉さん! 素敵な魔法をありがとう! 綺麗だったよ! さて! お姉ちゃん! そろそろ! 次に行こう!」
「はあ……♡ ルーチェ……♡ これはお姉ちゃんからのご褒美だからね……♡ はあ……♡ すごく……綺麗だったよ……♡ もちろん……♡ ルーチェ♡の方が……綺麗で……可愛くて……やばたにえんだけどぉ……♡」
(……もうこんなお姉ちゃん嫌だ……。嫌い……)
「お姉ちゃん! 次はあっちに行こう!」
「じゃあね。ルーチェ♡! チャットして! ちゃんとルーチェ♡の分のパジャマと……下着、用意してるから……」
……行かねえよ……。
「じゃあね! ちゅっ♡!」
ふげっ!
「きゃっ! ルーチェ♡とキスしちゃった♡! ……アビリィ、次行こー」
「行こー」
白くなってその場に倒れるあたしを放って二人が去っていく。
(……あいつ嫌い……アビリィは好き……)
「わ! ルーチェどうしたの!?」
「燃え尽きてるじゃん!」
教室の様子を見に来たクラスメイト達に体を起こされる。
「あれ、ルーチェ、なんか顔中に口紅ついてるけど」
気にしないで……。
「ルーチェ、お昼まだでしょう? 休憩していいよ。あとはうちらやっておくからさ」
(はあ、秘密の魔法タイム終わりか。……楽しかったな)
あたしはこくりと頷いた。
うん。ありがとう。どっか食べて来る。
「中庭のたこやき美味しかったよ!」
あ、たこやき、行ってこようかな。
あたしは腕時計を見る。もう13時か。今朝は準備の時間もあって早めに来たから……五時間もここにいたんだな……。道理で集中力が切れるわけだ。
(……選抜受かってたら……ミランダ様、来てくれたのにな)
一緒に歩きたかった。
(……さて、お昼行こう)
ぎゅっ。
「……?」
突然服が引っ張られて振り返ると、ピンクの可愛いリュックを背負った黒髪の女の子が、あたしの服を掴んでいた。
(おや?)
「ん、ルーチェ、何その子」
「妹ちゃん?」
……知らない子。
「「え?」」
クラスメイト達とあたしが女の子を見る。女の子はじっ! としてあたしの服を掴んで、教室に指を差した。
「ん!」
「……もしかして迷子じゃない?」
「職員室連れて行った方が良いかも」
あたしはしゃがみこみ、女の子の顔を覗いた。
お嬢ちゃん、ママは?
「……」
パパは?
「……」
うーん。
「迷子だね」
「ルーチェ、ついでに職員室連れてってもらっていい?」
うん。大丈夫。
女の子があたしの服を掴み、教室に指を差した。
「ん!」
「……プラネタリウム見たいんじゃない?」
「お嬢ちゃん、おいで。見せてあげるから」
女の子があたしの服を引っ張った。
「ん!」
ああ、いいよ。あたし案内するから。で、その後真っ直ぐ職員室連れて行くわ。
「ありがとう。ルーチェ」
ちょっとの間、ドア閉めても大丈夫?
「大丈夫だよ。光漏れるとプラネタリウムの意味ないし」
ありがとう。
「……」
お嬢ちゃん、おいで。お姉ちゃんと一緒に行こう。
あたしは女の子の手を握って教室の中に入り――ドアを閉めた。
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