高校二年。部活動紹介の日

 白石さんの熱が一日で下がったことに心の底から安堵していると、時間の流れは早いもので部活動紹介の日はやってきた。

 

「ほら、白石さん。椅子はもう並び終わっているよ」


 昼休み。体育館で新入生達が座るはずの椅子を並べているも、白石さんはいつもの元気がなかった。いや、元気がないのは今日だけではない。それはそう。彼女が熱を出した日、からだ。

 いつもは事あるごとに僕をからかう癖に、どうも最近の彼女はしおらしい。何か思い出したくない過去でも思い出したように見えて、僕はといえばため息交じりに彼女の身を案じていた。

 今だって、新入生が座るだけの椅子は並べ終えたというのに、彼女は余った椅子を後方に並べようとしていた。


「まったく。そんなに並べると片すのが大変だよ」


 白石さんの手を掴むと、彼女は驚いたように目を丸くしていた。らしくない、というか、これじゃ認知症患者だ。


「ほら、余った椅子は戻そう」


 壇上下から伸びた椅子の収納スペースを指差すと、白石さんはようやく自分のしていたことを理解して、頬を少しだけ染めていた。


「ご、ごめんなさい」


「いいよ」


 ヒラヒラと手を振りながら、椅子を左腕だけに抱えて運んだ。後ろから椅子が引かれる音が続く。振り返ったわけではないが、白石さんも僕に倣って椅子を戻すために運んでいるらしい。


 対岸の椅子も準備万端。

 どうやら予定通り部活動紹介の前までに設営の準備は完了したらしい。


 椅子を戻すと、後ろにいた白石さんに手を伸ばした。


「ん」


「え?」


「え、じゃなくて、椅子。戻すから」


「ああ、ありがとう」


 しおらしい彼女から椅子を受け取って、スペースに詰めて入れていく。ちゃんと詰めていれないと、後で全部入りきらなくなったりするから嫌らしい。


「ねえ、鈴木君」


「何?」


 椅子を戻しながら、白石さんに返事をした。


「今日は、喧嘩しない?」


「喧嘩?」


 何を言っているんだ、彼女。椅子を詰める手を止めて、呆れた声で振り返ると、白石さんは真剣な眼差しで僕を見ていた。

 率直な感想は、そんなに喧嘩っ早いと思われていたのかという呆れだった。しかし思い返せば僕は、高校一年の時は小学校の教師に。つい先日は部活動の部長連中に怒ったばかりだった。

 彼女には常々、あれは演技だと言い聞かせていたのだが、信じられていなかったのか。それだけ僕の演技が迫真だったと思うべきか、否か。


 そんな他愛事で夢中になり何も言わないでいると、白石さんは寂しそうに俯きだした。

 

「ちょっと待ってくれい。喧嘩なんてしないぞ。だれが好き好んで誰かと対立したがる」


「でも……」


 未だ信用を得られず、さすがの僕も怒りそう。ここで怒ったらどの口が状態になることを悟って、僕は大きなため息を吐いて見せた。


「君は、怒ることはみっともないことだと思うかい? 喧嘩をすることはみっともないと思うかい?」


「多少は」


「僕はそうは思わない。誰かに怒れることはそれだけで才能だよ。怒れるってことは、それだけ自分の意思を持っているってことだろう?」


 白石さんは黙っていた。


「君はどうでもいいことで怒れるかい? 誰かに嫌われるかもしれない。誰かに蔑まれるかもしれない。誰かと対立しなければならないかもしれない。

 誰もが怒った後、自分がどうなるかは知っている。だから誰もが無闇やたらに怒らない。

 それを知っていて怒るってことは、リスクと天秤にかけてでも自分の意思を通したいからだ。それほどまでに自分の意見を、熱中していることへの思いを告げられるってのは、それだけで才能だと僕は思うよ」


