第76話 リチャード王子と話し合い

 リチャード王子が調査隊と話していた部屋の前には護衛が立っていた。うん、この白いマントは近衛隊だ。ちょっとずつ異世界の事を学んでいるから分かったよ。


「ペイシェンス、話したいことがいっぱいあるのだが、何故、ゲイツ様も一緒なのだ?」


 そう、ゲイツ様もついて来たのだ。付き添いはメアリーだけで良いと思うんだけどね。部屋の隅に控えているメアリーと違って、私の横のソファーに脚を組んで座っている。


「ペイシェンス様が不安そうだから、私が付き添っているのです。秋学期からは、私の弟子になるのですから師匠の私も関係者になります」


 いや、防衛魔法を習うだけで、弟子になるわけじゃないよね? えっ、習うってことは、弟子になるの?


「まぁ、それなら余計な口を挟まないで座っていて下さい。それと、私のプライベートな話もありますから、他言は無用にして頂きたい」


 ゲイツ様は「当たり前です」と素直に同意した。私は、ちょっと逃げ出したい気分だよ。リチャード王子のプライベートになんか関わりたくないからね。


「先ずは、少しペイシェンスは自重という事を覚えないといけない。そのお陰で地下通路の入口を発見できたし、扉の開閉も、貴重な古文書の保護や写しも出来たのだが、これに目を付ける勢力もある。特に、古文書の保護はエステナ聖皇国にバレると問題だ。あそこには元帝都リアンの遺跡が多いからね。教会は君を確保したがるだろう。我が国の女準男爵バロネテスを易々と渡す気はないがな」


 リチャード王子に言われて、拙い事をやらかした事が分かった。弟達と別れてエステナ聖皇国になんか行きたくないよ。


「古文書は王家の宝物庫にしまって閲覧禁止にすれば良いが、写しは見る者が見ればどれ程貴重な能力か分かるだろ」


 やはり古文書の保護はしない方がよかったのかな? 写しも作っては駄目だったの? 陛下にも作ったんだけど?


「ペイシェンス様、古文書を保護しなかったら、あれらは塵と化していたでしょう。それに写しも貴重です。ただ、それを知られたら困るだけですよ」


「ゲイツ様の言う通りだ。あの古文書を保護してくれたのは素晴らしい功績なのだ。写しもだ。だからこそ、ペイシェンスの安全を考える必要もある」


 だから護衛を雇うのかな? お金が飛んでいくよ。


「はい」


 王都に帰ったら、時計を買おうと思っていたけど、王立学園では鐘が鳴るから大丈夫だよね。欲しかったんだけど……しょんぼり。


「ペイシェンス様、私が誕生祝いに時計を買ってプレゼントしますよ」


 ええ、また考えが漏れた。困るよ!


「ゲイツ様、何の話ですか?」


 リチャード王子の笑顔が怖い。


「私とペイシェンス様は同調し易いのです。護衛を雇わなくてはいけないから、時計を買うのを諦めると考えておられたので、私がプレゼントすると決めたのです」


 リチャード王子が頭を抱え込んでしまった。


「ゲイツ様、貴方は他人の考えが読めるのですか? そんな事が出来るとは聞いていませんが」


 王宮魔法師なんだから、できても問題ないんじゃないの?


「いえ、他の人は嘘をついているとか、何とはなく感じるだけですよ。何故かペイシェンス様とは同調し易いので、運命の相手かもしれないと思うのですが……どうやら片思いみたいですね」


『違う!』と思ったのも通じたみたい。


「ゲイツ様、まだペイシェンスは11歳、いや誕生日が来たら12歳なのか……」


 子どもだと言いたかったみたいだけど、自分の婚約者のリュミエラ王女も13歳だからね。少し考え込んじゃったよ。


「その護衛については心配しなくても良い。こちらから信頼できる護衛をグレンジャー家に派遣するから、馬車の馬丁として使いなさい」


 うん? もしかして護衛の賃金は王室持ちなのかな? 


