第5話 仕事の見学


(よし! やるぞ!)


 アルバイトはお休み。学校から帰ってきたあたしは昼間にできなかったことを一気に片付ける。


「箒よ、埃を探し出せ。雑巾、濡れた体を押し付けろ。ブラシ、泡の力見せつけろ」


 箒が埃を探し出し、濡れた雑巾がバケツから飛び出して地面を拭き、ブラシがお風呂場の汚れを取っていく。


(はあ。一気に魔力を使うと疲れる……。少し休憩……)


 間抜けちゃんには無理!


「……っ!」


 一階が終わったら次は二階でしょ! 休んでる暇がいつあるの!


「登れ、太陽のように! 闇に隠れる埃を奪ってしまえ!」


 箒と雑巾とブラシが移動を始めると、階段にいたセーレムが目を丸くして慌てて避けた。


「こいつは驚いたぁ。ルーチェ、初日と比べてだいぶ成長したんじゃないか?」

 セーレム、今のうちに夜ご飯作るよ!

「今夜は何作るの?」

 ハンバーグ!

「ハンバーグ? お前作れるの?」

 材料は買ってきた。大丈夫。

「なんかさ、俺ルーチェを見た時から思ってたんだ。俺とルーチェはなんだか似てるって。ということはさ、お前の大丈夫は大丈夫じゃないと思うんだ。俺には肉球があるから仕方ないけど、お前人間のくせに手先不器用だろ」

 大丈夫! あたしに任せて!

「先が思いやられる……」


 あたしは髪の毛を結んで手を洗って、気合を入れた。


(さあ、アプリの動画通りに作るぞ! 材料はある! あたしは出来る子! 頑張る子!)


 ――10分後。


 あれー?

「ルーチェ、いつまでハンバーグの形作ってるんだ?」

 違うの。ひき肉が手にくっつくの。ああ、手がかじかむ。冷たい。

「魔法で出来ないの?」

 作ったこと無いからイメージ出来なくて……。

「あー。なるほど」

 えー? どうしてだろう? 作り方はあってるのに……。


 ――20分後。


「ルーチェ、手が真っ赤だぞ」

 冷たい……。

「ちょっと休憩したらどうだ? ラップつけて冷蔵庫入れておけば大丈夫だよ。掃除も終わったみたいだし」

 ああ、忘れてた! 片付けないと! えーと!

(焦るな。時間はある。順番に的確に)


 あたしはまずハンバーグの入ったボールにラップをして、冷蔵庫に入れてから笛を鳴らす。


「掃除が終わったら撤退! 撤退!」


 掃除道具達が今日もやってやりましたという顔で二階から戻ってくる。いつもの物置に入っていき、動かなくなる。念の為あたしは二階に上がり、本当に掃除が終わってるか確認して歩く。


(ここはオッケー。ここもオッケー。ここも大丈夫。ここ……)


 げっ! 窓を拭き忘れてる!


(不覚! イメージ不足……!)


 あたしは急いで物置まで走り、クリーナー洗剤と柔らかい雑巾を持っていき、拭き忘れた窓を自らの手で拭いていく。


(これだけやればとりあえず文句ないでしょ……。さて、問題はハンバーグ。うー……どうして形まとまらないの……?)


 キッチンに置いてあるスマートフォンで調べるか……と思っていたら、一階の窓が勢いよく開く音。


(え!? 嘘!? 帰ってきやがった!?)


 あたしは壁に飾られた時計を見る。


(え!? 早っ! 一時間早っ! まだやることの予定が……!)


「ストピドー」

「はーーーーーい!」


 あたしは急いで階段を駆け下り――足を引っ掛けて――慌てて手すりに掴まって転ぶのを回避して――また急いでリビングに戻ると、ソファーに帽子とマントを置いたミランダがいた。


 お帰りなさいませ!

「風呂の準備は?」

 すみません! ただちに!

(貴女の帰りに合わせてお湯入れようと思ったのに貴女が早く帰ってきたんじゃ予定が狂うだろうが! 馬鹿っっっっ!)


