第82話 誕生日プレゼント
土曜の朝もオルゴール体操から始まる。
「お姉様、今日は誕生日パーティーですね!」
ふふふ、ヘンリーの驚き喜ぶ顔を思うと散財も気にならなくなる。
「ええ、パーシバル様とゲイツ様がいらっしゃるのよ。それと、サミュエルとアンジェラも呼んだの」
夏休み一緒に過ごしたし、ラシーヌが留守だから、アンジェラも退屈しているだろうからね。
「わぁ! 嬉しいです!」
それは、誕生日プレゼントを見てから言った方が良いよ。
手早く朝食を取って、おめかしする。メアリーは婚約者が来るのだからと、張り切っているんだ。
異世界では、人と会う時に、おめかししない人はいないみたい。
リリアナ伯母様も常に身綺麗にしているし、知り合いの貴婦人でだらけた格好をしている人はいない。
それは男の人も一緒で、キチンとした身なりで、マナーも守っている。うちの父親も、転生した貧乏のどん底の時でも、ディナージャケットに着替えていた。少し袖口は擦り切れていたけどね。
ああ、でも、それは貴族だからかもしれない。
やっと父親が職につき、貸金も返して貰い、普通の貴族の生活ができるようになったばかりだ。
馬は必要経費だけど、ドレスは吟味して作りたい。半月分の食費だなんて、困るもの!
シンプルなデザインのドレスを作って貰って、銀ビーズの刺繍を施しても良いのだ。半貴石のビーズを使っても良い。
「メアリー、流行を知る為には、調査が必要だわ。アップタウンのドレスメーカーを見て回りましょう」
メアリーは、古い考えなので、貴婦人や令嬢は、出入りの業者を呼び寄せるか、侍女に買いに行かせれば良いと、少し難しい顔をする。
「伯母様方にも尋ねてみるけど、年齢が離れていらっしゃるのですもの。若々しいデザインが着たいわ」
これにはメアリーは弱い。私が流行遅れのドレスを着ていると、笑われるのは嫌なのだ。
「そうですね、少し考えておきます」
うん、後はパーシバルとショッピングに出かけると言えば、問題はなさそう。
こんな時、婚約者が一緒だと、自由に行動できる範囲が広がる。メアリーはついてくるけどね。
誕生日パーティーは、11時からだ。集まって、少し話をして、昼食! 後は、少しゲームを考えている。
バルーンの飾りとか、来年までに作ろう! 今年は、温室のバラを屋敷中に飾っている。
ある意味で、今月末の教授会の予行演習第二弾だよ。
ナシウスとヘンリーも正装に着替えている。
「応接室で待ちましょう」
書斎の父親も引っ張り出す。カミュ先生も初めは遠慮していたけど「先生もお祝いして欲しい」とのヘンリーのおねだりに負けたよ。
家庭教師って、微妙な立場なんだよね。使用人でもあるし、教師だし。特に、カミュ先生は、リリアナ伯母様の友達だから。
結局、ヘンリーと同じ様に過ごして貰っている。朝、昼は、食堂で一緒に食べて、夜は子供部屋でヘンリーと食べている。
「夕食も一緒に如何ですか?」と父親が誘ったみたいだけど「家庭教師として来ているのですから」と断られたそうだ。
それに、うちの父親は独身だから、気を使っているのかも?
初めて見た印象は、リリアナ伯母様より老けて見えたけど、ヘンリーと一緒にいると活き活きとしているから若い感じがする。
「ペイシェンス、ヘンリー、誕生日おめでとう!」
一番はサミュエルだ。家も近いからね。
「これは母からペイシェンスへ。それと、これは私からヘンリーに」
二つもプレゼントを持ってきてくれた。ヘンリーは大喜びで貰っている。
「開けてみないのか?」
マナー的には、後で開けて、礼状を書くのが正しいのだけど、誕生日パーティーだものね!
「ええ、開けてみますわ」
リボンを解くと、柔らかい革のダンスシューズだった。
「まぁ、収穫祭のダンスパーティで履きますわ。リリアナ伯母様にお礼を言っておいて下さい」
勿論、後で礼状も忘れずに書かなきゃ!
ヘンリーのは折り畳みナイフだ。現代の日本では、子供に刃物は持たせないけど、ここでは剣を持ち歩く人も多いのだ。
「これで、いろいろな木を削れるんだ」
木屑がいっぱい出そうだけど、手を怪我しない程度にやって欲しい。
「サミュエル様、ありがとうございます!」
次に、パーシバルが到着した。それに馬もね!
「お姉様? これは?」
栗毛と青毛の馬を見て、ヘンリーとナシウスが驚いている。
「これは、私から二人へのプレゼントよ」
ああ、ヘンリーが飛びついてキスしてくれた。馬を買って良かったよ。
「お姉様、私の馬まで……」
少しはにかんだ顔で、キスしてくれたナシウス。
「ナシウス、良かったな! 学園の馬は当たり外れがあるから、やはり自分の馬が良いぞ!」
乗馬クラブのサミュエルらしいコメントだ。
「この馬具は、パーシバル様からのプレゼントですよ」
馬に見惚れていて、馬具までは気が回っていなかった。
「「ありがとうございます」」
可愛いなぁ!
