第67話 ドタバタの青葉祭準備

 裾上げ用の糊をキャメロン先生に見せるのは少し勇気がいった。だって、縫わなくても良い便利な道具なので、怠けたいからだと思われないか心配だったんだ。

「このように塗って、アイロンで押さえます。そうすると、洗濯してもはずれません」

 キャメロン先生は腕を組んで考えている。普段は笑顔が多いキャメロン先生なのに難しい顔だよ。

「私にもやらせて貰えるかしら?」

 キャメロン先生は裾にスティック状の糊を塗ってアイロンで押さえて、剥がれないか布を引っ張って確かめる。

「まぁ、本当にくっついているわ。表にも響いて無いようだし……凄い物を考えたわね!」

 叱られるかと思ったが、褒められた。難しい顔だったのは、それ程真剣に考えていたからだ。

「勿論、ちゃんと縫った方が上等だと思いますが、裁縫が苦手な学生も多いですからね」

 これもバーンズ商会で売って貰う事になったが、青葉祭までのは試供品として提供する。ドレスが青葉祭に間に合わないからね。

「魔道具のアイロンも買わなくてはいけませんね。細かい所は小さな魔道具のアイロンが良いでしょうから」

 魔道具のアイロンも買い上げてくれそうだ。アイロン掛けに慣れていない令嬢には、炭の入った重いアイロンで裾を押さえていくのは無理そうだ。

 裾上げは楽になったが、青葉祭までマーガレット王女達はドレス縫いに追われた。

 私は、音楽クラブは新入生の新曲も仕上がったし、グリークラブの伴奏も練習済みだから、錬金術クラブに入り浸っている。

 冷凍庫が出来たので、アイスクリームをいっぱい作っていたのだ。アイスクリームメーカーを使う事もあったけど、生活魔法で時短する。特に苺ジャムのマーブル模様は生活魔法で作った方が綺麗に出来るからね。

「このくらい有れば良いだろう」

 冷凍庫にアイスクリームの容器が6つ詰まっている。1つの容器に2リットルだから、40個分のアイスクリームになる。苺味とミルク味で2個ずつ盛り付けとしたら、6つの容器で120人分だ。

「足りなかったら?」

 少し不安になったが「食券を100枚しか作らないから、売り切れたらおしまいさ」とカエサル部長は笑い飛ばす。

 20枚分は、身内で食べるつもりみたいだ。お手伝いの上級メイドにも試食させたいしね。アイスクリームに使わない卵の白身は、カエサル部長が家に届けてくれた。これでメレンゲをエバに焼いてもらう。

 私は午前中は音楽クラブの発表とグリークラブの伴奏で錬金術クラブには来られない。

「冷凍庫でアイスクリームはカチンカチンですから、少し前から出しておかないといけません。それと前日には練習をしないと」

 それと、今回は看板を描く。前のように教室で展示だけでは無いのだ。

 木の板に『自転車、試乗会場』『アイスクリーム、試食会』の看板を何枚か描く。絵も描くが、それは殆ど私が描いた。

「ペイシェンス、絵が上手いな」

 試乗会の時間スケジュール表や、その予約票、アイスクリームのチケットも作る。このノリは高校や大学の学祭に似ているね。懐かしくなったよ。


 音楽クラブの新曲発表会は、午前中は新入生と私になった。マーガレット王女は午後からだ。

「マーガレット様、午後からは錬金術クラブに行かなくてはいけませんが、大丈夫ですか?」

 アルバート部長が笑う。

「マーガレット様はどうせ講堂から離れないだろう。私や他のメンバーもほぼ離れないから大丈夫だ」

 でも、マーガレット王女は少し他の案があるようだ。

「ペイシェンスが考えたアイスクリームとやらを食べてみたいの。昼からの演劇クラブの発表はパスして、食べに行きましょう」

 アルバート部長も、ルパートや他のメンバーも新しいデザートに興味があるみたい。

「チケットを用意しておきますわ」

 なんて言っていたら、サミュエルが聞きつけた。

「私もアイスクリームが食べたい。あれは、とても美味しかったからな」

 メンバーの目がサミュエルに向かう。

「食べたのか?」

 ダニエル達に質問攻めにあっている。

「グレンジャー家で試食したのだ。冷たくて、甘くて、凄く美味しかった」

 結局、音楽クラブのメンバーのチケットを用意する事になった。

 この時は簡単に考えていたが、サミュエル達はクラスメイトに話すし、他のメンバーも同じだ。

「ペイシェンス、このままでは足りないな」

 ほぼ、チケットは売り切れてしまった。急遽、アイスクリームの容器を4つ分追加で作る。冷凍庫はぱんぱんだ。テーブルや椅子も何個か増やした。

「まぁ、この80個分は当日販売だな。洗う暇が無いかもしれないから、ガラスの器やスプーンも増産しておこう」

 一応は水道が引かれている部屋だったので、メイドに洗ってもらう予定だったが、盛り付けと運ぶだけで忙しそうだ。私は午後からしか来れないのが痛い。

「昼食後、マーガレット王女がアイスクリームを試食しに来られます。一つテーブルを予約したいのですが……無理でしょうか?」

 カエサル部長は「仕方ないな」と許可してくれた。

「そうだ、アイスクリームも予約制にしたら良いのかもな。全席はしないが、一定数の席は予約席にしよう」

 上級貴族の学生だけでなく、保護者もいるのだ。混乱を避けるには予約席が必要だ。

 また、予約時間表を作る。それと、渡す予約票も作ったよ。これも、あっと言う間に埋まった。特に保護者が来る学生は予約に来るのが多い。上級メイドに手伝いを頼んで良かったよ。失礼があったら大変だもの。

