第7話 昼食は楽しく

 経営2は、中等科2年生も一緒だったけど、フィリップスやラッセルや他のAクラスの学生も何人かいたから居心地は悪くない。それに、今回も面白そうなテーマなんだよね!

「私は、カインズだ。経営と経済学を教えている。さて、経営1で私の授業を取った学生もいるから分かっていると思うが、初めての学生もチラホラ見えるから説明しておこう。ここではレポートとテストの結果で成績は決まる。いくらテストの点数が良くても、レポートが手抜きだと合格は難しいぞ」

 何人かの学生はざわついているけど、殆どは「ああ、またか」って反応だ。

「カインズ先生、今回は何ですか?」

 ラッセルは積極的に質問するね。

「ラッセル君、やる気満々だね。頼もしいよ! 実は、食堂に不満を持つ学生が多いのだが、知っているかな?」

 ここにいる学生の殆どはAクラスだ。つまり上級食堂サロンで昼食を取っている。皆、首を捻っている。

「それは学食の件でしょうか?」

 ラッセルが代表して質問する。

「そう、君達は上級食堂サロンで有料の昼食だろうな。だが、学食で食べる学生の方が多い。知っていると思うが、王立学園は税金で運営されている。だから、基本は無料だ」

 それは知っているし、学食は確かに上級食堂サロンほどは美味しくは無いけど、十分に食べられるレベルだと思うけど?

「無料なら、それで良いのでは?」

 何人かの学生が同じような意見を投げる。うん、苦労した事が無いんだろうね!

「まぁ、空腹は満たされるが、何件も不満が上がっているのも確かなんだ」

 量もたっぷりあるから、私的にはオッケーなんだけどね? 何が問題なんだろう?

「そこで、今回のレポートは、限られた予算内で、学食の改善案を考えて貰う」

 殆どの学生から抗議や文句の野次が飛んだ。

「文句があるなら上級食堂サロンで食べれば良いだけではないですか!」

 ああ、それを言ってはお終いだよ。

「ヒラリー君、君はお金に不自由をした経験がないみたいだけど、国民の殆どはあくせく働いてやっと食べていっているのだ。恵まれた環境に生まれ育ったからこそ、思いやりの精神を忘れてはいけないよ。それに官僚になるなら、余計に国民の事を考える習慣を今から身につけておくべきだ」

 先生に説教されて、ヒラリーも恥ずかしそうだ。

「すみませんでした」と素直に謝っている。

 何人かの学生が話し合っている。

「そうか、Cクラスは庶民が多い。成績が優秀で王立学園に入学したけど、上級食堂サロンに払う余分な金はないのか」

「いや、Cクラスでも金持ちは多いぞ。Bクラスの下級貴族や騎士階級よりも裕福な商人や郷士は多い。ただ、Aクラスの学生ばかりの上級食堂サロンを使いづらく感じているのかもな?」

「学食で食べた事がないから、わからないな」

「そうだなぁ! まずは体験してみないといけないが……一人では不安だから、一緒に行こう!」

 まるで別世界を語っているみたいに聞こえる。グレンジャー家も貧しくて、マーガレット王女の側仕えになるまでは学食だったよ。今なら父親のロマノ大学学長の俸給があるから、ナシウスも上級食堂サロンで食べられるけどね。あの子はどうするのかな?

