第11話 ラシーヌの訪問

 ラシーヌとアンジェラが来るまで私は絵画刺繍に没頭していたので、もうお茶の時間になったのだと驚く。サミュエルや弟達も海水浴から帰って、今はお風呂に入っているそうだ。それも気づかなかったよ。ショック、お姉ちゃん失格だよ。

「サティスフォード子爵夫人、アンジェラ、ようこそ」

 私が弟達が帰ったのも気づかなかった事に落ち込んでいる時もノースコート伯爵夫妻は、愛想良くラシーヌを出迎えている。

 私も内心のショックを押し殺して、お淑やかに出迎えているよ。今日はアンジェラはブルーのドレスだ。髪の毛はツィンテールでドレスと同じ色のリボンで括ってある。あの夏の離宮に付き添った侍女が髪をカールさせたのかな? すっごく可愛い。

「先日のお礼とは言えないけど、南大陸からの渡来物を持って参りましたのよ」

 リリアナ伯母様とラシーヌは親しいようで、色鮮やかな柄の布や変わったお面を見て話している。少しアフリカというかインドっぽい感じがする。

「とても色鮮やかな布ですが、柄が個性的過ぎて服には向かないかもしれませんね」

 リリアナ伯母様は変わった柄の布を手に持って首を傾げている。

「南の大陸では色鮮やかな布を身体に巻き付けているみたいですわ。男の人も女の人もね」

 ラシーヌの言葉にリリアナ伯母様は困惑している。

「まぁ、男の方もこの様な鮮やかな色を身に纏われるのね。何か上手く使えば、素敵になりそうだけど、変に使うと悪趣味になってしまうわ」

 あれっ、ラシーヌのお土産を腐して良いのかな。

「そうですの。だからリリアナ伯母様に相談したくて布を持って来ました。南の大陸からの船に沢山積み込まれていたのだけど、夫はこれをどう売るのか悩んでいるのよ」

 ふうん、2人は私が思っているより親しいみたいだね。仮面には惹かれないけど、布には興味がある。染色と織物を履修しているぐらいだからね。

「伯母様、見せて頂いて宜しいでしょうか?」

 布を持って調べると、柄を織り込んであるのではなく、スタンプを押して染めてある。インドの更紗みたいで、私は好きだな。

「夏休み中ですから、テーブルクロスにしても面白そうですわ」

 リリアナ伯母様は少し考えて頷く。

「そうね、夏なら良いかもしれませんわ。勿論、お客様をお迎えする時には使えませんけど」

 早速、鈴を鳴らして生成りにブルーや緑の柄が染めてある布をテーブルクロスにさせる。

「まぁ、夏らしくて素敵だわ」

 ラシーヌは喜んでいるけど、夏限定のテーブルクロスだけでは需要が少ないかもね。私は他の布も手に持って調べる。リリアナ伯母様が選んだのは、沢山の布の中でも地味な物だった。カラフルなのも私は好きだけど、ローレンス王国には馴染みが無いからなぁ。

「あまりに色鮮やか過ぎて、何に使えば良いか分からないの」

 ラシーヌも困ったから、リリアナ伯母様に相談しに来たんだろう。私はこのままでも好きだけどね。

「ラシーヌ様、何枚か頂いても宜しいですか? 上から薄い色を染めてみたいのです。セピア色や青色や茜色を加えたら、原色のキツさが和らぐかもしれませんわ」

 茜色を加えたら、可愛いスカート生地になりそうだし、その上に白いブラウスを着たら民族衣装みたいになるんじゃ無いかな? この生地が安価なら、庶民の晴れ着にできそうだ。

「まぁ、それは良いアイディアだわ。ペイシェンス様、一度サティスフォード子爵領に遊びにいらして」

 こんな話をしているうちに、サミュエルとナシウスとヘンリーがお風呂に入ってからやってきた。本当ならヘンリーは子供部屋でお茶を飲むのだが、今回のお客様は従姉妹のラシーヌと従姪のアンジェラだから一緒だ。それに王都ロマノにいる時ほどは厳しくないみたい。

「これはアイスクリームという新しいスイーツなのよ」

 夏らしい暑い日だし、アイスクリームは美味しいよ。

「まぁ、こんなに美味しい物が流行っているとは知りませんでしたわ」

 ラシーヌは知らなかったみたい。アンジェラは未だ王立学園に通っていないから、青葉祭には来てないからね。

「これはペイシェンス達が考えたアイスクリームメーカーで作るデザートなのだ。バーンズ商会で販売している」

 ノースコート伯爵の説明をラシーヌは熱心に聞いているから、お買い上げ決定だね。

「バーンズ商会は新しい商品を販売するのが上手いですわね。夫も褒めていますわ。直接、お会いできる機会が有れば宜しいのですが、なかなか社交界でも公爵となれば、此方からは話し掛けることはできませんし」