 まあ、それを利用するような奴は最低だと思うがな。あ、僕か。

 思うところがあったのか、白石さんは再び俯いてしまった。


「ただまあ、確かに手を出すのは駄目かもね。それはいけない」


 何より僕が怪我でもしたら、今僕の前にいる彼女が深く傷つくかもしれない。それだけは僕も何があろうと望まない。


「よし。君がそこまで心配しているなら約束するよ。喧嘩はしない。でも司会者として、するべきことは全うするよ」


「本当?」


「うん」


 簡素な返事をすると、白石さんは少しだけ微笑んでいた。僕は微笑みかけて、椅子の片付けに戻った。


「そっか」


「うい」


「なら、約束よ?」


「もちろん」


 椅子の片付けを終えると、白石さんの方に向き直った。

 途端、手に温もりが篭った。


 僕は今、白石さんに手を握られていた。


「司会。がんばってね?」


「ああ、はい」


 ひとしきり手に篭る温もりを味わっていると、温もりは僕の頬にまで伝染していた。

 染まった頬を見られたくなくてそっぽを向いたら、副会長と目が合った。まるで多量の砂糖でも口に含んだかの如く、彼はあきれ返った顔をしていた。


「恋愛脳共が」


 悪態を付かれた。

 副会長は僕達を無視して、椅子の収納スペースを閉め始めていた。独り身の彼には申し訳ないことをしたな。

 なんてことは微塵も思っていなかった。

 茶化したりしてくれなくて、サンキューな。茶化されたが最後、少しだけ僕も照れるところだった。

 心の中で副会長へのお礼を済ませて、僕達は自らの持ち場に向かった。まもなく部活動紹介が開始される。


 司会者らしく、僕は演台の前で今日の発表を脳内リハーサルしていた。前回の新入生オリエンテーションは少しばかり真面目さがなく恥を掻いたが、今日はしっかり自分の役目を果たそう。


 昼休み終了のチャイムが鳴った。


 騒がしかった廊下が少しだけ静かになった。

 まもなく、体育館に繋がる渡り廊下に喧しい声が沸き始めていた。


 来たな。

 大きく息を吸って、吐いた。


 思えば僕は、この体になってから発表の場に恵まれてこなかった。

 いつかの小学校のPTA総会に乗り込んだ時も、発表は白石さん。文化祭の催し物決めも、白石さん。挙句生徒会役員選挙ではガヤだった。

 そう思うと、ようやく司会という発表の手綱を握る立場に立てたのだなと少しだけ感慨深くもあった。

 いつか僕は、過去の自分と決別して、彼女と、白石さんと共に成長していこうと心に決めた。

 

 今ではなかろうか。


 成長した姿を見せるのは。

 僕の実力を見せるのは。

 僕のすべてを見せるのは。


 白石さんに見せるのは、今ではなかろうか。




「皆さん、静かにしてください」


 僕はハキハキとした声で、新入生達に微笑みかけていた。

 騒がしい新入生達が静まり返った。素直で良い子達である。恐らく前回の白石さんの校長技、「皆さんが静かになるまで~~」が効いているのだろう。


「皆さん、高校生になり二週間あまりが経ちました。どうでしょう。クラスに馴染めたが、勉強には馴染めていない方、いますか?」


 今回は教師主催でなく生徒会、つまり学生主導の催し物。多少くだけた入りでもいいだろうと思い、ふざけた。

 前回は滑ったが、今回は少しだけ受けた。うれしい。


「僕もその口です。明るい性格の僕はすぐにクラスに馴染めたのですが、勉強はてんで駄目でした。皆さんは僕のようにならないでくださいよ。補習で夏休みが潰れるのは寂しいですからね」


 補習とかしたことないけど、とりあえず適当に言った。またウケた。もしかして僕、お笑い芸人にでもなれるのでは?

 生徒会の列を見ると、爆笑する堀江さん以外は苦笑気味だった。白石さんは苦笑交じりに少しだけ呆れているな、あの顔は。


「さて。この度皆さんは無事に高校生になれたわけですが、高校生になってしたかったことは何でしょう?