「おぃおぃ、集団で行くと学食に迷惑をかけるから、考えて行動するのだぞ。一気に人数が増えて足りなくなったりしたら問題だ」

 そうだよね! 数人なら大丈夫だろうけどね。

「ペイシェンス嬢、一緒に学食に行きませんか?」

 フィリップスに誘われたよ。学食は何回も食べた事があるけど、不満があるなら調べなくてはね。あの当時は、飢えが満たされるだけで嬉しかったもん。あの味のない薄いスープに比べれば、何だってご馳走に思えたからね。

「ええ、でも少し後にしましょう」

 何人かのせっかちな学生は「早速、学食に行こう!」なんて話している。

「私も一緒に行くよ!」

 ラッセルと三人で、来週、行く事にした。今週は皆が押しかけそうだからね。

「さて、私の授業をわざわざ履修した学生が合格や修了証書目当てだとは思わないが、一応、テストを用意してある。受けない学生は出て行ってくれ」

 カインズ先生の言う通りだった。全員が席を立つ。経営と経済学の単位を簡単に取りたいなら、他の先生の授業をとるから当たり前だね。

 少し、廊下でいつ学食に行くか話し合う。

「次の授業までには一度は食べておきたいから、来週の月曜か火曜だな!」


 ああ、上級食堂サロンへ行かなきゃいけない。少し足取りが重たくなるよ。

「ペイシェンス嬢、何か体調でも悪いのですか?」

 普段も歩くのは遅いけど、気が重たいので、より遅くなっていたみたいだ。フィリップスに心配させちゃったな。

「いえ、同じテーブルのメンバーが華々し過ぎて、少し気が重たいのです」

 隣で聞いていたラッセルが「プッ」と吹き出したよ。

「まぁ、マーガレット王女とリュミエラ王女と一緒なのは大変そうですね」

 フィリップスがフォローしてくれたけど、その二人は問題は無いんだよ。マーガレット王女とはかなり親しくなっているし、リュミエラ王女はフレンドリーな感じだからね。

「ええ、それだけでは無いから……」

 詳しくは言えないけど、すぐに分かるよね。

「ペイシェンス様、こちらですよ」

 パーシバルに呼ばれるけど、ああ、その注目の凄まじいこと、女学生の視線が突き刺さるよ。

「ペイシェンス、遅かったのね。テストを受けていたの?」

 マーガレット王女とリュミエラ王女は、家政科の栄養学だったみたい。テストは受けずに先に上級食堂サロンに来ていたようだ。

「いえ、少し話していたので遅くなりました」

 他の人は、もう注文が終わっているようなので、慌ててメニューを見る。

「ペイシェンス様、慌てなくても大丈夫ですよ。私はテストを受けていたので、今から注文するのです」

 魚はノースコートとサティスフォードでいっぱい食べたから、鳥の蒸し物にする。少し夏バテ気味だからあっさりした物が良いんだ。

「パリス様もリュミエラ様も古典は合格されそうなの。私も秋学期の間に修了証書をいただきたいわ」

 二人ともかなり勉強してきたんだね。

「午後からの裁縫が楽しみですの。生地から選ぶとマーガレット様に聞きましたから」

 リュミエラ王女は、刺繍は得意だと言われたけど、裁縫はどうなのかな?

「ええ、収穫祭のダンスパーティーに着るのだから、赤か濃い緑が良いと思うの。さっさと決めないと素敵な生地は取られてしまうから、気をつけないといけませんよ。ペイシェンスは、1回目を欠席したから青葉祭なのに濃い色しか残っていなかったわ。でも、濃紺に白の生地で水玉模様にして素晴らしいドレスを縫ったのよ」

 女子組は裁縫の話題なので、パリス王子とパーシバルも余計な口を挟まない。パーシバルが同じテーブルで良かったよ。彼方は放課後の予定を決めているみたい。

「昼からは美容もあるのよね。本当にペイシェンスがいてくれたら良いのだけど、これも1時間目に修了証書を取ってしまったの。今は、髪を自分達で整える練習をしているのだけど……拙いわ!」

 顔色を変えたマーガレット王女に手招きされたので、顔を近づける。

「ペイシェンス、3時間目の終わりに美容の教室まで来てくれない? 無茶苦茶にアップされたのを解いて、ハーフアップになんとかしているのよ。そんなみっともない格好でパリス様を音楽クラブやグリークラブに案内できないわ」

 わぁ、恋する乙女の目になっているよ。これはパーシバルと要相談だ!

