望まない現状を打破するには。

 大原さんの現状を知って三日が経つ。あれ以来、僕と白石さんはいつもたむろしていた非常階段に一度も足を運んでいない。梅雨時ということもあり、あの日以降毎日のようにジメッとした空気を纏いつつ雨が降り続いていることも原因の一端ではあるのだが、最たる原因は大原さんとの約束のためだった。


 あれ以降、大原さんは昼休みの度にこの生徒会室に足を踏み入れるようになった。初めは休み時間の度に彼女が来るものだと思っていたので、僕達は休み時間の度に生徒会室に向かうようにしていたのだが、そこまで心配をかけられないという思いだったのか、彼女は昼休み以外の場面でここに訪れることは一切なかった。

 自殺を決意する程度には追い詰められていたのだし、そうなると思っていたのだが、あてが外れたらしい。


 そして、僕のあてが外れたことはこれだけではなかった。


「えぇ、じゃあ告白は白石先輩からだったんですか?」


 そう快活そうに驚くのは、件の大原さんだった。

 大層意外そうに目を丸めた大原さんは、しばらくすると弁当に鎮座しているグリーンピースをどうしたものかと考える僕の方に目配せをしたのだった。


「え、何?」


 気付けば僕は、大原さんに哀れみのような視線を寄越されていた。気付けば女子二人が僕達の馴れ初めを語り合っていたらしい。


「先輩、情けないね」


 そう言う大原さんは、先日自殺を図った頃からは考えられないような発言を見せていた。

 僕のあてが外れたもう一つのこと。

 それは何より、大原さんの性格であった。

 彼女、これで意外と弁が立つし、何より結構勝気な性格をしていた。初対面、というか自殺未遂の場では、申し訳ないが暗そうな少女、という印象が強かったから勝手にそういう印象を抱いていたので、大層意外であった。


 それにしても、彼女といい去年の同級生の女子達といい、どうも僕は女子陣からないがしろにされやすい質のようだ。いつだか真奈美さんにいじりやすいとか何とか言われた気がするが、それは向こう側の抱く初対面の印象のあてから覆せなかったんだな、泣ける。


「鈴木君は情けなくなんてないわよ」


 と思っていたが、僕の彼女である白石さんは大原さんの言葉を否定してくれた。こういうの、他人に否定してもらうことが大切だからね。助かる限りだ。


「確かにちょっと困っている女の子はすぐに助けようとするし、甘い口説き文句もしょっちゅう吐くけど、あたしのことをいつも一番に考えてくれる素敵な人よ」


「何それ、スケコマシ?」


「違うわっ」


 白石さんの浮気性な彼氏に甲斐甲斐しい女性のような台詞に、大原さんの視線が一層厳しくなった。おのれ白石さん、計ったな。

 白石さんに恨み混じりのような視線を寄越したら、眩しい微笑を返されて、僕は頬を染めてそっぽを向くのだった。


「何だ、情けないのは事実じゃない」


 大原さんは呆れたようにため息を吐いていた。

 本当だね。僕もそう思った。


「何だかごめんなさい。あたし二人の邪魔しているね」


 大原さんは少しだけ申し訳なさそうに頬を掻いていた。言葉の通り、カップルでイチャつく僕達を見て申し訳ない気持ちが生まれたのだろう。


「いいのよ。これまで辛いことばかりだったんだから、少しくらい他人に迷惑をかけたって罰は当たらないわ」


 そんな大原さんに、白石さんは優しく微笑むのであった。出来た彼女である。


「でも、やっぱりごめんなさい。生徒会の仕事とか、忙しくないんですか?」


「もうそろそろ体育祭の準備で忙しなくなるけど、まだ大丈夫よ」


 といっても、今週中くらいが限度だろう。何とかそこまでには、彼女の精神状況も加味して、事を解決へと導きたいものだ。


「もし何かお手伝い出来るなら、呼んでください」


 色々と手をかけてあげている現状への恩返しのつもりなのか、大原さんはそう提案をしてきた。本当、初対面の時からは想像も出来ないくらい、彼女は良い子だな。


 そんな彼女に対する意外さを感じながら、談笑続きの昼休みは過ぎ、午後の授業も終わり、放課後になった。

 本日の生徒会活動はない。

 僕は白石さんと共に帰路についていた。大原さんも誘ったのだが、放課後まで二人の邪魔をしたら悪いから、と乗ってくることはなかった。


「彼女、良い子ね」


 いつかの喫茶店で白石さんがそう言った。彼女とは、大原さんのことで間違いないのだろう。

 

「そうだね」


「思えばあたし、後輩から先輩と言われたことって少なかった気がするの。中学の時も生徒会活動はしていたけれど、その時は誰かさんとのいざこざで何でも一人でしようと気張ってたから。

 こうして後輩に敬われて、後輩に褒めてもらって、それもあんなに良い子の大原さんに褒めてもらえて、とても嬉しい」


 白石さん、確かに基本的に他人に興味ないからな。白石さんにとって大原さんは初めて出来た気の置けない後輩、というわけか。

 心なしか少しだけ嬉しそうな顔で、白石さんはカプチーノを飲んでいた。しかししばらくすると、途端に顔に陰を落としたのだった。


「だからこそ、何とかしてあげたい」


「そうだね」


 白石さんにとっては、初めて出来た後輩がいじめにより自殺を図っただなんて、それこそ一刻も早く解決してあげたい案件であろう。その気持ちも十分理解出来た。


「何か案、ないの?」


 ただ、いつも気高い白石さんが、僕に対してここまで弱みを見せようとは。なんだか新鮮な気持ちを抱かされる。

 ……無駄な思考が過ぎたな。


「ないこともない」


 不安げに瞳を揺らす白石さんに、僕は言った。


「本当っ?」


 途端、白石さんが驚いたように立ち上がった。こちらに対してその作戦を早く言え、と目が訴えていた。


「うん。ただまあ、根が深い問題なだけに、一歩間違えれば誰かが嫌な思いをすることは避けられないと思う」


「それでも、教えて」


 言葉通り、多分これを実行した人は、大原さんの所属するグループ連中から嫌われるだろう。まあ、一つ下後輩の下衆なグループに嫌われたところで痛くも痒くもないのだが。

 ただ、正直白石さんを巻き込むのは気が引ける。

 とはいえ、隠し事はしないと白石さんに契った身だし、彼女に何も言わず独断専行は出来まい。


「わかった。ただし、実行するのは僕だ。君よりも僕の方が、上手くこなせる」


 日頃彼女に僕のことを買い被るなと言ってきたが、今回ばかりははっきりとそう言った。まあ正直、これからやることに上手いも下手もない気がする。

 

「わかった」


 白石さんは僕の珍しい態度に、しばし目を丸めた後、不服そうに頷いた。

 彼女が認めてくれたことに、僕は一度頷いた。

 白石さんは長丁場になると踏んだのか、ゆっくりと椅子に座り直すと、真剣な目で僕を凝視していた。まるで、それで何をするのか、と尋ねているようだった。


「まあ正直、やることは簡単なんだよ」


 肩を竦めて、僕は続けた。


「大原さんの願いは、グループの連中に彼女がいじめの実態を告発したことがバレて恨まれることがないようにすることだったよね。だから、そうならないように嘘を貼り付けつつ、整合性を取って僕が彼女達を叱責すればいい。

 例えば……」


 喫茶店での作戦会議は、恐らく白石さんが思っていたよりもさっさと片がついたのだった。

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