 恋愛。買い食い。勉強……はないか。後は、部活動とかですよね。

 というわけで、本日は新入生の皆さんに実際に部活動に所属している先輩方からの部活動紹介の場を設けさせて頂きました」


 導入もさておいて、早速催し物を進めていくとしよう。


「まずは、生徒会長の挨拶。白石さん。お願いします」


「はい」


 白石さんの声が館内に響いた。彼女は立ち上がると、少しだけ早い歩調で壇上前のマイクまで歩いた。

 途中、演壇にいる僕と目が合った。白石さんは、ふざけすぎとでも言いたげに『もう』と口パクをしていた。

 その様子を見ていた新入生女子数名が黄色い歓声を上げていたが、これは司会的にも拾うことはしなかった。


 白石さんの説明は滞りなく終わった。

 一礼し、席に戻っていく彼女を見送り、腰かけたところで僕は再び話し始めた。

 校長先生の挨拶を終えると、僕はなおもハキハキとした口調は崩さずに、新入生達に今回の発表の説明をしていった。

 部活動の説明は各部活動五分。その後、先輩達への質問の時間を三分用意する手筈となっていた。

 

 説明を終えると、皆もお待ちかねの部活動紹介が始まった。

 どの部活も一工夫とした発表をしていった。最初の手芸部の発表で、校則違反の染髪をしている山田さんが、


「手芸部だけでなく文化祭のバンドメンバーも募集しています」


 と言った時には思わず噴出しそうになった。平田君と恋仲になった今でも、彼女は何かのためにバンドを続けようとしていたらしい。


 そして、いつだか僕に因縁をつけてきた野球部の発表が始まった。


「僕達野球部は、アットホームな部活環境を目指し日々練習に励んでいます」


 ブラック企業の謳い文句みたいなことを言ったのは、野球部部長ではなかった。どうやら彼は発表者ではなく演者の方に回っているようだ。

 野球部は催し物にキャッチボールを選んでいた。館内に図太い雄たけびのような掛け声が響く中、部員達が手早くボール回しをしていった。

 どうやら、認可してあげたのにバットは持ち込んでいないらしい。


 まあ得策だろう。

 一人の部員が緊張していたのかボールをグローブからこぼした姿を見て、僕はそう思った。


「野球部の皆さん、ありがとうございました。それでは、質疑応答に移ります」


 野球部の発表が終わった。新入生達は、意外と部活動への興味関心が高いのか、部活動発表の度に活発な質疑応答が成されていた。

 それは野球部も同様だった。

 新入生達の座席では、三つの手が繰り出されていた。


「はい、じゃあそこ」


 マイク係の会計君、副会長のどちらかが近い人から順番に質問をさせた。要はあみだくじみたいな物だった。

 しかし、運が悪かった。


「どうも」


 マイクを受け取った学生は、いつだか兄である野球部部長と共に僕を煽ってきた野球部弟だった。

 マイクの電源を確認すると、野球部弟の視線は何故か野球部ではなくて僕の方に向いていた。


「鈴木さん、質問です」


「はい。何でしょう」


 野球部でもない僕に、一体なんだろう。


「鈴木先輩はどうして野球を辞めたんですか?」


『部活動紹介当日、覚えておけよ?』


 ははあ。

 野球部部長のあの時の含みのある発言はそう言うことか。壇上をチラリと見れば、野球部部長は端からこちらを見てほくそ笑んでいた。

 どうやら彼ら、兄弟で結託して僕に恥を掻かせたいようだ。どうせこの後は、管理が徹底してないですね、とか言って誹謗中傷を繰り返すのだろう。

 そんなことをすれば自らの首が絞まるだけなのに、一時の優越感に浸れるからって、愚かなことをしようと思ったものだ。


「それは肩を怪我したからですよ」


「ハハハ。自己管理がなって……」


「こちらからも質問いいですか?」


 野球部弟の中傷する発言を遮って、僕は続けた。


「それはこの場でしなければいけない質問ですか?」


 野球部弟は目を丸めて黙っていた。


「君、この場の目的を認識していますか? この場は、部活動を紹介する時間、そして新入生である皆さんがその部活動をより知るための場ですよね? その質問は野球部とどんな関係があるんですか?」


「いや……」


「早く答えてください。彼らは君のために大切な部活動の時間を削って、こうして紹介の場を設けてくれているんですよ。

 それは君が野球部に入ることへの後押しになる質問なんですか?

