第68話 ハラハラの青葉祭

 音楽クラブの新曲発表会は、コーラスクラブの発表の間に挟まれている。ルイーズに会うのが気が重いが、挟まれているので絶対に会いそうだ。

「相変わらず、コーラスクラブは古臭い歌ね」

 マーガレット王女は手厳しい評価だ。ルイーズも歌っているが、女学生ばかりで迫力不足に感じる。

「男子学生もいた筈ですが?」

 秋の収穫祭には男子学生が数人いたのに、見当たらない。午後からの発表に回ったのかな?

「まぁ、ペイシェンスは情報に疎いわね。男子学生はグリークラブに変わったのよ。女子学生もかなり移ったと聞いたわ。コーラスクラブでは上級貴族じゃ無いとソロは歌わせて貰えないもの。実力主義じゃ無いから、不満を持った学生は移ったわ」

 成る程ね、コーラスの厚みがない気がしたんだ。人数も減ったんだ。なんて呑気な事を考えていたが、次は音楽クラブの新曲発表会だ。舞台の端に寄せられていたハノンを真ん中にして、譜めくりを立てる。

 アルバート部長は慣れた様子で「音楽クラブの新曲発表会をします」と簡単に挨拶した。

 今年は1年生が多いから、私は捲らなくて良いから気楽だよ。1年生はくじ引きで順番を決めたみたい。1番目はクラウスだ。マジ、天使みたいな見かけで、ドストライク! 何とか雑草を『花園』に編曲した新曲と私の『子猫のワルツ』を弾いた。

「ブラボー」あっ、ラフォーレ公爵が今年も騒いでいるよ。

 次はサミュエル。新曲は『春の稲妻』、少しロックっぽくて好きだな。『ノクターン』を弾いたよ。うん、ラフォーレ公爵が興奮して騒いでいる。アルバート部長が止めに行った。良かった。

 ダニエルの新曲は一番編曲が大変だったけど、何とか格好はついた。『別れの曲』を弾いたけど、上手いな。

 バルディシュの新曲は『トロット』だ。馬のトロットっぽさが出たダンス曲だ。それとアルバート部長の超絶技巧曲を弾いたよ。すごい指がよく回るね!

 私は『英雄ポロネーズ』とマーガレット王女の『若人の歌』を弾いたよ。

 うん、大拍手で終わって良かった。後はコーラスクラブの発表だね。

「ペイシェンス、良かったわよ」

 マーガレット王女に褒めて貰えたのは良かったが、近づいてくる影はラフォーレ公爵かな?

「ペイシェンス・グレンジャーだったな。素晴らしい才能だ。是非、屋敷に来てくれないか?」

 アルバート部長が間に入ってくれたが、少し目が真剣過ぎて怖かった。

「父上、まだ発表会は続きますから、席につきましょう」

 マーガレット王女も心配そうだ。

「ラフォーレ公爵はかなり危ないわ。ペイシェンス、気をつけるのよ。何方か婚約できる相手はいないの?」

 貧しいグレンジャー家に縁談なんか……そう言えば冬休みにモンテラシードの伯母様が持ってきていたな。即、断ったけど。

 アルバート部長の義母にはなりたくないよ。いざとなったら、其方の縁談に逃げるしか無いのかも。あまり年上じゃないと良いな。私はショタコンだから、おじ様はダメなんだよね。なんて考えていられる程、コーラスクラブの発表は退屈だった。ルイーズがまた出ている。かなり人数が減ったんだね。

「さぁ、裏手に行くわよ」

 次はグリークラブの発表だから、伴奏の私達も楽屋に向かう。そこは華やかな衣装を着たグリークラブのメンバーで賑わっていた。ダンスクラブのメンバーもバックダンサーで参加するので人が溢れている。

 数人ずつの発表のコーラスクラブとは凄い違いだ。

 私はハノンを、マーガレット王女はフルーをバルディシュとサミュエルとダニエルはリュートを、そしてルパートとクラウスは打楽器だ。アルバート部長は指揮をする。

『アレクとエリザ』はとても良かった。観客も喜んで拍手喝采している。特に、戦場行ったアレクの無事をエリザが神に祈って歌う『アメージング・グレース』は圧巻だった。確かにルイーズが歌いたくなるの分かるよ。

「これは音楽クラブは1番になれないかもしれないわ。兎も角、お昼にしましょう」

「ペイシェンス、私が昼食中に父上を説得するつもりだが、マーガレット王女の側を離れないようにしなさい。父上は私より音楽に没頭するタイプだ。何をなさるか分からない」

 マーガレット王女の側を離れない様にとアルバート部長にも注意を受けた。ラフォーレ公爵が拉致するかもしれないと、息子も心配しているみたいだ。危険人物だよ。

 私は午後からは錬金術クラブなので『音楽クラブ』に1票投じて置いた。

 上級食堂サロンは前の年の様にパーティションで仕切られていた。保護者がマーガレット王女やキース王子に挨拶に来たら、ゆっくりと食べられないからね。いつものようにキース王子とラルフとヒューゴと昼食を取る。

「マーガレット姉上は午後からはどうされるのですか?」

 午前中で騎士クラブの試合は終わりだ。私は錬金術クラブに行くので、できたらキース王子にマーガレット王女の側にいて欲しいと思ったのだが、違う方向に話が進む。

「私は食後は錬金術クラブでアイスクリームを試食するつもりなの。その後は講堂で新曲発表会よ。だから、キースにはペイシェンスの付き添いを頼みたいの。この子をラフォーレ公爵が連れて帰らない様に見張って欲しいのよ」

「まさか、流石にそんな事は有りませんわ。大丈夫です」

 慌てて断る。キース王子と一緒なんて肩が凝るよ。

「ラフォーレ公爵は独身なのだな。アルバートの様な音楽馬鹿なら危ないぞ」

 この国の公爵が変人で良いのだろうか?

「そうなのよ。さっきも是非、屋敷に来るようにとペイシェンスに言っていたわ。アルバートが遮ってくれたけど、私がいないと逆らえないわ」

 キース王子の眉が上がる。怒っているみたいだ。確かに中年の親父が11歳の娘に無理を言うなんて良くないよね。それも公爵だから、逆らえないし。

「わかりました。ペイシェンスの側から離れません」

 4時間目の終わりに裁縫室まで送って貰う事が決まった。それに4時間目が終わったら保護者は学園から帰るし、そこからはマーガレット王女と一緒に行動する。

「キース王子も見学したい所があるのでは無いですか? これからは錬金術クラブに居るので大丈夫です」

 断ろうとしたが、マーガレット王女もキース王子も許してくれない。

「まだペイシェンスは貴族の怖さを知らないのよ。強制的にでも屋敷に連れ込まれてしまったら、悪い噂が立って真っ当な結婚などできなくなるわ。ラフォーレ公爵の後添えなら御の字で、愛人扱いかもしれないのよ」

 中年の愛人! 鳥肌が立った。無理だ!

デザートはアイスクリームを試食するので断って、錬金術クラブの展示会場へ向かう事になった。

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