【1-14】キャスタル先生とその仲間たち

 その日の夕方。日向ひなたとヨムの三人で、キャスタル先生のいる洋館へと向かった。

 というのも、最初は一人で行こうとしたのだが、帰り道に偶然二人に出会ってしまった事で、どうせならと三人で行く事にしたのだが……。


(まあ、一人で来いとは言われてないし、いいか)


「にしても、こんな所に洋館なんてあったんですね」

「……」

「ヨム?」

「……え、あ、はい。なんでしょう」


 何となく顔色の悪いヨムに声を掛ける。具合でも悪いのかと思いきや、小さく無意識にくっ付いてくる。

 あれ、もしや。ヨムさん怖がってる? 確かに周りは暗く、洋館に近づくにつれ静かにはなっているが。


「ヨム、怖い?」

「⁉︎ は、はい……すみません。わ、私、お化けとか、苦手で……」

「大丈夫です! 僕が追い払いますから!」

「わー、頼もしいな日向ー」


 だが、勇ましい言葉に対してその手が何故俺の鞄を掴んでいるのか。何故震えているのか。何となく察したが、言わないでおいた。

 短いようで長い距離の道を歩いた後、洋館のドアをノックする。

 すると勝手に音を立てて一人でに開いたドアに二人は引きつった声を洩らした。


「来たね。……っと、友達も一緒かい?」

「は、はい」


 先生は驚きつつも、笑みを浮かべて「なら一緒に君達にも話そうか」と言って、俺たちを館に招く。

 二人は茫然としていたが、俺が進んだ事で恐る恐る付いて来る。

 玄関辺りは暗かったが、奥の部屋が明るく何故か賑やかな声が聞こえた。


(魔鏡まきょう領域の建物……の割には、聖園みその領域の雰囲気がするような)


 暗色系の木に、白い壁。廊下を進めば、和室らしき部屋がいくつか見かけた。

 前を見れば徐々に廊下が明るくなり、先生が扉を開く。そこには大きな客室に数人の男性がそれぞれ椅子に座ったり、立ったりして話していた。


「え」


 日向が目を丸くして先生と、ある人物を何度も見た。先生はにっこりとしていた。

 俺は最初何故そんなに日向が驚いているのか分からなかったが、日向が「鞠知きくちヤマト」と言った事でハッとなる。

 鞠知ヤマトといえば……。


「「エメラルドの刑事!」」

「おや、知っていたのか」

「知っているも何も有名ですよね!」


 日向が興奮するのも無理はない。昔……といっても数年前だが、聖園領域で有名になっていた刑事ドラマを思い出す。普段は静かだが、事件が起こると毎度メロンを片手に飛び出すというちょっと面白おかしいドラマである。

 その主人公である芽露山めろやまダイを演じているのが、今目の前にいる強面に白髪混じりのオールバックの男性だった。


「僕、ファンで……! あ、あの、もし良ければサインいいですか⁉︎」

「ああ、いいぞ」


 嬉々として、鞄から本とペンを取り出す。偶然にも、持っていた本はノベライズされたエメラルドの刑事だった。渡された鞠知さんは、慣れたように見返しにサインをしていく。

 書いてもらい返してもらうと、日向は感動して何度も頭を下げる。一方でヨムはエメラルドの刑事を知らないようだったが、その様子を苦笑いしていた。


「さて、そろそろ本題に入ろうか。君達も好きな場所に座って。椅子は沢山あるからね」

「は、はい」


 俺たちは壁際にある椅子を手にすると、それぞれ座った。

 改めて他の人を見ると、鞠知さんの他にも年齢はそれぞれ違うものの、先生との会話を見る限りかなり仲のいい様子だった。

 

「君達に分かりやすく言えば、鞠知をはじめ、この場にいる皆は付喪神仲間でね。鞠知は私の先輩でもあるんだ」

「え……えぇ⁉︎ 鞠知さん神様だったんですか⁉︎」


 日向が声を上げる。その様子に、鞠知さん以外の人達が笑った。

 鞠知さんは「まあ驚くのも無理はないがなぁ」と言いつつ、咳払いすると眉を顰めて日向を見る。


「くれぐれも、外部……特にマスコミには洩らすんじゃないぞ」

「も、洩らしません! 大丈夫です!」

「とはいえ、ここにマスコミ関係者がいるんだけどなぁ」

「やだなぁ。洩らすにも鞠知様に絞られる運命しか見えないから洩らしませんよ。……あ、私は松江まつえヒナグです。よろしくお願いします」

「は、はぁ……」


 立ち上がりメガネを掛け直した後、一人一人に名刺を渡してくる。ウィーク民間放送局の局長?


(え、民間放送局ってデンファレちゃんの天気予報とかあってる……マジか)


 日向だけでなく俺も本来の目的から外れそうになるが、先生の自己紹介が始まり姿勢を直した。

 先生を筆頭として、最年長で俳優の鞠知ヤマトさん。ウィーク民間放送局局長の松江ヒナグさん。それに、有名なスイーツチェーン店の社長である三日月みかづきハラさん。貿易会社社長の久玉くたまゴロウさん。

