第25話 ビート板とフロートから思い付いた

 去年、夏の離宮で見たから浮かぶ木材があるはずなんだけど、どうせならフロートも作りたいと考えちゃう。


 錬金術が出来そうな染め場もあるし、スライム粉はノースコートの雑貨屋でも売っているだろう。スライム粉は庶民の味方だからね。後は、スライム粉を固める物と、撥水性だよね。海水にフロートが溶けたら、優雅にプカプカできないもの。


「そうね! マギウスのマントの為にも、ジョージが御者台で雨に濡れない為にも、撥水性の研究をしなくちゃ」


 ノースコート伯爵領に招待されなかったら、夏休み中は裏の畑で野菜を作ったり、撥水性の研究をする予定だったのだ。勿論、弟達と勉強したり、遊んだりもするつもりだったけどね。


 ここに招待して貰って、弟達には良い経験だったし、色々と学ぶ事が多かったと感謝している。そして、私もアンジェラと仲良くなれた。


 でも、研究の方はサボっている。


「染め場を錬金術に使っても良いでしょうか?」


 リリアナ伯母様は、錬金術と聞いて片眉を少し上げた。令嬢らしくないと思ったのかも。


「ペイシェンスは色々な物を発明している。染め場はもう使用していないのだ。好きに使えば良い。必要な材料が有れば用意するぞ」


 ノースコート伯爵の目がキラリと光った。この前の南の大陸のカラフルすぎる布を売れ筋の布に染めたので、私を高く評価してくれているのだ。それに、湯たんぽも何十個も買ってくれていたしね。錬金術は男の人の方が理解があるのかも。


「まぁ、ペイシェンスが変な方向に行きそうで怖いわ」


 あっ、リリアナ伯母様、それは言わないで貰いたいよ。自分でも女学生から浮いているんじゃないかと不安なんだ。アンジェラ、私は変人じゃないわよと微笑んでおく。


「リリアナ、それは間違いだよ。ペイシェンスは既に立派な発明をしている。これは素晴らしい才能なのだから、親戚として支えていくべきなのだ」


 えええ、そんなに期待される様な物じゃないんだ。ビート板とフロートだからね。でも撥水性は色々と役に立ちそうだけどさ。


 そんな錬金術について話しているのがカエサル部長達に聞こえたのかと思う程のタイミングで、執事が銀の皿に何通もの封筒を持って来た。


 何通かはノースコート伯爵夫妻宛だったが、私には全員からの返事があった。異世界の郵便事情が意外とスピーディというか、ギルドがちゃんと手紙を届けてくれたんだね。


「まぁ、もしかしてバーンズ公爵家の令息からかしら?」


 リリアナ伯母様の目がキラキラだ。お生憎様だけど、カエサル部長は遺跡の魔道船に興味を持っただけだと思うよ。


「ペイシェンス、早く開けてみて!」


 リリアナ伯母様ときたら、自分達宛の封筒には目を向けずに、私宛の封筒をジッと見ている。透視できるなら、してそうだよ。


「ええっと、カエサル様は是非ともカザリア帝国の遺跡を見たいと書いているわ。それで滞在しても良いかと尋ねておられるけど、どうしましょう?」


 リリアナ伯母様の満面の笑みで断ったりしないのは分かるけど、他の人の封筒も読んでみる。


「錬金術クラブのベンジャミン様、ブライス様も是非と言われています。そして、歴史研究クラブのフィリップス様も同様ですわ」


 手紙を書いた全員が来てカザリア帝国の遺跡を見学したいと返事をくれた。これが自分の家なら良いんだけど、ノースコート伯爵家だからね。迷惑じゃないかな? 本人だけでなく、きっと従僕や護衛も一緒だろうし。なんて前世の常識で考えていたが、伯爵夫妻は熱烈歓迎でした。確かに、この屋敷というか館なら100人でも泊まれそうだよ。


「ペイシェンスは良い令息達と付き合いがあるな。それは貴族として大切な事だし、王立学園で学ぶ一つの目的だ。サミュエルも音楽クラブや乗馬クラブで良き友だちを作るのだよ」


 王立学園には貴族は全員が通う。まぁ、一部の下級貴族の中には庶子の女の子は通わさないという噂を聞いたけどね。


 つまり、大人になって同じ時代を生きる貴族の顔合わせの意味もあるのだ。ああ、あのマーガレット王女の元学友達とも同じ時期に社交界で顔を合わせるんだ。やれやれ。


 リリアナ伯母様と話し合って、モラン伯爵家から帰った辺りにお越し下さいと連絡する事になった。彼方から返事があってから、サティスフォード子爵家を訪問する予定を決めるのだ。


