第66話 悲しい!
外交官になれそうにない! これまでの努力が無駄になった気がして、落ち込む。
「えっ、もしかしてパーシバル様と一緒に外国に行けないのかしら?」
まだ恋愛未満だったけど、一番真面目に結婚について考えていた相手だ。
弟達も懐いているし、遠縁のパーシバルとなら実家との行き来もできて良いと思っていたのに!
「ペイシェンス様、泣かないでください」
知らず、知らず、涙が出ていたようだ。ゲイツ様にハンカチを差し出されて、それで涙を拭う。
「そんなにパーシバルが好きだったのですか? 彼は騎士志望でしたよね。外交官を諦めさせて、側にいさせたらどうですか?」
凄く身勝手な提案だけど、それなら一緒になれるかも?
「いいえ、私の都合でパーシバル様の人生を変えられませんわ」
ゲイツ様は肩を竦める。
「つまり、ペイシェンス様は、そこまではパーシバルの事を好きではないって事ですよね。まぁ、私には好都合ですから、良いですけどね」
ええっ、そうなのかな? 私はパーシバルの事が好きだと思うけど?
「まだペイシェンス様はお子様なのです! 恋愛はもう少し後にして、サーモグラフィースクリーンを作りましょう」
仕事をサボってばかりのイメージのゲイツ様が珍しくやる気だよ。
いつまでもメソメソしていられない。今は流行病を広げない様にしないと!
ゲイツ様がベルを鳴らすと、サリンジャーさんが何人もの王宮魔法使い達を使って、大量の巨大毒蜘蛛の糸が入った箱を何箱も運び込む。
私はフードを深く被って俯いておく。でも、何もしないで座っていると、涙が溢れてくる。
これは外交官になるのが無理だから、今までの努力が無駄になった悲しみの涙なのか? それとも、パーシバルと一緒に外国に行けなくなったから悲しいのか?
私には分からない。どちらもだよ!
ああ、私はパーシバルが好きなんだ! 胸がズキンとする。
今まで、さりげなく庇ってくれていた優しさや、時々見せる少年っぽい青さも好きだ。
外交官になれないと分かった時に、自分の気持ちに気づくなんて馬鹿だよ!
『なんとかなるわ! 諦めないで!』
ペイシェンスが励ましてくれる。そうだよね、私はまだ死んでいない。何か手がある筈だ!
それにしても、ペイシェンスはどちらを『諦めないで!』と言ってくれたのかな?
きっとどちらもだよね?
「ふふふ……! 私は諦めの悪い女なのです! ネバーギブアップ!」
拳を握りしめて、宣言する。
ゲイツ様は、私が泣いているのを困惑して眺めていたが、諦めないと宣言したら爆笑したよ。
「それでこそ、私の後継者に相応しいです! 流行病などに負けません」
いや、今は流行病なんか考えてなかったよ。
外交官への道とパーシバルを諦めないと宣言したんだ。
あれ? ペイシェンスは流行病を阻止するのを「諦めないで!」なんて言ってないよね?
うん、あの時は外交官とパーシバルの事で落ち込んでいたから、どちらかだよ。いや、両方だよね!
気分を変える為に、サーモグラフィースクリーンをいっぱい作った。
「もう材料がありません!」
サリンジャーさんが、全国の冒険者ギルドに巨大毒蜘蛛の糸を集める依頼を出しているが、まだ集まってはいないのだ。
つまり、魔法省には常にこのくらいの素材のストックがあるんだ。羨ましいかも?
「こんなに素材があるのですね!」
私は積み上げられたスクリーンの山を眺めて、感心している。
薄いけど、200枚は作ったから、かなり嵩高くなっている。
「これから、枠を作って魔法陣も描かなくてはいけません。枠は、錬金術師達にやらせましょう。魔法陣は、王宮魔法使い達に描かせば良いでしょう」
ゲイツ様が、サリンジャーさんに指示をして、サーモグラフィースクリーン作りは一旦は終了だ。
ゲイツ様の部屋に昼食を運んでもらう。
「美味しそうですけど……」
疲れ過ぎて食べられない。いや、精神的なショックで食欲がないのだ。
ああ、今日はもう帰りたい! それに、半分ヤケになってスクリーンを作ったから、魔力もかなり使ったよ。
「ゲイツ様、サーモグラフィースクリーン作りは終わったようですから、寮に帰って休みます」
疲れたと伝えたつもりだけど、そんな事は通じない相手だ。
「何を言うのです? 昼からは防衛魔法の授業ではないですか!」
えええ! 防衛魔法はもう良いんじゃない?
「陛下も攻撃魔法も身につけるようにと言われました。今日は拘束を覚えましょう!」
こうなったら、直接的な言い方じゃないと無理だ。
「魔法をいっぱい使って、疲れましたから寮に帰って休みます」
ああって顔して、私の顔をジッと見つめている。黙っているとゲイツ様って顔が整っているんだよね。
「ペイシェンス様、精神的なショックでお疲れなのですね。昼からは弟君達と遊んで気晴らしをしてから寮に帰ったらどうですか?」
ええ、良いのかな? 木曜の午後は防衛魔法の練習で空けていたから、授業はない。ラッキー!
