第九話 冒険者
「はあ……スゴい活気だ」
王国の門を入ってすぐの広場には人がごった返していた。
ここ中央広場には様々な露店が立ち並んでおり、そこに老若男女の人が殺到していた。
「ここはアガスティア王国の玄関。入国して来た人を捕まえようと面白い物を出してる露店もたくさんあるっす。時間があったら見てみると楽しいっすよ」
「そうだな。お小遣いの許す範囲だが……」
村を出るに当たってエイルよりお小遣いとして銅貨を三枚ほどをいただいている。
日本円で言えば銅貨は1枚100円くらいの価値がある。散財など出来るはずもない。
「じゃあ俺っちはこっちの道に行くっす。それじゃ夜に宿で会おうっす」
「ああ、ここまでありがとうな」
ロバートは俺と別れると広場右手の大通りを進んでいく。
この中央広場には正面と左右の三方向に大通りが伸びている。
今ロバートが進んでいる「東通り」には様々な商会が軒を連ねている。そして正面に伸びているのは王の城へ続く「中央通り」。最後に俺が向かう左へ伸びている「西通り」には様々な店が軒を連らね一番人で賑わっているらしい。
「西通りは王国の中でも治安が一番よくないっす。大丈夫だとは思いますが気をつけてくださいっす」
「大丈夫さ、俺にはこいつが付いているからな」
そう言って肩に乗ったそらを優しく撫でる。
「まかせて! キクチはそらがまもるよ!!」
「はは、それは心強いっすね」
そう言ってロバートは手を振りながら東通りの中に消えていった。
さて、俺も行くとするか。
「あんしんしてね! わるいやつはそらがやっつけるから!」
そらはボクシングの様に両腕でシュシュシュ! とパンチして俺を安心させようとしてくれる。
頼もしい限りだ。
ちなみに俺はそらを隠していない。
テイマーは数が少ないものの認知はされているらしい。ガロルドは隠さず堂々としてた方がいいというのでそれに従っている。
おかげで道行く人はこちらを見てひそひそ話してるものの絡まれたりはしない。むしろ可愛いそらを見て笑顔を見せる人もいる。
俺も鼻高々だ。
◇
西通りは飲食店や宿屋、武器店に教会と様々な店や建物がごちゃ混ぜに建っており、そのせいで道行く人も様々だった。
その中でも多かったのは鎧を来た戦士やローブに身を包んだ魔法使いだ。
それもそのはず。この通りには俺の目的地である「冒険者組合」があるからだ。
「ここが冒険者組合か、デカイな……」
西通りを歩くこと10分、俺は木造の大きな建物『冒険者組合』にたどり着いた。
武器や防具を身につけたガタイのいい人がその建物に出入りしており入るのにかなり勇気がいる。
しかしここで立ち止まってるのも怪しまれるだろう。
俺は意を決して冒険者組合の扉を開く。
「お、おじゃましまーす」
キィ、少し立て付けの悪いドアを開け中に入ると、そこはまるで酒場の様になっていた。
まだ昼間だというのにテーブルに座る人たちのほとんどは酒を浴びる様に飲み、酒につぶれて床に寝てる人もちらほらいる。
やべえ、もう帰りたくなって来たぞ。
俺がすっかり帰宅モードになっているとある人が声をかけてくる。
「あの、どうかいたしましたか?」
声をかけてきたのは綺麗な女性だった。
黒い髪を後ろで結び、パリッとした制服に身を包んだ彼女は仕事のできるキャリアウーマンに見える。
「初めての方ですよね? ご依頼でしょうか、それとも冒険者志望の方ですか?」
「あ、えと、冒険者志望です」
彼女の太陽の様な笑顔におされしどろもどろになってしまう。
いかんいかんしっかりせねば。
「でしたらこちらの受付へどうぞ! 私は冒険者組合の職員『ローナ』と申します。よろしくお願いしますね!」
ローナと名乗ったその女性は組合に入ってまっすぐいった突き当たりにある受付に行くとテキパキと準備を始める。
どうやらここの受付嬢だったようだ。まあ冒険者には見えないからな。
俺は再度意を決して受付に向かう。
受付に行くにはこの酒場状態の真ん中を突っ切らなければいけない。酔っ払いに絡まれない様に息を殺していかなければ。
「おい兄ちゃん。アンタそんなナリで本当に冒険者になるつもりか?」
駄目だった。
俺は足を踏み出してものの三歩で早速絡まれてしまった。
声をかけてきたのは筋骨隆々のハゲマッチョ。
背丈は2mは超していて腕は大木の様に太い。タンクトップの隙間からは鋼の様な筋肉が覗き見るからに強そうだ。
「俺は銀等級冒険者ザガンってもんだ。悪いことは言わねえ、軽い気持ちで来たなら帰った方がいいぜ」
ザガンは俺の前に立ちとおせんぼしてしまう。
これでは無視して進むことも出来ない。
「ざ、ザガンさん!? やめてください!」
事態に気づいたローナさんが止めに入ろうとするが他の冒険者がそれを阻む。
どうやら助けは期待しない方がよさそうだ。
「おめえみたいな奴が考えなしに冒険者になってすぐ死ぬってのはよくある話だ。死ぬのはてめえの勝手だがそんなのが何回も起きると冒険者の評判が悪くなんだよ」
ただの嫌がらせかと思ったがどうやらちゃんとした事情があるらしい。
まあ確かに武器も防具も持たない俺みたいのが来たら不安にもなるだろう。
「むうー! キクチはしなないよ! そらがまもるからね!!」
「お? なんだこのちっこいのは? もしかしてこれがお前の相棒か?」
「そうだよ! そらはキクチのいちばんのあいぼうなんだよ!」
「だっはっはっは! スライムのテイマーたあ珍しい! おまけに言葉まで喋れるとはな。だが所詮スライム、冒険者組合じゃなくてスライム研究家のとこにでも行くんだな!」
しっし、といった感じでザガンは帰りを促す。
しかしここまでされて黙っていては男がすたる。俺自身のプライドなんてどうでもいいがそらにかっこ悪いところは見せられない!
