第68話 新入部員を確保したい

 3時間目の裁縫の時間は、マーガレット王女とリュミエラ王女が大失敗をしないように見張りながら、私は収穫祭に着る濃い緑色のドレスに銀ビーズ刺繍をした。

 銀ビーズで裾と襟ぐりに蔦を刺繍するのだけど、パーシバルと踊るのだと思うと、より綺麗に仕上げたいと思っちゃう。

「まぁ、これは芸術作品だわ!」

 キャメロン先生の賛辞に、クラス全員がやってきて溜息をこぼす。

「もう修了証書を出すしか無いレベルなのよ。こんな素晴らしい刺繍を施せる職人はロマノにも滅多にいないわ」

 お洒落なエリザベスはうっとりと眺めている。「注文できるなら、したいですわ」なんて言ったら、マーガレット王女とリュミエラ王女も頷いているよ。

 パーシバルと踊るのを想像していたら、少し豪華になり過ぎたかも?

 私の意図を見抜いているキャメロン先生は、修了証書を出すのを控えてくれたけど、来年は駄目だよね。

 早く、ミハイルとミシンを作らなきゃ! 使い方の説明もしなくちゃいけないもの。


 4時間目は空いているから、錬金術クラブに急ぐ。人数が多くなったから、4時間目の授業がない学生は早めからスタートするのだ。

「ご機嫌よう」と挨拶すると、ベンジャミンが「遅いぞ!」というのも聞き慣れたね。

 なんていつものやり取りをしていたら、何人かの学生が廊下に来ている。

「こちらが錬金術クラブの体験コーナーですよ」

 この女学生達は料理クラブのメンバーだ。

「もう良いのかしら?」

 ルミナ部長が代表して訊ねる。

「ええ、来られた方から始めますわ」

 先ずは、5人! ハンナは4時間目の授業があるみたい。


「ようこそ、錬金術クラブの体験コーナーへ。今日は、この収穫祭の飾りを作って貰います。机の上にあるコードにガラスの灯を付けていくだけですから簡単です。少し変わった飾りに挑戦したい方には、彼方の錬金釜も用意してありますから、やってみてください」

 カエサル部長が説明して、クラブメンバーが1人ずつ付いて面倒をみる。

「まぁ、これを捩じ込むだけなのですね!」

 ルミナ部長は、手先も器用なので、10個程のガラスの小さな灯りを全てコードに取り付けた。

「ルミナ様、こんな違う形も可愛いですよ!」

 錬金術に挑戦して欲しいと、星形やリンゴのオーナメントを見せる。

「まぁ、素敵ね! でも……今回はやめておくわ」

 やはり錬金術ができるか不安みたい。

 おまけの小さなクズ魔石をセットすると、収穫祭の飾りに灯りが点る。

「この魔石ではすぐに消えてしまいますが、もう少し大きな魔導灯の魔石なら1週間は持ちます」

 灯がつくと、他の参加者も本気になる。元々、料理クラブのメンバーだから手作業も早い。

 

 最初の5人が綿菓子作りをし始めた頃、マーガレット王女とリュミエラ王女が何人かのクラスメイトとやってきた。一旦、教室に戻ってから、揃ってきたみたい。

「まぁ、もう始まっているのね!」

 クラブハウスの中には綿菓子の甘い香りが満ちている。

 それに、キャッキャッと楽しそうな女学生の声も!

「さぁ、こちらの席にお座り下さい」

 私は案内したら、後はカエサル部長に説明を任す。

 そろそろ4時間目が終わる時間だからね。


「ペイシェンス、盛況だな!」

 ラッセルやフィリップス達、文官コースの男子学生達は、華やいだ雰囲気に嬉しそうだ。

「皆様、こちらにお座り下さい」

 カエサル部長は、マーガレット王女達への説明を終えているから、交代だよ。


「ペイシェンス、これを捻じ込めば良いのね!」

 マーガレット王女は、説明を聞いた筈なのに、私に付き添って欲しいみたい。少し甘やかし過ぎているかも?

