第66話 青葉祭に間に合うのか?

 寮に帰る時も大荷物だ。ジョージに寮の食堂まで運んで貰う。そこからはメアリーと私で何回かに分けて運んだよ。まぁ、食料品は無くなっていたから、前よりは楽だけどね。

 私は青葉祭のドレスも髪飾りもできているし、靴も新しいのを買った。音楽クラブの新曲も作ったし、グリークラブの伴奏も練習済みだ。つまり、錬金術クラブが大変なのだ。

「自転車だけで良かったかも?」

 アイスクリームをどのくらい作らなくてはいけないのかが分からないので不安だ。でも、私より不安な女学生が中等科にはいっぱいいた。

「ペイシェンス、ドレスが間に合いそうにないわ。もう2時間増やさないといけないかも」

 寮に来た途端、マーガレット王女は不安を口にする。空き時間の月曜と金曜の4時間目も裁縫に当てないと間に合いそうにない。週4回も裁縫は厳しいな。まして、好きでもないのだからね。音楽の時間なら平気だろう。

「他の方はどうなのですか?」

 私は週1だから、今の状態は分からない。

「皆、焦っているわ。ドレスになっていないもの」

 先生方も学生の能力の低さを読み間違えたのかもしれない。

「何かお手伝いができたら良いのですが……」

 マーガレット王女が間違っているのを指摘するのは先生も許してくれるが、私が直接手を出すのは駄目なのだ。6枚もドレスを縫わないといけないのは厳しい。特に収穫祭用のドレスは裏地もつけなくてはいけないのだ。やはり、ミシンを作るしか無いと思ったが、今は錬金術クラブは青葉祭のアイスクリーム模擬店と自転車の試乗の用意で手一杯だ。

「そういえば、裾かがりが大変だったわ……」

 私ですらニュールック風のドレスの裾かがりはなかなか終わらなかった。マーガレット王女が裾をかがっていないドレスで青葉祭のダンスパーティに出るなんて駄目だ。前世には裾上げをするスティック状のボンドがあった。塗ってアイロンで固めるやつだ。一人暮らしになってカーテンを買った時、少し長過ぎたのをボンドを塗ってアイロンで固めた事がある。洗濯しても外れなかった。

 錬金術クラブが忙しくなかったら、ボンドを手伝って貰えるのだけど、今はそんな余裕は無い。スライム粉と何かで出来そうなんだけど……ボンドって何でできていたのかな? この異世界では本がある。つまり何かで本を綴じているのだ。

 自分の部屋で本を調べてみると、やはり何らかの接着剤で止めてある。

「この接着剤で布が止めれれば良いのだけど……」

 スティックタイプにした方が塗りやすい。そこはスライム粉で固めたら良さそうだ。問題は、そんな実験をしている暇があるかどうかだ。

 月曜の昼からは錬金術クラブだ。

「遅いぞ」なんて言われるけど、昼食の後ですぐに来たのだ。歩くの遅いから仕方ないよ。

「ペイシェンス、アイスクリームのレシピはできたのか?」

 カエサル部長にレシピを渡す。

「うん? 試作の時は火を通してなかったが……」

「ええ、私が作るなら卵を浄化できますから火を通さなくても大丈夫ですが、アイスクリームメーカーを売り出すなら、火を通した方が安全ですから。それで、何人前を考えておられるのでしょう」

 カエサル部長は「ううむ」と唸る。

「どれほどの学生が来てくれるか分からないのだ。自転車は1人10分ずつにした。これは整理券を作って置けば良いだけだから簡単なのだが……」

 ベンジャミンも横で考えている。この2人、本当に錬金術クラブにずっと居るよね。

「多く作っておいた方が良いだろう。残ったらメンバーに買い取って貰うさ」

 2人に寮まで荷物を取りに来て貰う。女子寮は入れないので、階段を何回も往復して荷物を食堂までおろす。

「ペイシェンス、寮の下女に頼んだらどうだ?」

 ベンジャミンはあまりの非効率に呆れる。うん、下女にチップをあげれば運んでくれるだろうけど、私はケチなのだ。

「今度からは錬金術クラブから荷物を運ぼう。ほら、鍵を渡しておく」

 錬金術クラブからならジョージに運んで貰える。楽になるよ。

「鍵を預かって良いのですか?」

 音楽クラブではアルバート部長とルパート副部長が鍵を持っている。錬金術クラブはカエサル部長とベンジャミンが持っていた筈だ。

「ああ、私やベンジャミンは殆ど錬金術クラブにいるからな」

 それは如何なんだろうと思うが、青葉祭までは鍵を預かっておく事にした。

「アイスクリームは前から作って冷凍庫で保存しておけば良いと思います。残っても良いのなら、多めに作っておきます」

 これは冷凍庫をどのくらいの大きさにするかを考えないといけない。カエサル部長とベンジャミンにそこは任せよう。

「カエサル部長、本とかを綴じている糊は膠ですか?」

 クラブハウスに荷物を運び込んで、片付けてから質問する。さっさと質問しないと、他の話に集中しそうだからだ。

「多分な……ペイシェンス、また何か考えているのか?」

 カエサル部長に質問し返された。

「ええ、縫わなくても良い糊を考えているのですが……上手くできるか分からないのです」

 布の表面まで染みたりしては駄目なのだ。それにすぐに剥がれたりしてもいけない。青葉祭で錬金術クラブもする事が多いけど、ドレスが出来上がらないと困る女学生も放置してはおけない。

