第39話 地下通路の調査は難航しそう

 サミュエル達は早足で、私達はゆっくりと馬を歩かせてノースコート館に着いた。ナシウスはフィリップスに歴史研究クラブの活動について聞いたりしていたし、私はブライスと魔導船について話し合っていた。


「地下通路の何処かに魔導船があると良いですね! ああ、ワクワクします。ペイシェンスの手紙を読んだ時から、ずっと頭の中は魔導船の事でいっぱいなのです」


 ブライスは楽観的だけど、私は執政官達がそれに乗って逃げたのではないかと考えている。


「空を飛ぶ魔導船は、どの様な仕組みで推進力を得ていたのかしら? 来年の青葉祭では気球を飛ばそうかと考えていますが、気球は風まかせですから」


 夏休みはノースコートでしか出来ない事をするとカエサル部長が決定したから、気球は手付かずのままだ。でも、秋学期にリュミエラ王女が留学してきたら、錬金術クラブに行く時間が取れなくなるかもしれない。私的には、夏休みに小さな試作品でも良いから気球を作っておきたい。


「ペイシェンスは気球の気体を熱する魔法陣は書けないのか? なら、秋学期に学んでからにすれば良いのではないか?」


 ブライスの言う通りなんだけど、リュミエラ王女の事を話せないから、私の焦りを理解して貰えないもどかしさを感じる。


 ノースコート館に着いた時には、ベンジャミンとサミュエルが伯爵に通路の出口が見つかった事を報告した後だった。つまり、それほどゆっくりと馬を歩かせていた訳だ。


「カエサル様達にはランチボックスを届ける予定でしたが、こちらに帰って貰いましょう」


 暑い遺跡で食べるより、館で食べる方が良いよね。それに、ランチボックスに入れられる物は限られているし、海の幸が満喫出来ないよ。えっ、そんなの他の人は考えていないの? 意地汚いのは私だけ?


 私は午前中のガイウスの丘の探索だけでクタクタだ。転生してきた時よりは体力がついたとは思うけど、やはり他の人と比べるとまだまだだね。


「お嬢様、お疲れではないのですか?」


 カエサル達が帰ってくるまで、一旦部屋で休んでおく。


「メアリー、大丈夫よ」と言ったものの、昨日から魔力を使い過ぎている感じだ。勿論、ナシウスを見つけるのに魔力を使った事に1ミリも後悔は無い。でも、地下道はやり過ぎたかなと反省。


「少し横になるわ。食事になったら教えてね」


 ほんの少しのつもりだったのに、寝てしまったようだ。お腹が空いて目が覚めた。


「お目覚めですか? お食事を運びましょう」


 メアリーに起こしてと言ったのだけど、疲れて寝ていたのだから仕方ない。メアリーは本当に忠実な侍女だから、私の健康を優先したのだ。


 部屋に運んでもらった昼食で元気が復活したよ。


「弟達はガイウスの丘に行ったのかしら?」


 他の人達の事は心配しないけど、弟達は別だよ。


「ええ、伯爵様も行かれましたわ」


 もしかしたら地下通路の探索をしているかもしれない。そりゃ、気にはなるけど、今日は行く気にはならない。弟達の事は心配だけど、サミュエルと共に伯父様が見てくれるだろう。


 魔力の使い過ぎもあるけど、やはり馬に乗ったのが疲れを増幅させている。苦手な事って、好きな事の倍、疲れるんだよ。


「そろそろお茶の時間ですが……お疲れなら、伯爵夫人に伝えておきます」


 昼食を食べたばかりなので、お腹は空いていないけど、館にリリアナ伯母様しかいないのなら、一緒にお茶をしても良い。いっぱい客を招いて、迷惑を掛けているからね。少しは従順な姪の役もしておかなきゃ。


「いえ、お茶にしますわ」


 こんな時、生活魔法ってすごく便利。服を着たままベッドで寝てしまっていたから、シワがついているけど「綺麗になれ!」でアイロンを掛けたみたいになる。


「まぁ、お嬢様の生活魔法は素晴らしいですわ」


 メアリーは、私が錬金術であれこれ作るのを褒めてくれる事は少ないけど、こういった生活魔法については賞賛してくれる。


「伯母様、お待たせ致しました」


 サロンにはリリアナ伯母様しかいない。普段ならノースコート伯爵やサミュエルやナシウスやヘンリーが一緒なので、少し寂しく感じるよ。


「いえ、ペイシェンスは疲れているのでしょう。ナシウスがいなくなって、精神的にも大変でしたから」


 私は、リリアナ伯母様に錬金術クラブの合宿みたいになっている事を詫びる。


「本当に申し訳なく思っています。つい、面白そうな壁画について教えてあげようと手紙を書いたばかりに……」


 リリアナ伯母様は、笑って私の言葉を途中で遮った。


「本当にウィリアムは貴族の心得をペイシェンスに教えていないのですね。今回のような機会を得るのは、ノースコート伯爵家にとっても素晴らしい事です。それにサミュエルにとっても良家の子息達と親しくなれるチャンスを与えて貰ったのですから、こちらからお礼を言わないといけませんのよ。感謝していますわ」


