第116話 解放

 目覚めると午前9時前だった。酔っぱらっていつのまにか寝ていたらしい。頭がガンガンする。ひどい二日酔いだ。

 とりあえず会社に電話を入れて、今日も休むことを伝えた。


 つけっぱなしだったノートパソコンでサクセスバイオの株価をチェックする。

 今日のストップ安はたしか700円安の4000円だったはず。昨日の売り買いの比率から考えれば、俺の持ち株は今日も売れないだろう。


 今日は金曜日。こんな気持ちのまま土日を過ごさなければならないのか。まるで生殺しだ。月曜日は、さすがに会社に行かなきゃダメだよな。


「ハアー……」

 ため息とともにサクセスバイオの注文を確認した瞬間、心臓がビクリと跳ねた。


 なんだ? いったいどうなってんだ!?


 900万株を超える大量の売り注文が殺到しているのは昨日と同じだ。けれど買いも300万株ほど入っている。

 それに、スットプ安の値段がおかしい。4000円のはずが1900円になってる。


 システムトラブルでも起きたのか? 慌てて調べると原因はすぐにわかった。

 東京証券取引所は数年前からストップ安の制度を変えていた。二日連続でストップ安した場合は、翌日の制限値幅が4倍になるらしい。


 そうか! だからか!

 昨日の終値は4700円。今日の制限値幅は700円でその4倍は2800円だから、今日のストップ安は1900円だ。

 ストップ安の値段が大きく下に変更されれば、リバウンド狙いの買いも入りやすくなるはず。


 これなら、今日中に売れるかもしれない!


 1900円で売れた場合、損失は約290万円。手元に60万円残る。損失は大きいけれど借金を背負うよりはマシだ。


 生殺しはもう嫌だ! なにか悪いことが起きる前に、早くこの場から逃げたい! 頼むから逃げさせてくれ!! もう勘弁してくれ!!!


 それからはずっと、祈りながらノートパソコンのディスプレイを凝視していた。

 そして午後1時過ぎ、サクセスバイオの株価は1900円で値がつき、俺の1100株はすべて売れた。


「よかった。本当によかった……」


 涙が止まらない。

 150万円以上の借金を背負う可能性が消えたことへの安堵と、地獄のような生殺し状態から解放されたことへの喜びで、俺の心と体は震えていた。


 気持ちが落ち着いた後、きちんと注文が約定したことを確認する。

 俺の持ち株は1900円ですべて売れていた。口座にも60万円以上の現金がたしかに残っている。これだけ損したのに、涙を流して喜んでるなんておかしな話だな。


 自分の馬鹿さ加減に思わず笑ってしまったが、すぐに恐ろしいことに気づいた。


 栗栖さんは、どうなったんだ……。

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