「ええ、その通りですわ!」

 他の女学生も10個ほどだから、すぐに組み立てて、おまけのクズ魔石で灯しては騒いでいる。

「さぁ、綿菓子を作りましょう!」

 先の、ルミナ部長達は、料理クラブのメンバーだったから、一度説明したら、皆でキャピキャピ騒ぎながら作っていたけど、こちらは付きっきりで世話をしなくてはいけないかも?


「どの色の綿菓子にされますか?」

 先ずは色を決めて貰ってから、綿菓子を作る。

「スプーン1匙分をここの穴に入れます。そして、このスティックで出てくる砂糖の糸をクルクルと絡め取るのです」

 見本を見せると、全員が目を輝かせている。

「さぁ、やってみて下さい」

 マーガレット王女は、赤を選んだ。

「この砂糖を、ここに入れるのね? ああ、もう出てくるわ」

 慌てているけど、ゆっくりでも大丈夫だ。

「少しずつしか砂糖の糸は出てきませんから、慌てなくても大丈夫ですよ」

 大きな綿菓子ができて、マーガレット王女は嬉しそうだ。

 リュミエラ王女も、もう一台の綿菓子機で紫色の綿菓子を作っている。

 

 先に作り終えた料理クラブのメンバーが綿菓子を食べ終えた。

「体験コーナー、とても面白かったわ! また参加したいです」

 それは良いけど、誰も錬金術に挑戦してくれなかったよ。

 マーガレット王女とリュミエラ王女達も、錬金術には挑戦せず、楽しかったとお礼を言って帰ってしまう。


「ペイシェンス! 錬金術に挑戦してみたい!」

 おお、ラッセル達はやってみようと言ってくれた!

「この前、ペイシェンス嬢が錬金術をされているのを見て、凄く面白そうだと思ったのです」

 フィリップスの言葉で、カエサル部長が複雑そうな顔をする。私のは少し邪道だからね!


 そちらの世話は、アーサーとベンジャミンとブライスが付きっきりでしている。

 私は、ハンナと手芸クラブのメンバーのお世話だよ!

 ハンナ、ソフィア、リリーは、染色や織物の授業で一緒だし、他の手芸クラブのメンバーは全員手先が器用だ。

 カエサル部長の説明が終わったら、すぐに組み立て終えた。

「まぁ、とても簡単なのね!」

 クズ魔石で灯りをつけて、皆満足そうだ。

「この魔石では1日しかもちません。魔導灯の魔石なら1週間は点けておけますわ」

 皆、魔導灯の魔石ぐらいは買えるみたい。転生した頃のグレンジャー家では無理だったよ。

 

 ハンナは私の説明だけで、綿菓子作りが分かったみたい。後は任せよう!

