第9話 世間話
「先生に拾ってもらえてラッキーだったな」
お姉ちゃんが呟いた。
「魔法についてすごく熱心に教えてくれたから、わたくしも楽しくなっちゃって」
気がついたら、
「ナビリティは死んだことになってた」
学校の近くで無理心中した親子がいて、その子供がナビリティだと言われた。誘拐されて、殺されたと。
「あの時期はひやひやしてたね。ルーチェ。変装しながら会いに行って、ルーチェも黙ってわたくしに会いに来て」
会う度にルーチェがわたくしから離れなくて愛おしかった。腕から離したくなかった。ずっと傍にいたくて、少しでも時間を共有したくて、先生のことを言ったらルーチェはいつもこう言ってたね。
「ルーチェは、自分で魔法使いになるからいい!」
「うふふ!」
お姉ちゃんが笑った。
「昔話しちゃったね」
あたしのお皿には、既にシュークリームはない。
「ルーチェ」
お姉ちゃんの手が、あたしの手から離れない。
「わたくしは完璧じゃない」
ルーチェが居ないと駄目なの。
「ルーチェが『いな』いと、わたくしはナビリティじゃなくて、
そんなわけないじゃん。
「ルーチェがいないとおかしくなりそう。わたくしにはルーチェしかいないの」
おかしくなってないじゃん。四年間あたしに会わなくても生きていけたんだから。
「そうだよ。おかしくなりそうだったから、ルーチェのことを毎日想ってたの。一緒に撮った写真を、毎日毎日額縁に飾って拝んでた」
気持ち悪い。
「ルーチェ、お姉ちゃんの何が嫌なの? 言って? そしたらお姉ちゃん絶対に治すから!」
そういうところ!!
「……」
覚えてないの? あたしが12歳の時に、お姉ちゃんがあたしの肩にぶつかった男の子、心臓停止させたじゃん!
「……わざとぶつかってきたんだよ? あのガキ」
死ぬところだった!
「死ねばよかったんだよ」
13歳の時だって、あたしの鞄からお財布を盗もうとした不良達、全員の頭おかしくした……。
「ああ、運ばれてたねぇ」
その後出かけた所でだって、ご飯食べた時だって、服買いに行った時だって……。
「ルーチェ、すごい! よく覚えてるね! ルーチェは昔から記憶力良かったもんね!」
もうやめてよ! そういうところが嫌なんだよ! うんざりなんだよ!
「ルーチェを守りたかったから……」
あたしはもう大人だよ! 自分の身くらい自分で守れる! 魔法使いにだって自分でなる! お金だって働いて稼ぐ! パパとママに少額でもお金を入れる! その上で自分のしたいことをやる! あたしの人生なんだからお姉ちゃんに関係ないじゃん! お姉ちゃんはお姉ちゃんの人生を生きればいいんだよ!!
「……」
「……、」
あたしは立ち上がった。
「失礼します。……パルフェクト先生」
あたしは自分の食べた分を空っぽのお財布から取り出し、テーブルに叩きつけ――お店から出ていった。
(*'ω'*)
(くそぉー……こんなことなら一番高いシュークリームなんか頼まなきゃよかった……)
あたしは歩きながら給料日まで入ってこない生活費の残高を指で数える。
(あいつ嫌い……だから嫌い……あの女と出かけたらろくなことがないんだもん……)
――姉さん、お姉ちゃんと会う時は気をつけるんだよ? お姉ちゃんは姉さんのことになると、何しでかすかわからないんだから!
(今になってアビリィの言葉を思い出すなんて……。もう、全くアビリィの言う通り……。あの女はまじで何しでかすかわからない……)
ああ、やっと帰ってこれた……。あたしは杖を構えてドアに唱えた。
「オープン・ザ・ドア」
扉が開いてあたしは中に入る。
ただいまー……。
「あ、ルーチェお帰り。お仕事お疲れ様」
ううん。アルバイトはお休みだったの。
「あれ、そうなのか? でも、随分と遅くなってから帰ってきたな」
電車止まってて……。
「ルーチェ、帰ってるのかい!?」
セーレムと話していると、キッチンからミランダ様の声が聞こえた。
「ちょっと手伝っておくれ!」
ああ、はい! ただいま!
