第75話 下級薬師試験

 音楽クラブで春学期の締めくくりがあった。縁談の件があるのでアルバート部長と顔を合わせるのちょっと意識していたけど、普通に接してくれたのでホッとする。この点はプラス評価なんだよね。まぁ、音楽だけ好きだと言えるかも?

「収穫祭はまた合奏曲をするつもりだ。夏休み中は自分の苦手な楽器の練習をしっかりとする様に。あと、新曲を作るのも忘れない事。では良い夏休みを過ごしたまえ」

 あっ、リュートの練習をしなくちゃね。アルバート部長の話は簡単に終わったので、サミュエルに家への手紙を言付ける。

「明日は下級薬師の試験を受ける事になったから、お迎えは昼にして欲しいと書いてあるの。執事に渡してくれる?」

 サミュエルは「分かった」と受け取ってくれた。

「それより、さっきマーガレット王女が夏の離宮に遊びに来てという様な事を言われたのだが……」

 あっ、マーガレット様は外堀から埋めるつもりなんだね。そんな事しないでも遊びに行くつもりだったよ。一度ぐらいはね。

「ええ、ノースコート領で夏休みを過ごすと言ったら、マーガレット王女に夏の離宮に遊びにいらっしゃいと言われたの。そうだわ、リリアナ伯母様とラシーヌ様にも手紙を届けて貰えるかしら? アンジェラ様も一緒にいらっしゃいと言われたのよ」

 こちらは昨夜のうちに書いていた手紙だ。ワイヤットへの走り書きとは違ってちゃんと丁寧に説明をしているよ。

「ああ、そのくらいは良いけど……本当に私も夏の離宮に行くのか?」

「ええ、キース王子もサミュエルが来るのは楽しみだと言っていらしたわ」

 サミュエルの顔が真っ赤になった。

「そうなんだ……本当に夏の離宮に行くのだな」

 そっか、夏の離宮は王族が公務から離れて寛ぐ場所だから貴族も招待されないと行けない場所だと認識していなかったんだ。

 出来るだけ行く回数は少なくしたいな。弟達と遊びたいんだもん。

 マーガレット王女はゾフィーと王宮に帰られたが、私はもう一つのクラブの締めくくりに行く。

「遅いぞ、ペイシェンス。こいつがミハイル・ダンガードだ」

 赤毛の髪がクルクルしている初等科3年生だ。去年、初等科2年に飛び級した時に同じクラスだったけど、話した事は一度も無い。

「ペイシェンス様が自転車を考えたと聞きました。他の機械も考えておられるのですか?」

 わっ、機械いじりが好きだと聞いていた通りだね。

「ええ、布を縫う道具を考えているのですが、なかなか設計図が上手く書けなくて」

 ミハイルにミシンの設計図の書きかけを見せて、一緒に考える。

「なるほど、このペダルを踏んで回転運動を軸で繋げて針を上下運動にして、上糸と下糸を絡めて縫い進めれば良いのですね」

 あのざっくりとした設計図でよく理解できたね! ボビンケースとかの図を熱心に見ている。

「ペイシェンス、また何か考えついたのか?」

 わぁ、カエサル部長が食いついてきた。他のメンバーも加わってミシンについて話す。

「ミシンが出来たら衣服が簡単に生産できるぞ!」

 確かにその通りなんだよね。今は手縫いだから衣服は高い。布も手織りだし……織機は覚えてないよ。

「そうだ、夏休み中は皆それぞれ領地や避暑地に行くだろうが、クラブハウスを使いたい時はバーンズ商会のパウエルに言えば鍵を貸して貰えるからな。私は7月の終わりにはロマノに帰るつもりだから、それからは殆どクラブハウスにいる。実験したくなったら来るように」

