第41話 嵐の余波

 騎士クラブは署名活動を始めたようだ。マーガレット王女も私もキース王子の求めに応えて署名したよ。後は頑張ってと応援しておく。

 火曜は、地理、外国語、裁縫、織物と魔法使いコースとは無縁だ。それに放課後は音楽クラブ。外国語と裁縫はマーガレット王女と一緒だよ。

 昼食は私とマーガレット王女は裁縫のドレス作りについて話し、横では署名活動についてキース王子達が熱心に話していた。うん、2席の緩衝地帯がありがたいよ。それに私達は署名済みだから、攻略対象じゃ無いからね。スルーされている。

 裁縫の授業は、私は生活魔法を使わないように意識するのが難しかった。先ずは裁断した布を仮縫する。そして着てみて、サイズチェックするのだ。うん、大きいな。ペイシェンスは年齢も下だし、同じ学年としてもチビなんだよ。栄養不良なのか? 遺伝なのかな? 父親は痩せているけど背は高い。母親の面影を思い浮かべる。ペイシェンスは幼かったから背が高く感じていたけど、父親と2人揃った姿を思い出すと、そう高くなさそうに感じるね。

 背が低いので、あまりスカートを広げると幼く見える。下に着るパニエは分量に気をつけよう。小公女スタイルは避けたい。

 待ち針で大き過ぎる所を摘む。キャメロン先生も手伝ってくれた。これは1人では無理だから。

「ペイシェンス、少し多めに縫い代を取って置いた方が良いかも知れませんね。成長期だから大きくなるかも。あら、でも柄が合わなくなりますわ」

 その時は生活魔法で合わせよう。うん、使う時と使わない時のメリハリを付けなきゃいけないね。なんて呑気な事を言っている場合じゃ無い。

「マーガレット様、そこを切ってはいけませんわ」

 マーガレット王女は目を離すと、とんでもない事をする。そこの線は仕上がった裾の線。それから縫い代を取った線で切らないと、スカートが短くなっちゃうよ。うん、これでは短く無い?

「切る前に型紙を身体に当ててみましたか?」

 あっ、してないんだ。そもそも型紙のサイズ合っているの?

「ぎりぎり間に合いましたわ。前のままでは膝丈ですもの」

 マーガレット王女は私よりかなり背が高い。それに私より年上なのでスカート丈も長く無いと変な感じになる。

「まぁ、良かったわ。せめて脹脛は隠したいもの」

 裁縫の授業は疲れるよ。なんとかマーガレット王女も裁断を済ませた。私がいない授業の間にするべき事を教える。

「このしつけ糸でざっと縫うのです。あっ、先ずはダーツ、そしてスカートをはぎ合わせて、前身頃と後見頃を縫い、スカートを縫い付ける」

 あっ、言っても無駄だ。分かってない。

先生もあまりに酷い学生が多いからマーガレット王女だけに構っていられないようだ。あちらこちらで間違って切った学生を叱って、継ぎ足す遣り方を教えている。

「マーガレット様、この①②のダーツをしつけ糸で縫います。そしてスカートの③④を縫います。そして同じようにスカートの⑤⑥を縫うまでして下さい」

 裏にチャコで数字を書いておく。

「数字通りに縫えば良いのね!」

 やっと分かって貰えた。これで酷い失敗は無いだろう。

「ここまで縫えたら、後はまた説明します」

 なんだか裁縫の合格は取らない方が良さそうだけど、水玉のワンピースが出来上がったら終了証書でそうなんだよね。困ったなぁ。


 織物も生活魔法を使わないように気をつけたよ。仲良く初心者4人でカチャンカチャン織る。やはり手仕事は楽しい! 今は縦糸も色を変えてチェック柄を織っている。かなり目が揃うようになった。

「じゃあ、ペイシェンス、またね!」

「リリー、ソフィア、ハンナ、じゃあね!」

 気楽な挨拶をして別れる。良いよね。私は前世は庶民だったから、やはりこちらの方が気楽だよ。「ご機嫌よう」なんかより「じゃあね!」だよ。


 音楽クラブは「ご機嫌よう」の世界だ。今日はサミュエル達とグリークラブに提供する曲を仕上げる。と言っても私はリュートはまだ下手だから、サミュエル達にお任せだね。

 マーガレット王女と音楽クラブに来たけど、あれ? 何だか雰囲気が悪いよ。

「だから私はそんな署名はしない。さぁ、出て行ってくれ!」

 アルバート部長が騎士クラブメンバーを追い出している。ああ、署名活動だね。

「でも、伝統ある騎士クラブが廃部だなんて……」

 粘ってもアルバート部長や他の男子も署名はしそうに無い。それに言っては悪いが男臭いメンバーは女学生にも低評価だよ。もっとハンサムなパーシバルとか可愛いキース王子に回らせるべきだよ。