「はあ。女ってのはいつだって忙しないな。だから思い込みも激しくなって喧嘩になるんだよ。俺みたいにのんびりすればいいのに。そしたら人類皆平和だ。そうだ。俺がのんびり協会を作れば良いんだ。こいつは今度の猫集会の議題に決定だな!」
あたしは荷物を置いて急いでキッチンに向かうと、塩と胡椒が『無限の彼方へさあ行こう!』状態となっていて、あたしは慌てて足を止めて、塩と胡椒に道を譲った。二つともミランダ様の手の中に納まり、料理に掛けられる。
「そっちのスープを頼むよ」
わあ、クリームスープですね! 任せてください!
あたしは腕まくりをし、ヘラでスープが焦げないようにゆっくりと回す。ふーん! かぼちゃのいい匂い! 流石ミランダ様。魔法だけじゃなくて料理も素晴らしい。どっかのクソ女とは大違い!
ミランダ様はどうやってお料理覚えたんですか?
「一人暮らししていたら嫌でも覚える」
そういえば……ミランダ様もご実家ってあるんですか?
「あるよ」
……お父様とお母様、いらっしゃるんですか?
「いないと私は生まれてないだろ」
ご健在なんですか?
「父親は戦場先で片腕を失ったけどね、義手をつけて畑仕事してるよ」
農家なんですか?
「ん? 言ってなかったっけね? うちは農家だよ」
……ミランダ様、農家のお生まれなんですか?
「なんだい。その顔は」
だって、農家って感じじゃないから!
「失礼だね。お前は。いつもの紅茶はどこから仕入れてると思ってるんだい」
……ミランダ様がお気に入りのお店で買ってるのかと……。
「母さんが大量に送ってるんだよ」
母 さ ん !?
「お前も親やご先祖様は大事にするんだよ。ご先祖様は祖先を守ってくださるからね」
……最近お墓参り行ってないな。
「そういえば、こういう話はしたことないね。お前、実家には私のこと話してるのかい?」
いいえ。
「ほう。そうかい。最近いつ帰った?」
……四年前ですかね?
「四年? 四年も帰ってないのかい?」
お金もないですし、……帰りたくなくて。
「親はね、子供の顔を見たいものだよ。ちゃんと見せて安心させてやりな」
うちの親、田舎人というか、……顔見なくても大丈夫というか。
「仲悪いのかい?」
いいえ。仲は良いですよ。家族のグループチャットもあるくらいですから。ただ……。
「ただ?」
……。ミランダ様は、ご兄弟いらっしゃいます?
「兄が二人いる」
……お兄様がいらっしゃるんですか? ミランダ様に?
「そうだよ。私は末っ子。だから可愛がられた」
お兄様も魔法使いを?
「いいや? 一人は不動産経営をやってて、もう一人はシロネコ佐藤の宅急便の幹部で働いてる」
……だからシロネコ佐藤使ってるんですか?
「まあ、接客態度がいいからね。何かあれば兄さんにクレームを入れれるし」
(ミランダ様のお兄様……。めちゃくちゃ強そう……)
「お前は?」
え?
「最初……お前が魔法使いになりたがった経緯の話を聞いてる時に、姉と妹がいるって言ってたね」
……ええ。あたし次女なんです。
「三姉妹かい。羨ましいよ」
……ミランダ様は、ご兄弟と、自分と、比べられたことありますか?
