第52話 早馬!

 サティスフォード子爵の早馬に、私達も簡単な手紙を各家に届けて貰った。

「弟達が心配しなければ良いのだけど」

 父親も少しは心配するだろうけど、普段通りの生活をしてそう。

 でも、二人は……それにお土産も買っていないんだよ! 約束したのに!

「ペイシェンス様、大丈夫ですか?」

 ひと汗かいた3人とドロースス船長は、風呂に入ってスッキリした顔をしている。

「弟達が心配するのではと思うと……」

 パーシバルが、ああって顔をしたよ。ブラコンなのは熟知しているからね。

「手紙を読めば、安心しますよ。昼前に出たから、もうすぐ着くでしょう」

 だよね! では、私は弟達へのお土産作りに励もう。上級回復薬も作るけどね!


 サティスフォード子爵に使っても良い部屋を訊ねる。

「上級回復薬を作りたいのです。瓶も作りますし、大きな鍋と水と火が使える場所が良いのですが」

 一瞬驚いたサティスフォード子爵だけど、下級薬師の資格を持っていると言うと、手を掴んで感謝された。

「カルディナ帝国の船が流行病でなくても、もう発生しているのだ。いつ、ローレンス王国にも広がるか分からない。私も、上級回復薬を少しは備蓄しているが、領民全員、そして船乗り達に配る程は無いのです。上級薬草もある限り渡します!」

 えええ、私は屋敷の人達程度の考えだったんだけど……まぁ、良いか!


 サティスフォード子爵の古い屋敷には大きな染め場があった。

 長年使って無かったから、埃が積もっているけど「綺麗になれ!」で浄化する。

 メアリーも今回は積極的に手伝ってくれるし、サティスフォード子爵の使用人達も動員している。

「先ずは、上級薬草を綺麗に洗ってね!」

 少しだけなら、私が洗うけど……この量はちょっとね!

「最終的には、ここの浄水で洗うのよ!」

 大きな甕にたっぷりと浄水を用意しておく。


 皆が上級薬草を洗っている間に、私は瓶を作るよ。

「メアリーは私を手伝って!」

 大きな鍋に珪砂を溶かす。私のアイディアで少しスライム粉も混ぜるよ。落としても割れにくくなる気がするんだ。

「重いわね!」と愚痴っていたら、パーシバル達も手伝いに来てくれた。

 重い物は持ってくれるから、助かるよ!

「回復薬の瓶になれ!」

 一気に作るよ! はぁ、少し疲れた。

「えええ、錬金術ってこんな感じなのか?」

 ラッセル、うるさい! 鍋から溢れる程の瓶だ。

「さぁ、瓶を箱に詰めて下さい。次の瓶を作らなきゃいけませんからね!」

 ラッセルも慌てて、鍋から瓶を出して箱に詰めていく。フィリップスとパーシバルは、私に言われる前からやっているよ。


 鍋に珪砂とスライム粉を少し入れて貰い、熱している間に、上級回復薬を作る。

「上級回復薬になれ!」

 出来上がったばかりの瓶だけど「綺麗になれ!」と浄化する。

 漉すのは、浄化した鍋と濾し器を用意して召使い達にやって貰う。

「皆様、この瓶に上級回復薬を詰めていって下さい」

 オタマもジョウゴも浄化して渡すよ。

 

 私が、瓶を作って、上級回復薬を作ってと、何回か繰り返したら、もう上級薬草が切れた。

「今日はここまでですわ。お手伝いありがとうございます」

 1回で100本、それを5回したから500本!

「未だ、足りないかも……でも上級薬草が無いのよ。栽培すれば良いのよね!」

 まだ暖かい季節だ。庭でも栽培できるよ!


 サティスフォード子爵に許可をもらおうとしたら、パーシバルに止められた。

「ペイシェンス様、私達ですらクタクタです。どうか、休憩して下さい」

 ハイになっていたみたいだ。気がつくとフラフラとパーシバルに支えられてやっと立っている状態だった。

「お嬢様、お部屋で休みましょう。お茶と甘い物を持っていきますわ」

 お茶とクッキーを数枚食べて人心地ついたよ。

「夕食までお休み下さい」

 メアリーに言われるまでもなく、バタンキューだ。

 

 何だか階下が騒がしい! ハッと目が覚めたら、夕闇が部屋に迫っている。日が短くなって、秋だと感じるよ。

「お嬢様、もう大丈夫ですか?」

 メアリーが心配しているけど、寝て回復した。

「あの上級回復薬を美麗メイリン様と明明メイメイにあげてね。それにしてもうるさいわね? ああああ……」

 頭が痛くなったよ。あの傲慢な声は、ゲイツ様だ。

「ゲイツ様がいらしたのね? 王都に早馬は着いたとは思うけど、こちらに来れるものかしら?」

 早馬のスピードはわからない。早馬の小屋は、街道に設置されていて、馬を変えながら走るのだという知識はあるけどね。

 元ペイシェンスも早馬を見た事はないみたいだもん。

「ああ、騒ぎが大きくなる前に鎮めなくては!」

 ここには、得体の知れないドロースス船長や、バラク王国のアルーシュ王子、そして何故カルディナ帝国から来たのか依然と謎のワン様一行がいるのだ。

 

「ああ、やはりペイシェンス様がいらしたではないですか!」

 サティスフォード子爵家の執事は、王宮魔法師がこんなに若いとは知らなかったのかな?