 イエスかノーか。

 二択のクローズクエスチョンですよ。何故そんな簡単な質問に黙るんです」


「……ノーです」


 だろうね。


「ならなんでそんな質問をしたんですか?」


「それは……」


 再び野球部弟は黙った。


「どうして僕がこんな質問を君にしているかわかりますか?」


 依然として黙る野球部弟に業を煮やして、僕は次いで質問をした。

 野球部弟の舌打ちがマイクにのって、館内に響いた。先ほどまでの和気藹々な空間は一変、新入生達、生徒会一同はこの口論の結末を案じているように見えた。


「俺が喧嘩を売ったからだろっ!」


 遂に野球部弟は怒った。逆ギレである。


「違います。この場は誰かを怒る場ではないでしょう。というか君、僕に喧嘩を売っていたんですね」


 僕は白を切るように微笑んだ。


「さっきも言いましたよね。上級生達は君達……いいや、君のために情熱を注ぐ部活動の合間を縫ってここに来ているんです。そんな先輩達に対して、まったく部活動に関係ない質問で時間を奪う。

 それは上級生にも、ましてや他に質問をしたい同級生達にも迷惑な行為だ。それを君だけでなく、皆に共有したかった。

 だからわざわざ君に質問を繰り返しました。皆さん。質問の前に、しっかり自分の中でその質問が入部を後押しするものなのか、吟味してから発言しましょう。

 ま、そうそう目的から逸れた質問になんてなりませんけどね」


 そう微笑むと、新入生達の中から苦笑気味な笑い声が漏れた。


「ただこちらの規定不足も否めませんでしたね。すみません。

 これから質問の前にはクラスと氏名を名乗るようにしましょう。顔こそばれるが、今は皆さんの名前もわからない状況だった。つまり匿名制ですね。それが理由で今回のような明後日な方向の質問が出てしまった。

 匿名制はどんな質問でも気軽に出来るようになる反面、今回のような無関係な質問が出るリスクもあります。身元がばれないならば、自分の発言に責任が伴いませんからね。

 だから、クラスと氏名を名乗るようにすることで、皆さんには質問する責任を持ってもらおうと思います」


 えー、と新入生達の中から声が漏れた。まあ、無駄に責任なんて取りたくはないわな。


「でも当然、名前を名乗ることへのメリットもあります。

 それは何より入部希望する部活動の先輩達に、自分の顔と名前を売れることです。

 初めての環境に飛び込むことは、怖いことですよね。不安になりますよね。

 でも、先にこの場で質問をすれば、先輩達に自分の顔が売れる。他の生徒に比べて、その部活動に意欲がある子だと思ってもらえます。

 ウチの学校の上級生は優しい人ですよ。何せ僕みたいなろくでなしと友達になってくれますからね。

 だから、勇気を持って一歩踏み出してみましょう。そうすれば素晴らしい部活動を送れるようになりますよ。間違いなくね」


 そこまで言うと、僕の提案に異論を唱える新入生はいなくなった。


 建前からの建前からの建前。

 見事なまでに口八丁だけで野球部弟を論破しきってやった。

 よし。では僕の腹いせの最後の仕上げといこうか。


「さて、ではそこの君」


 呆然と立ちすくむ野球部弟に、僕は微笑んで続けた。


「まずは君からですよ。クラスと氏名を名乗ってください」


「え。あの……」


 野球部弟は逡巡していた。


「君は僕のことを知りたいんでしょう? だから君の想いに応えるために、明日にでも直接君のクラスに出向いてあげるので、二人で話し合いましょう」


 僕の腹いせの最後の仕上げ。それは彼への公開処刑であった。

 先に言った通り、この場で名前を出し質問することは自己の発言に責任を持つことになる。彼は匿名制に事欠いて無責任な質問をしたのに、名を名乗ることになれば全てが狂う。

 

 端から見ればやりすぎと思うかもしれない。

 しかし内心、あんまりな物言いをしようとした彼への怒りが溢れていた。肩を怪我し自殺するほど気を病んだ鈴木君に対して、彼はあまりに失礼だ。失礼極まりない。だから容赦する気は一切ない。