「サティスフォード港を早く見学したい!」


 サミュエルにとっては知らない先輩達だもんね。そう思うのも無理はないと私は申し訳なくなった。


「バーンズ公爵家やプリースト侯爵家、そしてキャシディ伯爵家、アンカーマン伯爵家との顔つなぎになるのだ。サティスフォード子爵家にはいつでも行ける」


 あっ、ノースコート伯爵、それはサティスフォード子爵を軽く扱っているみたいで悪いよ。アンジェラが気を悪くしないかなと心配するけど、リリアナ伯母様は微笑む。


「サティスフォード子爵は、次代のバーンズ公爵と顔見知りになるチャンスですわ。滞在中にお茶会にお招きしましょう」


 そう言えば、そんな事をラシーヌが言っていたかも。貴族社会では、知り合うチャンスは逃さないんだね。


 さて、カエサル部長が来る前に、少しでも撥水性の研究を進めておきたいな。それと魔法を通す糸についても調べたい。これって冒険者に聞けば、何か知らないかな?


「伯父様、冒険者ギルドでは魔物の討伐もすると聞きました。辞典には載っていない特徴を持つ素材について教えて貰う事はできないでしょうか?」


 リリアナ伯母様に冒険者ギルドに行きたいなんて言っても許可は出そうに無いから、理解があるノースコート伯爵に頼む。


「冒険者ギルドなら色々な魔物を討伐したメンバーもいるだろうが、ノースコートの兵士達も魔物の討伐はしている。ペイシェンスはどの様な素材が欲しいのだ? 高価な素材はオークションに掛ける予定だが、価値を見出されていない素材なら安く手に入るぞ。倉庫に積んであるから見てみるか?」


 それって宝の山だよ。高い素材は買えないけど、安い素材の中で使える物はあるかもしれない。


「是非、見てみたいです!」


「父上、私も一緒に行って良いですか?」


 サミュエルもナシウスもヘンリーも興味深々だ。3人とも魔物を見たことが無いのかな? アンジェラは魔物よりハノンを弾く方を選んだ。リリアナ伯母様の視線が少し厳しい。普通の令嬢は魔物の素材より音楽を嗜むものだと口にしなくても分かる視線だ。


「ノースコートも冬前には魔物の討伐をするのだ。海の魔物と陸の魔物の両方を討伐しなくてはいけないから、父上が兵を指揮される」


 どうやらサミュエルは魔物を見た事がある様だ。ナシウスとヘンリーがどの様な魔物なのか質問している。


「海の魔物の方が大きい。それに肉は臭みがなくてとても美味しいぞ。漁師達と一緒に討伐するのだ。それに海の魔物の魔石は大きいからオークションに掛けられる。陸の魔物は、よく討伐しているから然程は大きくない」


