第十一話 エルフの恋バナ

 エルフ達がタリオ村に移住してから1週間が経過した。

 彼女達はすっかりと村人とスライムと仲良くなり、平和な生活を享受していた。


 成人のエルフ40人、子供のエルフ10人、計50人のエルフ達は村長の厚意で譲り受けた三軒の家に住んでいる。大きめの家とはいえこの人数では少々手狭だ。

 とはいえ彼女達はあまり家にはおらず日中は狩りや畑仕事に出ているため家にいるのは寝るときくらいだ。なので今のところ増築などは考えていない。


 彼女達は村に恩義を返すためよく狩りに出る。

 村の人たちは農業をやってるものは多いがあまり獣を狩るのが得意ではないからだ。

 その点エルフ達は生まれついての狩猟民族、平和なタリオ村周辺の獣など大森林のに比べたら赤子の手を捻るようなものだ。


 今日も6名ほどのエルフが狩りのため平原を走っていた。


「……ったく、姉さんは来なくていいって言ってるのに」


「ダメですよニーファ、いくら私が代表だからって楽をするわけにはいきません」


 そういってニーファをたしなめるのは彼女の姉でもありエルフの族長でもあるエルザだ。

 彼女は他のエルフ達と同様動きやすい狩猟用の革鎧に身を包み、腰に小さなナイフ、背に木でできた弓を装備している。


「でも姉さんはしばらく狩りに出ていなかったじゃないですか。怪我とかされたらみんなに私が叱られてしまいますよ」


 エルフの里がまだ健在だったころ、エルザはあまり狩りに出してもらえなかった。

 昔はよく出ていたのだが、エルザが14の年に母親を亡くしてから父親はエルザを狩りに出すことを禁じた。


 理由は簡単、エルフの族長は代々世襲制だからだ。

 母親が亡くなった時点で次の族長はエルザかニーファの二択になる。二人の父親は本来なら男に受け継がせたかったのだが生まれなかったのだから仕方がない。今更違う妻を娶る気もなかった族長は断腸の思いで二人の中から選ぶことにしたのだ。

 大人しく理性的な姉のエルザと活発で行動的な妹のニーファ、指導者としての才覚を見出されたのはエルザだった。

 大切な未来の族長を失うわけにはいかない。なので父親はエルザを極力エルフの里から出さないことにしたのだ。

 エルザもその判断は正しいと思う。

 しかし狩猟民族としての本能を発散する場所をなくし消化不良になっているのは事実だった。


 なので今回の狩りをエルザはとても楽しみにしていたのだ。

 本当はもっと早く行きたかったのだがニーファがそれを食い止めていた。しかし一週間毎日エルザが頼み込んで来るものなのでとうとうニーファは折れたのだった。


「それに姉さん、弓の腕落ちてるんじゃないですか?」


 ニーファはにやりと笑いながら姉をからかう。

 母親がなくなってから余所余所しい関係が続いていたがタリオ村に来てからは幼少の頃のように冗談を言えるようになっていた。族長としての重責と責任が薄くなったからだろう。


「言うようになりましたねニーファ。見てなさい」


 そう言ってエルザは弓を構え空へ弓を構える。

 ギリギリと音を立てて絞られた弓はバシュン! と音を立てて矢を放つ。

 放たれた矢はまっすぐに空へ放たれ、やがて見えなくなる。


「姉さん何して……」


 るの。と声をつむごうとした瞬間空より大きな鳥の魔獣がズドン!! と落ちてくる。

 その首には深々と矢が刺さっており、魔獣は絶命していた。


「どう? これでもまだ言えるかしら?」


「……はあ、そういえば昔は姉さんの方がお転婆でしたね」








 ◇





「日も傾いて来たしそろそろ戻りましょうか」


 狩りを始めて3時間ほど経った頃エルザが周りにそう提案する。

 既に獲物は充分な数を取っている。他のエルフ達もエルザの意見に賛同し武器をしまい始める。

 ちなみに取った獲物はニーファの腰のポーチに入ってる倉庫粘体生物ストレージスライムが収納している。


「そう言えば一つ気になってたんですけど」


 一行が帰路につき少しするとエルフの一人、ライムがそう声を上げる。

 彼女は成人のエルフの中でも最年少であり、生き残ったエルフの中でも特に高い弓の腕を持っている。彼女もそのことに誇りを持っているため動きやすいよう自慢の金色の髪を短く切りそろえている。


「何かしら、ライム」


「エルザ様とニーファさん、どちらがキクチさんと結婚するのですか?」


 ライムの予想外の発言に二人は同時に吹き出してしまう。


「ちょ、ちょっとライム? いったいなんの話をしているのですか?」


 ニーファが顔を真っ赤にさせながらライムに尋ねる。

 しかしライムは何をそんなに慌ててるんだろうといった感じで答える。


「だって男のエルフがいなくなった今多種族と子をなさなきゃいけないじゃないですか。残った子供達もみんな女の子だし」


「それはそうですが……」


「いくら私たちの寿命が長いからってボーッとしてたらあっという間に滅んじゃいます。少なくとも族長を継げる者は早いうちに作らないといけないですよね?」


「ライムの言うことはもっともですが、何でキクチ様なんですか?」


 エルザがそう聞くとライムは「何聞いてるんだこの人」といった感じの呆れた表情になる。


「……だって、エルザ様はキクチさんのことが好きなんですよね?」


「ーーーーーーっ!!」


 エルザは胸の奥に隠していた淡い恋心をばっさりと暴かれこれ以上ないほど顔を赤くし涙目になってしまう。


「あー、やっぱりそうなんですね」


 ライムだけでなく他のエルフたちもエルザを微笑ましい物を見る目で見つめる。

 普段はしっかり者の族長も色恋の話になるとこんなに取り乱すと知りほっこりしてしまったのだ。


「だ、だだだだだってあんな風に男の人に優しくされたのは初めてだし強いしかっこいいし他にも……」


 エルザは赤面しながら早口でキクチのいいところを饒舌に語り出す。その様を見てエルフ達は「重症だな……」と思うのだった。

 ライムは自分の世界に入ってしまった族長を放っておきニーファにも質問をすることにした。


「ニーファさんはどうなんですか?」


「私もキクチは素敵な人だと思いますが姉さんのアレほど好きってわけではないですかね」


「なるほど、では方針は決まりましたね」


 ライムはそう言うとエルザを除く他のエルフと顔を見合わせうなずくと、みんなでエルザの方を見る。


「え? な、なに?」


「我々エルフは種族繁栄のためエルザ様の恋路を応援します! なのでエルザ様も頑張ってキクチさんを射止めて〇〇〇を×××して下さい!」


「え!? そんなはしたないことをするわけには……」


「何言ってるんですか姉さん。×××は別にはしたないことではありませんよ!」


「そうなんでしょうか……でも私は経験もありませんし……」


「大丈夫! 男は少しくらい初心うぶな女子の方が好きらしいですよ」


 エルフ達はそう言って必死にエルザをその気にさせようとする。

 もちろん種族存続のためでもあるのだが単純に彼女達は恋バナに飢えていたのだ。それに苦労人であるエルザに幸せになってもらいたいと言う気持ちも勿論あった。


「……わかりました! 私エルザは種族繁栄のため頑張ります」


 その言葉を聞いたエルフ達が「おお……!」とどよめく。

 彼女達の2回目の戦いが、始まろうとしていた。

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