第26話 フロート! フロート!

 今週末はモラン伯爵家に行く。だから、その後ならいつでも構わないとカエサル達4人に手紙書いて、また冒険者ギルドに運んでもらう。


 錬金術の素材がほぼただで手に入った。タランチュラの糸はもつれていたから捨てる予定だったし、巨大毒蛙のヌメヌメはいつもは捨てていたそうだ。それと巨大毒蛙の皮は何枚も格安で買ったよ。


「ペイシェンス、そんな物をどうするのだ?」


 サミュエルに呆れられたけど、まだ秘密だよ。メアリーにスライム粉と珪砂を買ってきて貰う。田舎のノースコートでも窓にはガラスがはまっている家もあるから、二酸化珪素もあるよ。メアリーがお使いから帰ってきたので、私は染め場に行きたい。


「これからは各自で自習してね。アンジェラとヘンリーは分数の玩具で遊んでいて良いわ」


 いそいそと染め場に行く。メアリーが屋敷の中だから良いと思うのについてくる。ここからは、それぞれの量をノートにつけながらの地道な作業だ。こういうのはカエサル部長やベンジャミンが上手い。でも、今回は先に作っておきたい訳があるんだ。


 だって、モラン伯爵領には湖があるんだよ。海より流されないから、フロートでプカプカしたいじゃない。


「スライム粉、巨大毒蛙のネバネバ、珪砂。先ずは1対1対1で混ぜてみよう」


 錬金窯に材料を入れてかき混ぜる。ネバネバにスライム粉と珪砂がブツブツになっている。


「綺麗に混ざりなさい!」


 本来ならもっと丁寧なやり方があるだろうけど、生活魔法を使って力技で混ぜる。


「ううんと、ブヨブヨね。もう少し硬度が欲しいわ」


 珪砂を増やしてみる。なんか、前世のフロートの感触に近くなった気がする。


「白鳥のフロートにしたいから、白の絵の具を混ぜてみましょう」


 何だか、微妙な白さだけど、絵の具をけちったからかも。


「白い白鳥のフロートになれ!」


 私は前世の白い白鳥のフロートを思い浮かべて、生活魔法を掛けた。空気を入れる口もちゃんと作ったよ。あっ、蓋もね。


 残念ながら、空気は入っていなかったので、グダァとした瀕死の白鳥フロートだ。


「お嬢様、これは何ですか? そろそろ昼食の時間ですよ」


 あっ、メアリーがいなかったら昼食に遅れていたかもね。サッと生活魔法を自分に掛けて、食堂へ急いだ。


 昼食を食べたら、即、染め場に行く。空気入れは前に自転車の時に作った。あれには金属とゴムがいる。ゴムはスライム粉と炭でつくれるけど、金属は……壊れた鍋を溶かして使わせてもらおう。


 あっ、それか脚で踏む空気入れでも良いかも。でも、ジャバラを作るのが面倒なので、タイヤの空気入れを作る。


 カシャ、カシャ、カシャ……疲れたよ。


「お姉様、何をされているのですか? 昼からはカザリア帝国の遺跡に行くのを忘れたのですか?」


 そうだった。ナシウスに呼びに来られたよ。


「この乗り物に空気を入れていたのよ」


 ヘンリーもやってきて、私が必死に首のところだけ空気を入れたのに、あっという間に白鳥のフロートを膨らませた。スワンの首が背もたれになって、羽が両方から包み込む形になっているので、水に濡れずにプカプカできそう。


「これは何ですか?」


 弟達二人とメアリーの怪訝そうな顔に「白鳥のフロートよ」と答えるのは勇気がいった。


「フロート?」


 そこから説明が必要なのか……そうだよね。見た事が無い形だからね。


「カザリア帝国の遺跡に行く途中で説明するわ」


 夏の離宮行きと違い、近場だから一台に私とアンジェラとサミュエルとナシウスとヘンリーが一緒に乗る。少し狭いけど、一緒の方が楽しいね!


「さっき作っていたのは、海や湖に浮かべて乗って遊ぶ物よ。白鳥のフロート以外に何が良いかしら?」


 前世ではバナナボートもあったけど、引っ張るのが人力のボートだとスピードは出ないし、バナナを食べた事が無いね。


「お花とかが可愛いのでは?」


 アンジェラはチラッと白鳥のフロートを見ただけなのに、なかなか良いアイディアを出してくれた。


「それも良いわね。普通の平たい筏みたいなのも遊ぶには良いわ。それは濡れてしまいそうだけど」


 サミュエルは、鯨。ナシウスは、本で読んだ事がある天馬。ヘンリーはビックボア。これは倉庫で見た印象が強かったからだろう。


「鯨は面白いかもね。海の生き物だし」


 天馬とビックボアは脚を作る意味も無いし、水面に沈んだら何か分かるかな? でも、弟達の提案だから作るに決まっているよ。私は弟達に甘いんだからね!


