イケメン吹奏楽部毒舌顧問とのドライブ!
学校裏手にある砂利場は、学校に通う教職員の駐車用スペースとして利用されている。都心に位置するこの学校は、大体の教職員も学生同様に電車通勤をしているのだが、一部の変わり者とか主任以上のクラスになると、車通勤も増えるらしい。
ちなみに車通学している鳳は、どちらかと言えば変わり者の方に該当する部類だろう。所謂、車好きというやつだ。
「こんな車で砂利場通るとか、傷付くかもしれないぞ」
鳳が立ち止まった先にある車は、スポーツカーであった。周囲の車はワゴンばかりなのに。やはり、この男は変わっている。
ちなみに鳳は、僕の忠告に耳を貸す気は、一切なさそうだった。
さっさと僕に助手席に乗るように促していた。
鳳の車の中は、少しだけタバコのフレーバーが漂ってた。そういえばこの男、喫煙者だったな。
鳳のスポーツカーが校内を出た。丁度下校時間と重なっていることが災いして、周囲はウチの学生の生徒ばかりが歩いていた。
鳳は慣れたドライブテクニックで、時には徐行しながら。時にはマフラーをふかしながら。道を進んでいった。
マフラーをふかしている時の鳳の甘美の表情は、明らかに自分に酔っていた。まあ、改造していないだけマシなのかもしれない。
「最近の学校生活はどうですか?」
信号待ちのタイミングで、鳳は尋ねてきた。恐らく、本筋とはまったく関係ない話。
「おかげ様で楽しいよ」
「ということは、白石さんとはうまくいっているようですね」
「下世話め。なんで知っていやがる」
「教師の情報網を舐めないでいただきたいですね」
鳳は、とても楽しそうに笑っていた。
憎たらしくて、僕は運転中の彼の頬を殴りたい衝動に駆られた。だけど、ここで殴れば交通事故という二次災害を起こす可能性も否定出来ないし、大人しく我慢した。
「学生というのは良いものですね」
しばらく無言で車が進んでから、鳳は遠くを眺めながら言った。遠くを眺めるよりも、運転に集中してほしいと思った。
ただまあ、
「確かにね。保護者に守られる立場であるから、失敗しても責任もかかりづらいしな」
鳳の意見には同意だった。鈴木君になって以降、僕はそれはもう好き勝手に色々させてもらった。横断歩道の設置。勉強。スマホの破壊。飛び降り未遂。
最初から思い返して酷いものばかりだったので、思い出す行為を僕はやめた。
「私が言いたいのはそういうことじゃないですよ」
しかし、鳳が言いたいことはどうやら僕が思っている学生の利点とは違ったらしい。
「学生は良いものですね。部活動に勉強に恋、色々なことで楽しめる。青春を謳歌出来る。それが羨ましいと思ったんですよ」
鳳の声色は、いつにもまして優しくて気色が悪かった。
彼の言わんとしていること。
それは、僕には理解できた。つまるところ鳳は、こう言いたいわけだ。
大人になった自分は、青春を謳歌するような時間はない、と。部活動も出来ない。勉強も出来ない。そして、恋も。
大人になれば、人は仕事をしなければならない。その中で教訓や知恵を得る機会がないわけではない。だけど、それは学生時代に体験したものとは一線を画している。それこそ、先ほど僕が言ったように、大人の行う行為には全て責任が生じるに繋がるわけなのだ。
責任が伴う故に、大人になってする勉強や恋は、どこか学生の時とは違って、現実味があるのだ。
これは僕も経験したから知っている。
え? お前恋愛経験少ないだろって?
ぐうの音も出ない文句はやめてくれ。
「まあつまり結局、遠回しな言い方してるけど、要約すると朝倉さんからのアプローチをやめさせろってことだろ?」
ただ、鳳の言い方は遠回しすぎる。
結局彼が言いたかったこと。それは、まだ夢見がちな学生である朝倉さんのアプローチは大人になった自分には重すぎるから止めさせろ、ということなのだ。
呆れたように、僕はうんざりげな声で鳳に言った。
「君はそう思ったわけですね」
「白を切るなよ、白を。そもそも僕があんたを手伝う道理はないぞ」
「そうですか。じゃあわかりました。こちらも手を打ちますよ」
「どんなだよ」
「須藤先生に口添えして、あなたの内申を落とします」
「うぇぇっ!?」
柄にもなく叫んでしまった。
さすがにそれは、職権乱用が過ぎませんか?