「そんなの当たり前ですよ。護衛の賃金なんかの心配より、自分の防衛魔法をちゃんと学ぶ事を考えて下さい」


 ゲイツ様は貧乏暮らしとは縁が無さそうだけど、お金は大事だよ! 賃金を本当に払わなくてもいいのか確認したいけど、マナー違反だし、聞けない。これは王都に帰ってから、ワイヤットに要相談だ。


「それと、ペイシェンスは塩を魔法で作ると聞いたぞ。誰も思いついた事がない非破壊検査とは、何だ? 何処から説明して貰うか悩むが、これらの件はゲイツ様の指導に任せます。防衛魔法と共に秘密を護る術も教えてやって下さい」


 えっ、防衛魔法だけのつもりだったのに? あっ、断っては駄目なのはリチャード王子の笑顔で分かるよ。王妃様に似ているね!


「任せて下さい。それと、ペイシェンス様の弟君達の指導もしたいと考えています。彼等も素晴らしい可能性を秘めていますからね!」


 リチャード王子が怪訝な顔をする。報告書には弟達の件は書いて無かったのだろう。


「そうか! あの地下通路を最初に見つけたのはナシウス・グレンジャーなのだ!」


 ハッとしてリチャード王子は少し大きな声を出した。


「そうです。それに彼等も私の三従兄弟になりますからね」


 三従兄弟? 他人だよ!


 なのに、リチャード王子は「そうなのか……同じ血統だけど……近すぎない」とかブツブツと呟いてから、口を開いた。


「ふむ、ペイシェンスは好きな相手はいないのか?」


 えっ、いきなり恋バナですか? お説教タイムが終わるのは歓迎ですけど、ご自分の恋バナからお願いします。リュミエラ王女の惚気なら聞きますよ!


「まだ……」パーシバルは好きだけど、結婚したい好きなのか分からない。


「えっ、好きな方がいらっしゃるのですか!」


 何故か、ゲイツ様には本当に心が通じるよ!


「そうか、ゲイツ様との縁談も有りかと思ったが、好きな相手がいるなら無理強いは良くないな」


 そんなに残念そうな顔をしないで下さい。もしかして、縁談も話し合いの一つだったの? 違うよね?


「リチャード王子、そんなに簡単に仲人を諦めないで下さい。これほど相性の良い方は二度と現れないと思います」


 ゲイツ様も最初の印象ほどは悪い人とは思わなくなってきたけど、やはり結婚は避けたい。


「ゲイツ様、それはご自分の努力でお願いします。それに、ペイシェンスにはまだ話す事があるのです」


 ちょっと黙っててと言われて、ゲイツ様はソファーの背にもたれ掛かった。私はちゃんと背を伸ばして座っているよ。


「錬金術であれこれ発明をしているようだ。ローレンス王国にとっても素晴らしい発明もあるが、目立ち過ぎるのは危険を伴う。バーンズ商会はその点を考えてくれているのか、一度、公爵と話し合う必要があるぞ」


「はい」と返事をする。パウエルとも王都に帰ったら、一度公爵と話し合いを持って下さいと言われていたからね。


 リチャード王子は、少し困った顔をして話し始めた。こんな顔を見るのは初めてだよ! 今度こそ、恋バナかな?


「ペイシェンスも聞いていると思うが、コルドバ王国のリュミエラ王女が秋学期から王立学園に留学される事になった。異国に来られるリュミエラ様は心細く感じられるだろう。マーガレットと共に友だちになって欲しい」


 これは、王妃様から言われた内容と同じだよ。


「かしこまりました」と答えるけど、リュミエラ王女が子爵の令嬢と友達になりたいと思うかどうかは分からない。会ってみてからだね。


「リュミエラ様とペイシェンスはきっと気が合うと思う。彼女は歌が好きで活発な人だから、本当はグリークラブの方に入部したがると思うのだが、母上はコーラスクラブの方が相応しいと考えておられる。私は、彼女が好きな方を選べば良いと思うのだが……そこら辺をペイシェンスには助けてやって欲しい」


 えっ、マーガレット王女はコーラスクラブのテコ入れを手伝えと言われたけど、これもリュミエラ王女次第だね。本人がどちらを選ぶかだ。


「はい」とだけ答えておく。


 これで終わりかなと思ったけど、ここからが大変だった。


「それと、リュミエラ様は寮に入りたいと言っている。コルドバ王国の大使とかは反対すると思うが、多分、自分の意思を通すだろう。私やマーガレットやキースが寮生活をしたと聞いて、憧れたのだ」


 えっ? 確かにマーガレット王女も王妃様の監視の目から逃れられるから寮の方が気楽だと言われているけど、それは同じ国にいるからで、外国に一人なのに大丈夫なのかな?