「自転車の試乗会の予約もかなり埋まってきたな。これで新メンバーが増えれば良いのだが……」

 去年の青葉祭のように閑古鳥は鳴いてないが、それで錬金術クラブに入るかどうかは分からない。ただ、白衣も綺麗だし、前よりは好印象なのでは無いだろうか?


 青葉祭の前日、グリークラブの舞台練習に伴奏もしなくてはいけない。音楽クラブは去年と違ってすんなりと決まった。私と1年生が午前中だから、午後は中等科の学生を振り分けるだけで済んだからだ。サミュエル達の乗馬クラブの試合は午後からだ。

「ところで、投票で最下位とか嫌ですからね」

 すっかり忘れていたが、今年から投票されて、それで次の年の講堂使用の時間配分が決まるのだ。マーガレット王女の心配をアルバート部長は笑い飛ばす。

「コーラスクラブと演劇クラブの最下位争いだな。何故、演劇クラブは暗い演目ばかり選ぶのだろう」

 アルバート部長も呆れているが、また今年も暗い悲劇をする様だ。まぁ、去年の収穫祭の神話劇よりはマシかもしれない。年老いた王が身内に冷たくされて死ぬ話だ。前世の『リア王』に似ているが、娘ではなく息子だ。より殺伐として、死人が多い。

 グリークラブの舞台練習は、まぁ成功だった。演技力はまだ改善の余地があるが、歌とダンスは良い。特に後ろで踊っているダンスクラブは素晴らしくて、役付きのメンバーと総取替したくなる程だ。まぁ、歌は下手かもしれないけどね。

「まぁ、グリークラブは強敵ね」

 マーガレット王女は音楽クラブが1番を取らないと嫌みたいだ。私はどちらだって良いよ。さほど発表時間の長さに興味がないから。中身で勝負したら良いんじゃないかな? なんて事は口にしないよ。大変だからね。

「錬金術クラブに行ってきます」

 マーガレット王女の許可を得て私は錬金術クラブだ。マーガレット王女はドレスの仕上げが残っている。アイロン掛けとかしないとね。そう、ぎりぎりドレスはできあがったのだ。まだ縫っている学生もいるそうだ。キャメロン先生は大変だね。

 錬金術クラブには各家の上級メイドが集まっていた。うん、美人揃いだ。綺麗なレースのついたエプロンとヘッドドレスが萌えポイント高いね。本物のメイドカフェだよ。

「ペイシェンス、グレンジャー家からこのお菓子も貰ってきたぞ」

 エバが焼いたメレンゲだ。作って置いた小袋に入っている。いらない布をピンクやブルーに染めてリボンにして付けているから、可愛いよ。見た目も大事だよね。

「皆様、試食して下さい」

 一つ開いて、全員で試食だ。口に入れるとスッと溶ける。

「これは美味しいな」

「ええ、それに日持ちするからお土産に良いのです」

 このメレンゲはアイスクリームのエリアで販売する事になった。

「ペイシェンス、アイスクリームの方は任せて良いか?」

 カエサル部長、私が午前中はいないの忘れているな。他のメンバーは自転車に夢中だ。4号機は後ろを2輪にして3輪車にしたのだ。そこに荷物を置いて運ぶのだけど、今回は人を乗せれる様に椅子をつけた。前世の東南アジアの自転車タクシーシクロだ。これがメンバー達に大好評で、全くアイスクリームの方には来ない。

 確かに自転車は、男子学生しか試乗しないだろうから、シクロなら女学生も後ろに乗れるもんね。これで女学生も入部してくれるかもとカエサル部長は喜んでいるけど、それはどうだろう?

「皆様、私は午前中は来れません。だから、指示の出し方とか、アイスクリームを冷凍庫から出すタイミングなどを覚えて下さい」

 上級メイドにガラスの器にアイスクリームディシャーで丸く掬って、盛り付ける遣り方を教える。

「白のミルクとピンクの苺アイスクリームを盛り付けて、上にミントの葉っぱを飾ります。皆さん、盛り付けて食べてみて下さい」

 上級メイドは美しさだけで選ばれているのではない。賢さも条件だけあって、一度の説明ですぐに丸く綺麗に盛り付ける。

「まぁ、美味しいですわ」

 好評で良かったよ。後は、予約席の説明をして終わった。メンバー、聞いている?

「シクロの運転手をクラブメンバーでしても良いな。それとも試乗したい学生にもさせるか?」

 わいわい騒いでいるが、人を乗せてシクロを走らすの結構体力いるけど、大丈夫かな? うちのメンバー、割とひょろっとしているんだけど……なんて失礼な事を考えていた。

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