歪む愛
信号を渡ってすぐにあるチケット売り場に足を運んだ。列で待つこと数分、ようやく僕達の番が回ってきた。
「えぇと、高校生二枚ください」
上に書かれた価格表を見ながら、僕は言った。危うく高校生一枚、大人一枚と言いそうになったのは最早ご愛嬌だった。
「千二百円です」
ポケットの長財布から、千二百円を差し出しそうとした。
「ちょっと待って。あたしも払うわよ」
「いいよ。これっぽっちなら」
「駄目。金銭管理はしっかりしないと」
「うぅん」
意外と頑なな白石さんに、僕は苦笑をして続けた。
「なら、後で喫茶店でも行こう。その時、僕の分も買ってよ」
「……まあ、それなら」
不承不承といった感じで白石さんが譲ってくれたので、僕は気兼ねなく受付の人にお金を差し出した。微笑ましい僕達のやり取りに、目の保養をありがとうとでも言いたそうな受付の人は、とても優しい微笑を見せていた。
僕は少しだけ恥ずかしくなっていた。
「さ、行こうか」
チケットを受け取って、入場口から敷地内に足を踏み入れた。
僕達はまっすぐに本館に向けて足を進めた。今日、僕達がこの博物館に来ようと思った理由は大したことはありはしない。類は友を呼ぶ、とでも言おうか。僕達は二人して、日頃皆が行くようなアミューズメント施設を好む人種ではないのだ。
ドンちゃん騒ぐよりも、こういうところで自己の学びを深めた方が性にあっていた。
と、言うのは建前だ。
当初は白石さんはカラオケでもなんでもいいよと言ってくれたが、とにかく僕がそれを固辞した。理由はただ一つ。
僕が音痴だからだ。それはもうとにかく酷い。だから嫌だった。
ちなみに他の案として、
「スカイツリーとかどう?」
と彼女に提案されていた。
「ムリムリ。本当に勘弁してください」
ただ高所恐怖症の僕は、それはもう情けなく彼女にご容赦を頂いていた。電話口から彼女の高笑い声が漏れていたことは忘れられない。本当、酷い彼女である。
というわけで、吟味の末、こうして二人仲良く手を繋ぎあって博物館に足を運んだわけだったのだが。
「おお、凄い」
いざこうして実際に博物館に来てみると、意外と楽しみになるものだ。
こういう鉄筋コンクリートの造りに和風
「随分と歴史のある建造方式なのね」
僕の開くパンフレットを覗きながら、白石さんが言った。
「そうだねえ」
なんて他愛もない返事をしていたら、彼女の髪の香りが鼻腔をくすぐった。最近、しょっちゅうこうして彼女のことを意識してしまう自分が時々情けなく思えてしまう。
「うわあ、広い」
白石さんが感嘆の声を上げた。
確かに広い。僕も遅れて感嘆の声を上げた。
本館内は、中央の大階段を取り巻いて、ロの字状に展示室が配置されているそうだ。数分階段前で今後の相談をした僕達は、とりあえず一階から右回りに展示室を回ろうと取り決めたのだった。
最初に入った展示室は彫刻の部屋だった。
人が集って少しだけ声のある展示室に足を踏み入れると、傍にある仏像の前に早速立った。
「うわ、これ重要文化財だってさ」
「鎌倉時代の木造彫刻物ですって。数百年前の一品なのね」
数百年、か。
数十年しか生きていない僕達にしたら途方もない時間を渡ってきた仏像なのだなと感慨深い気持ちを抱いた。こういうの、管理するのも一苦労だったろうに。
その後も漆工、金工、更には男のロマンが詰まった刀剣などの展示を見て回り、二階に上がった。
二階は日本美術の流れを体感出来るような造りとなっていた。弥生時代から江戸時代まで、時代別に様々な展示物が展覧されていた。
「こういうの見たら、去年の文化祭で展示物をしなくて良かったと思っちゃったよ」
「そうね。二年で展示物をしていたクラスの売り上げも芳しくなかったと聞いていたけど、近場で数百円で歴史的情緒のある品物が見れることを考えたら、とても人は集められなかったわよね」
なんて昨年の文化祭の反省をしながら、たっぷりと博物館を堪能した僕達は外に出た。気付けば随分と長い間、博物館内を回っていたようだ。陽は落ちていないものの、肌寒さを感じた。
「楽しかったね」
「そうね。とても勉強になったわ」
彼女の言うとおり、こうして歴史的一品を見ていたら、学校の教科書では学べない歴史の深さ、貴重さを体感できた気がした。少しだけ知的好奇心も強まった気がする。
「さて、この後どうしようか?」
博物館以外ノープランで望んでいた僕は、白石さんにそう尋ねた。
「どこか行きたいところはあるの?」
「ああいうの見たら、なんだか京都に行きたくなった」
苦笑して答えたら、
「いいわね。じゃあ行く? 二人きりで、どこかのホテルに素泊まりでもして。ごめんなさい。きっとダブルベッドの部屋しか取れないけど。ごめんなさい」
白石さんに挑発的に言われた。
「勘弁してよ。それこそ君のお父さんに全てバレて、怒られそう」
最早恐怖の対象と化した彼女の父を思うと、とてもじゃないがそんな安直な行動には出れそうもない。今だって背中に冷たい汗が伝っていた。
「近場にも色々あるじゃん。そこにも上野東照宮があるし、ちょっと電車に揺られれば浅草寺もある」
「あ、浅草寺良いわね。時期は違うけど、おみくじしたい」
どうやら適当に提案した案が採用されたみたいだ。
「じゃあ、駅に行こうか。数分で浅草だ」
「そうね。そして、着々と近づいているわね」
「どこに?」
「スカイツリー」
背筋が凍った。え、無理だって言ったよね? 僕をショック死させたいのか?
「すすすすスカイツリーは値段も高いし止めようよ駄目だよ無理だよ」
珍しく動揺してしまった。え、珍しくない? そうかも!
「フフフ。とりあえず行ってから決めましょう」
「いや、絶対無理だからね!? 本当、それだけは勘弁してくれ。頼む!」
拒否する僕に、意味深な笑みを浮かべる白石さんは、強引に手を掴み駅の方へ僕を連れて行った。
その後、浅草寺でおみくじをした後、なぜかアサヒビールの本社を見たいという彼女に僕はおめおめと着いていき、スカイツリーの目の前まで迫った時に涙ながらに命乞いをすることで、なんとか事なきを得たのであった。
「鈴木君、怯えた時のあなたの顔、とても可愛いの」
と帰りの電車で白石さんは胸中を吐露していた。僕の彼女、歪んだ性癖持ちすぎ……。
「また見せてね」
ただ、車内で白石さんが見せた思わず見惚れるその笑顔で、僕の文句はすっかり鳴りを潜めてしまった。大概、僕もどうかしている。
そう思った瞬間だった。
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