第5話
ナツの鍵探しは約3時間経過しても見つからなかった。時刻は既に18時を回っている。さっきまで明るかったはずなのに、いつの間にか日も暮れてきた。川にずっと下半身を浸からせていた為、体が冷え切ってしまっている。このままではこの時期でも風邪を引いてしまうだろう。
「ねえ、もういいよ。鍵くらい、どうってことないよ」
その言葉に何故かソラの胸はぎゅっと握られる感覚に襲われた。――このまま、諦めるのか? イライラが治まらない。
「ダメだ。帰れなくなるだろ」
「そんなことないよ」
「だとしてもちゃんと見つけてやるんだよ」
ソラは自分が今17歳(だと思われる)だということを忘れて本気になってしまっていた。ああ、大の大人がマジになって恥ずかしい。今すぐに穴が側にあったら入り込みたい気分だった。
「……あははっ! そうだね、そうだ。君の言うとおりかもしれない」
「お前な! ……ん?」
足元に何か鋭いものが触れる。小さくて、金属のような冷たい感覚。なんだ? と思いソラは足元の石たちを退けその隙間に手を突っ込む。そこに触れたものを掴み引き上げると、銀色に光っているものが掌に見えた。それは家の鍵であることが容易に推測できた。
「あ、あった! あったぞナツ!」
しまった、と口を閉じた時にはもう手遅れだった。
「……なんで僕の名前」
ナツはとても不思議な顔をしている。
「あ、いや、その……。と、友達がお前の名前をそう呼んでたのを聞いてさ!」
「僕、昨日引っ越してきたばかりなんだけど」
――地雷、踏んだな。
そうだった。ナツはこの山代町に当時は珍しく都会から転校してきた『変わり者』。10年も前のことだし、そもそも思い出したい過去でもない時間にソラは今、立たされていた。信じたくない現実に目を逸らしたくなる。
これは夢に違いない。
夢以外ありえない。
そう思ったソラは少しだけナツから離れて一度深呼吸し自分の頬を強くつねり始めた。
「これは夢! これは夢だ! 早く目覚めろ、現実世界の俺!」
早く夢の世界から抜け出したい。ここから逃げ出したい。
何を思ったのかソラは再び川の中へと飛び込んでいた。
「ちょ……、何してんの? おーい!」
川の水に思い切り飛び込んだ所為か先程とは違う場所を打ち身したようで全身が悲鳴を上げている。水温が低い上に、自転車から転んだ時の傷に水が染みる。腕や膝などにも小さな擦り傷が出来ており川の冷たさによって、何かに突き刺されたかのような痛みがソラを刺激した。しかしこれは間違うことなく自業自得であり、と同時に、“痛い”という感覚が鮮明なのは、これはきっとこの世界が今度こそ夢の世界ではないことをある種物語っていた。
「うわっ」
いつの間にか片足が石と石の間に挟まりそこから抜け出せなくなっていた。気付いた時には遅く、そのままバランスを崩し水中へと沈んだ。口から空気が抜けていく。息ができないことが苦しい。だけど、このまま死ねば夢から醒める? その可能性がソラの思考を邪魔した。
「ちょっと、君!」
声が聞こえた方向に視線を向ける。そこにはこちらに手を差し伸べているナツがいた。
――ああ、ごめん。本当なら俺がお前に手を差し伸べるべきだったのに。
ナツの力は強かった。助けるつもりが逆に助けられてしまった。これで分かっただろう魚波空。これは現実なんだと。やはり逃げ切ることはできないんだとソラはやっとこの時間を実感した。
「……急に何してんの。“川で何してた~、危ないだろ~”ってさっきまで説教してた人の取る行動かい? 結果、助かってよかったけどさ」
「……ごめん」
「……? もういいよ。どうして君が僕の名前を知ってるのかは今は聞かないでおくよ。鍵は……見つかったしね」
そう言った本人が、どうしてそんなに辛そうな顔をするんだよ。ソラはその理由を知っているのに彼に言わせてしまった。だからソラはあえてもう一度「ごめん」と小さく呟いた。
――魚波空は二度目のアナザーデイズを追体験する。
何故、10年前にいるのか。そしてどうしてそれが10年前のあの日なのか。ソラはこう思う。これは運命なのだと。そして同時に思う。この時間にタイムスリップしていったい自分は何をすればいいのか、と。
ああそうか。彼は悟った。この“あの日”の二度目を繰り返さないために、この時間に来たのだと。たとえこれがナツに対する罪だとしても。彼はその罰を受け入れるしかないのだから。
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