第64話 水曜の夜

 錬金術クラブで綿菓子を作って、ビニールもどきの袋に入れて寮に持って帰る。

 特別室1の扉をノックする。

「ペイシェンスです」と言うと、マーガレット王女が扉まで来て開けてくれた。

「ああ、ペイシェンス! やっと来てくれたのね!」

 ああ、忘れていたけど水曜は美容の授業があるのだ。

「髪をセットしなおしますね!」

 あちこちに変なカールが付いている。

 寝室に行って、ハーフアップにしてある髪を解いて「真っ直ぐになれ!」と唱える。

「ああ、リュミエラ様も酷い事になっているのよ! 後で呼んであげましょう」

 真っ直ぐにした後は、いつものようにアップしてから、片流しにして、クルクルと整える。

 やっと普段の髪型になって、マーガレット王女もホッとしたみたい。

「ペイシェンス、それは何かしら?」

 持ってきた綿菓子に気づいた。

「これは、今度の錬金術クラブ体験コーナーで御褒美として作ってもらう綿菓子です」

 マーガレット王女は、リュミエラ王女と一緒に食べるつもりみたい。

「早く、リュミエラ様の髪型もなおしてあげて!」と言う。

 酷い事になっている予感がするよ。


 リュミエラ王女の特別室2の扉をノックする。

「ペイシェンスです」と言うと、本当に酷い髪型だ。

 ブルネットだから、余計に跳ねている髪が目立つ。

「良かったわ! エリザベスはお洒落な髪型に挑戦したのだけど、失敗してしまったの」

 ああ、野心的な髪型は失敗すると酷いね。

 マーガレット王女の部屋で、ちゃっちゃと髪型を整える。


「ああ、この綿菓子はふわふわで甘くて美味しいわ」

 髪型が整ったマーガレット王女とリュミエラ王女が仲良く綿菓子を食べている。

「これを体験コーナーで作れるのですね! 楽しみだわ」

 袋に入る大きさなのと、一色の綿菓子だから、すぐに食べ終わった。


「ところで、ペイシェンスは何故お休みしていたの?」

 ええっと……何処まで話そうかな? なんて考えていたら、マーガレット王女がピンと来たみたい。

「ペイシェンス! 白状しなさい! パーシバルとフィリップスとラッセルも月曜はお休みしていたのよ!」

 ああ、やはりマーガレット王女を調査官に任命するべきじゃないかな?

「経済学2の課題の調査で、親戚のサティスフォード子爵が領地に帰られるから、一緒に連れて行って貰ったのです」

 わぁ、マーガレット王女が妄想しているよ。


「あっ、そう言えば、バラク王国のアルーシュ王子が王立学園に留学されるかもしれません」

 話題を変えようと、アルーシュ王子の留学を持ち出す。

「まぁ、どんな王子でした?」

 マーガレット王女も興味を持ったみたい。

「アルーシュ王子といえば、第三王子だった筈ですわ」

 リュミエラ王女は、コルドバ王国とバラク王国とは付き合いがあるみたいで詳しいね。

「ええ、13歳だと言われましたから、初等科3年か中等科1年だと思います」

 できたら初等科3年になって欲しい。

「バラク王国は一夫多妻制だと聞きました」

 リュミエラ王女の言葉で、マーガレット王女は眉を顰める。

「まぁ、ハーレムなのかしら?」

 それは、私も嫌だけど、その国の制度には理由があるのかもね?

「ええ、私も嫌だと思っていたのですが、南の大陸の魔物はとても強くて、討伐隊で亡くなる方が多いみたいです。残された未亡人やあぶれる女の人の救済の意味もあると言われると、反対もし難いですわ」

 男女比が崩れると困る人も出るよね。

「女の人が自立できると良いのですが、それはローレンス王国でも難しそうですね」

 メイドや侍女で一生奉公とかもあるけど、特殊な技術か信頼がないと無理みたい。

 メアリーみたいな信頼できる侍女は貴重だから手放さないけどね。

「まぁ、私との縁談は無いと思うわ」

 リュミエラ王女はリチャード王子の婚約者だし、マーガレット王女も一夫多妻制の所に嫁がせられることはなさそう。


「アルーシュ王子は、不思議な指輪をされていましたわ」

 指輪には二人とも興味を持った。

「伝説では守護の指輪、魔力の指輪とか出てきますけど、それかしら?」

 そういうのもあるんだね? 元ペイシェンスもあまり詳しくないみたい。御伽噺に、ちょこっと出てくるだけだ。

「そう言えば、南の大陸の奥地にはドラゴンが住んでいる谷があるとバラク王国の大使から聞きましたわ。ドラゴンの魔石は凄く大きいそうです。それに、鱗や爪にも魔力が籠っているとか?」