 他の新入生には、彼の失敗を反面教師にしてもらいたい。勿論、建前である。


「どうしたんです。早くしてください。次の部活動も待っていますよ」


 責めたてるも、野球部弟は黙りこくっていた。再び新入生達の空気が凍った。


「大石次郎君」


 そんな中で声を出したのは、鳳だった。わざわざフルネームで言う必要はない。多分、僕の胸中は彼に筒抜けだったのだろう。


「大石君。そこまで鈴木君に緊張してしまうなら、放課後私と二人で彼と話しましょう。私がキチンとフォローしますよ」


 女子陣から黄色い声が上がっていた。イケメンのフォローとは何かを想像したのだろう。僕も部外者であるならちょっとだけ気になった。


「それでいいかい。鈴木君」


「ああ。……ああいや、はい。じゃあそれで」


 いつものように鳳に対して荒っぽい口調で話してしまった。取り繕うも時既に遅し。途端、再び黄色い歓声が新入生達から沸きあがった。そういうの止めろって。巻き込まないでくれって。


「三分以上時間を費やしてしまいましたね。申し訳ありませんが、野球部への質疑応答は以上です。野球部の皆さん、ありがとうございました」


 壇上から野球部が捌けていった。野球部部長と目が合ったので、微笑んでやった。彼は悔しそうに唇を噛んでいた。


「それでは次に、吹奏楽部の発表です。吹奏楽部、お願いします」


 吹奏楽部は楽器と椅子を担いで入場してきた。

 手短に準備を終わらせると、学園天国を演奏し始めた。


 ……くっ。


 僕は溢れそうになる涙をこらえていた。

 日頃、コンクールへ向けて辛い練習をしているのに、その合間にこれだけの演奏を……。


 白石さんを盗み見ると、彼女は既に涙を我慢出来なくなっていた。ただ、隣にいた書記ちゃんが困惑しているのを見たら、僕の涙は吹き飛んだ。

 いつか僕は安藤一家を野球キチガイと称したが、これでは僕は吹奏楽キチガイではないか。

 それは博美さんの演奏を聞くためだけに早朝通学している時点で悟るべきだったと知るのは後の話。


 吹奏楽部は無事素晴らしい演奏を終えた。

 寺井部長の手短な挨拶も終えて、


「それでは、吹奏楽部への質疑応答に移ります。新入生の皆さん、質問をお願いします」


 僕は言った。

 しかし、先ほどまでの活発な質疑応答と打って変わって、新入生達の反応は悪かった。


 僕は背中に冷や汗を溜めていた。

 やばい。やりすぎた?


 あれほどまでに徹底的にいじめて見せたら、いくら質問しても大丈夫とフォローしても手を挙げづらくなるのは当然か。頭に血が昇るあまり、ちとやりすぎたか。


「誰かいませんか?」


 まずい。

 こうなれば最終手段、僕からの質問でもかまそうか。先ほど大石君に、『この場は新入生達が自分の入りたい部活動への後押しになるような質問をする場』と説いたのに、前言撤回になってしまうがそれもまた致し方なし。

 これほど素晴らしい吹奏楽部への質問が皆無とか忍びなさすぎる。だから、しょうがない。しょうがないのだ。


「はいっ!」


 禁断の質問をしようとした丁度その時、一人の女子が挙手してくれた。


「はい。どうぞ」


 僕がその少女を指すと、会計君が彼女にマイクを渡した。


「一年二組。アサクラミユキです」


 アサクラさんは大きく息を吸うと、意を決したように続けた。


「顧問の鳳先生は独身なんですかっ!?」


 新入生達は目を丸くしていた。

 え、それ部活動に関係あるの? みたいな空気が新入生達に充満していた。


「アハハ。鳳先生格好いいもんね。気になるよねー?」


 寺井部長がフォローをした。

 鳳目当てで部活動に入る生徒も少なくないと聞く我らが吹奏楽部。彼女もその一人と言うわけか。


「はい。あたしはナノシラ高校の推薦を蹴ってこの学校に入ったんです……それくらい本気なんです」


 は!?

 君、鳳のためだけにそんな吹奏楽部有名校の推薦を蹴ったの!?


 さすがにそれは……どうかしていると思う、ような思わないような。あいつ大概イケメンだし、割と普通なのか? 普通って何だ? 間違いなく鳳は普通じゃないだろう。


 寺井部長は至って驚く様子もなく、微笑んで教えてくれた。


「いないよ。まだ独身」


 興味ないが、そうなんだ。いや本当、興味ないけどね。


 興味はないが……ただおかげで、誰かのせいで冷め切っていたこの場の空気が再び盛り上がった。

 

 それからは先ほど通り、活発な質疑応答が蘇ったのだった。

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