10.

『さて、関東を襲いました未曾有の大雪。きのうの正午から今朝にかけて、降って降って降って、降りましたねぇー!』

『はい。西日本から山沿いにかけて、強烈な寒波が徐々に猛威を奮い、関東各地では、広い範囲の猛吹雪となりました。積雪量も観測史上初の──』


 朝のニュース番組は当然ながら、どこも雪の話題でもちきりだった。

 今もリビングの壁掛けテレビの画面では、司会者と青髭の気象予報士が寒波の推移と被害状況を各地の中継をまじえて説明している。


 コーヒーテーブルの下では、あのサバトラ柄のお腹が白い子猫が、小皿に注がれたミルクを熱心に舐めていた。

 その横で、檜皮色ひはだいろのミニチュアダックスフンドが急な珍客にとまどっているのか、しっぽを振りながら小首を傾げて食事の様子を見つめる。


 ソファベッドの上で毛布にくるまれたノエルも──濡羽色ぬればいろの髪も、ふたつ結びから解放されて垂れ下がっている──ディスプレイのお人形さんのように、ちょこんと可愛らしくマグカップを両手で包み込んですわり、そんな光景に溶け込んでいた。


 ノエルがぼんやりと暖をとっていると、お姉さんがトーストとハムエッグがのせられたプレートを持って戻ってくる。


「でも、本当によかったわー……ののちゃんが、どこも怪我してなくってさ。アイツと喧嘩して『今すぐ帰るから家まで送れ!』って、あの時に私がぶちギレてなかったら、今頃ののちゃんは……」


 いつもの派手な服装ではなく、無地のスエットの上下を身につけたお姉さんは、これ以上は言わないほうが良いだろうといった表情でノエルの隣にすわった。


「あー……ところでさ、このチビ助は、ののちゃんのお友だち?」


 お姉さんは亜麻色の髪をき上げながら、足もとの子猫を白くて細いひとさし指で差した。


「んー、友だち……って言うかぁ……」


 小皿のミルクを熱心に舐める子猫を眺めながら、ノエルは考える。


 ノエルにとって苦難を共に乗りきったこの子猫は、ただの猫でもなければ友だちでもない、何かそれ以上の、言葉ではうまく表せない特別な存在となっていたのだ。


「大切なニャンちゃん」


「え? ……ふーん。で、その大切なニャンちゃんのお名前は?」


 かれるまで気がつかなかったが、ノエルは吹雪の中で子猫の名前を考える余裕などなかった。

 どんな名前が良いのか、小さな唇にひとさし指を当てて黙考していると、ミルクを舐め終えた子猫と自然に目が合う。


「──名前はミネット(※仏語でニャンちゃんの意)! ミネットよ!」


 ノエルが笑顔を輝かせて名前を呼ぶ。

 ミネットも大きく元気に鳴き声を上げて、それに応えた。






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雪の夜 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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