「ええ、織物の授業が終わったら行きますけど、今回だけですよ。毎回は行きませんからね」

 ちゃんと釘を刺しておかないと、毎回呼び出されたら困るよ。

 ああ、4時間目は空いているから、パーシバルと話し合う予定で、織物の教室で待ち合わせだったのだ。後で調整しなければ!

 デザートには期待していなかった。お茶会のプチケーキはモラン伯爵夫人が用意させたのだろうと思っていたからだ。それに、遅れて席についたので、メインを選んだだけでちゃんとメニューを見ていなかった。

「あら? 本当にアイスクリームだわ!」

 マーガレット王女が弾んだ声をあげる。ガラスの器にちょこんとアイスクリームがのっていた。

「このデザートは初めてですわ!」

 リュミエラ王女の声も少しはしゃいだ感じだ。やはり女子はスイーツが好きだからね。

「さぁ、溶けないうちに食べましょう」

 マーガレット王女が一匙すくって口に入れる。

「ああ、美味しいわ!」

 他の人もアイスクリームを食べて「美味しい」と喜んでいる。

「これはソニア王国でもありません。素敵なデザートですね」

 パリス王子も初めて食べたようだ。

「ええ、これは青葉祭で錬金術クラブが発表したアイスクリームメーカーで作る新しいデザートなのです。バーンズ商会でアイスクリームメーカーは購入できますよ」

 パーシバルが説明しているのを、パリス王子は真剣に聞いていた。

「ローレンス王国の錬金術が優れているとは知っていましたが、王立学園の錬金術クラブも素晴らしい発明をしているのですね。絶対に錬金術の授業を履修しなくてはいけないな」

 まぁ、錬金術1は魔導灯のキットを組み立てるだけだから簡単だよね。

「パリス王子、錬金術は魔法陣とセットで履修しなくてはいけませんよ」

 一言、アドバイスしておく。

「ああ、ありがとう。そういえばペイシェンスは錬金術クラブに所属していたのだね」

 えっ、錬金術クラブにパリス王子が? めちゃくちゃ浮きそう。

「まぁ、変人の集まりにパリス王子は相応しくありませんわ」

 うっ、マーガレット王女! その通りなんですけど、胸に突き刺さるよ!

「そうなのですか?」とパリス王子に聞かれても、答えようが無い。困ったな。

「変わった発想力が無ければ、新しい発明などできませんよ」

 パーシバルがフォローしてくれたけど、やはり錬金術クラブのイメージは変人集団なんだね。トホホ

「このアイスクリームはとても気に入ったわ。大使館でも食べたいから、アイスクリームメーカーを購入して貰いましょう」

 錬金術クラブの話題からアイスクリームへと変わって、ホッとしたよ。

「あの砂糖ザリザリのケーキは不評でしたから、デザートが改善されて良かったですわ」

 マーガレット王女の言葉で、それぞれの国のデザートの話題で盛り上がる。コルドバ王国は、南の大陸から運ばれたフルーツを使ったデザートが多いそうだ。ソニア王国は手の込んだプチケーキが流行しているみたい。デートの時にちょっとつまめるのが良いんだってさ。

 王族達が色々と話している間に、パーシバルと4時間目の話し合いについて、こそっと打ち合わせをする。

「3時間目はラッセル様と図書館で調べ物をされると話されていましたね。私は織物の授業の後、少しマーガレット王女の髪型を整えたりしますから、図書館でお待ち下さい」

 美容の教室にパーシバルが迎えにきたら、私は女学生の視線で殺されるよ。まぁ、織物の教室でも驚かれて、次の授業ではハンナ達から質問責めされるだろうけどね。

「はい、私も話し合いたいことがいっぱいありますから、お待ちしております」

 にっこり笑うパーシバルだけど、少しリチャード王子の笑顔が頭に浮かんだよ。

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