「悪いけど帰る気はない。それとスライムの悪口は許さない、この子達はすごい力を持っているんだ」
「へえ? じゃあその力見せてくれよ?」
ザガンは挑発する様に言い、拳を構える。
これ以上食い下がるなら痛い目を見せるという意味だろう。
「ああ、俺はスライムマスターの菊地だ。やってやるよ!」
怖いけど上等だ! 勝てなくても一矢報いてやる!
俺も見よう見まねで拳を構えザガンを睨み返す。
すると周りの冒険者達は『ヒューーー!!』と歓声をあげる。どうやら男が喧嘩が好きなのはどの世界でも共通みたいだな。
「いい度胸じゃねえか。だが手加減はしねえぜ!」
ザガンはそう言うと振りかぶって右ストレートを放つ。
巨体に見合わないすごいスピード。俺は反応することも出来ず顔面にその一撃を食らってしまう。
「へへ、残念だったな……ん?」
ザガンが不思議そうな声を出す。
それもそのはず人一人簡単に吹き飛ばすはずのパンチが命中したはずなのに相手はその場からピクリとも動かなかったからだ。
「どうした、これで終わりか?」
俺は顔面に拳を食らったまま強がる。
顔は痛い。
だけど我慢できないほどじゃない。
なぜなら俺にはスライムの特殊能力『物理半減』があるからだ。
さらに仲間のスライムが増えるたび俺は力が増しているのを感じていた。どうやら収納しているスライムの分だけ能力が上がるらしい。
つまり俺の今の能力はスライム101匹分上がっている。一匹一匹の力は弱くてもそれだけ集まれば相当なものになるだろう。
「くっ!」
ザガンは俺がただのスライムをつれた男じゃないと思ったのか距離を取ろうとする。
だけどそんな隙は与えない!
俺が右手に力を込めると腕からスライムが20匹ほど現れて合体し、大きな腕の形になる。
そのぷるんとした水色の腕の大きさはザガンの慎重に匹敵する大きさだ。
「くらえ! スラ……パーンチ!!」
その大きくなった腕を思い切りザガンに叩きつける。鞭のようにしなるその腕は命中する瞬間硬くなり「ゴチン!!」とものすごい音を立ててザガンを吹き飛ばす!
「ぶへえ!!」
不意をつかれたザガンはその一撃をモロにくらい受付横の壁に激突し、その壁をぶち壊しめり込んでしまう。
吹き飛んだ跡は床が割れテーブルもいくつかひっくり返り壊れてしまっている。
あれ、これってもしかして……
「やりすぎた……?」
周りの冒険者の静かな視線が痛い。
ザガンは彼らにとって仲間のはず。もしかして今の状況ってやばくないか?
「むふー! やったねキクチ!」
そらは能天気で羨ましい。
どうしたもんかとあたりを伺っていると一人の冒険者が近づいてくる。
俺は再び臨戦態勢で構えると、その冒険者は俺の肩をつかみこう言った。
「お前すげえな! たいしたもんだ! みんなもそう思うよな!」
男がそう言うと周りの冒険者達は「「「「ウオオオオオオオオッ!!!」」」」と馬鹿でかい歓声をあげる。
「え? え?」
思わずきょろきょろしてしまう俺。
ひとまず危機は去ったのか?
「お前は認められたんだよ。スライムマスター」
声の方を見ると壁からザガンが出てきて木屑を体からはたき落としていた。
頭から血を流しているが足取りはしっかりしている。冒険者って頑丈なんだな……。
「安心しな。もうお前を冷やかす奴はいねえ、いたら俺がぶちのめしてやるぜ」
ザガンはにやりと笑いながらそう言うと大きな手を俺に差し出してくる。
「冒険者組合へようこそキクチ。俺たちはお前を歓迎するぜ」
「ああ、こちらこそ頼むよ」
俺はそう言って固い握手を交わした。
こうして俺は華々しい冒険者デビューをしたのだった。
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