 あたしは杖をくるりと回して、浴室に呪文を唱える。


「体と心を癒やす露天風呂、ただいま開場」


 あたしの魔力が蛇口がひねり、お湯を浴槽に溜め始めた。頃合いを見て止めてねと命令して、魔力をその場に残す。


(ああ、びっくりした……もう……)


 ミランダがリモコンでテレビを付けてから手を洗いに洗面台へと向かった。


(さて、あたしも手洗ってハンバーグの続きしよう……)


 セーレムがソファーの背もたれに移動し、テレビを見た。


『本日、また凶暴化する動物が現れました』

『西区域付近にあるそよかぜの森調査隊から緊急連絡が入り、本日魔法使い達が調査に協力しました。凶暴化していたのは野ウサギとのことです』

『最近、多くなってきましたね。専門家は一種のウイルス製の病気が流行っているのではないかと意見を述べています』

『今回の魔法使い部隊リーダー、闇魔法使いのジュリア・ディクステラと連絡が繋がっております。ディクステラさん!』

「おっと、火花の予感」


 セーレムがテーブルにジャンプして移動し、リモコンのボタンを押した。


「俺は闇に隠れる目隠し魔女よりも、今を生きるフレッシュ魔女の方が好みだぜ」

『この春オススメのデザート! 友達と! 恋人と! 青春と! 一緒にわたくしと甘い思い出作らない?』

「ふう。いつ見ても癒やされるぜ。この魅惑の美人ちゃん」

『大好きだよ。デ・ルーチェ♡』


 あたしは鳥肌の立つ手でリモコンのボタンを押してチャンネルを変えた。


 ああ、手が冷たい。セーレム、ひき肉が手に付かない方法知らない?

「あん? そんなのちょちょってやれば終わる話だろ?」

 終わらないから聞いてるの。調べても出てこないし。

「だから大丈夫か聞いたじゃないか。どうするつもり?」

 どうしてだろう。レシピの動画ではつるっといってるのに……。

「そこ、何を集まってるんだい」

 あ! すみません! 今退きます!


 戻ってきたミランダがソファーに座ろうとして――キッチンを見た。


「夕食は?」

 今作ってます。ハンバーグ作ろうと思って。

「ふーん」

 ……。

「……なんだい? 早く作りなさい」

 ……ミランダさん、ひき肉が手につかない方法知りませんか?

「は?」

 手にくっついちゃって、形が出来ないんです。

「油」

 ……油?

「油を手につけな」

 ……それでいけるんですか?

「ん」


 頷くミランダを見て、キッチンを見て、あたしはすぐに立ち上がり、キッチンに真っ直ぐ進んでいく。ミランダも後ろからついてくる。あたしは油を手に垂らし、ハンバーグを丸く整えてみる。


 えー! すごーい! できたぁー!

「もっと形を小さくしなさい。これだと中まで火が通らないだろ」

 え、……これくらいですか?

「退け」

 え。

「早く。退くんだよ」

 あっ。

「タネを戻して」

 あ、はい。

「四等分に分ける。こう」

 ……はあ……。

「で、手で丸める。……ぼーっと立ってるんじゃなくてやる」

 あ、はい! すみません! こうですね!

「ん。それで形作る」

 ……こうですか?

「そう」

 すみません。ありがとうございます。

「余裕があれば目玉焼きをつけとくれ」

 はい。わかりました!

「風呂は?」

 ……。今溜まりました!

「よろしい。……ストピド」

 はい。

「明日は帰ってから時間あるね?」

 は……えーと、はい。家事が終われば。

「夜に出かけるよ。お前もついてきなさい」

 あ、わ、わかりました!


 ミランダが頷き、浴室に向かった。あたしとセーレムが顔を見合わせる。


 セーレム、明日どこ行くか聞いてる?

「ミランダが俺を外に連れ出す時は、大抵動物病院だよ。今日は二人が出会った記念日だから散歩に行こうとか上手く俺を誘ってきて、99%の確率で動物病院に連れて行くんだ。相棒に裏切られた上注射される猫の気持ち、考えたことある? 心が傷付くどころじゃない。一生消えない傷が残る。でも一日したら忘れるからまた騙されるんだ。でも俺は今思い出した。もう騙されない。絶対にだ。はっくしゅん! ……あれ、何の話してたっけ?」

 ……どこ行くんだろう……。


 あたしはコンロの火をつけて、フライパンに油を引いた。



(*'ω'*)



 次の日の夜――。


 ミランダが帽子を被り、マントを羽織った。あたしは制服の上にマントを羽織る。


(立派な帽子)


 いいなあ。あたしも早く魔法使いの証である自分だけの帽子、貰いたいな。

 ミランダが箒に乗り、あたしもその後ろに乗る。


「離すんじゃないよ」

 はい!


