第4話 マナーは完璧? ではダンスは?

 疲れる昼食は食べた気がしなかった。勿体無いね。明日からは平常心で食べる事に集中しよう。

 昼からはマナーとダンスだ。マナーはマーガレット王女と取り巻き全員と一緒だ。私はクラスの他の女学生と一緒にいたいな。

 マナーの先生は、如何にもハイソな貴婦人っぽいルールデール・リッジウォーター先生だ。昼休みが終わって教室を移動したけど、まだ皆んなざわついていた。

「あらあら、皆様お静かに。お席にお付きになって」

 全員が席につくが、リッジウォーター先生は「あら、駄目よ。そんなにガタガタいわせないで」と注意が飛ぶ。

「レディとしてマナーは大切ですわ。それができないと恥をかくだけでなく、人間としても価値を損ねてしまいます。常にレディとして振る舞うようにしましょう」

 わぁ、大変そうな先生だ。

「マナーの授業は、ほぼ実践です。春学期の目標は女主人(ホステス)としてお茶会を成功させることです。今日は、お茶会のテーマとお客様の選択、そして招待状を書いて頂きます」

 お茶会なんて、グレンジャー家では開いた事無いよ。それでも配られた紙に、お茶会のテーマを考えて書く。

『冬で無くても良い筈よね。なら花見のお茶会にしましょう。テーマは春を寿ぐ。招待客は3人の伯母様で良いわね。招待状は……』

 ペイシェンスのマナーは完璧だ。私は、まぁまぁだと思う。かなり慣れてきた感じ。

 リッジウォーター先生が周って来て、私のお茶会の計画表を手に取って読む。

「まぁ、貴女のお茶会は完璧ですわ。飛び級しなさい」

 あっ、皆様の視線が突き刺さるよ。でも、マーガレット王女と取り巻きと違うクラスになれたのは嬉しいな。

 マーガレット王女も良い計画表だったし、キャサリンとハリエットも褒められたが、飛び級はできなかった。

「ペイシェンスはやはり飛び級ばかりだわ。折角、一緒のクラスになれたのに」

 マーガレット王女は残念そうだが、学友達は「素晴らしいですわ」と褒めてくれた。「さっさと飛び級して消えろ」と後ろの方で聞こえたのは気のせいだと思っておくよ。マナーは大事だからね。


 ダンスはマーガレット王女も学友達も終了証書を貰っているから免除だ。でも、中等科の13歳から14歳の学生の中で私は11歳。それも栄養不良だったので、背も低い。大人と子供に見えるよ。かなり不利だな。

 それに、このAクラスのダンス授業、なんだか女学生が多い。何故だろう。4年Aクラスの女子は15人だった。それにマーガレット王女の取り巻きはほぼ終了証書を貰って免除だ。

 私が不思議に思っているうちに、キャラガン先生が来た。この先生は2年のダンスの授業を受けた事がある。

「さぁ、パートナーと組みなさい。今日はこれまでのおさらいです」

 パンと手を叩くと次々とパートナーを組んでいく。やはり美人から誘われるんだね。なんて考えていたら、声を掛けられた。

「おっ、お前は青葉祭に来ていた女学生では無いか?」

 誰だっけ? 青葉祭で会ったのは、ラッフル部のジェフリー部長、あの人は縦横が大きかった。乗馬クラブのメンバーは細身だった。この人はひょろりと背が高いけど、乗馬クラブのメンバーとは違う。

「あれから待っているのに来ないからがっかりしていたのだ。名前も知らないから勧誘にも行けなかったしな」

 あっ、汚い白衣が無いから分からなかったよ。錬金術クラブのカエサル・バーンズだ。

「あのう、バーンズ様は確か部長でしたよね。ここは4年生のダンスクラスですよ」

 間違っているのでは無いかと尋ねる。

「いや、私は5年なのだが、ダンスを取るのを忘れていたのだ。だから、今年は終了証書を取るつもりだ」

 必須科目を履修しなかったのだ。こんな間違いもあるんだね。

「私もできたら終了証書を貰いたいのですが、生憎とダンスは得意では無いのです」

「大丈夫だ。私はダンスは上手い。本当だぞ。去年は履修届けを書くのを忘れただけだ」

 本当かな? と疑っていたが、カエサルは本当に上手かった。上手いリードだと上手く踊れる。

「あっ、カエサル。今年はダンスをちゃんと取ったのだな。お前は合格だ。終了証書をやろう。二度と必須科目を忘れるなよ。パートナーはペイシェンスか、まぁオマケで合格だ。終了証書をやるか、そのくらい踊れたら大丈夫だろう」

 えっ、棚からぼた餅で終了証書をゲットしちゃった。良いのかな? キャラガン先生がくれたのだから良いんだね。やったね! 