 カザリア帝国の遺跡に着いたら、アンジェラをサミュエル達が案内する。私も一緒に周ったけれど、ついついあの壁画を見に行ってしまう。


「まぁ、面白い壁画ですね!」


 アンジェラは初めて見るから、興味深そうだ。


「そうだろう! この壁画は何故か色褪せていないのだ。この技術といい、カザリア帝国の失われた文明を復活させたいな」


 おお、サミュエルが立派な事を言っている。凄く成長したね。それにナシウスの目が輝いているよ。本当に復活できたら良いね。


 お茶の時間までに帰り、その後はまた染め場に行く。でも、今度は弟達やサミュエルやアンジェラも一緒だよ。


「先ずは、アンジェラのお花のフロートを作りましょう!」


 今回は絵の具もたっぷりだから、綺麗なピンク色のお花のフロートを作ったよ。それをヘンリー達が膨らませる。


「まぁ、可愛いわ!」


 ピンク色のお花のカップ形のフロートなら濡れないでプカプカできる。


 次はサミュエルが提案した鯨だよ。前世の鯨も大きかったけど、異世界の鯨は巨大みたい。でも、そこまで大きくはしないよ。2人で乗れるぐらいかな。


 青色と灰色とのグラデーションにしたいから、容器を二つに分ける。


「上手くいくかしら? これは初めてするわ。鯨のフロートになれ!」


 出来上がりをイメージして、鯨のフロートを作った。


「わぁ、凄いな!」


 何とか魔物図鑑で見た鯨に似たフロートができた。


「次は天馬ね! 脚は畳んだ形にするわ」


 天馬は白だ。羽で囲った形だから、これは濡れないかもね。


「お姉様、凄いです」


 ヘンリーは鯨を膨らませていたが、次は自分が言ったビックボアなので手を止めて見ている。浮き浮きしているのがわかるよ。さて、どうしよう。ビックボアって可愛いとは言えないんだよね。


「茶色と少し白のを作りましょう。ビックボアになれ!」


 そう、ビックボアの瓜坊? これも瓜坊と言うのかは分からないけど、魔物図鑑に載っていた子どもビックボアには白い斑点があったんだ。ちょっとは可愛くできたんじゃ無いかな? 白い小さな牙もつけてみたよ。


「わぁ、お前ちゃんと牙もあるんだな」


 良かった! 気に入ったんだね。ヘンリーが良いなら、お姉ちゃんは嬉しいよ。


 サミュエル達が交代でフロートを膨らませている間に、ビート板やボディボートを作ったよ。これは絵の具の残りで、白やピンクや青や灰色だ。


「明日は海水浴だ!」


 フロートは本来はプールの方がいいけど、折角作ったんだから使いたいよね。それに試して見ないと沈むかもしれないし。


 


 次の日は、何と午前中に海水浴に行った。だってサミュエルやヘンリーが勉強どころじゃ無い感じだし、ナシウスやアンジェラも落ち着かないんだもの。その上、フロートを見たノースコート伯爵まで海水浴に参加だ。


「フロートが沖に流されないようにロープで括りましょう」


 海辺の近くで生活している従僕達はロープの扱いも上手い。


 フロートの用意ができるまで、ナシウスはビート板で泳ぐ練習だ。


「おお、良い感じだ。それで足をバタバタさせて泳ぐのだ」


 ナシウスもかなり泳ぐ形になってきたね。


 白鳥のフロートに乗って海に浮かぶ。うん、良い感じだ。


「わっ!」


 サミュエルが鯨のフロートから落っこちた。水飛沫がこちらまで飛んでくるよ。


 アンジェラのお花のフロートとナシウスの天馬のフロートは安定しているけど、ヘンリーのビックボアもひっくり返っているよ。


「これは気持ち良いな」


 伯父様は筏形のフロートの上に仰向けになって少し水に浸かりながら浮かんでいる。


 少しプカプカを楽しんだ後は、ボディボードで遊ぼう。


「このボディボードはこうして遊ぶのよ」


 先ずは背の立つ所からにしよう。波が来るのを待ってボディボードに乗ると、波と一緒に海岸へと運ばれる!


「面白そうだ!」


 あれ? 一番先に伯父様がボディボードに乗ったよ。サミュエル達も待っている。何個か作った方が良いかもね。


 私は少し休憩するよ。日陰の下で冷たいジュースを飲みながら、弟達がフロートやボディボードで遊ぶのを眺める。


「お嬢様、あんな風に遊ぶ物を作られたのですね」


 メアリーは、白鳥のフロートを変な目で見ていたけど、少し面白そうだと思ってくれたみたい。


「メアリーも乗ってみる?」と尋ねたけど、ブンブンと首を横に振られた。泳げないのかな? それとも大人の女の人は泳いだりしてはいけないのかな?


 フロートはボートとは違って、少し服が濡れるから嫌なのかもね。


 午前中いっぱい海水浴を楽しんだよ! 昼からの勉強は、少しダルくて捗りそうにもなかったから、音楽にした。夏休みだもの遊んでも良いよね。それにリュートの練習もしたいと思っていたんだ。


 ナシウスやヘンリーもハノンは上手くなったから、リュートの練習も始めているよ。アンジェラは、ハノンもリュートも上手い。やはり乗馬クラブより音楽クラブの方が向いていそうだ。


 ああ、こんな夏休みがずっと続くと良いな。

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