第6話 正しい選択などわからない
「こんなのはね、実績の積み重ねだよ。仕事をしていくうちに、もっとどうしたら魔法が輝いて強くなるか、研究していくんだ」
暗い部屋の中、天井を見ながら今日のことを思い出す。
「お前が学校とアルバイトに行ってる間、私は何をしてると思ってる?」
「若いのに仕事を取られないように、より光が美しく輝くように研究してるんだよ」
ミランダはすごい。それはわかる。だって、ただチヤホヤされてる魔法使いだと思ってたらそうじゃなくて……光を作る『職人』だったんだもん。
「ストピド。この世界を甘く見るんじゃないよ」
「私はね、例えお前達が可愛い後輩であろうがなかろうが、この席を譲り気は無い」
それは先輩としての教育ではなく、一人の人間としての抗い。
「私は一生、死ぬまで光に包まれて生きていく」
「お前はどうだい」
「好きな漫画や、好きな小説や、楽しいと思うことを捨ててでも」
あたしは、
「光と共にありたいと思うかい?」
なんで『はい』って言えなかったんだろう。何も言わなくても、ミランダの態度は変わらなかった。あたしは完全にタイミングを失って、そのまま無言を突き通した。あの時、本当に『はい』って言葉が出てこなかった。出てきた感情は、『なんで一つのことのために他の好きなものを捨てないといけないの?』というもの。二兎追うものは一兎も得ず。二つを選ぶことも、三つを選ぶことも出来ない。人間出来るのはどれか一つだけ。
あたしは何を捨てる?
小説を書くことを捨てる。
絵を描くことを捨てる。
動画を作ることを捨てる。
ゲームすることを捨てる。
友達と遊ぶことを捨てる。
光のために、それら全てを捨てる。
魔法使いって、魔法が好きってだけじゃいけないんだな。よりクオリティの高い魔法と、実績が求められる。
本当に営業マンみたい。歩き回ってぺこぺこして、あたしこんなことやりました。お仕事下さいって言いまくる。
(なんか、魔法使いってもっと、こう、芸能界みたいな、そんなものをイメージしてた。みんなからチヤホヤされて、あたしなんてーみたいなことをテレビで言って……)
でも、あたしは見た。本物の光を。ミランダの作り出したミランダにしか出来ない光魔法を。あれを求めて、何人の人がミランダにお金を払うのだろう。その度にミランダは自分の技を磨き上げる。そして、よりよいパフォーマンスを見せて、人々を魅了する。
ミランダの個性。光魔法。
(……やばい。あたし、思った以上にすげー人のところにいるのかも……)
これで弟子にならなかったら、あたしはどうなるんだろう。
(諦めるしかないのかな?)
本物の光を見た。あれは、あたしには出来ない光だった。
(アーニーちゃんなら真似できると思う! って言って色々試してみるかも。でも今のあたしに出来るのは……)
「蛍の光。雪の窓」
淡い光が浮かぶ。ミランダと比べたら、まるで虫のような光。
(なんだろう。今までこの光が綺麗で美しいと思ってた)
だけど、
(本物を見た後だと、とても綺麗に見えない)
淡い。薄い。しょぼい。
(これが光って言えるの? こんな、ぼんやりした、暗闇と同化したような薄い明かりが)
小さい。雪みたい。もろくて、すぐに消える。
(あたし、どうしたら魔法使いになれるんだろう)
(どうしたらあんな風になれるんだろう)
(どうしたら……)
光。
(あたしの光は……輝くんだろう……)
瞼が、自然と下りていった。
( ˘ω˘ )
それからあたしは魔法を諦めた。
魔法学校を辞めて、一年間生活保護を受けて、障害者が勉強出来る施設に入った。今のあたしの夢は、凄腕エンジニア! パソコンの中にコードを作って命令していく。ね、まるで魔法みたいでしょ!
結局ミランダの弟子にはなれなかったけど、でも、いい思い出としてあたしの頭の中に残ってる。ああ、楽しい12年間だったな。
みんなを見返そうと思って魔法使いを目指し始めたけど、あたしには無理な世界だった。みんな本気で仕事を奪い合って、仕事を奪うために技を磨いて、まるで魔法の職人。魔法使い。あたしにはそこまでの技量はない。無理。無理無理。あたしは光があったらそれでよかった。もういいの。魔法は。あたしにはあたしの光があればそれでいい。
あたしは学生時代に使っていた杖を構えてみた。
「光よ、あたしを包め。その姿を現せ」
……あれ?