 ああ、それかもしれない! 魔石に似ているけど、魔石じゃなかった。

「ドラゴンの素材なんて、ローレンス王国では見かけません」

 リュミエラ王女も「コルドバ王国でもです」と肩を竦めている。

「バラク王国では、ドラゴンの素材が手に入るのですね!」

 ああ、行ってみたい!

「ペイシェンス、きっと王宮の宝物庫にはあるかもしれませんが、普通の人は手に入らないと思いますよ。だから、行っては駄目です!」

 マーガレット王女の言う通りなんだけど、異世界といえばドラゴン素材で錬金術だよ。夢が広がるじゃん!

「あれは、王族でないと手に入らないと思いますわ」

 リュミエラ王女にも言われちゃった。

「そうですよね。ドラゴンには逢いたくないので、バラク王国に行くのは止めておきます」

 二人がクスクスと笑う。


「それで、サティスフォードで何があったのかしら?」

 アルーシュ王子では誤魔化せないみたい。いずれは分かる事だから良いのかな?

「サティスフォード港にはコルドバ王国の商船隊と我が国の商船が停泊していました。そこにカルディナ帝国の船とバラク王国の船が入港したのです」

 バラク王国の船にアルーシュ王子が乗っていたのは、二人ともわかっているから、そちらは飛ばすよ。

「カルディナ帝国の船には美麗メイリン様というとても綺麗な貴婦人が乗っていらっしゃったのです。何故、ローレンス王国に来られたのかは謎ですけど、曰くありげですの。体調を崩されていましたが、流行病ではありませんでした」

 体調を崩していたと聞いて、マーガレット王女が不安そうな顔になる。


 ああ、言わない方が良いかも?

「ペイシェンス、お願い! 教えて貰わないと、余計に不安になるわ!」 

 そうだよね! リュミエラ王女も自国の商船隊がいたと聞いて不安そうだ。

「カルディナ帝国の帝都タイアンでは流行病が広がって大惨事だそうです。でも、サティスフォード港に入港した船の船員達は罹患していませんでした」

 二人がホッと息を吐く。ここまでで良いかな?

「でも、ペイシェンスが遅くなったのは理由があるのでしょう!」

 マーガレット王女は、私が言わないでおこうとしたのに気づいたみたい。

「ええ、別のカルディナ帝国の船がコルドバ王国のモース港に寄港して、そこで接触した船乗り達が流行病に罹っていました。幸い、初期症状でしたので、上級回復薬で良くなると思います」

 リュミエラ王女が、自国の港に流行病が広がるのではと不安そうな顔をしている。

「大丈夫です! 商船隊を率いているドロースス船長が、モース港の閉鎖をしに向かわれましたから」

 リュミエラ王女は、ドロースス船長と聞いても、ピンと来てないみたい。

 コソッと耳の側で「グラント元提督が向かわれました」と囁くと、ホッとされたよ。


「モース港の封鎖が間に合えば、全土に広がる事は無さそうですね」

 マーガレット王女も、初期の段階で上手く封じ込めそうなので安堵したようだ。

「でも、これからも検疫は厳しくしなくてはいけません」

 ああって顔をマーガレット王女がした。私がゲイツ様と何かしていたのだろうと察したのだ。


「私達が不安な顔をしていたら、皆も不安になります。こんな時は平常心を失わない様にしないといけませんわ」

 できたら、マスクを広めて貰いたいけど、それは風習的に無理みたい。でも、手洗いは?

「こんな時期だからこそ、しなくてはいけない事もありますわ。手洗いの習慣を皆に身につけて欲しいのです」

 マーガレット王女は、王宮に帰ったら王妃様に話しておくと約束してくれた。

 後は、ゲイツ様に頑張って貰おう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る