「ペイシェンスはそちらに集中しても良いぞ。どうせ家政コースで必要なのだろう」

 ガラスの器のデザインなどはデッサンしている。

「ガラスの器やガーデンテーブルやチェアーも見本を作ってくれれば、後は私達でやるよ」

 それならと、ガラスの器、ガーデンテーブル、チェアーを錬金術で作る。

「ペイシェンス、お前はこれだけでも食べていけるな」

 ベンジャミンに褒められたけど、何個も作るのは任せる。

 膠はカエサル部長が用意してくれると約束してくれたが、上手い具合にできるかは分からない。


 火曜の裁縫の時間、私はマーガレット王女のドレスがどこまで縫えているのかチェックする。仮縫いは終わっていてホッとする。

「本縫いだけなら、何とか間に合いそうですね」

 教室にはまだ仮縫いも出来ていない学生もいた。

「ええ、ペイシェンスが縫う順番をチャコで書いてくれたから、間違わなくて良かったわ」

 そっか、まだ仮縫いができていない学生は、間違えて解き直したりしていたのだ。

「本縫いも仮縫いと同じ順番ですわ。ただし、縫い目を細かくしないと綺麗に仕上がりません」

 仮縫いのザクザクとした縫い目でも遅かったマーガレット王女は、本縫いになったらほんの少しずつしか進まない。これで6枚もドレスを縫うのは苦行だ。青葉祭が終わったらミシンを真剣に作ろうと決めた。

 だが、今は布を引っ付けるボンドを作らなければ! この縫い目のドレスでダンスするのは危険過ぎる。縫い代を止めておく必要もあるかもしれない。つまり、絶対に表地に響かないボンドにしなくてはいけないのだ。裾なら少々は良いかもなんて甘い事を考えていたのに、ハードルが高くなったよ。

 水曜はカエサル部長は午前中は居ないが、鍵があるから私はクラブハウスへ籠る。膠を置いてくれていた。

 膠は美術の時間でも使ったが、キャンバス地は厚い。夏物のドレスの生地は薄いのだ。スライム粉を水に溶かして、膠と混ぜる。割合をノートに書いて、調合していく。昼食後も、ずっと調合していた。

「ペイシェンス、どうだ?」

 ベンジャミンに声を掛けられたが、なかなか思う固さにならない。

「理想的な固さになかなかならなくて、それにある程度は滑らかさも必要だし……」

 本当は数ヶ月掛けて作る物なのだ。数週間で出来るか不安だ。

「一度、離れて考えた方が良い。突き詰め過ぎると、見えなくなる場合もあるからな」

 今日は1時間目以外はずっと膠とスライム粉の調合をしていた。目も疲れているし、肩も凝っている。

「ええ、少し休憩します」

 クラブハウスにはガーデンテーブルやチェアーがいっぱい並んでいた。私が作った見本通りだ。

「これにペンキを塗れば出来上がりですわ。白色か濃いグリーンが良いと思います」

 ガラスの器もかなり作られている。アイスクリームメーカーも、冷凍庫も作りかけている。

「青葉祭までに間に合うかしら」

 不安そうな私をカエサル部長が笑う。

「ペイシェンスのドレスは縫えているのだろう。間に合わなかった学生は先生が如何にかされるさ」

 それはそうなのだが……

「私に縫わせてくれれば、すぐに出来上がるのに」

 つい愚痴ってしまった。

「それでは授業にならないだろう」

 全員に笑われたが、やはり裾上げぐらいはボンドで楽に済ませたい。

「どんな風な糊にしたいのだ?」

 カエサル部長は手伝ってくれるつもりなのだ。

「でも、青葉祭の準備もあるのに……」と口籠っていると、ベンジャミンに笑われる。

「アイスクリームを作れるのはペイシェンスしかいない。さっさと糊を作ってしまわないと、私たちが卵を割る事になるのさ」

 確かにこのメンバーに料理は無理そうだ。そこから全員でアイロンで固めて、洗濯しても取れないけど、塗る時は滑らかで表に響かない糊を調合した。

「ありがとうございます」

 洗濯機で洗っても大丈夫だった。それに表には響かない。それと副産物でスティック糊の容器も作った。これは口紅の容器にも転用できるよね。今のは小さな容器に入ってて、それを口紅筆で塗るのだ。マーガレット王女の化粧台に置いてあったから知っているよ。リップスティックを作ってみよう。儲けになりそうだから、嬉しいな。

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