「光よ、あたしを包め。その姿を現せ」
……光が出てこない。
(あれ?)
「ルーチェの手触っちゃった」
「どんまい」
あたしは陰口を言うクラスメイトに振り返る。
「あいつボール取ってくれなくてさ!」
あたしの耳に、陰口が入ってくる。
「ルーチェちゃんは私達といない方が幸せだと思うんだ」
「ルーチェはしっかりしてるから大丈夫」
「ルーチェが長女だったら良かったのに」
「ルーチェは大丈夫」
「ルーチェは自分のことは自分で出来るもんね」
「ルーチェはしっかり者だから」
「ルーチェはお喋りだよね」
「間抜けちゃんには無理!」
「この世界を甘く見るんじゃないよ」
「ルーチェ、待ってるから」
「あの子、魔法使いになるの諦めたんだって」
「12年も目指しててなれなかったんだって」
「この先どうするんだろう」
「名前の通りの間抜けだね」
違う。あたしは間抜けじゃない。
「本当にルーチェは空気読めないよね」
知らない。空気なんて知らない。
「ADHDですね」
こんな脳いらない。
「軽度の吃音症ですね」
こんな口いらない。
「ルーチェ」
やめて。
「ルーチェ」
やめろ。
「ルーチェ♡」
あたしの心臓が凍った。
「ルーチェ♡、落ち込まないで。ルーチェ♡は脳に障害を持ってるんだよ? ね? 出来なくたって当然なんだよ。大丈夫。そんなことできなくてもルーチェ♡にはわたくしがいるんだから。ルーチェ♡はね、何もせず、ずっと好きなことをすればいいんだよ。魔法以外でね」
光。光はどこ。
「それがいいよ。ルーチェ♡」
出てこない。両手を見る。魔力が溶けていく。あたしが捨てたから、光が闇に溶けていく。
「魔法なんか使えなくても、ルーチェ♡には」
闇が囁く。
「お姉ちゃんがいるから大丈夫!」
(*'ω'*)
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
暗闇にあたしの悲鳴が響き渡る。闇が、影があたしを覆い包んでいく!!
「希望の光、輝く星……」
光が闇に溶けていく。
「光、ああ、魔法の光……」
淡い光は簡単に闇に溶けていく。
「光は輝く、あっ、ど、ど、どこまでも……」
光とは言えない輝きを放って消えていく。
「ど、どうして、どうして、光が、ひか、光、光が溶けて、闇が、光、が、光が! っ、あたしの光が!」
「おい! 起きるんだよ!」
「光が消える! 溶ける! 溶ける!!」
「ストピド! 起きな! いい加減に……」
「あたしの光が消えていく!!」
「ルーチェ!!!!!!」
――耳をつんざくような怒鳴り声に、はっと我に返る。瞼をぱちぱち動かすと、あたしの両肩を強く掴むミランダと、ベッドの端に心配そうに見上げてくるセーレムがいた。あたしは呆然として黙り、言葉を失い、体を硬直させる。ミランダが深くため息を吐いた。
「ああ、全く。真夜中に疲れるね……」
「ルーチェ、大丈夫か? 夢の中で野良犬に足でも噛まれたの?」
「……」
「あーあ。いつかこうなるんじゃないかと思ってた。ミランダがルーチェを虐めるから、ルーチェの心が限界を超えたんだ」
「私がいつ虐めたって?」
「俺が見えないところでやってたんだろ。俺知ってるんだぞ。あれだろ。ルーチェの生前は罪人だったから、罪の償いをやれとか言ってたんだろ。それで、罪滅ぼし活動の始まりだ、愛し愛するさすれば君は救われるって言って脅したんだろ! ……あれ、それ違う作品?」
「ストピド、起きたかい?」
「……はい」
「もう騒ぐんじゃないよ」
「……はい。……すいません……」
「はあ……」
ミランダが溜め息を吐いてあたしの肩から手を離した。
(あ)
無意識に、あたしの手がその手を追いかけた。ミランダの手を掴む。
「ん?」
「……あ」
あたしはミランダの手を離した。
「すみません」
「……ん」
「……」
「もう大丈夫かい?」
「……は」
はい、と言おうとした瞬間、あたしの目から涙がこみ上げてきて、そのまま頬を伝い、シーツに落ちた。鼻水が出てきて、鼻をすすり、涙が止まらなくて肩を震わせて顔をうつむかせ、ミランダから泣き顔を隠した。それを見たミランダが肩から息を吐き、セーレムを見た。
「セーレム、ちょっと席を外しなさい」
「俺だけ仲間はずれにするの? 何それ。俺だけのけものなんて、寂しくて死んじゃう」