 他のクラブメンバーが誘った男子学生達がやってきたのだ。

「ミハイル! 来てやったぞ!」

 黒髪に焦げ茶の目の男子学生が入口で騒いでいる。

「マックス! 来てくれたんだね!」

 この学生と連れの世話は、知り合いらしいミハイルに任せよう。

 私は、少し入りづらそうにしている男子学生に声を掛ける。

「錬金術クラブの体験コーナーに来られたのですよね?」

 金髪を女の子に間違いそうなほどの長さのオカッパにしている可愛い男の子だ。

「ええ、初等科1年のエド・バリーです。1人だけど良いのでしょうか?」

 他の学生は何人かで参加しているからね。

「勿論です! 彼方の学生と一緒に説明を聞きましょうね」

 初等科1年生なら、サミュエルと同じ学年だね? でも、見たことがない学生だよ。

 BクラスかCクラスなのかもしれない。


 私は、ミハイルにエドの世話も頼んだ。何故なら、ラッセル達が錬金術に挑戦して、何とか星形の飾りを作ったみたいだからだ。

「おお、錬金術とはこんな感じなのだな! 楽しいかもしれない! 来年は錬金術の授業を受けてみよう」

 ラッセルは、錬金術の楽しさに目覚めたみたい。

「私も、物を作るのが楽しくなりました!」

 フィリップスも成功した星形のオーナメントを愛しそうに撫でている。

 他の学生は、ほとんどブライスが手伝って作ったみたいだけど、自分にもできると知って驚いている。

「錬金術は、特殊な才能が無いと無理だと思っていたが、やれば出来そうな気がする。次回も参加したい!」

 カエサル部長は、嬉しそうに笑っている。

 今回の体験コーナーで新入部員は入らないかもしれないけど、少なくとも錬金術の楽しさを知って貰えたのだ。


 私は、ラッセル達に綿菓子の作り方を説明する。

「これは楽しいな!」

 青の綿菓子をヘンテコな形に作りながら、ラッセルが笑っている。

「私の方が上手ですね!」

 フィリップスの黄色い綿菓子は大きな丸になっている。

「食べたら一緒だよ!」

 まぁ、ラッセルの言う通りなんだよね。


 事前に申し込んでいた学生はほとんど来てくれた。流行病なので、学園から早く帰ってしまうかもと心配していたんだ。


「マックス! すごいじゃないか!」

 ミハイルの興奮した声に私は振り向く。

 錬金術釜の前で、マックスが星形のオーナメントを持って笑っている。

「ああ、ミハイルが錬金術は楽しいと言っていた意味が少しだけわかったよ。だけど、もう魔法クラブに入っているからなぁ」

 ああ、魔法クラブのメンバーなんだね。それなら無理かも?

 次は、1人で参加したエドだ。上手くできたら良いなぁ!

「作りたい形をキチンと思い浮かべるのが大事なんだ。自信がなかったら、私と一緒に作っても良いんだよ」

 ミハイルは後輩の世話が上手いね! 妹がいるお兄ちゃんだからかな?

「いえ、一度は自分でやってみたいです! 失敗したら、手助けお願いします」

 エドは、女の子みたいに可愛いけど、かなり男気があるね! 頑張れ!

「エステナ神に感謝を捧げる収穫祭の星のオーナメントになれ!」

 詠唱は長いね! なんて思っていたけど、わっ七芒星ができたよ。

「おお、凄いですね!」

 エドの中の七芒星のオーナメントをみて、マックスが「もう一度やりたい!」と言い出した。

「何度でもしてくれて構いませんよ」

 だって、錬金術に挑戦してくれたのは10人に満たないからね。材料の珪砂は釜いっぱいに残っている。

「では、七芒星になれ!」

 星形だけど、歪な七芒星だね。

「もう一度!」と言うマックスを、カエサル部長が止める。

「先ずは作りたい形のイメージを強く思い浮かべるのが大事だ。落ち着いて、やればできる」

 下の学年の学生にできたので、プライドが傷ついたのかもしれない。

「そうですね! ムキになっては、魔法も上手く使えません」

 マックスは、何回か深呼吸して気持ちを整えてから挑戦する。

「七芒星よ、我が手に!」

 今度はキチンとした七芒星ができた!

「やったな!」

 ミハイルがマックスの肩を叩いて、喜んでいる。

「私がやる気になれば、こんな物さ! だが、錬金術クラブに入って、もっと色々な物を作りたくなった!」

 えええ、入部してくれるの! 錬金術クラブメンバー全員が息を呑む。

「でも、魔法クラブは?」

 えええ! ミハイル、そんな事聞かないでよぉ!

「ああ、どうも次期部長のアンドリュー様とは上手くやっていけそうにないと思っていたんだ」

 あああ、ブライスと私は顔を見合わせて納得する。

 アンドリューが部長だなんて、魔法クラブは廃部の危機になりそう!

「やったな! 1人部員が増えたぞ!」

 ベンジャミンが吠えている。カエサル部長は拳を握りしめて、喜びを噛み締めている。

「カエサル、良かったな!」

 アーサーが背中をバンバン叩いているよ!


「あのう、私も入部したいのですが……」

 エドを忘れていたよ!

「勿論、大歓迎だ!」

 ああ、これで錬金術クラブは廃部を免れそうだ!

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