「冗談ですよ。ただ、さっきも話しましたが、あなた私に貸し一つありますよね」
「むぐぐ……」
やっぱり、貸しの話をされると弱いなあ。
こんなことなら、無理をしてこいつに貸しを作るんじゃなかった。
「朝倉さんからのアプローチが嫌なら、自分から言えばいいだろ」
唇を尖らしながら、僕は最後の抵抗をした。
「そんなことを私がして、彼女のやる気が削がれたら大変でしょう」
「またあんたはそんなことを……」
いつかの博美さんの退部騒動の時も、似たような話で鳳は僕の交渉を却下してきた。あの時は確か、教師生徒という関係が崩れるのが嫌だから、僕に全てなんとかしろ、というものだったか。
まったく。末っ子気質な教師だ。
面倒なことは、全部僕に丸投げなんて。
……。
ただ、ふと不思議に思った。
いつかの新入生への部活動紹介の日。
鳳は、こんなことを言っていた。
『人は必ず失敗するものです。でもね、失敗を恐れる人は成功など出来ません。むしろたくさんの失敗をした人ほど、もっと成長出来る。たくさんの成長を掴める』
僕と似たような経験則だと当時は思った。たくさんの失敗をしてきて、それに苦汁を舐めさせられながら、対策して成長してきたという自負がある僕と、似たような考えだと思えた。
でも今になって思えば、鳳は教師として失敗を対策しているのだろうか。
博美さんへの対応は、指導が行き過ぎた末に彼女を退部寸前まで追い込んだ。
朝倉さんへの対応は、どうにもならなくなって、僕に全てを丸投げしようとしている。
これらの問題の対応として、鳳に共通していること。
それは、自らの行いの説明や、対話の場を当事者と一切持とうとしなかったこと。
都合の良い誰かに、対応を丸投げしたことだった。
鳳は聡明な教師だ。……認めたくないが。
部活動紹介で問題行動を起こした大石君への対応は、そんな鳳の聡明さを証明する出来事だったと僕は思う。
彼の問題性を解いた上で、どうしてそんな過ちを犯したのか。どうすればそれをしなくなるのか。
鳳は大石君に、辛い口調でそれを導かせるつもりだったのだ。本当、言い方は辛かったけど。
だけど、何故鳳はこと部活動の場においては、こんなにも干渉を拒むのだろう。もし鳳がもう少し部員に干渉していれば、退部する部員の数はもう少し減っていたのではなかろうか。
『そんなことを私がして、彼女のやる気が削がれたら大変でしょう』
鳳の台詞が、脳裏に蘇った。
『でも、私が自分の正直な感情を彼女に伝えた時、果たしてその、"怒る"、という指導が引き続き効果をなすと思いますか?』
思い出して、僕は理解した。
『私は思いません。だから私は、自分の口から彼女へ指導についての説明をする気はありません』
……ああ、そうか。
「鳳、あんたは怖いんだな」
ハンドルを握る鳳の肩が、微かに震えた。
「自分の気持ちを全部相手に伝えることが怖いんだ。伝えて、その先に待ち受ける事象を恐れているんだ。取り返しがつかなくなるのが怖いんだ」
だから鳳は、博美さんにも朝倉さんにも過干渉になろうとしなかった。
じゃあ一体、
「それは何故か」
答えはわかりきっていた。
部活動紹介の日、大石君が応接室を出た後、鳳は言っていた。
『勿論。失敗だらけですよ』
鳳が過干渉にならない理由……。
「それは、失敗したからだ」
鳳は僕の言葉を聞き終えて、
「君も……変わりましたね」
寂しそうに微笑んでいた。
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