 うっ、嫌な予感がするよ。サミュエル、口を閉じていてね。サミュエルは目上の人に尋ねられるまでは口を開いてはいけないというマナーを守ってくれたよ。ホッとしたけど、ここには青葉祭に見学に来たノースコート伯爵もいたんだ。

「確か、ペイシェンスは錬金術クラブにも属していたな。そうだ、バーンズ公爵家の嫡男、カエサル様が部長をされていた筈だ。このアイスクリームメーカーも錬金術クラブで作ったと聞いたぞ」

 錬金術クラブと聞いてラシーヌは驚いていたが、そこの部長がバーンズ公爵家の嫡男だと知って、目を輝かせる。

「まぁ、ペイシェンス様はバーンズ公爵家の嫡男と同じクラブなのですね。もしかして、公爵とお会いした事があるとかは無いでしょうね」

 公爵とは2回も会っているし、バーンズ商会では湯たんぽやスライムクッション、ヘアアイロン、縫わない糊、糸通し、アイロン、そして秋学期から自転車も売って貰う予定だ。その件でまた会う必要もあるんだよ。

「バーンズ公爵とはお会いした事がありますわ。湯たんぽを売って貰う時に」

 ノースコート伯爵とラシーヌが同時に手を打った。

「湯たんぽは良い商品だ!」

「もしかして、湯たんぽはペイシェンス様が考えたの?」

 そうなんだけど、何か問題が?

「湯たんぽを何十個も買って領地に送ったのだ。ノースコートは夏は暑いが、冬は海風が強くて寒いからな」

 お買い上げ、ありがとうございます。

「まぁ、夫も何十個も領地に送りましたわ。ペイシェンス様が考えた物だったのね」

 こんな風に領地に送る貴族も多かったから500ロームになったんだね。ありがとうございます。

「もしかして、ペイシェンス様がプレゼントしてくれたスライムクッションやヘアアイロンも考えて作ったの?」

 ラシーヌはピンときたようだ。リリアナ伯母様も驚いている。買ったのをプレゼントしてくれたのだとばかり考えていたのだ。

「それより、父上。自転車を秋から売り出すそうですよ」

 我慢できなかったのかサミュエルが大人の会話に口を挟んだ。けど、今回は叱られなかった。

「リリアナ、貴女を乗せて走った自転車を買わなくてはね」

 青葉祭で後ろに椅子をつけたシクロは大評判だったのだ。

「まぁ、ノースコート伯爵、自転車とは何ですか?」

 ノースコート伯爵がラシーヌに説明しているが、本来の訪問の目的は話していない気がする。布の使い方を質問するだけで来たんじゃ無いだろう。リリアナ伯母様も本題を話す頃だと感じたみたい。

「サミュエル、ナシウス、ヘンリー、アンジェラと子供部屋で遊んでいらっしゃい」

 子ども達を追いやって、これから本当の訪問理由を話し合うみたい。私も子供部屋で遊びたいな。歴史カルタや単語綴りカードやリバーシがあるからね。知育玩具も今度バーンズ商会に提案してみよう。なんて気を飛ばしていたよ。

 だってラシーヌの話はアンジェラがジェーン王女の学友か側仕えになれるのかという悩みを何回も繰り返しているだけだからね。

「私はアンジェラを寮に入れるつもりです。アンジェラからジェーン王女は寮に入ると聞きましたの。他の学友候補の方はどうされるか分かりませんが、アンジェラは寮に入れますわ」

 あのしっかりした侍女に面倒を見て貰っているアンジェラが寮で自分でやっていけるのかな? 私の疑問をノースコート伯爵夫妻も感じていたようだ。

「でも、寮には侍女は連れていけないのに」

 私は寮生活を満喫している。来年からはナシウスも一緒だしね。家に残るヘンリーの事だけが心配だよ。

「ええ、掃除は下女がしてくれるそうですが、やはりアンジェラには不自由な生活でしょう。でも、それはジェーン王女も同じですわ」

 そこまで母親のラシーヌが腹を括っているなら、私達の言う言葉は無い。マーガレット王女の学友は寮に入らなかったから、外されたと噂になっているみたいだし、他の令嬢も寮に入るかもね。

「だから、ペイシェンス様にはアンジェラに生活魔法を教えて頂きたいのです」

 えっ、アンジェラは生活魔法を賜ったの? 同じ馬車に乗っていた時に風のような気がしたけど? 理解不能だよ。

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