 ミランダの腰を強く抱くと、箒が浮かぶ。あたしの足が地面から離れて……胸が弾む。


(すごい! 本物の飛行魔法だ!)


「行ってらっしゃい。お土産はルーチューな」


 窓から箒が飛んでいく。あたしはミランダの腰から手を離さないようにしっかりと抱き、夜空から森と町を見下ろす。


(すごい! 飛行魔法初めて! 気前の良い先輩に何度か誘われたことあるけど、時間合わなくてずっと断ってたからなぁ……)


 夜風が心地いい。


(これが箒で空を飛ぶってことなんだ)


 普段大きく見える森や町があんなに小さく見える。あっという間に山のてっぺん以上の高さを超えて、雲の上に登っていく。


(綺麗)


 光が、輝いてる。


(月が近く感じる。他の星も、どこまでも近付いていけるみたい)


 暗闇があるから光が輝く。光があるから暗闇が魅力的になる。


「……ミランダさん」


 ミランダがちらっとあたしを見た。


「魔法、使ってもいいですか?」

「何の?」

「光魔法」

「どういうの?」

「ほた、ほ、蛍みたいなのを、周りに散りばめるやつです」

「……ああ。だったらいい」

「ありがとうございます」


 あたしは呪文を優しく謡う。


「闇に輝く蛍の光。ふわりふわりと遊ぶが良い」


 あたしの髪の毛がふわりと浮かび、鞄に入れていた杖から魔力が放たれる。夜空を飛ぶ箒の周りに、淡い光がきらきら浮かんで、まるで妖精の粉のように舞っていく。


 ……ミランダさん、光魔法使いになったら、ずっとこんな風にキラキラした光を見ていられるんですか? あの、……光って、暗闇があればあるほど輝いて、本当に、何よりも美しいと思うんです。光を追いかけていたら、いつの間にかあたしは19歳になってました。魔法使いの世界では、一人前でも当たり前の年齢です。11年経ってもあたしは魔法使いになれてないから、……こんな喋り方だし、本当は向いてないんでしょうけど、でも、いつか……この星空みたいに綺麗な光があたしの魔力から放たれる日が来るかもしれないと思ったら……どうしても諦められなくて。……ごめんなさい。テンション上がりすぎて口数が多くなりました。気にしないでください。

「星の光は綺麗だよね。綺麗だからこそ近付きたくなる。……気持ちはわかるよ」

 ……なんでこんなに綺麗なんでしょうね。夜は光が一際輝きます。だからあたし、小さい時は部屋をあえて暗くして、光魔法を使ってました。

「ああ。部屋の照明と明るさ対決とか言ってやりたくなるんだよね。あれ」

 ……やってたんですか?

「他の光魔法使いは知らないけどね、私はやってたよ」

 あれ、楽しいですよね。

「時々魔力を注ぎすぎて明るくなりすぎて、目が眩んで」

 そうなんです! しばらく目が見えなくなるんです!

「停電した日はラッキーだったね」

 うふふ! チャンスだとばかりに家中明るくするんですよね!

「停電が戻る頃にはぐったりだが」

 でも、楽しかったです。

「光魔法使いを志す者のあるあるのようだね」

 ……。早くなりたいな。


 光魔法を使う仕事を沢山もらって、光魔法で生きていく。


「魔法使いになりたいな」


 ――箒が止まった。

 ミランダが下を見下ろす。


「あれだよ」


 あたしはミランダの視線の先を追う。


「依頼人だ」


 懐中電灯を持った人が腕を振り回した。


 どんなお仕事なんですか?

「結婚指輪を散歩中森に落としたから見つけてほしいと」

 ……それ、土魔法使いにお願いした方がいいんじゃ……。

「と思うだろう? しかし、魔法使いは数が多い。誰に依頼するか迷った人は、大抵実績がある魔法使いか、ファンである魔法使いに頼むパターンが多い」

 ……あの人、ミランダさんのファンなんですか?

「らしい」

 へー……。

「ありがたいから引き受けた」

 ……ミランダさん、有り難みとか感じるんですか?