 うん、やはり私には異世界の貴族の常識が欠如しているみたい。


「それは、そうとカザリア帝国の地下通路が見つかったとか? それもペイシェンスが見つけたとフィリップス様やブライス様が、他の方に話しておられたけど……ペイシェンスは生活魔法なのですよね?」


 伯母様も変だと思ったみたい。地下通路を見つけたりするのは、土魔法だよね? 


「ええ、私は生活魔法しか使えませんわ。でも、少し変みたいですの。一度、教会で能力判定を受けなおした方が良いのかもしれませんが……多分、生活魔法しか反応しないと思います」


 リリアナ伯母様は、少し考えてから口を開いた。


「私は嫁いでいたので、貴女の母上のユリアナ様とは数回しか会ったことがありませんが、生活魔法がお得意な方でした。でも、貴女から感じる生活魔法とは少し違う気がします。ユリアナ様のご実家のケープコット伯爵家は東部では錬金術で有名なのですよ」


 ふうん、としか感じないよ。だって絶縁中だからね。


「ウィリアムがカッパフィールド侯爵に楯突いたので、寄子のケープコット伯爵としては娘のユリアナ様とも絶縁しなくてはいけなかったのです。貴女の錬金術の才能はケープコット伯爵家から受け継いだものかもしれませんね」


 あっ、それは無いんじゃないかな? だって、私の錬金術のアイディアは前世の便利な道具が元ネタだもの。それに元ペイシェンスは、本当に賢くてお淑やかなレディだった。錬金術クラブになんか入りそうにないよ。


 でも、伯母様の言葉に逆らったりはしないで「まぁ、知りませんでしたわ」と答えておく。


 執事がサロンに入ってきた。お茶の時間に手紙が届いた訳でもないのに、珍しいね。客人かな?


「伯爵夫人、伯爵様とお客様方がお戻りになられるとの事です。お茶の用意を致しましょうか?」


「まぁ、勿論ですわ! ペイシェンスのレシピで焼いたクッキーとサンドイッチをお出しして」


 執事と伯母様の慌てぶりを見ると、ノースコート伯爵がお茶の時間に帰って来る予定だったとは思えない。


「お茶の時間に帰るとは言っていなかったのに、何かあったのかしら?」


 今頃、台所では大急ぎで準備をしているのだろうけど、サロンでは優雅にリリアナ伯母様と私はお茶を飲んでいる。


「私も変だと思いますわ。伯父様が帰って来られるだけでなく、他のメンバーが地下通路の探索をしないでお茶を選ぶとは考えられませんもの。まさか、誰かがいなくなったとか!」


 ナシウスがいなくなったとフィリップスが言ったあの瞬間が蘇って、心臓がドキドキする。


「まさか、それならそうと伝えますわ。きっと、他に何かあったのでしょう」


 そうだよね! 私はお茶を飲んで、心を落ち着かせる。


 どやどやと帰ってきたノースコート伯爵一行は、私の顔を見るなり「どうやって開けたのだ!」と騒ぎ出す。いや、開けたのはフィリップスだよ。


「護衛が言うには、穴は少ししたら閉まったそうだ。そして、私達は何百回も凹みを突いたのだが岩はビクともしない。あの場に居ないのはペイシェンスだけだ」


 伯父様が苛つきを抑えきれないように訊ねた。


「私は何もしていませんわ。フィリップス様が開けたのですもの」


 これははっきりさせておかないといけない。


「確かに私が開けたのですが、今回はビクともしないのです。他の方も試しましたが駄目で、この前に開いた時と違うのはペイシェンス嬢がいらっしゃらないだけだという話になったのです」


 全員の目が私に集中する。圧を感じるよ。特にカエサルからね。開いたのを見てないから。


「それは……私のせいではなく、開閉システムが壊れたのでは?」


 ベンジャミンが髪の毛を掻きむしっている。


「だから、中に入っておくべきだったのだ!」


 いや、閉まって開かなくなったのだから、遭難になってしまうよ。


「兎に角、何でも試してみよう」


 伯爵の一言で、全員がお茶を飲み干して立つ。えええ、私も行くのですか? 決定みたいだね。古いシステムだから壊れたんじゃないの? 渋々、立ち上がる。


「地下通路の探索は難航しそうですわね」


 他人事のリリアナ伯母様が羨ましいよ。

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