「ん?」
うちの親は、よく言ってました。ルーチェはしっかりしてるね。ルーチェが長女だったら良かったのにねって。姉が色々と問題を起こす人だったので。
「……」
でも、そしたら今度はあたしが小学校で色々あって、……魔法学校に行ったわけですけど、入学費も親から出してもらった身ですけど。……妹の時は、大した問題は起きなくて。妹は気の合う友達を見つけて、小学校、中学校を過ごしました。最近志望してた高校に入学しまして。
「そうかい。めでたいね」
親に言われました。問題を起こさなかった妹が、姉妹の中で一番頑張ってたって。
「……ほう」
あたしは、あたしなりに頑張ってたつもりです。どうして友達が出来ないんだろうって思ってました。グループから追い出されても文句も言わずに別のグループに入って、でも結局追い出されて、文句を言いながらも学校には通ってました。でも毎日生きてる心地はしません。クラスメイトは仲良しグループで固まって、あたしは一人ぼっち。話せる人も居ないから、まるで透明人間。一時、人との話し方を忘れました。家族以外話せる人が居なくて……。
「……」
発達障害があるって聞いて、納得したんです。だから、……おかしな子って陰口言われてたんだなぁーって。でも、そんなの気付かないじゃないですか。自分の脳に障害があるなんて。遺伝的なものって聞いて、父方か母方か、どっちかにそういうものがあったんだって思って、恨みすら覚えたくらいです。よくもあたしを生みやがったなって。
「……少なくとも、お前が生まれてなかったら、今そのスープは焦げてたよ」
……その一言を言われてから帰ってません。帰っておいで、とは言われるんですけど、やっぱり、……なんて言うんですかね。……仲は悪くないんですけど……あたしがいなくても、一番問題を起こさない良い子の妹がいるじゃんって思っちゃって。……親はそのこと、全く覚えてないと思いますけど。
「うちもそうだけどね、働きながら三人の子供を見るって想像以上に大変だと思うよ」
それはわかってます。本当に。働き出して親に守ってもらってたんだなって思うところは色々とありました。その度に感謝もしてます。ただ、やっぱり、様々な一言一言が、あたしの中で印象的だったみたいで、ずっと覚えてて、そしたら、なんか、帰る気も失せちゃって。……ADHDの嫌なところですよ! 自分が嫌だなって思ったことをずっと鮮明に覚えてるんです! もっと覚えていたくて、忘れたくないこと、沢山あるのに。……なんで嫌なことって忘れられないんですかね。忘れてしまえば仲良し家族のままでいられるのに。
「お前が嫌だったからだろ」
……嫌、でしたね。……辛くても頑張ってきた日々が……一気に否定された気がして……。
「うちは何ていうか、親よりも兄さん達が私を見てくれてたからね。魔法使いとして戦場に立つ時は、パレードの最中に二人が車をかっ飛ばして邪魔してきたよ」
車をかっ飛ばしたんですか?
「『おお、行くな、ミランダ〜。俺達の可愛い妹よ。うちに帰って美味しい大根を食べようじゃないかぁ〜。美味しい干物も煮付けも漬物も作ってあげる。だから帰ってくるんだ。可愛いミランダ〜。』……恥ずかしいったらありゃしない」
うふふふ!
「だからかい? お前がよく人と自分を比べるのは」
……。……そう……かも……しれないですね。……今、言われて、確かにって思いました。
「やっぱり昔体験したことってのは成長しても響くんだね」
……でも、それを言うならおかしいですね。あたし、結構放っておかれたんですよ。
「放っておかれたって?」
姉は……やっぱり長女なので、何もかも初めてで、新品のものばかり持ってました。あたしはそのお下がりで……妹は買ってもらってました。あたしの場合はお下がりでも、魔法学校に入学させてもらってたり、お金を沢山使わせてしまったので、その分妹には文房具とか、ランドセルとか、新品のを買ってあげようって。親が。
「ああ、なるほど。聞いてる限り平等性はあると思うがね」
でも、あたしからすると、姉は初めてで、あたしは二番目。妹は末っ子だから親が可愛がる。……三人の参観日が重なった時がありました。あたしはその時まだ魔法学校に入ってない時で、姉と同じ学校にいて、妹はまだ保育園で、でも、母は一人で……疲れるから……姉と妹のを見に行きました。ルーチェは見なくても大丈夫でしょう? しっかりしてるもんね。って、言って。
「……そうかい」
寂しかったです。……作文を読んでも、後ろを見ても……母も父もいなかったので。
「……」
親からすると、あたしはしっかり者だから放っておいても平気な子供だったんです。全然しっかりしてないし、友達も出来ないし、……発達障害だって持ってたのに。
「……親すら気付けなかったんだよ」
……あたしからしたら、……もっと見てくれて、向き合ってくれることをしてくれてたら……もっと、……愛されてるって確証を持てていたのであれば……こんな、お金ばかりかかる魔法使いの勉強なんてやめて、親のために働いたかもしれませんね。
「親にお金を入れてたんだったね」
月に二万だけですけどね。一応、安くない学費を出してもらったので。
「世の中、親に金を使わせるだけ使わせて返さない子供もいる。その点で言えばお前は確かにしっかりしてるね。ケアレスミスは非常に多いが」
ううー……。これでも気をつけてるんですよ?