「ありがとうございます。この授業では女学生が多いから、チビの私は下手なリーダーとしか組めないので終了証書を貰うのは難しいと思っていたのです」

 お礼を言ったら名前を尋ねられた。

「ふん、Aクラスの男子目当ての女学生達だろう。それはそうと、ペイシェンスの次は何と言うのだ?」

 何となく答えたく無い気がする。私か口籠もっていると、キャラガン先生が口を出す。

「おい、カエサル。私の授業中に下級生を口説くとは良い度胸だな。終了証書を破くぞ」

 カエサルは肩を竦めて笑う。

「キャラガン先生、そんな殺生な。ダンスを取り忘れたのを父親にきつく叱られたのですよ。今年は終了証書を取ると言ってやっと許して貰ったのです」

 キャラガン先生も笑って「さっさと出ていけ」と終了証書を投げて渡した。私にはちゃんと手渡ししてくれたよ。ダンス教師は女学生には優しいね。

 教室の外でカエサルに捕まった。

「で、名前は?」

「ペイシェンス・グレンジャーです。錬金術の授業を受けて、できる様なら履修届けを出すつもりです。錬金術クラブはその後に考えます」

 カエサルは「分かった」と案外素直に引っ込んだ。なんて思っていたのは私が馬鹿だからだ。

「お前はいつも変人に付き纏われているな!」

 ラルフとヒューゴを伴ったキース王子が私の後ろからカエサルを睨んでいたのだ。

「キース王子、授業は?」

「ダンスは終了証書を貰ったぞ!」

 私に見せびらかすけど、私も貰ったんだよね。

「ペイシェンスも貰ったのか? お前のダンスでは終了証書は貰えないだろう?」

 ああ、うるさいね。

「あのカエサル様は変人ですが、バーンズ公爵家の嫡男ですから、きっとダンスも習得されているのでは?」

 ラルフは貴族に詳しいね。キース王子は知らなかったみたいだ。

「えっ、あの変人が……王家の親戚は変人ばかりだ」

 公爵家って元は王族だよね。確かにラフォーレ公爵もかなり変わっている。それにしてもバーンズ公爵家、大丈夫なのかな?

「バーンズ公爵といえば、バーンズ商会を経営されているのですよね。凄い遣手だと父が褒めていましたが……あの方が嫡男なのですか。付き合えるかな?」

 ヒューゴは悩ましいみたいだね。父親に近づくように言われたんだ。貴族は大変だね。

「ヒューゴ様、錬金術クラブに入れば仲良くなれますよ」

 折角、私が親切に教えてあげたのに、3人に「嫌だ!」と叫ばれた。

「やはりお前の周りには変人が集まる。変人に好かれる匂いでもしているのでは無いか?」

 キース王子は一言多いよ。それも人の気分を悪くする一言が。

「失礼いたします」とその場を後にした。キース王子は悪い人間では無いけど、腹が立つ事が多すぎる。いくら私がショタだとはいえ、傷つけられる相手は避けるよ。


 それにサミュエルを捕まえて、音楽クラブに誘わなくてはいけない。1年Aクラスに急ぐ。

「あっ、サミュエル!」丁度、授業が終わったようだ。

「ペイシェンス、何か用か?」ふふふ、ツンデレも可愛いよ。

「明日、音楽クラブにマーガレット王女様が推薦して下さる事になったの。だから、私があげた新譜を練習して来てね。音楽クラブの場所はクラブ案内の冊子に書いてあるから来れるでしょ? 来れるか自信がないようなら、クラスまで迎えにくるけど?」

 教室の前の廊下で話していたら、可愛い少年がモジモジしていた。

「あのう……音楽クラブに君も入るのかい?」

 茶色い髪に青い目、うん天使だね。ルネッサンスの宗教画から出てきたみたいだよ。

「ああ、どうやら推薦して貰えるようだ。クラウスも入るのかい?」

 パッと目を輝かすクラウス君、やだ、どストライクだよ。それに手を振って2人の天使を呼んでくれた。金髪と濃いブロンドの美少年だ。

「ええっと、サミュエルだったかな。私も音楽クラブに入るつもりなのだ。そして、従兄弟のバルディシュもね。それで此方は?」

 サミュエルがやっと私を紹介してくれた。

「私の従姉妹のペイシェンス・グレンジャーだ。マーガレット王女様の側仕えをしている。音楽クラブの先輩になるのかな」

 音楽クラブの先輩と聞いて、3人は礼儀正しく自己紹介をしてくれた。

「私はダニエル・キンバリーです。アルバート様から音楽クラブに推薦されました」

 濃いブロンドに茶色の目、わぁ、将来楽しみな美少年だ。

「ダニエルの従兄弟のバルディシュ・マクファーレンです」

 金髪に水色の目が、天使属性だよ。

「私はクラウス・アーチャーです」最初に声を掛けてくれたどストライクな天使だね。

「明日、音楽クラブに推薦されると思うけど、メンバーは音楽が大好きな方ばかりなの。だから、きっと曲を弾く事を求められるわ。サミュエルにも練習してくるように忠告しに来たのよ。4人なら迎えに来なくても大丈夫ね」

 サミュエルは他の3人とは知り合いでは無かったようだけど「一緒に行きます」とダニエルが答えた。この4人のリーダーはきっとダニエルになるね。オーラが違うもの。

「お願いしておきますわ」と頼んでおく。クラスのリーダーと一緒ならサミュエルも学園に馴染めるだろう。

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