「ゲイツ様、どうしてここに? 兎も角、ホールで騒いでいては、病人にも障ります。さぁ、サロンへ」

 メアリーに目配せして、お茶とクッキーの手配をして貰う。メアリーは執事に頼んだら、私と一緒にサロンへ来る。

 ゲイツ様はまだ独身だから、二人っきりにはできないみたい。


「ペイシェンス様の誕生日だから、屋敷に時計を持って行ったのにお留守だなんて! それに、何かとっても美味しい香りがします」

 海老カレーの匂いかな? 浄化しておこう!

「ゲイツ様、私の誕生日は明々後日ですわ」

 流石の私でも誕生日は忘れないよ。

「でも、会える木曜日では遅いではないですか!」

 差し出された細長い小箱を受け取る。

「開けて下さい!」

 リボンを解いて、中を見ると!

「まぁ、とても綺麗な時計ですね!」

 こちらの時計は、置き時計か、懐中時計だ。男の人は内ポケットに入れて、鎖で留めているけど、女の人は不便なんだよね。

 裁縫のキャメロン先生は、ブローチタイプにして胸につけているけど、少し見難い感じだ。

「腕につければ、見やすいと思ったのです」

 銀の華奢な腕輪に時計が付いている。前世の腕時計に似ているけど、こちらの方が豪華かも?

「ありがとうございます!」

 これは、本当に嬉しいよ。

「それに、これはタイマー付きなのです。ペイシェンス様が授業に遅れないようにね」

 ええ、私の生活を見ているの? タイマーなんてあったんだね。

「ふふふ、これは私が考えたのですよ」

 やはり、ゲイツ様は天才だ!

「試してみて下さい! 横の竜頭(リュウズ)を引っ張ってタイマーをセットするのですよ」

 それは分かるよ! 私が間違わないのが少し悔しいみたい。


 少し先の時間にセットして、何故来たのか質問する。

「どうして、サティスフォードだと分かったのですか?」

 あああ、この疚しそうな顔は!

「弟達に聞いたのですね! それも緊急だとか嘘をついて!」

 ゲイツ様は「でも、緊急事態でしょ」とシラを切る。

 むっかぁ! サリンジャーさんにビシッと叱って貰いたいよ。

「あああ、もしかして早馬を使ったんじゃ無いでしょうね!」

 口笛なんか吹いているけど、ゲイツ様が王都からの早馬を乗り潰していたら、こちらからの早馬が着くのが遅くなるじゃん!

『ピピピピピ……』タイマーの音で怒りが少しおさまった。来たからには働いてもらおう!


「わかりました! 仰る通り、緊急事態なのです」

 私がカルディナ帝国で流行病が発生した件を話すと、フンと鼻を鳴らした。

「いつも偉そうに皇帝のご威光だとか言っている癖に、養鶏場を清潔に保つ事もしていなかったのですね! それは自業自得ですが、カルディナ帝国からの船便、そして他の船便も検疫を厳しくしなくてはいけません!」

 まぁ、言っている通りだよね! それは正しいと思うけどさぁ、何故、鼻をクンクンしているの?

「上級回復薬の香りで誤魔化そうとしても、何かとても美味しそうな香りがしています」

 いや、誤魔化してなんかいないよ。

「先ほどまで、本当に上級回復薬を作っていたのです」

 そう素気なく返すけど、こんな時のゲイツ様はしつこい。

 

 そんな馬鹿げた会話をしていたら、サティスフォード子爵が港の検疫を厳しくしろと命じて帰宅した。

「ゲイツ様! もうお聞きになったのですか?」

 そんなわけ無いじゃん! でも、今のサティスフォード子爵にはゲイツ様は救いの主に見えたみたい。

「サティスフォードの教会に派遣されている司祭は、もうかなりの高齢で、養鶏場の浄化は真面目にしてくれていますが、こんな時には役に立たないのです」

 ゲイツ様は、何を言い出すのだ! と逃げ腰だよ。


「ドロースス船長がコルドバ王国の商船隊の船長達を宥めていますが、食料品を積んでいる船は出航を急いでいます。検疫にご協力下さい」

 嫌そうな顔のゲイツ様だけど、私には切り札がある。

「ゲイツ様、サティスフォード子爵家の料理人は、とっても美味しい料理を作りますのよ。協力されたら、昨夜いただいた絶品料理を振る舞って下さいますわ」

 銀色の目がキラリンと光った。

「ペイシェンス様がそこまで言われるなら、協力しなくてはいけませんね。お友達の助けを求める声には応じましょう」


 やれやれ、これで弟達のお土産を作ることに集中できるよ! なんて考えていたけど、ゲイツ様ときたらサティスフォード子爵に「黒いマントを2枚用意しなさい」なんて命じている。

 自分は着ているから、私とメアリー用だよね!

「ゲイツ様だけでも十分でしょう。王宮魔法師なのですから!」

 本気で褒めているのに、全く無反応だ。やはり仕事関係の褒め言葉は飽きているみたい。

「日曜なのに仕事なんかしたくないですよ。せめて友達と一緒なら気が紛れる気がするのです」

 ああ、サティスフォード子爵の懇願する目に負けたよ!

「仕方ないですわ」と頷いた。

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