第5話 秋学期の始まり

 スケジュールを決めた後、リュミエラ王女の特別室2号に行って、あれこれ説明をしたけど、ほとんど自分でできるように躾けられていたからホッとした。

 ここにはコルドバ王国風の家具が配置してあり、小型のハノンも置いてあった。少し南国風でノースコートで過ごした夏休みが懐かしくなったよ。

 南の大陸風のペイズリー柄の生地が張ってあるソファーで寛ぐ。私は、リュミエラ王女の許可を得て紅茶を淹れる。ティーセットは濃紺に金で細かい模様が描いてある。前世のリモージュ焼きに似ている。

「本当にペイシェンスはお茶を淹れるのが上手ね」

 褒めるリュミエラ王女にマーガレット王女は、譲らないわよ! という意味を込めた微笑みを返す。

「朝は、一緒に食べましょう」

 そんなことを言っているけど、マーガレット王女は、ちゃんと起きられるのかな? 側仕えとしては、キチンとした格好で食堂に下りて欲しいから、起こすけどね。

 マーガレット王女は、リュミエラ王女がどのくらい自立しているのか心配みたい。

「リュミエラ様は、髪は自分で整えられますか?」

 今は13歳だから、結い上げずにハーフアップで可愛いピンクのリボンで結んでいる。このくらいなら自分でできる髪型だけど、中等科の女学生はもっと凝った髪型の子が多い。

「ええ、でも……」

 ハキハキしているリュミエラ王女の割に珍しく口籠る。

「分かりましたわ。お着替えが済んだら、私の部屋にお越しください。ペイシェンスは凄腕の髪結ですのよ。いつまでもハーフアップでは子供っぽいですものね!」

 にっこりと微笑むとリュミエラ王女の片えくぼが現れる。うん、リチャード王子もメロメロだろうね。

「マーガレット様のような片流しにしたいのです」

 了解です! まぁ、二人に増えたけど、起こす必要がないなら大丈夫! マーガレット王女に目で合図する。

「まぁ、ペイシェンス! 私もちゃんと起きますわ。夏休みにしっかりと躾けられたのよ」

 なら、良いのです。にっこりと微笑んで頷く。

「本当にペイシェンスは優れた側仕えだわ。私にも良い側仕えが見つかると良いのですが……」

 それは、本当にそうだと思うよ。他国に学友もいない状態で一人なんだもんね。

「一緒に気の合う側仕えや学友を探しましょう! 秋学期から私も学友を二人増やすのです。リュミエラ様も探しましょう!」

 同じクラスにはマーガレット王女の元学友三人がいるけど、それは選ばない方が良いよね。なんて、余計な心配でした。

「意地の悪い学友は御免だわ。私も家庭教師や大人の前ではお淑やかで優しいけど、子どもだけになると意地悪をする学友を何人かクビにしましたの。勿論、私に意地悪をする度胸は無いけど、弱い立場の人を陰で虐めるの。そんな人とは関わりたくないわ」

 まぁ、リュミエラ王女も王宮で育ったから、人間の裏側を見る機会もあったのかもね。

「ええ、私はそれがわかっていなかったの。美貌と親の地位の高さで選んで大失敗してしまったわ」

 キャサリン、リリーナ、ハリエットは、要注意人物扱いだ。未来の王妃からも避けられると社交界では肩身が狭いかな? 貴族至上主義者同士でつるんだら良いのかもね。

 リチャード王子は、そこら辺もよくリュミエラ王女と話し合っているみたい。自分の妃が自分の嫌いな貴族至上主義者と仲良くしているのは嫌だろうからね。


 ああ、今日から秋学期が始まる。先ずは、マーガレット王女の部屋に行くよ。起きていてくれるかな?

「おはようございます!」

 預かってある鍵で開けて、少し大きめの声で挨拶する。

「おはよう」

 おお、一応は起きているみたい。ベッドルームに入ると制服に着替えたマーガレット王女がぼんやりと化粧台の椅子に座っていた。

「紅茶をお持ちしましょうか?」

 まだはっきりとした顔をされていないので、紅茶を淹れて飲んでもらう。

 そして、髪型を片流しにしていると、控え目なノックの音がする。

「リュミエラ様だわ、入って貰って!」

 私が扉を開けると、キチンと制服に着替えたリュミエラ王女が立っていた。

「おはようございます」

 挨拶して、ベッドルームに案内する。

「リュミエラ様、おはようございます。少しだけお待ち下さる?」

 私は、マーガレット王女の髪のセットをささっと済ませる。片流しになっている髪を生活魔法で「クルクルになれ!」とカールさせて出来上がりだ。

「まぁ、コテを使わないのですね!」

 鏡で満足そうに髪型をチェックしていたマーガレット王女が、自慢をする。

「ええ、ペイシェンスの生活魔法は凄いのよ。それにコテでカールすると髪の毛が傷んでしまうけど、それも無いわ」

 さて、今度はリュミエラ王女の番だ。さっさと済ませて、朝食だよ!

「ペイシェンス、お願いするわ」

 艶やかなブルネット。それを一旦は上で纏めて髪留めで止める。そして片方に下ろして「クルクルになれ!」とカールさせると出来上がりだ。

「まぁ、お母様専属の髪結女官よりも手早くて綺麗な仕上がりだわ。ペイシェンス、本当に優秀な側仕えね」

 マーガレット王女が「あげないわよ」と笑いながら釘を刺す。

「さぁ、もう鐘が鳴ったわ。食堂に行きましょう」

 余裕で朝食に間に合うだなんて、マーガレット王女も朝起きができるようになったね!