「女同士の会話に混ざろうなんてデリカシーのない男だね。だからお前はモテないのさ」
「俺がモテないのは世の中のメス猫の見る目が無いだけだって。俺言っておくけどイケメンだから。ほら、横顔なんて素敵でしょう? 最近ウインクの練習もしてるんだ。これで堕ちないメスはいない。ね、ミランダ。どう? 俺のウインク」
ミランダがボールを投げて廊下に転がした。その音に反応して、セーレムが振り返り、ボールを見つけて追いかける。
「あ、急にボールが現れた。どうしてあんなところに。待ってよ。ハニー! 俺のウインク見せてあげる!」
「全くどいつもこいつも世話が焼けるね」
ミランダが両手を叩くとティーセットが現れ、ポットを傾けるとカップに紅茶が注がれた。
「これでも飲んで落ち着きな」
……すみません……。
「いい機会だ。個人面談でもしようじゃないかい。しばらく経ったけど、どうだい?」
……寝る前に、ずっと考えてました。光を生み出すために、他の好きなものを捨てて光に時間を割くのって、何の意味があるんだろうって。好きなことは好きです。好きなことを子供の時のように永遠にやっていたいです。
「ああ。当然さ。でもね、自分は一人しかいない。時間もやれることも限られてる。残された時間の中で、お前はどうしたいんだい」
あたし、今、光を諦める夢を見たんです。本当に恐ろしかった。光がないなんて、ありえない。あたしは喋らなくても働けるエンジニアを目指していて、久しぶりに魔法を使おうと思ったら、魔力が溶けて、魔法が使えなくなってて、光を二度と生み出せなくなってた。
「……」
ものすごく怖かったです。魔法が使えないなんて。光を生み出せないなんて。怖くなって、呪文言っても光が出てこなくて、あたし、本当に怖くて……。
「……泣いてる時は人肌恋しくなるものだからね。相手が私で申し訳ないけど、それでも良ければおいで」
両手を広げたミランダを見て、体が求めていたのか……吸い込まれていくように、あたしの顔がミランダの胸に埋まった。すると、ミランダの手が優しくあたしの頭を撫で出した。
(わ)
なんて優しい手。
(ママよりも……優しい手……)
涙がぼろぼろ溢れては落ちて、ミランダの胸を濡らしていく。
昨日の、ミランダさんの魔法を見ていたら、自分の光が光に見えなくなりました。なんか、淡くて、薄くて、小さくて、しょぼい。
「ああ。それが今のお前の実力ってことさ。そこに関しては他人じゃなくて、自分が磨き上げるしか無いよ。いいかい。この世界化け物みたいな魔法を使う奴らがわんさかいて、そいつらからも仕事を強奪しないといけない。ならばもっと磨き上げて、満足のいくまで磨き上げて、みんながそれをするもんだから、魔法業界は全く……何もなかった頃と比べてレベルの高い世界になっちまったよ。だからほんのそこらの覚悟で魔法使いになろうなんざ甘いのさ。全て捨てるつもりでないと」
……。
「ストピド、他にも道はある。好きなことを捨てなくても良い道は存在する。お前は趣味が多いのなら、そっちに行くことも視野に入れたらどうだい?」
……そうなったら、あたしの光はずっと小さいままです。到底貴女には敵わない。
「私に勝つ気かい? ストピド、身の程を知るんだね。お前には無理だよ。私は光に関しては研究者であり努力家だからね。誰にも私を越すことは出来ない」
……。
「泣き止んだかい? じゃあもういいね。紅茶をお飲み」
嫌です。
「……」
まだ泣いてます。
「若い奴はこれだから面倒臭いんだよ。ちょっと飴を渡したら調子に乗る。私の胸は高いからね。明日の家事で返すんだよ」
(……なんでこんなに温かいんだろう)
人の温もりなんて、いつぶりだろう。
(実家にはもう帰ってないし、……帰ったところで抱きしめ合うこともない)
温かい。
(ミランダさんの体温、温かい……。安心……する……)
「……神経が麻痺してるね。このミランダの胸で寝ようってのかい」
「……」
「全く。世話が焼ける。……いや、これが普通なのかね。……ん。……『アンジェ』が完璧すぎたんだろうね」
ミランダがぽつりと呟いた。
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