【1-12】絶対違う!

 次の朝、偶然にも昇降口でヨムと会った。


「おはようございます。時雨しぐれ先輩」

「ん、ああ。おはよう」

「昨日はありがとうございました。せっかく恩返ししようとしたのに……」

「いいよ、別に。またばあちゃんも来いって言ってたし」


 笑いながらそう言うと、ヨムも嬉しそうに笑みを浮かべる。

 すると、校内放送のチャイムが流れた。


『前線特科一年のヨム・ラウントリーさん。いらっしゃいましたら、職員室に来てください』

「呼ばれてんぞ?」

「なんでしょう?」


 互いに首を傾げつつも、ヨムは靴を履きかえると「じゃあ私はこれで」とその場を去っていった。

 俺は手を振って別れた後教室に向かおうとすると、「時雨」とレオ先輩に話しかけられる。


「おはようございます、先輩」

「ああ、おはよう。突然ですまないんだが、ヨムについて何か知ってる事はないか?」

「え、ヨムですか?」


 言おうか迷った時、ふと先輩の目が怖く感じた。なんだろう、何か探っているような。

 笑みが強張り「えーと」と言葉を濁らせてしまう。


(まさか……いや、そんな訳)


 昨晩の櫻島さくらじまの話を思い出す。信じたくはない。そんなまさか。

 挙動不審な自分にレオ先輩の目が更に怖く感じると、日向ひなたが後ろから声をかけてくる。


「おはようございますレオ先輩! 」

「ん、ああ。おはよう」

「先輩! さっき自販機にデンファレちゃんのコラボボトルがありましたよ! 行きましょう⁉︎」

「お、おお! マジか‼︎ ……と、という事で、先輩‼︎ また後で……!」

「あ。ああ……」


 日向に引っ張られ急いでレオ先輩から離れる。

 先輩と別れてから自販機のある場所まで走った後、二人して肩で息をする。


「あ、危なかった……」

「でもあの感じ、明らかにヨムさんに関して調べているような」


(マジで櫻島さくらじまの言ってる通り、スパイなのか?)


 頭を抱えて壁に背中をつける。そしてふと先程の事を思い出す。職員室? ……まさか。


「せ、先輩⁉︎」

「っ……!」


 日向を置いて職員室に向かう。状況は違うとはいえ、思い出すのはかつての幼馴染の姿だった。


「ヨムは、ヨムは悪くない……悪い奴じゃ……」


 バンと引き戸を大きく外れんばかりに引いて、職員室に入る。驚く教師達をよそに、ヨムを見つけると近づいていった。

 ヨムはきょとんとしつつ、俺を見ていた。


「先輩……?」

「時雨?」


 そばには会長もいた。俺は会長の胸ぐらを掴み、言った。


「ヨムは、ヨム・ラウントリーは……悪い奴じゃない‼︎」

「っ、なんだいきなり!」

「ヨムを傷つけたりしたら、ぜってえ許さねえ」

「し、ぐれ……!」


 今にも殴りそうな俺に、教師達は慌てて俺に駆け寄ってくる。会長は力づくで俺を突き飛ばす。


「っ、少し、冷静になれ‼︎」

「⁉︎」

「せ、先輩……!」


 怒鳴った後、ため息をついて襟元を正しながら会長は言った。


「ヨムが心配なのは分かる。だが、だからと言って突然胸倉を掴まれても困る」

「っ」

「全て、ヨムが話してくれた。お前、知ってたんだろう? ヨムがスパイだって」

「⁉︎」


 ヨムを見ると、彼女も驚いていた。会長は静かに言った。


「スパイ。……と言っても、幸いにもまだ彼女は何もしていない。そして彼女も元々そんな気はなかったそうだ」

「……え」

「……」


 ヨムは複雑そうに目を逸らす。会長は更にこんな話もしてくれた。


「昨日の神霧かんむ学園が来たこと。あれも元はヨムの情報だ。だから悪いことはしない。それは、先生達も。そして俺達も信じてる」

「……」

「というわけだ。心配するな」


 それを聞いた俺は脱力する。少しして日向とレオ先輩、そして騒ぎを聞いたサナもやってくる。

 日向に起こされ、立ち上がり呆然とする。


「せ、先輩。大丈夫ですか?」

「あ、ああ。……その、すみません」


 ホッとしたのと同時にものすごく恥ずかしくなって会長に謝る。

 静けさが無くなる中、「どうしたんだい?」とキャスタル先生の声がする。

 会長や先生は現れたキャスタル先生にきょとんとした後、ハッとなってざわつき始めた。

 すると先生の隣にいた校長が咳払いして話し始める。


「ええ、ご紹介します。我がウィーク学園の理事長、キャスタル・ホワイト先生です。しばらく別件で離れていた為、知らない方も多いかもしれませんが」

「今日を機にこちらに復帰させていただきます。教科は歴史です。よろしくお願いします」


 ……復帰? 俺達は呆然としていた。先生達も訳が分からず固まっている。

 そんな俺達をよそにキャスタル先生はにこりとする。


「所で、今のは何の騒ぎですか?」


 そんなキャスタル先生の問いが、職員室に響いた。

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