「おはようございます」

 うっ、朝からパーシバルに会うとドキドキしちゃうよ。

「おはようございます」と普通に挨拶を返すけど、頬が赤くなってないよね?

「今日の一時間目は国際法で一緒ですね」

 彼方は、何にも感じていないみたいだから、こちらも平静にしなきゃね。

「ええ、法律は覚える事が多そうですわ」

 そんな話をしながら、トレーを持って並んでいるんだけど……パリス王子とマーガレット王女とリュミエラ王女が仲良く話しているよ。

「あのう、パーシバル様、少しお話をしたいのですが……」

 情報収集しておかないと、どのぐらいお邪魔虫にならないといけないのか判断できないよ。

「ペイシェンス様とならいつでも良いですが……放課後は音楽クラブでパリス王子のハノン演奏と、グリークラブの見学ですよね? 四時間目は融通がつくのですが」

 私も4時間目は空いている。これまでなら錬金術クラブに行くのだけど、こちらの方が緊急だ。

「ええ、私も空いています」

 何処で話そうかと思ったけど、パーシバルが「秋咲のバラが綺麗ですから、庭を散策しましょう」と提案してきた。まぁ、食堂や図書館で話す事では無いよね。人に聞かれたら困る話だ。

「3時間目はどの教室ですか? お迎えに行きます」

 私はうっかりと「織物2」ですと正直に答えたけど、後で大騒ぎになるんじゃないかと後悔した。

 朝食の席で、昼食の話になった。

「昼食は、お茶をした上級食堂サロンです。席は確保してありますから、大丈夫ですよ」

 パーシバルは本当にお世話係だね。

「秋学期は、キースは別のテーブルでも良いと言われたの」

 野菜嫌いで、マーガレット王女が見張り役だったけど、やっと解放されるんだね。良かったよ!

「ええ、伺っています。キース様にはオーディン様と同じテーブルでお願いしたいのですが?」

 パクパク食べていたキース王子とオーディン王子は「わかった」と簡単に返事をして、食べ続ける。本当に成長期の男の子って食欲魔神だね。

「オーディン様、寮の食事はおかわり自由です」

 パーシバルがそういうと「えっ、知らなかった!」とキース王子と二人でお代わりに並んでいるよ!

「おーい、お代わりしても良いんだぞ!」

 キース王子は、ヒューゴとラルフにも声を掛けている。

「凄い食欲ですね!」

 パリス王子は、お代わりは必要ないみたい。

「私は、キース様と同じテーブルでしょうか? リュミエラ様の付き添いとしての意味もあるのですが」

 父親の外務大臣から世話役を押し付けられたパーシバルとしては、男子達は纏めてしまいたかったのだろうけど、付き添いと言われると仕方ないよね。

「いえ、パリス様はマーガレット様とリュミエラ様とペイシェンスと一緒にどうぞ」

 気を使いそうなメンバーで昼食だよ!

「まぁ、パーシバルも一緒に食べましょうよ。パリス様も女学生ばかりだと話題も合わないから退屈でしょう」

 それは助かるけど、マーガレット王女は人の恋バナなんか面白がっている場合じゃないと思うよ。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 優雅に微笑むパーシバルは、朝から心臓に良くない。ドキドキするのは、不整脈じゃないよね?

「パリス様、リュミエラ様、ホームルームです。教科書はまだ配布されてないかもしれませんが、ノートや筆記用具を用意して下さい」

 ああ、4年Aクラスのカスバート先生は、担任として問題が大有りなんだけど……と不安に思いながら、皆でホームルームに向かった。

 あれっ、カスバート先生がいない? ざわついていると、ケプナー先生が入ってきた。

「カスバート先生は、家庭の事情で退職されたので、秋学期からは私が担任になります。この中には何人か私の授業を取っている学生もいると思うが国語と古典が専門のケプナーです」

 初等科2年の担任のケプナー先生だ! やったね! 親切で話しやすい先生だから好きなんだ。

「秋学期から留学されるパリス様とリュミエラ様です。皆、色々と教えてあげるように!」

 さらっと挨拶を終えると、ここからは秋学期の履修の注意点を説明してくれる。カスバート先生とは大違いだ。

「中等科は単位制だから、春学期で合格した科目は次の単位を取得しないといけない。それと、第一回目の授業は、基本的にテストだ。それに合格すれば、次の単位に進める。最後の大問題まで解けたら修了証書が貰える科目もある。世界史は別のテストを受けないと修了証書は貰えないから、各自で先生に申告するように! 分からない事が有れば、基本的に昼からの授業は無いから職員室に相談に来なさい」

 私は、夏休み中に世界史と地理を猛勉強したんだ。修了証書用のテストにチャレンジしよう!

 それにしてもカスバート先生がケプナー先生に代わったのは、他国の王族が留学してくるからかな? まぁ、結果オーライだよ!

 さぁ、秋学期の始まりだ! 頑張っていっぱい修了証書をゲットするよ! だって錬金術クラブで作りたい物がいっぱいあるんだもん。機械系は設計図が無いと私だけでは作れないんだ!

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