チグハグ
昨年の冬。高校一年生にも関わらず、白石さんが生徒会長になって、早数ヶ月が経とうとしている。さっきも思ったが、ここまで彼女は意外とスムーズに生徒会長業務を全うしてきていた。
元々人の上に立つような性格、将来性があったこともその一端ではあるが、後々判明したことだったが、実は彼女、中学時代も生徒会長を担っていたそうだ。
中高で多少の差はあれど、エスカレーター式で進学できる我が校ではおおよその年間行事は同じなようで、それも彼女が業務に当たりやすい理由だそうだ。
そんなわけで、実は実業務を見れば僕より彼女のほうが役に立っている場面がとても多い。何せ僕は、一度目の学生生活では生徒会とは無縁の男だったからである。
……そう考えると、書記という役職も相まって、僕に雑用ばかりが回ってくるのは至極当然に思えてきた。
「お疲れ様です」
スライド式の扉を開けながら、僕達は手を繋いだまま生徒会室に足を踏み入れた。一度は恥ずかしいから手を離そうと提案した(日常茶飯事)のだが、拒否された。上司指示という名の職権乱用である。
「お疲れ。いつもどおりアツアツだね」
副会長はそんな僕らにうんざり気な姿勢を見せて、呆れたように口走った。これもまた、日常茶飯事の光景である。
「四月で外はまだ暑くないですよ」
「むしろ涼しいくらいですね」
「ああ、そういうのいいよ。絡むだけ損だから」
副会長は一層呆れたような顔になりながら、手を振ってさっさと仕事をしろと促してきた。この生徒会で一番の苦労人は僕だと常々思っていたが、こうして考えると実は一番苦労しているのって副会長なのではと思ってしまう。
生徒会長は後輩で恋愛脳。催し物などの実績こそ認めるが、いつ何があるかわからない状態。
事実上二番手の権力を持つ彼としたら、日頃から自分が一番しっかりせねば、と考えているかもわからない。
「敬礼なんてしてどうしたの、鈴木君」
副会長が呆れながら僕に対して首を傾げた。
その心労を察して労ってあげたんだよ。本当、頑張れ。今年一年は何とか頼みます!
「副会長。鈴木君。そろそろ始めたいんですけど、いつまでそうして油を売っているの」
「はい。すみません」
いつの間にか僕の隣を離れて持ち場についていた白石さんから、副会長ともどもお灸を据えられた。
副会長に睨まれた。
マヂごめん。
僕達も遅れて持ち場につくと、白石さんがホワイトボードにキュッキュッと音をさせながら文字を連ねていった。
『新入生オリエンテーションへ向けて』
「はい。というわけで、入学式も終わったばかりですが、来週月曜日に行われる『新入生オリエンテーション』の各人の役割を決めさせて頂きたいと思います」
「また仕事かー」
「鈴木君、グチグチ言い過ぎ」
愚痴を吐いたら、隣に座るもう一人の書記ちゃんに肩を叩かれた。
ギロリ
副会長との絡みを咎めた時より数倍鋭い視線が白石さんから注がれた。怖い。
「無駄口を叩く暇あるの? 鈴木君」
「ないですね!」
「そう。そういうことよ。朴念仁」
危ない危ない。
後少しで書記ちゃん諸共消されていた。僕が消されるのはまだいいが、書記ちゃんを巻き込むのは駄目だね。彼女、ただ純真無垢なだけだと思うし。
ほら、今だってなんて優しい微笑で慰めてくれるのだろう。彼女、良い人だなあ。
そんな他愛事を考えていると、白石さんから熱い眼光を頂いた。いやはや、僕の彼女、少し怖すぎ……?
「まあ、いいわ。ちなみにだけど、例年の役割はこんな感じだったそうです」
いい加減先に進まない会議(僕のせい)にヤキモキしたのか、白石さんは一枚の資料を取り出しながらホワイトボードにペンを走らせた。
『・校歌指導 全員
・校則説明 二名
・巡回 四名』
我が生徒会は、会長一名。副会長一名。会計二名。書記二名の内訳で構成されている。これは我が永和高校では伝統ある構成内訳で、昨年も同様合計六名の生徒会体制で一年間職務に当たっていた。
「校歌の時は全員で格技場の前に出て歌うそうね」
「その時は合唱になるからそれでいいんだろうねえ」
会計君が白石さんの言葉に同意するように言った。
「校則説明の時は二人が交互に説明するの?」
「そうだったと思います。うろ覚えですけど」
「鈴木君、ぐっすり寝ていたものね」
白石さんがクスクスと笑いながらフォローしてくれた。
「不良学生」
副会長が目を細めて僕を咎めた。
「すみません。あの日は雨で、碌に寝れなかったんだよ。確か」
弁明するも、副会長は未だ白い目をしていた。
「ていうか、当日することは校歌の練習と校則説明だけなんですか?」
「一応、校則を説明した後、一人ひとりの身だしなみ確認もするそうよ。ただそれは、実質全員で手分けすれば出来るからねえ」
「そういえば、そんなことしたような」
僕は頬杖を付きながら、続けた。
「ということは、当日やることは、
・校歌練習
・校則説明
・身だしなみ確認
ということかい?」
「本当は、もっとあるそうよ」
白石さんの言葉に、僕は眉をしかめた。
「なんだい、その言い方。何でそんなに含みを持たせる」
「大体時間内に出来ることがそれくらいだから、それだけなの。でも、もっと出来たみたいなことを言うのは通例だそうよ。『あなた達が騒いだからこれだけしかこなせませんでした。去年の先輩達はもっとスムーズに進みました』。
こんな感じかしら?」
少しだけ呆れたように白石さんが言った。
去年会計として生徒会にいたらしい副会長は、少しだけ居たたまれない顔をしていた。
「そういや去年、そんなことを言われたような」
「マヂ卍」
当時の振り返る僕に、寡黙キャラでいつかバンドを共に成功へ導いた堀江さんが唸った。彼女がもう一人の生徒会会計だ。
「にしても、そんなブラック企業みたいなことするのかい」
「伝統だから仕方がない」
副会長は最早諦めたように言っていた。
「まあ、それを言うのは構わないんじゃない? 確かに今は新入生が新天地でとにかく浮かれるような時期だし。気を引き締めさせる意味でも賛成ね」
「そうですか」
恐らくそれを言うであろう白石さんが同意なのであれば、それ以上はとやかくは言わないでおこう。
「であれば、オリエンテーションの役割分担はこの項目だけでいいのかい?」
まとめるように副会長が言った。
まあ確かに。
やることが少ないこのオリエンテーションで、たった六人が担う役割はこれくらいが精一杯かもわからない。
……ただ。
「いいや、一つだけ追加したいことがあります」
僕は挙手をして、そう言った。皆の視線がこちらに集まった。
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