「お前ね、私達は誰のお陰で生活できてると思ってるんだい? 依頼をし、金を払ってくれる客がいてこそだよ。仕事を楽しんでくれるのは非常に有り難い。ならばその期待以上に答えるのが我々の役目だ」

 営業みたい。

「何言ってる。魔法使いは営業だよ。だから新人は顔の良い奴らが多いのさ」


 夜風が静かに吹かれる。


「ストピド。生涯光魔法使いとして活躍したいなら、見ていろ」


 ミランダが杖を構え――大きく息を吸い――一瞬風が止まった気がして――耳をすませると――謡い出した。


 さあ、魔法が始まる。


「我の光よ、求める影を明るく照らせ。影は形となり、愛となる」


 チカリと小さく光った。光が小さな滴のように落ちていく。やがて、地面に弾いた。その瞬間――一気に光が森中を包んだ。闇夜で隠れた森が光り輝き、寝ていた動物が朝と勘違いして慌てて起き上がる。光が森の中を走る。風が吹く。あたしは瞬きするのを忘れる。光が輝く。その中でも、一際輝く光の筋が天まで位置を指し示した。依頼人がそれに気づいて森を走る。光の筋の根本と見つけて、そこに近付いてみると――指輪があった。


「ありましたー!」

「下りるぞ」

 ……はい……。


 箒が地面に近づき、ミランダとあたしが地面に下りた。依頼人の男が満面の笑顔でミランダに歩み寄ってきた。


「ミランダさん、いやぁ! ありがとうございます! 貴女に頼んで本当に良かった! あ、ここにサイン頂けますか?」


ミランダ様が宙にサインを書くと、その文字が色紙に貼り付いた。依頼人が感動してサインを撫でる。友達に自慢しよー!


「お力になれて良かったです」

「これで明日、妻と結婚記念日を迎えられます!」

「何年目ですか?」

「一年目です。最初の年なのでぱっとお祝いしたくて歩き回ってたら……動物に襲われて……逃げた時に落としてしまって」

「……最近多いですね」

「ええ。ミランダさんもお気をつけて」


 依頼人が車に乗った。


「夜分遅くにありがとうございました! それでは!」


 箒で高く飛び、車が森から出ていくところを確認してから――ミランダがあたしに言った。


「以上。帰るよ」

「……はい」


 あたしがまたしっかりとミランダの腰を掴むと、箒が動き出した。空を軽やかに泳ぐように飛び、来た方向へ戻っていく。


(……あんなの初めて見た……)


 夜の森に朝が訪れた。


(あたしだったら……)


 おそらく、淡い光をそこら中に散りばめて、森を明るくすることしか出来ない。


(これがプロと学生の違い)


 アーニーちゃんはプロとしてデビューした。思い出してみたら、確かにあの子の安定した魔法と、あたしの不安定な魔法は全然違う。


(どうしたらあんな風に出来るんだろう)


 すごく綺麗だった。ミランダの魔法。


(なんであたしは、あんなすごいことが出来ないんだろう)


 あの光を、どうしたら生み出せるんだろう。


(あたしもやりたい)


 ……小さな声で呪文を唱えてみる。


「光の滴、落ちたら光って、輝いて」


 あたしの魔力が下に落ちた。やがて地面に当たった。しかし、一瞬淡い光がその一点に生まれて、すぐに消えた。


(……駄目だ。あんな風に出来ない)


「真似できると思ったかい?」


 驚いて顔を上げると、ミランダがちょっとにやにやしていた。


「馬鹿だね。こっちは何年この仕事をしてると思ってるのさ。一度見て真似されたら、たまったもんじゃないよ」

 ……別に真似できるとは思ってません。出来るかなって思って試したら思った以上にしょぼかっただけです。

「こんなのはね、実績の積み重ねだよ。仕事をしていくうちに、もっとどうしたら魔法が輝いて強くなるか、研究していくんだ」

 ミランダさんでも研究するんですか?

「お前が学校とアルバイトに行ってる間、私は何をしてると思ってる? 若いのに仕事を取られないように、より光が美しく輝くように研究してるんだよ」

 ……。

「ストピド。この世界を甘く見るんじゃないよ。私はね、例えお前達が可愛い後輩であろうがなかろうが、この席を譲る気は無い。私は一生、死ぬまで光に包まれて生きていく」

 ……。

「お前はどうだい」


 好きな漫画や、好きな小説や、楽しいと思うことを捨ててでも、


「光と共にありたいと思うかい?」



 もう森に光はない。その代わり星空が輝く。月の光があたし達を照らす。あたしは……返事ができなかった。


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