受け継ぐ
「鈴木君、それは何?」
あまりに僕が自発的に発言をしたのが意外だったのだろうか。数名が目を丸めてこちらを見る中、白石さんは落ち着いた様子で僕の発言を促した。
「撮影係です」
「なるほどねえ」
そう言う白石さんとは対照的に、上級生組。特に副会長の所感はあまり良いものではなかったようだった。少しだけ眉をしかめていた。
「鈴木君、それ自分がサボりたいだけじゃないの?」
うんざり気に副会長が言った。
それにしても、失礼な。
「それも少しあります」
そんなこと無論だろう。他の生徒会メンバーが不真面目な新入生がいないか目を光らせて集中せねばいけない中、撮影係に任命されればただカメラを回しているだけで済むのだから。
ほらやっぱりと言いたげに、副会長は大きなため息をついていた。彼の心労が心配された。
「確かにそれもある。でも、もっと大きな理由も二つある」
「それは?」
堀江さんが聞いてきた。
「一つは、カメラが目の前に来ることで、新入生側も油断が出来なくなるから。こっちはたった数人で格技場一杯の新入生を監視しなくてはならないんですよ?
さすがにカバーしきれない。
ところが、例えば生徒会長である白石さんが始めに、『今回のオリエンテーションの映像は、今後の学校新聞などで掲載するように映像を撮ります』とでも言えば、どうなる?
さすがに学校新聞とかで載るような映像で寝る、だとか、世間話に熱中する、だとかは躊躇われるでしょう?」
「そうね。さすがに映像として残るのではあれば、自分の惨めな姿を残したくないと思うのは人の性かも」
「でも、そんなことのためにわざわざカメラを申請して借りるのもなあ。色々と言われそうだ」
副会長は未だ難色の姿勢を崩さない。
確かに彼の言うとおりでもある。
オリエンテーションのためにカメラを貸してくれと教師側に頼めば、恐らく彼らの第一声は『何でそれが必要なんだ』になるだろう。
それもそのはず。これまで、『新入生オリエンテーション』でカメラの貸し出しは一度たりともなかったのだから。こういうことは、前例のない内容ほど深く深く理由を聞かれる。重箱の隅を突くように質問され、筋が通っていなければあっさりと棄却されるであろう。
たかが子供の言い分は、大人にとっては筋が通っていなければただの我侭に見えてしまうのだ。だから大人は慎重に、厳しめに内容を判断する。
遊び半分で貸し出して学校の備品を壊された、だなんてことになれば、目も当てられないだろう?
責任を取るのは僕達ではなく先生。
それを忘れたらいけない。
「もう一つの理由があります」
僕は指を一本立てながら、続けた。
「皆はどうして、入学式に比べて、新入生オリエンテーションの準備が遅れたと思います?」
一様に、皆が僕の質問に顔を見合わせあった。
「単純に、準備の時間を入学式にとられたからでは?」
副会長が言った。
「違います。だって、今回は設営もないし当日の役割担当を決めるだけで済むような内容だったんですよ? そんなの入学式の準備の片手間でも、何なら入学式の準備の前にもサラッと終わらせられた。
でも、ここまで……当日の前の週末まで引き摺ってしまった。それはなぜか」
「わからなかったからね」
僕の言いたいことを理解した愛しの白石さんが言った。
「そう。やることが決まっている入学式と違って、新入生オリエンテーションは当時何をすれば明確になっていなかった。わかっていなかった。
だからやるべきことがわかっている入学式の準備から優先的に進めてしまった。そして、ここまで引き摺ってしまったんだよ。
よく考えてご覧よ。今回は去年生徒会側にいた副会長がいるからよかったものの、完全新生の生徒会でオリエンテーションに挑むとなればどうなったと思う?
