第7話 夏虫たちの饗宴
かさかさ、がさがさ、ごそごそ……。
突然、ほんとうにその言葉とおりに突然に、目の前に荘厳な
それはまるで、夜の暗闇の中、地の底から音もなく湧いて出たような唐突さだ。地が割れたのか、それとも音もなく木々がなぎ倒されたのか。覆いかぶさってくる館の黒い影に気圧される。
目の前にそびえたつ
大屋根の軒端には、橙色の灯りをともしたいくつもの吊り灯籠がぶら下がっていた。
毎晩毎晩、あのような高所に灯を入れるのは大変な苦労だろうと思いながら見上げると、康記の思いを察したのか、風もないのに吊り灯籠が揺れた。
そのさまは、逆さにぶらさがったコウモリが、黄色い目を瞬かせていっせいに騒ぎ出したように見える。コウモリたちは高見より来客を値踏みしているのか、それとも来客を
黒い影となってそびえたつ館の正面には、これもまた固く閉ざされた黒い扉があった。なにやら
ならず者に囲まれた
康記の足の動きがにぶる。
前を行く小男の家令が振り向いた。
「
そして彼は言葉を続けた。
「
その言葉にうながされて、康記は扉に続く
磨き込まれた玉石は女の肌のようにすべすべと滑らかで、下僕がかかげ持つ手燭の灯りを受けて、曇った鏡のように淡く輝いている。そしてよほどの歳月が過ぎる間、ここにあったのだろう。多くの人に踏まれて出来た
と同時に、それが合図であったかのように、音もなく目の前の黒い扉が開いた。下僕が手燭を持ち上げると、開いた扉の向こうに、奥へ奥へと誘う廊下が浮かびあがった。
その長い長い廊下の突き当りに、
「華嬢さま、皆さまが到着されました」
「いまかいまかと待ちかねておりました」
家令の言葉にぱっと部屋の扉が開いて、部屋からおびただしい
「さあさあ、皆もそろって、お客さまを粗相なくお迎えをするのですよ」
華嬢に言われて、駆けよってきた女たちはそれぞれに手を差し出して康記たちを部屋に引き込んだ。部屋に煙る香の匂いと、女たちの甘い白粉の匂いが、鼻孔をくすぐり頭をしびれさせる。
楽団の奏でる音色は、単調でがちゃがちゃとうるさい。その繰り返しを聴いていると、ここまで来る時に聴いた夏虫の音を思い出す。
そして踊り子たちも皆が皆、あどけない顔をした美人ぞろいではあるが、その踊りはお世辞にも垢ぬけているとは言いがたかった。楽団の単調な合奏に合わせて、体をくねらせ手足をふり回しているだけにしか見えない。
ただ、彼女たちの体の柔らかさは信じられぬほどで、関節がいくつあるかと思うほどに腕と足が自在に曲がる。その人ならざるもののような動きが面白い。どうすれば人の体がそのようになるのかと思う不思議な動きに体をくねらせば、薄物の着物から踊り子たちの豊かな乳房がこぼれてあらわとなる。
それを手をたたいて
酒の入った
全裸となった酌婦を膝に抱き上げて、すでにことに及ぼうとしているものもいる。自ら踊りの輪に加わりこれからのお楽しみの相手を物色中のものもいる。
時を見計らったように、女主人が言った。
「さあさあ、夏の夜は短いのですよ。女たち、お客さまたちをそれぞれのお部屋にお連れ申し上げなさい」
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