「それは許可されるのでしょうか?」


 大使とか安全面とか心配する気がするんだけど? それに受け入れる王立学園側も大変じゃないのかな?


「多分、許可されるだろうから、ペイシェンスに頼んでおきたいのだ」


 えええ、それは……マーガレット王女の側仕えだけで手一杯なのですが!


「大丈夫だ。リュミエラ様は、マーガレットと違って朝は自分で起きられる。それにレオノーラ王妃様に厳しく育てられているから、自分の事は自分でできる。側仕えとしてではなく、マーガレットと共に食事を取るとか、取るべき科目の相談とか、そちらの方面で助言をして欲しい」


 へぇ、しっかりしているみたいだけど、美貌で有名なレオノーラ王妃は教育も厳しいんだね。


「それは、マーガレット王女も考えられています」


 マーガレット王女の名前で、リチャード王子は厳しい顔になった。


「ここからはマーガレットについてだ。聞いていると思うが、パリス王子とオーディン王子が留学される。多分、オーディン王子はジェーンとの縁談になると思う。パリス王子は、年齢で分けると中等科2年になるのだが、リュミエラ王女と同じ学年を希望されるだろう。従兄弟として付き添う建前だが、マーガレットと同じクラスで学ぼうと考えているのだ」


 ふうん、それに一学年下だと勉強は楽だからね。少しマイナスポイントだよ。


「パリス王子とマーガレットが不適切な関係にならないように側仕えとして注意しておいてくれ」


 ええっと、それは難しいかも?


「あのう、今はマーガレット王女と同じ授業は裁縫と外国語だけなのです。寮やクラブでは一緒ですが、食事以外はほとんど別行動です」


 リチャード王子は「一緒の時だけで良い」と頷いた。


 やっと話が終わりそうだ。やれやれ! と思ったけど、お説教タイムに戻ったよ。マギウスのマントや気球についても何故か知っていて「自重についてよく考えなさい」と注意されたけど、止められなかった。


「リチャード王子、ペイシェンス様の発想力を押しとどめるのはローレンス王国にとって損失です。でも、安全面を考慮しなくてはいけません。そうだ、錬金術クラブを隠れ蓑にもできますし、個人的な発明は何か組織を作っても良いですね」


 リチャード王子とゲイツ様の話で、ダミー会社を思いついた。


「ロマノ発明会社を登録したいです」


 二人は少し考えて「良いだろう!」と許可してくれた。便利グッズを諦めないで良いみたい。


「ゲイツ様、そのロマノ発明会社の顔になって下さい。貴方に逆らう蛮勇を持つものはいないでしょう。ペイシェンス、ゲイツ様なら金銭に興味は無いから安心しなさい」


 いや、顧問料は払うよ。何か迷惑を掛けるかもしれないからね。


「ペイシェンス様、そんな瑣末な事より防衛魔法ですよ!」


 金銭に興味が無いのは本当みたい。王宮魔法師って俸給が凄いのかもね。


「この件もバーンズ公爵に相談してみなさい。彼なら良い案を提示してくれるだろう。経済面は明るいからな」


 やっと話が終わったかなとホッとしたけど、リチャード王子から休憩室で見つかった古文書の写しの作成を頼まれたよ。


「でも、写しは作っては駄目なのでは?」


 にっこりと微笑むリチャード王子には逆らえない。


「あの伯爵の写しを教授と弟子達に手書きで写すように命じました。あの写しも、今回の写しも機密扱いです。まぁ、これでヴォルフガング教授も静かになるでしょう。グース教授も設計図を総出で写さなくてはいけませんから、ゲイツ様に動力源の調査はお任せします」


 ゲイツ様は、私の方が得意そうだと抗議しかけたけど「それをしないなら王都にお帰りください」と言われて引き受けた。やはり、リチャード王子はビシバシ人を使うのに慣れているね。

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