 ……などなど。様々な会社や機関で活躍している人物ばかりが、ここでは『城』の付喪神として度々会議しているらしい。


「改めて神と言われるとなんか緊張する」

「分かります。僕もう眩しくて直視できないです」

「日向のは何か違う意味で聞こえるんだけど」


 サインしてもらった本を両手で握り締めながら、日向は喜びを噛み締めていた。

 するとヨムが「あの」と手を挙げて先生に尋ねる。


「さっき少し時雨先輩から聞いただけなんですけど、その……時雨先輩が関係するって一体」

「ああ、そうだったね」


 先生は椅子に座り、「さて」と言って俺を見る。


「レイは、もし自分の先祖の誰かが神だと言われたらどうする?」

「えっ……えと、驚きます。多分」

「だよね。ま、それはいいとして。ぶっちゃけると、君の能力はその祖先の誰かかの影響によるものだ」

「……ん?という事はつまり、俺の先祖に神様がいたと?」

「そう」


 隣で日向とヨムが驚くが、先生は苦笑して「レイだけに限った話じゃないよ」と言う。


「君達も先祖の誰かが神だから、能力が使える。開花というけれど、実際には消えかけていた神の力を無理やり引っ張ってきたって言うのが正しいのかな」

「あ! だから使い過ぎると、体調を悪くしたりするんですね!」

「そう。えーと」

「日向センです!」

「セン、ね。うん。そうなんだよ」


 先生は自分の腕に人差し指をトントンとしながら、「小学生ぐらいの頃に何かしなかった?」と言われ、首を傾げる。


「予防接種ですか?」

「うん。義務付けられた接種の一つに、神の力を引き出す薬があるんだけど……。通常ならば、完全に神の力が元々無かったりや、あっても完全に消え去った人なんかは能力として開花はしないんだ」


 そういえば確かに、予防接種の数週間後にまた注射しにいった覚えがある。検査として。


「君達はそれで開花して能力を使える訳だけど、それとは別に神の力との相性があるんだ」

「相性……」

「そう。少し前に、校長から見せてもらったんだけどレイの場合力はレアで強いけど、肝心のレイの身体との相性が最悪だった。正直驚いたよ」

「最悪って……」


 思わず空笑いしてしまう。だが日向やヨムは心配そうに俺を見た。


「相性に関しては今後もしかしたら良くなるかもしれないんだけど、君の場合は使い過ぎると致命的になる」

「……」


 先生の真剣な眼差しに、俺はつい黙ってしまう。自分の事とはいえ現実味がなかった。


「え、えと、時雨先輩のような事って、他の人にも起こったりするんですか」

「あるよ。でも珍しいかな」

「『能力』の研究自体がまだそこまで進んでいませんしね。調べたらもっと出てくるかもしれませんが」


 松江さんの言葉に先生は頷く。


「そういう意味でも、君は結構有名になってるんだ。学園外の研究所にリスト入りするのも時間の問題かも」

「え、実験台にされる、とか」

「うん」


 (じゃあ無闇に出歩けないじゃん)


 まさか知らない間に狙われているとは。

 だが先生が危惧してるのはそこじゃないらしい。


「さっき珍しいって言ったけど、最近はそういった子が多くなっているみたいでね。新規の子はともかく、元々相性が良かった子まで急に体質が合わなくなっているとも聞く」

「……」

「……ヨム?」

「……あ、えっと、先輩」


 一瞬ヨムが暗い表情を浮かべていたような気がした。突然声を掛けたせいで、ヨムは慌てて返事をして笑みを作る。

 そんなヨムに先生も気付いていたのか、少し間を空けて空気を変えるようにパンと手を叩く。


「さて、かなり脱線してしまったけれど。今回、レイ達にしたかった話はこれだけではないんだ」

「?」

「君達、この世界の『真実』って興味ある?」


 真実? もしやそれは他言無用的なアレか? 思わずワクワクとドキドキしつつ、にっこり笑顔な先生の話に耳を傾けた。



※※※



「まさか、都市伝説の話を延々とされるとは……」

「さっき調べてみたんですけど、それ全てネット掲示板発祥のネタですよ」

「あはは……」


 寮での夕食を済ませ、ヨムを家まで送る為に街灯や車のライトで照らされた道を歩きながら、先生の話で盛り上がっていた。

 日向が先生の話の元ネタであろう掲示板を再度携帯で探っていると、「それにしても」とヨムが話す。


「ウィーク学園の人達って、優しい人が多いですよね。時雨先輩や日向さんもですが、会長さん達や先生達も、皆」

「そうか?」


 優しいというよりは、危機感が足りないのでは? そんな事を以前誰かが言ってた気が……ああ、そうだ会長だ。

 でも、確かに居やすいとは思う。そう思ってしまうのは小・中とあまりいい思い出がなかったからかもしれないが。

 

「そういえば……先輩は、聖園領域出身なんですよね。聖園領域って国や地域で景色が違うと聞いたことあるんですが……」

「ん、ああ……そうだなぁ。聖園領域の中では少し都会になるのかな」


 聖園領域といってもヨムの言う通り、場所によって景色が違う。

 ウィーク領域のようにある程度交通の便も良いところもあれば、車すらない場所もある。下手すれば戦なんてしている所もあるくらいだ。

 俺の住む町はウィーク領域から近いこともあり、車が走っていた。でもコンビニなどは見た事がなくて買い物は近くの商店街か遠くにあるスーパーに行っていた。

 ゲームなんてものはなくて、遊ぶ時はいつも近くの田んぼの用水路などでザリガニを捕まえたりしていたのを覚えている。

 そんな話をしていると、日向は携帯から顔を上げると「故郷の話ですか?」と話に入ってくる。


「日向は山のほうだっけ?」

「そうですよ〜。確か時雨先輩の実家のある町からさほど離れてないかと」

「だよなぁ。お前んちの惣菜普通に町の商店街に売ってあったもん」


 町から見える山々。そこに日向は住んでいた。風が吹くのもあり、いくつか風力発電用の風車があった。

 そんな話をしている内に日向と盛り上がってしまう。と、ヨムの視線に気がつくと小さく「ごめん」と謝った。


「いえ、聞いてて楽しかったです」


 ヨムは笑ってそう言った。それならば良かったけど……。俺は苦笑しつつも、見えてきた住宅街に目を向けた。

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