「今日マリア先生にお前のことを訊かれたよ」
……報告したんですか?
「お前ね、くしゃみの薬の材料くらい暗記出来るようになりなさい。なんだい。あの小テストの点数は」
え!? 見たんですか!?
「10点満点中1点ってどういうことだい」
ああ! せっかくバレないように火魔法で処分したのに!
「そんなことに魔法を使うんじゃないよ!」
範囲を間違えて勉強してたんです……!
「実際作ってみたら覚えるもんだよ。ちゃんと鍋を洗うなら調合部屋使っていいから」
……材料費いくらかわかってます? あたしは今日でお金をだいぶ失いました。
「また無駄遣いしたのかい?」
無駄遣いじゃありません! 事故です!
「全く、お前のどこがしっかりしてるのさ。見せかけだけじゃないか」
仰る通りです。あたしは全然しっかりしてません。ただ、あたしの立場上、姉がいるから妹。かと思ったら妹がいるから姉。というように、両方やらなきゃいけないんです。そりゃあ見せかけだけなら、しっかりしてるように見える真似だって出来ますよ。子供の時って……親に迷惑かけたくないって今よりも強く思ってましたから。
「……お前の妹はお前よりも優秀なのかい?」
……ミランダ様、これがですね。もう、うちの妹は素晴らしい女ですよ。まず、頭がいい。成績がいい。勉強が出来る子なんです。高校に入ってからも勉強が楽しいって言って……今年どこかで資格を取るって言ってました。
「お前とは正反対じゃないかい」
そうなんですよー。アビリィって言うんですけど、もう本当に天才で。っていうのも……問題のある上二人を見てるので、人への接し方が上手いんです。そりゃあ親も妹の方が可愛いって言いますよ。
「へーえ。……じゃあ姉は?」
「死にました」
ミランダ様が一瞬手を止めて、また野菜を切り始めた。
「死んだって?」
あたしが7歳の時に……誘拐されて……犯人と一緒に死んでたんですって。
「……へえ」
……最近お墓参り行ってないな。四年も帰ってないので。
「ルーチェ」
はい。
「別に詮索するつもりはないけどね」
はい?
「本当かい? それ」
ええ。調べたらわかりますよ。ニュースにもなったので。
「どんなニュースだい? それは」
えっと……12年前の……あ、……ナビリティ・ストピドで出てきますよ。
あたしは手を洗い、ポケットに入ってたスマートフォンをいじり、ミランダ様に見せた。
「あ、ほら、まだあり、あり、あ……りました」
ミランダ様が手を止めて、一度手を洗ってからあたしのスマートフォンを掴んだ。記事を読む。そこには――凍死した25人の生徒と、ナビリティ・ストピドのことについて書かれていた。――儚い命が失われた。25人の生徒を殺したのも、ナビリティ・ストピドの死体の側に居た犯人であると警視庁が発表した――。
ミランダ様が珍しいくらいの険しい顔つきになった。
「……なんだい。この薄気味悪い事件は」
薄気味悪いですよね。25人中の8人くらいは下着姿だったそうですよ。で、三日間は生きてたそうです。
「……三日間裸で氷点下の空間かい?」
犯人は魔法使いだったそうですよ。三日も思春期真っ只中の子達を閉じ込めるなんて、頭がおかしいですよね。
「……ルーチェ」
はい。
「この事件のこと、……ジュリアには言うんじゃないよ」
……はい?
「守りたいなら言うんじゃないよ。……いいね?」
……? はい。
(……何を?)
「……ふう。……こんなものかね」
「わあ、美味しそうですね!」
ミランダ様の料理を見て、あたしは口角を上げた。
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