「そうさせて貰います!」
ルンルンで馬車に乗る。メアリーが何か言いたそうだ。
「メアリー、何か言いたいの?」
私が話すように言ったので、メアリーは口をひらいた。
「お嬢様は、パーシバル様がお好きなのですか?」
おお、びっくりしたよ! こんなに個人的な問題に踏み込んだ質問をメアリーがするのは初めてだ。
「ええ、でも外国に行けないなら、難しいかもしれないわ」
メアリーが複雑そうな顔をする。
「今は、弟君達と遊んでいる場合ではありません。パーシバル様と話し合って、どうするべきか決めなくていけないのでは?」
ハッと目が覚めたよ! ゲイツ様は、私がパーシバルに恋心を抱いているのに気づいて、距離を置かせたのだ!
それも、私の弟達への愛を利用して!
「メアリー、馬車を王立学園に向かわせて!」
家に帰りかけていたけど、今はパーシバルと話し合う方が大切だ。
メアリーが御者のグレアムに「王立学園に向かって下さい」と伝える。
馬車を回して、家と反対方向へと走らせる。
学園に着いたけど、何処にパーシバルがいるのかわからない。
もう、昼食の時間は過ぎている。
木曜の午後は、何か授業を取っていたかな?
秋学期が始まった時に、ちらりとパーシバルのスケジュール表を見た様な気がするけど、同じ授業しか覚えていない。
寮の自分の部屋に戻って、少し落ち着こうとしたけど、会いたくてたまらない。
「そうだわ! 寮の部屋では話せないし、あそこなら二人で話し合えるわ!」
あの場所に呼び出すのは、少し恥ずかしいけど、手紙を書いて、下女にパーシバルの部屋に届けて貰う。
秋咲きのバラが、風に吹かれて散っていく。それを見ていると、この恋の行く末を暗示しているように感じて不安になるけど、
3時間目の授業が終わった鐘が鳴る。4時間目の授業を取っていたら? 学生会にそのまま行ったら? あの手紙に気づかないかもしれない。
「ああ、やはり無理なのかも?」
ペイシェンスの初恋は実らないで、蕾のままで枯れていくのだ。
一月前の花盛りのバラ園と違う物悲しい雰囲気に、悲しくなってきた。
「ペイシェンス様!」
パーシバルが走ってやってきた。ああ、やはり好きだ!
「パーシバル様!」
私が立ち上がると、パーシバルが抱きしめた。
「何故、泣いているのですか?」
この人と一緒に外国に行って、色々な物を見たり、食べたりしたかった。
「私は、外交官になれないと陛下に言われたのです。だから、悲しくて……」
パーシバルは、ぎゅっと抱きしめてくれた。あったかい!
「それで泣いているのですか? 他にも何かあるのですか?」
ベンチに座って、パーシバルのコートに一緒に包まれて、今朝あった事を話す。
「つまり、ペイシェンス様が浄化の魔法陣を書いたから、外国には行かせられないと陛下は仰られたのですね」
掻い摘んで言うとそうなるよね?
「ええ、外国に行く別の方法も提案されましたけど、そちらはお断りしました」
パーシバルは、少し考えて笑った。
「キース王子の妃となって、親善大使になれば外国に行けますよね。それを断ったのですか?」
ああ、パーシバルが意地悪を言っているよ!
「ええ、無理ですもの」
満足そうに笑ったパーシバルだけど、良いのかな?
「私は外国に行けないから、パーシバル様とは結婚できませんわ。一緒に外国に行きたかったけど……」
くすくすとパーシバルは笑う。
「元々、私は外交官よりも騎士になりたかったぐらいです。勿論、なるからには立派な外交官を目指しますが、ペイシェンス様を諦めるつもりはありません。まして、こうして私を思って泣いている女の子を他の人に譲る気は全くありませんよ」
でも、大丈夫なの?
「妻を同伴しない外交官も多いですし、それが駄目なら、騎士になります!」
「でも、単身赴任って寂しくないのかしら? 外交官はパーティとかも多そうですけど?」
ぎゅっと抱きしめて、パーシバルが宣言する。
「私は、浮気なんかしませんから安心して下さい」
ええっ、そっちは考えてなかったよ! でも、少し安心した。
「ご両親は、反対されないかしら?」
だって、モラン伯爵夫人はとても優雅な外交官夫人って感じだもの。
「ああ、母もソニア王国には同行しましたが、父が若い頃に派遣された国には行きませんでした。ペイシェンス様なら一緒に行って楽しんだでしょうが、幽閉されたりしたら、それどころではありませんからね」
外国に一緒に行きたかったよ! また涙が溢れる。
「それにいつかは外国に行けるかもしれません。何事も諦めなければ、道は見つかるものですよ!」
そうだよね! 外交官になれなくても、海外協力隊とかあるんじゃないかな?
涙をハンカチで拭って貰いながら、色々と考える。
「ペイシェンス様、何を考えていらっしゃるのですか? これからは、思いつきで行動する前に相談して貰えるとありがたいです」
今、考えている海外協力隊は、パーシバル的には却下かも? 自国の利益にならないかもね?
「ふふふ……、パーシバル様は私を選んだ事を後悔なさるかもしれませんよ」
生意気を言った口に、パーシバルが軽くキスをした。
「ペイシェンス様となら、面白い人生を送れそうです!」
これって、プロポーズなのかしら? ファーストキスで、頭が混乱中で理解できない。
私に自分のコートを羽織らせて、パーシバルが跪く。
「ペイシェンス・グレンジャー様、どうか私と結婚して下さい」
勿論、答えは「はい!」だよ!
セカンドキスは、もう少しだけ長かった。
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