 アルバート部長に騎士クラブのメンバーは追い出されたけど、他のクラブにも押しかけているのだろうか? もっと人選に気を使わなきゃ、却って反感を買うだけだ。

「さぁ、サミュエルとダニエルとバルディシュとクラウスは編曲に取り掛かってくれ。ペイシェンスは曲の持つイメージの説明をしてくれ。曲のイメージで作詞したいからな」

 ハノンだけでなく、リュートやフルーや打楽器などの伴奏も付けるようだ。かなり大掛かりだよね。

「アルバート部長、曲のイメージなどは聞いて頂ければ分かると思いますわ。それより大体の筋書きは決まっているのですか?」

 アルバート部長はペラッと数枚の紙を出した。

「ほら、この『アウレリウスとカシエンヌ』が良いと思うのだ。名前は長いからもっと耳触りの良い名前に変えるけどな」

 古典でも有名な悲恋だ。そう『ロミオとジュリエット』みたいな敵対する家の男女の恋物語をアルバート部長は、少しアレンジして簡単にしていた。

「アレクとエリザ? 凄く短い名前ですね。えっ、ハッピーエンドなのですか?」

 悲恋の筈がハッピーエンド。これで良いのか?

「歌って踊るなら、ハッピーエンドの方がわかりやくて良いのさ。盛り上がって終わるから拍手も多いしな。どうせ演劇部は暗い悲劇を演目に選ぶだろうし」

 マーガレット王女も粗筋を読んで、眉を顰めている。

「有名な悲恋が陳腐な恋物語になっているわ。これで本当に良いの?」

 だが、アルバート部長は大丈夫だと言い切る。

「それよりマーガレット様はダンスクラブに知り合いがいると言っておられたね。振り付けに協力してくれるだろうか? 何人かは後ろで踊ってくれたら良いのだが」

 何だかアルバート部長はグリークラブに熱心すぎる。変だ!

「話すぐらいは良いけど、アルバート、何を考えているの? 貴方が親切にするなんて変だわ」

 うん、そう思うよ。

「いや、グリークラブのマークスとは友だちだから……」

 ルパートが「アルバート部長、何を考えているのか、吐け!」と詰め寄る。

「ルパート、失礼だな。だからマークスがグリークラブの部長だから新曲を提供しようとしているだけだ」

 普通の学生ならあり得るよ。でも、音楽しか愛していないアルバート部長が友達の為になんて胡散臭すぎて信じられない。

「いつからマークスと友だちになったのかな? クラスメイトではあるが、コーラスクラブになぞ入っていると馬鹿にして笑っていたではないか……まさか、マークスを唆してグリークラブを作らせたのか?」

 あっ、やりそうな話だ。青葉祭でコーラスクラブと揉めた時、アルバートは凄く怒っていた。

「あんな古い曲ばかり歌っているコーラスクラブにマークスは不満を持っていたのだ。だが、コーラスクラブでは男子は少数派で発言権は無いと愚痴るから、新しいクラブを作ったら良いとアドバイスしただけだ」

 全員が頭を抱え込んだ。

「アルバート、それをコーラスクラブが知ったら、騎士クラブと同じ目になるわよ」

 なのにアルバート部長はしゃあしゃあと言い切る。

「私は別に何もしていない。マークスがグリークラブを作っただけさ。それに悪い事では無いだろ?」

 マークスがアルバートに唆されてグリークラブを作ったのか、前から不満に思ってて背中を押されただけかは分からない。でも、コーラスクラブに恨まれる事は確かだ。

「今回の騎士クラブの件で、学生会規則に皆んな注目しているわ。決してこの事は外で話しては駄目よ」

 マーガレット王女に言われて全員が頷く。

「アルバート、二度と余計な事はしないでね」

 マーガレット王女にキツく言われたけど、アルバートがちゃんと分かったかは不明だ。とんだ嵐の余波だよ。

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