 カエサル部長の錬金術愛には驚くよ。5年A組ってアルバート部長やパーシバルやグリークラブのマークス部長、なかなか濃いメンバーだよね。

「マギウスのマントの研究を少しでも進めておくつもりだ」

 そう、それもあったんだ。あれはなかなか一筋縄ではいきそうに無い。

「私も刺繍糸について考えてみます。魔法を通す糸でないと、守護の魔法陣が発動しないと思うのです」

 そこからはマギウスのマントについて話し合ったが、やはり刺繍糸がネックだと分かっただけだった。魔力が通る糸を見つけるか、作らないといけない。


 寮に帰ってから、薬草学と薬学の教科書や調べたノートを読み返した。

「これで落ちたら、もう仕方ないわよね」

 できる事はやったので、落ち着いて受けようと覚悟を決めた。ただ、マキアス先生は少し捻くれているから、変な問題が出るかもと不安ではあった。

 下級薬師試験は6年生の数人と受けた。心配していたが、試験は教科書に載っていた薬草についてと、回復薬の作り方だった。これなら落ちる事は無いと思う出来だった。

 実技試験はヤマを掛けていた通り毒消し薬だった。一番作るのが面倒臭いから、マキアス先生が出すんじゃ無いかなって思っていたんだ。

 復習していたから、スムーズに作れたよ。

「できました!」と教壇の横で座っているマキアス先生の所に毒消し薬を持っていく。

「ああ、ペイシェンス。あんたは合格だよ。ほら、下級薬師の免許証だ。これで作れるのは下級回復薬と上級回復薬と毒消し薬。後は自分のオリジナル薬だが、それは上級薬師の資格を取るまでは止めておいた方が良いよ」

 少し厚めの紙の免許証に私の名前をサラサラと書いて渡してくれた。

「ありがとうございます」

 魔女っぽいマキアス先生だけど、内職はさせてくれたし、下級薬師の免許が取れたのもあの難しい期末試験のお陰だよ。教科書だけだったら不合格だったかもね。

「あんたはロマノ大学に行く気はあるかい? 腕の良い上級薬師になれるよ。それと一度、教会で能力判定をしなおしてみな。あんたの魔力はかなり変だからね」

 そうなんだよね。私の生活魔法はかなり変わっている。でも、金貨1枚は考えちゃうな。お金にケチなのも私の欠点なんだよね。前世では、そんなにケチじゃなかったと思うんだけどね。

 メアリーが迎えに来るまで、持って帰る物の整理をする。着替えとかも一旦は持って帰るし、教科書は置いたままのと持って帰る物に分ける。行政と法律の3年分の教科書はナシウスにあげるつもりだ。あの子はきっと文官コースだと思うからね。経営と経済と地理の教科書も合格したから持って帰る。秋学期には、また履修届けを書かなきゃいけない。

 メアリーが迎えに来てくれたので、荷物を持って貰おうとしたが、何だか様子が変だ。

「お嬢様、ノースコート伯爵夫人とサティスフォード子爵夫人からお手紙が来ています」

 ああ、サミュエルが伯母様とラシーヌ様への手紙を渡してくれたんだと手紙を受け取ろうとしたが、メアリーの目が据わっている。

「お嬢様、彼方からの召使いが夏の離宮に行くとか何とか言っていましたが、それは何でしょう?」

 そう言えば、この話は寮に来てからだからメアリーは知らなかったね。

「ああ、マーガレット王女が弟達とサミュエルやアンジェラを連れて遊びにいらっしゃいと言われたのよ」

 メアリーが真っ青になった。

「ヘンリー様やナシウス様の服を何着も縫わなくてはいけませんわ」

 ノースコート伯爵家で夏休みを過ごすのだから、新しい服を何着か縫う予定だったが、夏の離宮に行くならそれ相応の服がいるとメアリーが騒ぐ。

「まぁ、1回か2回行く程度だから」

 馬車でメアリーを宥めながら、手紙を読む。私も弟達の服を縫うのを手伝わされるのは確定だから、馬車で移動中に読んでおきたかったんだ。

「ああ、リリアナ伯母様とラシーヌ様が屋敷に来て欲しいと言われているわ。サミュエルがちゃんと説明しなかったのかしら?」

 ラシーヌの方はアンジェラの件もあるから、一度話しておいた方が良いかもしれないと思ったが、サミュエルは学友も側仕えも狙っていないのに必要ないんじゃないかな? なんて事をメアリーに言ったら「とんでもない!」と叱られた。

「去年、夏の離宮に招待されたのは、マーガレット王女様の側仕えをしているからです。普通の貴族は呼ばれたり致しません。だからノースコート伯爵夫人も驚いておられるのでしょう」

 やれやれ、マーガレット王女のせいで親戚の屋敷巡りだよ。


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