父親は、私が2頭も馬を買ったのに、驚いていた。あれこれ特許をとっているのも知っているので、少しだけ忠告された。
「ペイシェンス、弟思いなのは良いが、自分の為に使わないといけないよ」
それは、わかっているつもりだけど、異世界の貴族の婚礼はどの程度の準備と資金が必要なのか分からない。
「これから、伯母様方に相談しますわ」
苦手な姉達が屋敷に来るのだと思うと、父親の眉間に皺がよる。
それと、パーシバルは私の誕生日プレゼントも用意してくれていた。
綺麗な青の筆記用具セットだ。
「ありがとうございます。丁度、欲しかったのです」
入学の時に買ったのは、貧乏だったから最低限の機能が有れば良い感じの筆記用具だったからね。
あれは家で使って、こちらを王立学園で使おう! パーシバルは、本当に私が欲しい物を良く理解しているね。嬉しい。
ゲイツ様は、大きな花束と細身の剣を持ってきた。
「ありがとうございます」と花束を受け取ったけど、えええ、剣も私に渡すの?
「この剣は魔法が乗りやすい金属でできています。非力な女性でも簡単に敵を倒せます」
いや、剣を振り回す趣味はないんだ。
「これは……」いらないと断ろうとしたのに、パーシバルが叫んでいる。
「その剣は、ミスリル製ですか!」
ファンタジー小説につきもののミスリルですか? 錬金術クラブでは見かけないけど?
「ええ、そうですよ」
得意そうなゲイツ様だけど、剣術は無理じゃない?
「私は、剣は持った事もありませんわ」
そんな貴重な剣なら、ヘンリーにあげたいよ。
「だからこそ、ミスリル製の剣なのです。軽いし、これに魔法を乗せて振り切れば、ビッグボアも一瞬で倒せます」
わぁ、ヘンリーの目がキラキラしている。えええ、パーシバルの目も釘付けだよ。
「あのう、ヘンリーの誕生日パーティーなのですけど?」
ゲイツ様は、忘れたんじゃないかな? って思ったけど、違ったよ。
「勿論、忘れていませんよ。ヘンリー君には、こちらの短剣をプレゼントします」
さっき、サミュエルが折り畳みナイフをプレゼントしたのに、被ったね。なんて、少しがっかりしたけど、全然別の物だった。
「これは短剣ですか?」
私には剣に見えるけど、剣の種類も知らないからね。
「ふふふ……ヘンリー君、鞘から出して、持って振ってみたまえ」
ヘンリーが手に持って振ると、少し長くなった。
「ナシウス君、持って振ってごらん」
ナシウスが振ると、もっと長くなった。
「私も振って良いですか?」
サミュエルも気になったみたい。もっと長くなったよ!
「もしかして、魔剣ですか?」
パーシバルは、驚いている。
「魔剣とまでは言えないけど、持つ人の力に合わせて成長する剣です。ヘンリー君は、まだ幼いから短くて軽い方が良いでしょう」
パーシバルも持って振ったら、かなりの大剣になった。
「これで、何回も買い替えなくて済みますね」
ゲイツ様は、簡単に言うけど、かなり貴重な剣じゃないかな?
「ありがとうございます!」
ヘンリーは無邪気に喜んでいるけど、良いのかな?
「ゲイツ様、良いのでしょうか?」
ゲイツ様は「誕生日プレゼントです」と笑った。
誕生日パーティーなのに、馬に乗ったり、剣を振り回したり、少し私の計画とは違う感じになった。
「ペイシェンス様、その剣に風の拘束魔法を乗せて振ってみてください」
えええ、パーティーなのに実技指導なの?
私は断ろうとしたのに、ヘンリーのキラキラした目が見つめている。
庭の木に向かって、細い剣を向けて、風の拘束魔法を乗せるイメージで、剣を振り切った。
「きゃあ! 木が!」
木の枝がぎゅっと拘束されて、ポキポキ折れちゃった。
「凄い威力だ」
「やはりミスリルは魔力を通しやすいのだ!」
「お姉様、凄いです!」
私が、庭の木の損害を嘆いているのに、パーシバル、サミュエル、ナシウス、ヘンリーは、威力の凄さを褒めている。
「この剣は危険ですわ! あの木には春になると白い花が咲くのに!」
ゲイツ様は、私の八つ当たり気味の抗議に肩を竦めると、木の側にまで歩いて行き、幹に手を当てて、詠唱する。
「春になると美しき白き花を咲かせる木よ。折れた枝を伸ばせ」
スルスルと、枝が伸びて、元の木になった。
「これも、ヘンリー君の短剣みたいに小さくなると良いのですが。それなら常に身につけていられますからね」
剣を常に身につける? ちょっとそれは遠慮したい。
「この剣を木曜に持ってきてください。実技場なら練習し放題ですからね」
有難すぎて、涙が出そうだよ。
アンジェラが来たので、誕生日パーティーの始まりだ。
アンジェラは、私には小さな瓶に入った薔薇の香水。ヘンリーには、南の大陸のお面をプレゼントしてくれた。
「ありがとう、とても良い香りだわ」とお礼を言ったけど、アンジェラは、パーシバルの顔を見て驚いている。
「ペイシェンス様も面食いだったのですね」
そっと耳元で囁かれたよ。
違うと思うけど、そうなのかな?
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