 弟達、然程大きくないという言葉を信じてはいけませんよ。


 倉庫に入った途端、ナシウスとヘンリーが固まってしまった。


 ノースコート伯爵領の兵士達が討伐した魔物の素材は、冬前の討伐まで倉庫に貯めてある。既に魔石とかは抜いて売ったのだろう。


「ここら辺は魔物の皮だな。良い毛皮はもう売っている。秋までにコートにするのだろう。彼方は魔物の角とか蹄だ。剣の材料になるが、ここにあるのは小物ばかりだ」


 魔物の皮は、なめして畳んであるけど、小山になっている。それがズラリと並んでいるのだ。


「この皮が一頭の魔物なの? 凄く大きいんだね」


 ヘンリーがサミュエルに尋ねている。


「ああ、多分これはビックボアだ。然程、大きくはない。冬の冬眠前になると身体は倍以上になるから、夏でも増えすぎた分は討伐はするのだ」


 ナシウスは灰色の目を見開き、倉庫の中を夢中で見回している。


 伯爵は、小物の角と説明されたけど、前世の象の牙に見えるよ。それか虎の牙だね。鹿の角も巨大でオブジェの様だ。


 私は皮や角や牙に魔法を通していく。魔法が通る素材で刺繍をしようと考えているからだ。


「魔物だから身体の中には魔力があった筈だわ。だから、魔力を通していたと思うのに……皮や毛皮は通さない様になっているのね」


 私が残念がっていると、ノースコート伯爵に笑われた。


「魔物の毛皮や皮は魔法を通し難いのもあるから、それで防具を作るのだよ。ペイシェンスは魔法が通る素材を探しているのかい?」


 異世界は剣と魔法の世界だからね。魔物の毛皮や皮で防具を作って、敵や魔物の魔法を防ぐのだ。


「王都の第一騎士団のマントは魔物の毛で織られているときいた事がある。全員のマントを揃えるにはかなりの金額を使っただろう」


 そのマントに守護魔法陣の刺繍をしたいんだ。


 私は倉庫の中の凡ゆる素材に魔法を通してみる。


「伯父様、あそこに纏めてあるのは何かしら?」


 何か得体の知れない物が片隅に積み上げられている。


「ああ、あれはタランチュラの糸だ。あれは切れ難いから漁師や領民が釣り糸にしているのだが、あそこにあるのは絡まってもつれてしまっているな。これでは売り物にならない」


 わわわ……蜘蛛は苦手だよ! でも、そっと指先で触れて魔法を通してみる。


「まぁ、魔法が通るわ!」


 私が驚いていると、伯爵が苦笑いをした。


「タランチュラは、蜘蛛の巣を張って魔力で痺れさせ、獲物を毒針で刺して、捕食するのだ。魔石と毒袋はオークションに掛けたが、糸は領民に売った残りだろう」


 魔法が通るとなれば、気持ち悪いなんて言ってられない。細い糸を手に取って、もつれているのを解く。


「真っ直ぐになれ!」


 ピュラルルルともつれて固まっていたタランチュラの糸が真っ直ぐになった。私は、それをビックボアの小さな骨にクルクルと巻き取る。


「それは、本当に生活魔法なのか?」


 ノースコート伯爵に呆れられたけど、私は生活魔法しか使えないよ。少し変みたいだけどね。


「ええ、生活魔法ですわ。この糸が赤に染まると良いのですけど……」


 タランチュラの糸は白っぽい半透明だ。それに切れ難いとは聞いたけど、実際に試してみないとね。第一騎士団の赤いマントに白い糸の刺繍は目立ちそうだから、なるべく赤に染めたいな。


 この倉庫で、大嫌いな巨大毒蛙の皮もゲットしたよ。火に強いと聞いて、ちょっと思い付いた事に利用できそうなんだよね。来年の青葉祭で発表できると良いなぁ。


 撥水性の素材は大セイウチシーカウが優れていたが、これは高価に取引されている。


「これではなくて、普通の布を撥水加工できる素材が欲しいのよ」


 サミュエルと弟達はビックボアの牙をどれほどの大きさまで持ち上げられるか競争しているが、私は倉庫の中をまだ諦めずに調べる。


 スライム粉とガラスの材料の珪素で実験をしてみても良いのだけど、スプレーが無いと分厚く塗るしかない。それでは重たくなってしまう。


「異世界でも撥水系の物はあるわ。パラフィン紙とか柿渋の紙とか。でも、少しは撥水できても紙はいずれは水に溶けてしまうのよね」


 もっと、ぬめっとした撥水性の素材が有れば良いのだけどと思っていたら、兵士達が巨大毒蛙を討伐してきた。それも百匹以上。兵士達もヌルヌルだ。気持ち悪いと、飛びのいたけど……これってさっき利用しようと考えていた蛙の皮だよね。


「こんなにヌルヌルしているのね」


 蛙は大嫌いだけど、ヌルヌルを手に取ってみる。魔法を通すと弾く。倉庫の外に出て、ヌルヌルに水を掛けたが、丸い玉になって転がり落ちる。


「これ、凄い撥水性だわ! 使えるかも!」


 急いで倉庫に引き返し、ヌルヌルを皮から取り除いて捨てようとしている兵士達を止める。


「このヌルヌルが欲しいのです。何個か樽を貸して下さい」


 兵士達に変な目で見られたけど、そんなのに構っていられない。


『ヌルヌルは樽の中に入れ!』


 かなり強めに魔法を掛けたら、ヌルヌルが樽に10個も取れた。


「凄い魔法ですね。お陰で、ぬめりを取る手間が省けました」


 隊長らしき人にお礼を言われたけど、もし撥水性の素材として活用できるようになれば、ノースコート伯爵に巨大毒蛙狩りとヌルヌル取りを命じられるのだ。まぁ、それはこれから研究するのだけどね。


 何だか、上手くいく予感がするよ!


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