生徒会担当の先生が丁度変わって、何をすればいいか伝える立場の人がいなかったらどうなっていたと思う?」
「今回同様、前日にすぐに決める運びにはならなかったでしょうね」
「確かに。例えば去年生徒会だった先輩から聞き込み調査をしたり。でも上手く聞き出せなかったり。うぅぅ。思うだけで辛そう」
書記ちゃんが渋い顔をしていた。
「そういうこと。僕達生徒会がするべき仕事は、何も与えられた催し物を成功させることだけじゃないってことだよ。それだけじゃ、満点の内の半分なんだ。
真に僕達がすべきことは。
いかに催し物を成功させるか。
そして、次世代の生徒会に向けて、いかに催し物で何をするか。そこに向けて何を決めるかを明確にさせられるか。そして、次世代の子達が円滑に催し物を進められるようにするかってことだよ」
ここまで神妙な顔つきだった副会長が、ふむふむと真剣な面持ちで頷き始めた。
僕は微笑みながら、続けた。
「入学式は既に撮影係が選任でいたから何も言わなかったけど、これからは催し物の度に確認させてください。撮影係がいるのかをね。
必ず選任でつけましょう。当日どんな問題が起きたか。どんな進め方をしたのか。
そういった内容は必ず次回に活きます。事前準備の議事を残すのは当然として、叶うなら過去トラリストを作るのもいいでしょうね。こういうのって、大体言われること、失敗することは似通ってくるから。必ず次に活きますよ。
失敗は成功の元って言うでしょう?
僕達のした失敗は、次の成功への糧なんです。僕達が自己の失敗から学んでいくように、それは我が校の生徒会としても次の成功へ向けての糧にしなくてはならない。
だから、そういう進め方を僕は推したい」
捲くし立てて伝えると、生徒会一同はすっかりと沈黙してしまっていた。
嘘だった。白石さんだけはとても優しい笑顔でこちらを見ていた。よせやい。照れるだろ。
「君、意外と色々考えていたんだね」
しばらくして副会長が言った。意外は余計だ。
「どうも」
「なるほど。確かにそうだな。次に向けて残していく、か。僕は今年でこの高校を卒業する身だけれども、それをしていけば僕の意志は脈々とこの生徒会に受け継がれていくんだな。
そう思うと、うん。とても素晴らしい案だと思うよ」
手放しに褒めてくれる副会長に、僕は照れたように頭を掻いた。そこまで言ってくれるとは思っていなかった。
「というわけで、当日僕は撮影係をさせてもらいますね!」
よし。というわけで、早速楽な仕事に腰を下ろすとするか!
仕方ないじゃないか。楽な方へ楽な方へ流れていくのは、人の性だろう?
「あ、それは駄目」
が、僕の怠惰心は白石さんに拒絶された。
「何故?」
「あなたの仕事は、校則説明係って決まっているの」
「何故!?」
「何故って、わからないかしら?」
そう言う白石さんは、頬を染めていた。照れたように俯いた。
「な、なるべく長い時間傍にいたいからに決まっているじゃない。もうっ」
もうっ。じゃないが。
恥ずかしがって言っても駄目だぞ。僕は楽な仕事をしたいのだ。だから、絶対駄目なのだ。
「アハハ。それはしょうがないなあ!」
しかし、僕の思いとは裏腹に大勢は流れていく。
副会長は大きな声で笑っていた。
「じゃあ、堀江さん。撮影係をお願い出来るかな?」
「御意」
えぇ。決まっちゃったよ。
……まあ、いいか。
皆に隠れて嬉しそうにガッツポーズをする白石さんを見たら、途端に文句を言う気も失せた。大概僕も、白石さんには甘いらしい。
「じゃ、早速先生に説明してきます。行きましょう、鈴木君!」
「うわわっ」
急に白石さんに手を引かれて、僕達は生徒会室を後にした。
その足で僕と白石さんは、職員室にカメラを借りる申請へと向かったのだった。
丁度対応に当たられた、練習が休みだった吹奏楽部顧問イケメン毒舌野郎の鳳に茶化されながらも、何とか僕達は、当日のカメラの貸し出し許可を取り付けるのだった。
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